世界をとめて

makikasuga

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そのセグを解明せよ

後編①

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「やっとポンコツから脱出か」
 どれぐらい時間が経ったのか、背後から声をかけられ、柳は振り返る。黒いスーツを着たレイが、腕組みをして壁にもたれかかっていた。
「悪趣味全開すぎて引くわ。マジで十分しか待たねえんだから」
 レイの背後から煙草をくわえたシラサカもひょいと顔を覗かせた。
「俺の前では全面禁煙だと言っておいたはずだ。さっさと消せ!」
「はいはい、わかってますってば」
 レイは煙草をくわえたシラサカを睨みつける。一瞬肩をすくめた後、シラサカはポケットから携帯灰皿を取り出し、そこに吸い殻をしまい込んだ。
「いや、レイの言う通りだよ、俺ポンコツだった」
 この二日間、高橋は常に柳の側にいた。花梨専属の執事である彼が、どうして柳の元を離れなかったのか。おそらく花梨危篤の情報が駆け巡り、あの家に浅田の人間が押しかけたからだろう。家族以外の面会が許されないという話だったから、麻百合は留まることが出来たはずだが、高橋は排除されてしまったのだろう。
「今、花梨の側にいられるのは麻百合だけ。例え外からでもあいつをサポートする人間が必要だ。高橋は俺なんかにかまけてる場合じゃなかったんだ」
「お嬢様の努力がようやく実になったってところか」
 敢えて皮肉な言葉を投げかけるレイ。
「花梨の願いを、まだ叶えてねえからな」

 ごめんな、花梨。俺は自分のことしか考えてなかった。おまえを傷つけてばかりだった。
 だからせめて、おまえの願いは全て叶えるよ。死神と手を組んででもな。

「浅田の連中は、花梨がいなくなった後のことを考えてんだな」
 柳は立ち上がり、レイの正面に立って彼を見据えた。
「自分達の利益しか頭にない連中だからな。養女とはいえ、浅田花梨が後継者な事実は変わりない」
 レイは決して目を反らさない。何を考え、どういう意図を持っているのか、全くわからなかった。
「レイ、浅田の裏事情を教えてくれ」
 有り余る財力と権力を振りかざし、薄暗い何かを背負う不気味な存在。浅田について、柳が知ってることはそれくらいだった。
「おまえらがこうやって動き出したってことは、繋がりがあるってことなんだろ」
 そうでなければ、レイが単独で浅田家に乗り込んだり、花梨と話したりしない。わからなければ素直に聞くだけ。今、柳に出来ることはそれしかない。

「シラサカ、ここから先はおまえが説明しろ」
「え、なんで俺?」
「俺の指示に従えと言ったはずだ」
「単に説明が面倒だとか、そういうことじゃないの?」
「そうだ、よくわかってるじゃねえか」
 レイの横暴さは柳に限ったことではないらしい。かなり年上のシラサカまでも顎で使っている(しかも殺し屋のリーダー)。当のシラサカ本人も、文句は言いつつも従っているのだから不思議なものである。
「柳君、俺達の仕事のことは知ってるよね?」
「人殺し、だろ」 
「殺して終わりじゃないんだよ。ターゲットを社会から消し去るんだ。最初から存在しなかったみたいにね。だから敢えてバラすという言葉を使う。世の中で不必要と判断されたものを我々が処分する。いわば汚れ役さ」
 淡々と話す様が不気味に感じられたが、もう目は反らさないと覚悟を決め、柳は言った。
「つまり、あんたらは浅田の命令で動いてるってことかよ」
「浅田の豊富な金脈の半分は、ブラックマーケットによるものだ。俺達のボスは名前は違うが浅田の直系でもある。浅田が旧財閥だったって話は知ってるよね。その頃から後ろ暗い商売に手を染めていたんだよ」
「だったら、なんで今の当主が浅田相次郎なんだよ。どうみても、ただの医者で堅気にしか見えないぜ」
 それは、柳がずっと不思議に思っていたことでもあった。
「だからこそ、だよ。表向きはクリーンなイメージを保ちたい。ドクターが当主なんて実にお誂え向きだろ。その上病弱の子供を養女にしたら、世間は同情する」
「そんな理由で花梨を引き取ったのかよ」
「少なくとも、浅田相次郎は違うよ。彼は欲深い浅田の人間を忌み嫌っていたからね。自分が当主に持ち上げられたことに抵抗し、周りの反対を押し切って、自分が選んだ相手と結婚した。おかげで手痛い報いを受ける羽目になったようだけど」
 はっとした。相次郎の妻は出産の際に、生まれた子供もまもなく亡くなったという話だった。
「浅田相次郎の妻子は事故じゃなく、殺されたっていうのか!?」
「少なくとも、俺達にバラす依頼は持ち込まれていない。ただ、そういう仕事は俺達だけがやっているわけじゃないからね」
 聞けば聞くほど闇が深くなる。柳は薄ら寒い気持ちになった。
「だから今回は先手を打った。レイが動いたのはそのせいだよ」
「この先、何か起きるってことかよ」
「起きるよ。面倒で危険なことがね」
 そのとき、バイブレーション音が鳴った。いち早くレイがスマートフォンを取り出し、耳に当てた。
「はい。……知るかよ、そんなもん、いい加減に子離れしやがれ、てめえが甘やかすから、つけあがるんだよ、あの野郎は!?」
 誰の話をしているのだろう。レイにしては、珍しく感情を露わにしている気がした。
「今話してるのがね、ヤスオカさんだよ。レイの育ての親であり、ショウヤ君の父親でもある」
「ショウヤ君って、高橋のことですか?」
「そうだよ。レイが高校を卒業するまでは三人で暮らしてたこともあるんだ」
 電話に夢中のレイは、シラサカが柳に耳打ちしていることに気づかなかった。
「レイはいつからこんな仕事を?」
「初めて会ったときはランドセル背負ってたっけ? あの頃から妙に冷めてて可愛げはなかったなあ」
 裏社会の人間のことを知ろうとは思わなかったが、こうして聞かされると、興味が湧いてきた。
「柳君が覚えていないのも無理ないけど、君達は出会ってるんだよ。学校も学年も同じだったしね」
「でも、レイは俺より一つ下だって」
「ごまかしたんじゃないの。年齢なんて、俺らの仕事には関係ないから」
 どうやらレイは柳のことを知っていたようである。彼の言う「借り」とはなんなのか。

 つーか、俺、何をしたんだ、あいつに?
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