58 / 59
余命半年
58.これは罰?それとも……
しおりを挟む
「まぼ、ろし……?」
「いいえ、本物ですよ」
ミラは椅子ごとずれてエレノアの顔のあたりに。ユーリはエレノアの腕のあたりで膝立ちになった。
「すみません。遅くなりました」
「魔物は?」
「クリストフ様が加勢してくださったんです。それで何とか」
「流石ね」
「ええ。ははっ、やっぱあの人には敵わないな」
ユーリはそう言って気恥ずかしそうに、それでいて何処か誇らしげな表情で笑った。慕っているのが見て取れる。クリストフのことを。心の底から。
「そうかなぁ~? アンタと小姑様だったら、どっこいどっこいなんじゃない?」
「全然違いますよ。何言ってんですか」
ユーリとミラがじゃれつき始める。姉弟のようなやり取りは相変わらずで、見つめるエレノアの表情も一層やわらかなものになっていく。
(あら……傷、が……)
ユーリの額――右端のあたりに傷が出来ていた。幅1センチ以下、長さ5センチ程度の切り傷であるようだ。それなりに深い。適切に処置しなければ痕になってしまうだろう。
(せめて……これだけでも)
エレノアの手がその傷に向かって伸びていく。
「…………」
ユーリと目が合う。彼はほんの一瞬だけ表情を硬くしたが、結局何も言わずに目を閉じた。大人しく治療を受けるつもりでいるようだ。
「そのまま楽に……していて……」
「……はい」
エレノアは術式を展開していく。手元には緑の光が灯った。だが――ここにきて迷いが生じる。惜しいのだ。ユーリと過ごすこの時間が。
(もっと……貴方と。……せめて最期のこの時だけは……)
エレノアは逡巡した後に治療の手を止めた。
「ごめんなさい。あとで別の方に――っ!」
下げかけた手をぎゅっと握られる。ユーリだ。彼は笑っていた。挑発的でもあり、悪戯っぽくもある目で。そう。エレノアが魅せられて止まないあの目だ。
「どうして止めたんですか?」
「……野暮なこと聞かないで」
「教えて」
強請ってくる。ひしひしと伝わってきた。彼の子供のような無邪気さ、それと頑固さが。
(敵わないわね)
エレノアは観念して小声で白状する。
「貴方と少しでも長くいたいからよ」
「ははっ!」
「酷いわ。笑うなんて」
「ごめんなさい。つい」
握った手はそのままに額を撫でてくる。目にかかる髪を避けてくれているようだ。エレノアはあまりの心地よさにふっと口元を緩めた。
「約束、ちゃんと覚えてますか?」
エレノアは頷いた。そして、乾いた唇に力を込めて――答える。
「貴方を……待つ」
「ええ。待っていてください。俺が必ず……っ、迎えに行きますから」
ユーリの栗色の瞳が濡れていく。けれど、決して零さない。笑顔を保ち続けてくれている。
「俺の心は永遠に貴方のものです」
「わたくしの……心も……」
「ええ、分かっていますよ」
エレノアは頷いた。視界が白くぼやけていく。ユーリの顔も――もう見えない。
「エラ、愛しています」
「わたくし、も。愛している……わ……」
「……っ、……エラ――」
遂には視界が真っ白に。何も感じなくなった。体温も、声も、何もかも。まさに無だ。
(これが死。……っ!)
不意に浮遊感を覚えた。恐る恐る目を開けてみれば、眼下にはユーリとミラの姿が。その二人の視線の先には、安らかに眠るエレノアの姿があった。
(意識だけが抜け落ちてしまったのかしら? わたくしは死んでしまった……のよね?)
