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異常事態⑤
しおりを挟む嘔吐、パニック発作、極度の孤独感、痙攣、呼吸困難。
それが秦祀が発症した病状だった。
詳しい話はわからないが、デストロイヤーによって無力化された後に、秦祀の仲間達が特型デストロイヤーによって一人一人、丁寧にすり潰されていく場面を見せつけられたらしい。
生き残ったのは、偶然か、それとも意図的か。
わざわざこんなメッセージ性のあるアクションを起こして、何も考えていない。なんてことは無いだろう。つまりこれは、デストロイヤーの操作に成功した組織または個人の犯行である、と真昼は予測する。
「時雨お姉様はたぶん違うよね」
無意味な行為だからだ。
時雨お姉様は悪逆非道な行いに躊躇いはないが、しかして進んで行うほど狂ってはいない。それにもし手を汚すのならば、自分でやらなければ気が済まないタイプの人間だろう、と真昼の記憶が言っている。
「なら、別の組織か」
今日も今日とて横浜衛士訓練校からの要請で映画を見ろと書いてあった。ご丁寧に何を見るのか順序まで決まっている。すべて戦前の映画だった。人類は芸術に傾ける余力を失った。長編の大作映画など30年は作られていないだろう。
真昼はモニターの画面を操作して映画フォルダを呼び出す。映画はあらかじめモニターにインストールされていた。指定された映画の再生を開始する。そこで、祀が横に座った。
「ここ、いい?」
「うん、良いよ」
「ありがとう」
弱々しく笑う祀は儚く、そして脆く見えた。
映画は地球に侵略してきたエイリアンと人類が戦うという話だった。圧倒的な力を持つエイリアンに人類は追い詰められる。それに対し人類は一致団結して戦う。最後はエイリアンの船にコンピューターウイルスを注入して勝利するという荒唐無稽な物語だった。二人は最後まで黙って観ていた。真昼には横浜衛士訓練校がこの映画を指定してきた意味がわかった。人類がいかに素晴らしい存在で、守るべき存在か真昼に刷り込もうというのだろう。だが、真昼は人類の為に戦ってきたのは今までの言動でわかるはずだ。なのに今更見せても意味はないのではないだろうか。
「真昼さんは、どう思った」
「どう、と言われてもね。これを見せて私に人間のために戦う気にさせたいんでしょう。それはわかった。私はそんなことしなくても人間のために戦うと言っているのにね。こんなことをしてまで私に戦う理由っていうのを考えて欲しいのかな? 横浜衛士訓練校は」
「たぶん上層部は真昼さんに考えて欲しいんだと思う。それで? 人間のために戦いたくなった?」
「戦いたいかと言われると、違うね。戦わないと死ぬから戦うの。それに映画は作り物でしょう? 映画の中で何が起きても私に関係ない。データとして私の中に存在するけど、実際には会ったことがない。私がまともに接した人間は数える数人だけ。GE.HE.NA.の研究員たちとはほとんど顔を合わせたことくらいしか無いから。それなのに人類全体の為に戦うとか、無理だよ」
そう、無理なのだ。
無茶なのだ。
駄目なのだ。
過分なのだ。
過多なのだ。
あり得ないことなのだ。
個人が世界を救うなんて到底不可能な話なのだ。
ただ、ある能力を除いて。
『映画が所詮情報に過ぎない。だから私達はリアルを求めてある衛士にインタビューをしにいく事にした』
映画は終わり、今度はリアル調のインタビュー番組が始まっていた。
『そうだな。俺が人間について話してやろう。データじゃない、本物の人間の声さ。まず言おう。人間はエイリアンが攻めてきたって団結したりはしない。人間は最後の一人になるまで自分の組織や民族に固執しているはずだ』
それは衛士では無い、いや、第一世代の衛士の男と思われる男の声が画面越しに聞こえてきた。
