世界をとめて

makikasuga

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誰も知らない世界の果ては(スピンオフ短編)

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「世界をとめて」の作中から生まれたスピンオフ短編。今と異なる荒れていた高橋の高校生時代と今とあまり変わらないレイの小学生時代のお話です。

***

 世界の果てにあるのは絶望か、ほんのわずかな希望か。 

 ひらひらと舞い散る白い結晶。風に流されては地面に舞い降り、液体となって消え去る。
「つーか、寒すぎ」
 思わずこぼれた愚痴も、白い息と共に消えていく。コートの襟を立てて寒風をやり過ごそうとしても、容赦なく身体の中へと入り込んでくる。前屈みの姿勢で高橋翔也たかはししょうやは黙々と歩き続けた。
 山の手では雪が積もり、電車も遅延や運休という情報が流れている。本来なら教室で授業を受けている最中だが、学校から来るなと命じられた身の上だ。指示通りに暖かい室内にこもっているべきなのだが、断ることの出来ない相手から呼び出しを受けてしまった。

『翔也くん、悪いけど、急ぎのおつかい、頼まれてくれないかな?』
 彼の名前はシラサカ。二十代前半で父の仕事の同僚だ。爽やかな好青年といった印象で人当たりも良い。女性が放っておかない顔立ちをしているが、恋人がいるかどうかまでは知らない。
『君んとこにいる小学生、名前なんていったっけ? その子を引き取りに行ってほしいんだよ』
 停学中の高校生に小学生の引き取りをお願いするなんて、正気の沙汰ではない。
『止めに入るのが遅れてさ、怪我しちゃったんだよ。まだ病院にいるみたいだけど、俺もヤスオカさんも、今手が離せなくてさ』
 シラサカが名前を覚えていないといった小学生は、父と翔也が暮らす家に居候している。名前はレイ。あどけなさが残る表情とは裏腹に、中身は大人顔負けの強烈な人間だった。
 翔也はレイを苦手としていた。関わらないようにと避けていたのだが、怪我をしたと聞かされれば、それなりに情も湧く。いくら大人顔負けであっても相手は小学生、しかも手負いとくれば、さすがのレイもおとなしくしているだろうと思い、引き受けることにしたのだ。
 だが外へ出てみれば、昼間だというのに雪が舞い、夜には一段と冷え込みが厳しくなり、雪が積もると街頭のニュースが伝えている。やはり断るべきだったかと思いつつも、翔也は電車に乗り、レイがいる病院の近くまでやってきたのである。

「あそこか。デカい病院だな」
 駅から五分程度歩いて、目的地が確認出来た。翔也が考えていたよりもずっと大きな建物だったため、これではレイを捜すのに苦労しそうだと小さく溜息をつけば、前方から歩いてきたらしい相手と視線がぶつかった。翔也の身長は一七七センチ。完全に見下ろす角度に佇んでいるのは、頭に分厚い包帯を巻いた少年だが、その目はやけに鋭かった。
「おせえよ、バカ。いつまで待たせやがる」
 彼こそがレイである。小学生にして、翔也にも父にもこの話し方である。
「えらく重傷じゃねえか、大丈夫かよ」
 ダウンジャケットを着ていたせいもあって気づくのが遅れたが、レイは左手にも包帯を巻いていた。
「死んでねえから大丈夫だ。帰れ」
「せっかく来てやったのに、そういう言い方はねえだろうが」
「停学中のガキが小学生の迎えとか有り得ねえだろ」
「うるせえ。シラサカさんにお願いされたから、仕方なく来てやっただけだ」
 シラサカの名前を出した途端、レイの表情が凍りつく。
「あいつのこと、知ってんのかよ!?」
「オヤジの同僚だろ」
 羽目を外して警察の世話になれば、シラサカが身元引受人となってくれる。若いのに堂々としていて、翔也の愚痴を嫌な顔せずに聞いてくれたりもする。この有り得ない頼みを引き受けることにしたのは、そういう経緯もあってのことだった。
「そのオヤジがどんな仕事をしてるのか、知らないとは言わせねえぞ」
 翔也の父は安岡元太やすおかげんたという名前である。名字が違うのは、翔也が母方の姓を名乗っているから。翔也は母の顔を覚えていない。物心つく前に病気で亡くなったと聞かされていたが、それが偽りだと知ったのは、つい最近のことでもある。
「あの人も情報屋とかいう仕事をやってんだろ。オヤジと違って、人当たりの良さそうな顔してるもんな」
 父はハナムラコーポレーションという会社の情報企画部に在籍しており、リーダー的な立場にある。だがそれはダミー会社で、本当は情報屋と呼ばれる裏社会の人間だった。ありとあらゆる秘密、それも決して公には出来ないようなものを取り扱っているため、おいそれと父に手を出す者はいないとされていた。それでも例外というものはあるようで、少しばかり頭の弱い男が父に逆恨みし、腹いせに翔也を連れ去るという暴挙に出た。

(おまえの父親のせいで、俺は全てを失ったんだ、責任とれ!)

 幸いにして、男はすぐに捕らえられ、翔也も無事に救出されたが、捕らわれの身であった際に父の真実を知らされた。翔也はすぐに父に問い質したが、その通りだと言われてしまった。その際、母の死の原因が父の仕事絡みだったことも聞かされた。
 
「やっぱガキだな、おまえ」
 そう言って、レイは笑う。小学生にガキ扱いされ、翔也はよりいっそう機嫌を害した。
「ガキにガキ扱いされたくねえよ。だいたいその怪我はなんだ? おまえのことだから、偉そうなこと言って怒らせて、返り討ちにあったんじゃねえのか」
「おまえのオツムは小学生以下かよ。それこそ有り得ねえな」
 翔也を挑発するように言い放ち、レイは不敵に笑う。
「それにな、シラサカは情報屋なんかじゃねえ。あいつは殺し屋だ。この俺に怪我させやがったのは、あいつの同僚さ」
「殺し屋だと? 笑わせんな、それこそ、テレビの見過ぎだろうが」
 父の同僚なのだから、シラサカも裏社会の人間なのだろう。だが殺し屋だと言われても、普段の彼を知る翔也はピンとこない。
「信じたくなきゃそれでいい。温室育ちのおまえなんかに、わかるわけねえもんな」
 自信たっぷりに言い放って、レイは翔也の側を通り過ぎようとする。
「おい、待てよ!」
 相手が小学生であっても、何度もバカにされれば黙ってはいられない。怒りを抑えきれず、翔也はレイの右腕を掴み、強い力で引き寄せた。普段のレイならうまく交わすはずなのに、彼はバランスを崩し、そのまま倒れ込んできた。
「病院、戻るぞ」
 距離があったので気づかなかったが、実際に触れてみれば、レイの息は荒く、身体はガタガタと震えていた。そっと額に手を当ててみれば、寒空にも関わらずひどく熱い。
「行かねえ、帰る……」
「んなこと言ってる場合かよ。こんなに熱あんのに、うろちょろしやがって」
「長居は、禁物……身元、調べられたら、色々マズい……絶対、戻んな」
 既に限界だったらしく、レイは意識を失ってしまう。
「おい、しっかりしろ、おい!?」
 病院には行くなと言われたが、こんな状態のレイをそのままにしておけない。
 そのとき、ポケットに入れたあった翔也の携帯が震え出した。
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