今度は視界を何かが掠めた。淡く輝くそれは羽であるようだ。そういえば背中に違和感がある。
(っ! これは)
エレノアの背には白い翼が生えていた。
(それに……これはカソック? ヴェールまでちゃんと被ってる)
そう。今のエレノアは聖女の装いに翼が生えた状態で宙に浮いていた。
(訳が分からない。これにはいったい何の意味が――)
「……っ、……エラ……」
「いいよ、ユーリ。もう泣いていいんだよ」
「……っ、……くっ……」
ミラに促されたことで、ユーリは漸く涙を流した。エレノアの手を握ったまま。堰を切ったように。それでも声は抑えていた。『光の勝利』に影を落としてはならない。そんなエレノアの思いを汲んでのことなのだろう。
(ユーリ……)
せめてその涙を拭ってあげたい。しかしながら、そんな細やかな願いすら叶うことはないようだ。
『あっ……』
通り抜けてしまう。ユーリの体を。いや、触れられないどころの話ではない。気付いていないのだ。ユーリもミラも。エレノアの存在に。こんなに近くにいるのに。
(これは罰なのかしら)
神の世界を想像してしまったから。いや、思えば心当たりがあり過ぎる。教えに背いたのは一度や二度のことではない。
(当然の報いね。でも……)
幸福な罰、とも思えた。意思の疎通は出来ずともこうして傍にいることが出来るのだから。
『見守っているわ。ずっと。……神がお許しくださる限り』
「いいえ、本物ですよ」
ミラは椅子ごとずれてエレノアの顔のあたりに。ユーリはエレノアの腕のあたりで膝立ちになった。
「すみません。遅くなりました」
「魔物は?」
「クリストフ様が加勢してくださったんです。それで何とか」
「流石ね」
「ええ。ははっ、やっぱあの人には敵わないな」
ユーリはそう言って気恥ずかしそうに、それでいて何処か誇らしげな表情で笑った。慕っているのが見て取れる。クリストフのことを。心の底から。
「そうかなぁ~? アンタと小姑様だったら、どっこいどっこいなんじゃない?」
「全然違いますよ。何言ってんですか」
ユーリとミラがじゃれつき始める。姉弟のようなやり取りは相変わらずで、見つめるエレノアの表情も一層やわらかなものになっていく。
(あら……傷、が……)
ユーリの額――右端のあたりに傷が出来ていた。幅1センチ以下、長さ5センチ程度の切り傷であるようだ。それなりに深い。適切に処置しなければ痕になってしまうだろう。
(せめて……これだけでも)
エレノアの手がその傷に向かって伸びていく。
「…………」
ユーリと目が合う。彼はほんの一瞬だけ表情を硬くしたが、結局何も言わずに目を閉じた。大人しく治療を受けるつもりでいるようだ。
「そのまま楽に……していて……」
「……はい」
エレノアは術式を展開していく。手元には緑の光が灯った。だが――ここにきて迷いが生じる。惜しいのだ。ユーリと過ごすこの時間が。
(もっと……貴方と。……せめて最期のこの時だけは……)
エレノアは逡巡した後に治療の手を止めた。
「ごめんなさい。あとで別の方に――っ!」
下げかけた手をぎゅっと握られる。ユーリだ。彼は笑っていた。挑発的でもあり、悪戯っぽくもある目で。そう。エレノアが魅せられて止まないあの目だ。
「どうして止めたんですか?」
「……野暮なこと聞かないで」
「教えて」
強請ってくる。ひしひしと伝わってきた。彼の子供のような無邪気さ、それと頑固さが。
(敵わないわね)
エレノアは観念して小声で白状する。
「貴方と少しでも長くいたいからよ」
「ははっ!」
「酷いわ。笑うなんて」
「ごめんなさい。つい」
握った手はそのままに額を撫でてくる。目にかかる髪を避けてくれているようだ。エレノアはあまりの心地よさにふっと口元を緩めた。
「約束、ちゃんと覚えてますか?」
エレノアは頷いた。そして、乾いた唇に力を込めて――答える。
「貴方を……待つ」
「ええ。待っていてください。俺が必ず……っ、迎えに行きますから」
ユーリの栗色の瞳が濡れていく。けれど、決して零さない。笑顔を保ち続けてくれている。
「俺の心は永遠に貴方のものです」
「わたくしの……心も……」
「ええ、分かっていますよ」
エレノアは頷いた。視界が白くぼやけていく。ユーリの顔も――もう見えない。
「エラ、愛しています」
「わたくし、も。愛している……わ……」
「……っ、……エラ――」
遂には視界が真っ白に。何も感じなくなった。体温も、声も、何もかも。まさに無だ。
(これが死。……っ!)
不意に浮遊感を覚えた。恐る恐る目を開けてみれば、眼下にはユーリとミラの姿が。その二人の視線の先には、安らかに眠るエレノアの姿があった。
(意識だけが抜け落ちてしまったのかしら? わたくしは死んでしまった……のよね?)