『実際にそうだった。デストロイヤーが世界にまき散らされた時、俺は青年だった。南極戦役で当時最新鋭の兵器である戦術機を持って戦った。最初に南極の人類生存圏の土地が大きく減った。俺の住んでいた街は運よくデストロイヤーに攻撃進路から逸れていたから無事で済んだ。だが住む場所を失った難民が大量に押し寄せたよ。最初は優しく接していた街の連中もすぐに冷たく接するようになった。家にも入れないし、食べ物だって与えなくなった。最初の一年で難民の大半は凍死するか餓死した。同じ国民だったのにな。おまけにテロリストまで現れた。デストロイヤーを神の代行者だと信奉する脳みそがイカれた人間だ。そいつらは生き残った人間に襲い掛かって来た。まさに絶望だ。人間は絶滅の瀬戸際にいた』
そこで男は一息いれた。真昼は真っすぐ画面を見ていた。
『だが人類が団結したかと言うと、NOだ。同じ国民にも優しくできないんだからよその連中になんて無理さ。食料、土地、資源、ありとあらゆるもののためにそれぞれの国が争いだした。第三次世界大戦だ。そして、とうとう核まで使った。その後も互いを滅ぼさんばかりに戦い合った。結果として人間の生息域も個体数も戦前よりはるかに少なくなったのさ。それはなぜかといえば“人類”なんて最初からいなかったからだ。誰も“人類”なんていう共同体に属しているつもりはなかったし、その共同体を率いれるだけのリーダーもいなかった。みんな、国家、宗教、民族、組織、そういった小さなもののために戦っていた。人間は映画に描かれるほど賢い種族じゃないんだ』
真昼は眉を顰める。
今まで習った歴史とはかけ離れている内容だ。
人類に共通の敵が現れた時、人類は団結して戦った。しかし敵わなかった。その筈だ。
『そんな時に、あいつが、現れた』
『あいつ、とは?』
インタビュアーの声が期待の色を帯びる。
『悪魔だ』
『悪魔……? ですか?』
『ああ、悪魔としか言えない。人間同士で争っていたところに現れて、争いの種を全て刈り取っていた』
『全て、ですか?』
『そう、全てだ。人種を統一し、思想を統一し、不平不満を言うものを皆殺しにし、潤沢な資源を確保し、多様性の種を残しつつも人類を次のステージに引き上げた』
『それは、神、では、ないのですか?』
『違う。あれは悪魔だ。代償に、俺たちは大切なものを失った。何を持っていかれたかすら思い出せないが、俺たちは人間は未来を失った』
『その悪魔の、名は?』
『ラプラスの悪魔。一ノ瀬真昼』
祀が真昼の方を見る。
真昼はこの動画について考える。捏造の可能性、他人の可能性、そして未来の一ノ瀬真昼がタイムスリップして過去に介入する可能性。単純に、その悪魔の名前を真昼の両親がつけた可能性。
「真昼さん、貴方はお婆ちゃんだったの?」
「突っ込むところそこ!?」
「ふふ、ごめんなさい。でも偶然よね、そして不自然よね。教科書に載ってない存在がいて、その名前と同一名の人物が悪魔と呼ばれる能力を持っているなんて」
「これ、たぶん時雨お姉様からのメッセージだよ」
「どうしてそう思うの?」
「横浜衛士訓練校としては私の性格矯正のためのテレビを見せたい。その中にこんな内容が紛れているのは不自然過ぎる。そして名指して一ノ瀬真昼の名前がある。全部これ偽物だ」
「もし仮に時雨様がこのデータを紛れ込ませたとして、その目的と理由は?」
「さぁ、そこまでは……」
「……っう」
と、そこで、ガタン、と祀が倒れた。
胃の中のものを吐き出して、過呼吸に陥っている。そして涙をボロボロを零して、苦しそうに床で蹲る。
真昼はプロトコルに従って、祀を看病して、床を掃除する。
「シノアちゃんの両足を吹き飛ばし、回復を阻害する細胞を持ち、祀ちゃんレベルのレギオンを皆殺しにする謎のデストロイヤーか」
真昼は考える。
「うん、これは外部の協力者を頼ろう」
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