今度は視界を何かが掠めた。淡く輝くそれは羽であるようだ。そういえば背中に違和感がある。
(っ! これは)
エレノアの背には白い翼が生えていた。
(それに……これはカソック? ヴェールまでちゃんと被ってる)
そう。今のエレノアは聖女の装いに翼が生えた状態で宙に浮いていた。
(訳が分からない。これにはいったい何の意味が――)
「……っ、……エラ……」
「いいよ、ユーリ。もう泣いていいんだよ」
「……っ、……くっ……」
ミラに促されたことで、ユーリは漸く涙を流した。エレノアの手を握ったまま。堰を切ったように。それでも声は抑えていた。『光の勝利』に影を落としてはならない。そんなエレノアの思いを汲んでのことなのだろう。
(ユーリ……)
せめてその涙を拭ってあげたい。しかしながら、そんな細やかな願いすら叶うことはないようだ。
『あっ……』
通り抜けてしまう。ユーリの体を。いや、触れられないどころの話ではない。気付いていないのだ。ユーリもミラも。エレノアの存在に。こんなに近くにいるのに。
(これは罰なのかしら)
神の世界を想像してしまったから。いや、思えば心当たりがあり過ぎる。教えに背いたのは一度や二度のことではない。
(当然の報いね。でも……)
幸福な罰、とも思えた。意思の疎通は出来ずともこうして傍にいることが出来るのだから。
『見守っているわ。ずっと。……神がお許しくださる限り』
10
あなたにおすすめの小説
崖っぷち令嬢は冷血皇帝のお世話係〜侍女のはずが皇帝妃になるみたいです〜
束原ミヤコ
恋愛
ティディス・クリスティスは、没落寸前の貧乏な伯爵家の令嬢である。
家のために王宮で働く侍女に仕官したは良いけれど、緊張のせいでまともに話せず、面接で落とされそうになってしまう。
「家族のため、なんでもするからどうか働かせてください」と泣きついて、手に入れた仕事は――冷血皇帝と巷で噂されている、冷酷冷血名前を呼んだだけで子供が泣くと言われているレイシールド・ガルディアス皇帝陛下のお世話係だった。
皇帝レイシールドは気難しく、人を傍に置きたがらない。
今まで何人もの侍女が、レイシールドが恐ろしくて泣きながら辞めていったのだという。
ティディスは決意する。なんとしてでも、お仕事をやりとげて、没落から家を救わなければ……!
心根の優しいお世話係の令嬢と、無口で不器用な皇帝陛下の話です。
追放された薬師は、辺境の地で騎士団長に愛でられる
湊一桜
恋愛
王宮薬師のアンは、国王に毒を盛った罪を着せられて王宮を追放された。幼少期に両親を亡くして王宮に引き取られたアンは、頼れる兄弟や親戚もいなかった。
森を彷徨って数日、倒れている男性を見つける。男性は高熱と怪我で、意識が朦朧としていた。
オオカミの襲撃にも遭いながら、必死で男性を看病すること二日後、とうとう男性が目を覚ました。ジョーという名のこの男性はとても強く、軽々とオオカミを撃退した。そんなジョーの姿に、不覚にもときめいてしまうアン。
行くあてもないアンは、ジョーと彼の故郷オストワル辺境伯領を目指すことになった。
そして辿り着いたオストワル辺境伯領で待っていたのは、ジョーとの甘い甘い時間だった。
※『小説家になろう』様、『ベリーズカフェ』様でも公開中です。
酒飲み聖女は気だるげな騎士団長に秘密を握られています〜完璧じゃなくても愛してるって正気ですか!?〜
鳥花風星
恋愛
太陽の光に当たって透けるような銀髪、紫水晶のような美しい瞳、均整の取れた体つき、女性なら誰もが羨むような見た目でうっとりするほどの完璧な聖女。この国の聖女は、清楚で見た目も中身も美しく、誰もが羨む存在でなければいけない。聖女リリアは、ずっとみんなの理想の「聖女様」でいることに専念してきた。
そんな完璧な聖女であるリリアには誰にも知られてはいけない秘密があった。その秘密は完璧に隠し通され、絶対に誰にも知られないはずだった。だが、そんなある日、騎士団長のセルにその秘密を知られてしまう。
秘密がばれてしまったら、完璧な聖女としての立場が危うく、国民もがっかりさせてしまう。秘密をばらさないようにとセルに懇願するリリアだが、セルは秘密をばらされたくなければ婚約してほしいと言ってきた。
一途な騎士団長といつの間にか逃げられなくなっていた聖女のラブストーリー。
◇氷雨そら様主催「愛が重いヒーロー企画」参加作品です。
捨てられ侯爵令嬢ですが、逃亡先で息子と幸せに過ごしていますので、邪魔しないでください。
蒼月柚希
恋愛
公爵様の呪いは解かれました。
これで、貴方も私も自由です。
……だから、もういいですよね?
私も、自由にして……。
5年後。
私は、ある事情から生まれ育った祖国を離れ、
親切な冒険者パーティーと、その地を治める辺境伯様のご家族に守られながら、
今日も幸せに子育てをしています。
だから貴方も勝手に、お幸せになってくださいね。
私のことは忘れて……。
これは、お互いの思いがこじれ、離れ離れになってしまった一組の夫婦の物語。
はたして、夫婦は無事に、離婚を回避することができるのか?
白い結婚を捨てた王妃は、もう二度と振り向かない ――愛さぬと言った王子が全てを失うまで』
鍛高譚
恋愛
「私は王妃を愛さない。彼女とは白い結婚を誓う」
華やかな王宮の大聖堂で交わされたのは、愛の誓いではなく、冷たい拒絶の言葉だった。
王子アルフォンスの婚姻相手として選ばれたレイチェル・ウィンザー。しかし彼女は、王妃としての立場を与えられながらも、夫からも宮廷からも冷遇され、孤独な日々を強いられる。王の寵愛はすべて聖女ミレイユに注がれ、王宮の権力は彼女の手に落ちていった。侮蔑と屈辱に耐える中、レイチェルは誇りを失わず、密かに反撃の機会をうかがう。
そんな折、隣国の公爵アレクサンダーが彼女の前に現れる。「君の目はまだ死んでいないな」――その言葉に、彼女の中で何かが目覚める。彼はレイチェルに自由と新たな未来を提示し、密かに王宮からの脱出を計画する。
レイチェルが去ったことで、王宮は急速に崩壊していく。聖女ミレイユの策略が暴かれ、アルフォンスは自らの過ちに気づくも、時すでに遅し。彼が頼るべき王妃は、もはや遠く、隣国で新たな人生を歩んでいた。
「お願いだ……戻ってきてくれ……」
王国を失い、誇りを失い、全てを失った王子の懇願に、レイチェルはただ冷たく微笑む。
「もう遅いわ」
愛のない結婚を捨て、誇り高き未来へと進む王妃のざまぁ劇。
裏切りと策略が渦巻く宮廷で、彼女は己の運命を切り開く。
これは、偽りの婚姻から真の誓いへと至る、誇り高き王妃の物語。
【完結】『運命』を『気のせい』と答えたら、婚姻となりまして
うり北 うりこ@ざまされ2巻発売中
恋愛
ヴォレッカ・サミレットは、領地の危機をどうにかするために、三年ぶりに社交界へと婚姻相手を探しにやってきた。
第一にお金、次に人柄、後妻ではなく、できれば清潔感のある人と出会いたい。 そう思っていたのだが──。
「これは、運命だろうか……」 誰もが振り返るほどの美丈夫に、囁かれるという事態に。
「気のせいですね」 自身が平凡だと自覚があり、からかって遊ばれていると思って、そう答えたヴォレッカ。
だが、これがすべての始まりであった。 超絶平凡令嬢と、女性が苦手な美丈夫の織りなす、どこかかみ合わない婚姻ラブストーリー。
全43話+番外編です。
公爵令息様を治療したらいつの間にか溺愛されていました
Karamimi
恋愛
マーケッヒ王国は魔法大国。そんなマーケッヒ王国の伯爵令嬢セリーナは、14歳という若さで、治癒師として働いている。それもこれも莫大な借金を返済し、幼い弟妹に十分な教育を受けさせるためだ。
そんなセリーナの元を訪ねて来たのはなんと、貴族界でも3本の指に入る程の大貴族、ファーレソン公爵だ。話を聞けば、15歳になる息子、ルークがずっと難病に苦しんでおり、どんなに優秀な治癒師に診てもらっても、一向に良くならないらしい。
それどころか、どんどん悪化していくとの事。そんな中、セリーナの評判を聞きつけ、藁をもすがる思いでセリーナの元にやって来たとの事。
必死に頼み込む公爵を見て、出来る事はやってみよう、そう思ったセリーナは、早速公爵家で治療を始めるのだが…
正義感が強く努力家のセリーナと、病気のせいで心が歪んでしまった公爵令息ルークの恋のお話です。
お堅い公爵様に求婚されたら、溺愛生活が始まりました
群青みどり
恋愛
国に死ぬまで搾取される聖女になるのが嫌で実力を隠していたアイリスは、周囲から無能だと虐げられてきた。
どれだけ酷い目に遭おうが強い精神力で乗り越えてきたアイリスの安らぎの時間は、若き公爵のセピアが神殿に訪れた時だった。
そんなある日、セピアが敵と対峙した時にたまたま近くにいたアイリスは巻き込まれて怪我を負い、気絶してしまう。目が覚めると、顔に傷痕が残ってしまったということで、セピアと婚約を結ばれていた!
「どうか怪我を負わせた責任をとって君と結婚させてほしい」
こんな怪我、聖女の力ですぐ治せるけれど……本物の聖女だとバレたくない!
このまま正体バレして国に搾取される人生を送るか、他の方法を探して婚約破棄をするか。
婚約破棄に向けて悩むアイリスだったが、罪悪感から求婚してきたはずのセピアの溺愛っぷりがすごくて⁉︎
「ずっと、どうやってこの神殿から君を攫おうかと考えていた」
麗しの公爵様は、今日も聖女にしか見せない笑顔を浮かべる──
※タイトル変更しました
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる