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余命2年
51.入場
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真っ白な扉が開かれていく。遥か遠くには青いバラ窓。その下には、荘厳な造りの木製の主祭壇があり、ユーリと神父を務める三兄・アルバートの姿があった。
主祭壇までの距離は目算で100メートル以上。そこに至るまでには、10人掛けのベンチが左右にずらりと並んでいた。参列者の数は2000はくだらないだろう。
(ありがたいことね。でも、やはりどうにも緊張してしまう)
皆笑顔ではあるものの、同時に厳しさのようなものも抱いているような気がした。
まるでそう――試されているかのような。
救国の勇者・ユーリの妻としてふさわしい人間であるか否か、審判を受けているかのようだった。
(ユーリ。貴方は文字通り皆の誇り、皆の心の支えなのね)
これから自分はそんな彼の妻となるのだと、その責の重さを深く深く再認する。
「大丈夫だよ、エラ。胸を張りなさい」
「お父様……」
「行こう。ユーリが待っている」
父に促されるまま正面に目をやると、ユーリがこちらに目を向けているのが分かった。100メートル近く距離が離れているため表情こそ伺えないが、微笑んでくれているのであろうことは容易に想像がついた。
(単純ね。貴方に愛されていると、そう思うだけで力が湧いてくる)
エレノアは微苦笑を浮かべつつ父の方に目を向ける。
「参りましょう」
エレノアは、父・ガブリエルにリードされる形で歩き始めた。一歩一歩ユーリに向かって。
参列者達の背後には淡い光を放つシャンデリアが並び立ち、二階・三階部分に取り付けられた大窓からは、温かな陽光が差し込んできている。
頭上には見上げるほどに高い天井。そこにはレースのような精巧なヴォールトが広がっていた。
(レイは……やはり来ていないのかしら)
大賢者・レイモンドは、エレノアの叔父・エルヴェ唯一の弟子。エレノアからすれば従兄のような存在だ。そのため結婚式にもぜひ来てほしいと願い出たのだが、取りつく島もなく断られてしまった。
多忙を理由にしていたが、実際は自身を卑下してのことなのだろうと思う。
(異国人、スラム出身の元男娼。そんなこと、もう誰も気にしていないでしょうに)
レイは今となっては救国の勇者・ユーリの仲間、魔術の指南役、そして育ての親でもあるのだ。
仮に批判の声が上がったとしても、そんなものは言ってしまえば妬みに端を発したもの。取るに足らないものであるように思われるのだが。
(……無理強いはすべきではないわね)
小さく溜息をつく。一方で期待も抱いていた。
(パレードの時は、参加見送りとしながらも物陰から見守ってくれていた。今回も、もしかしたら……)
エレノアは期待に胸を膨らませつつ、叱られない程度に周囲を見回しながら歩を進めていく。
後方にはユーリの支援者と思われる貴族・平民の人々が。前方にはユーリの故郷・ポップバーグの人々、ビルやミラを始めとしたユーリの仲間達、そしてエレノアの親族、カーライルと馴染み深い貴族が参列していた。
(あれは……エドワード殿下……!)
右手の最前列には王、王妃、王太子エドワードといった王族の姿があった。彼らは10人掛けのベンチの中央付近に座り、その周囲を赤い軍服を着た剣士や、青いローブ姿の魔術師によって守られているようだった。
(アデル様はご一緒ではないのね)
舞踏会の日、エドワードはミラの義妹であり、辺境伯令嬢でもあるアデルと共に過ごしていた。あのままアデルが王太子妃になるのでは? と目されていたのだが、舞踏会から一か月近く経っても王太子妃確定の知らせは轟いていない。
(アデル様……)
件の女性・アデルはエドワードとは反対側、左手前方付近にいた。両親と共に参列しているようだ。
笑顔で祝福してくれているが、何処か寂し気でもある。
ミラの話では、彼女にとってエドワードは初恋の人であるらしく、8年間ずっと思い続けているらしい。
(きっとお家柄だけではないはずよ。あの日、エドワード様がアデル様をお選びになったのは)
帰還後初めて国王夫妻に謁見した際に、エドワードの母親である女王はこう語っていた。
『憖、力を見通せるだけに心が見えぬのが不安でならぬのです。それで疑って、試したりしてね。――とにかく不器用なのですよ、あの子は』
彼女の主張は正しいように思う。現に同じく『慧眼』を有していた魔王・アイザックも、側近である老人にしか心を開いていないようだった。
故に、あの日エドワードがアデルを選んだのも、彼女から信じるに足り得る感情を感じ取ったからなのではないかと思えてならないのだ。
(今はまだ遠くともいずれは……)
叶うなら2人の式に参列したい。そんな密かな夢を胸の中で転がす。
「ユーリ、エラを頼んだよ」
「はい。この命に代えても」
父・ガブリエルはエレノアの手を取り、ユーリにそっと握らせた。父の体が離れていくと同時に、ユーリのリードを受けて彼の隣に立つ。
「とても綺麗です」
囁くように褒められる。見ればユーリは頬をほんのりと赤らめて、照れを誤魔化すようにして笑っていた。
(幸せと、顔に書いてあるようね。きっとわたくしも)
胸の奥が擽られるような心地になりながら、エレノアは返す。
「貴方もとっても素敵よ」
ユーリは純白のタキシードに身を包んでいた。着丈の長いフロックコートに白いベスト、そしてエレノアの髪色にも似たミルキーブロンドのネクタイを締めている。
アンナと共に、ユーリがヘロヘロになるまで選びに選び抜いたまさにこだわりの逸品だ。
(黒も捨てがたかったけれど、やはり貴方には白が似合う)
彼の一途で真っ直ぐな精神が、自然と純白を彷彿とさせるのだろう。
(自分のことのように誇らしく思います)
「軍服と大して変わりませんよ」
「ふふっ、照れ隠しと取ることにしましょう」
「本心ですよ。――っ!」
咳払いをされた。正面に立つ神父・アルバートからだ。静粛にということなのだろう。エレノアとユーリは揃ってばつが悪そうに目を伏せる。
2人の反省を認めたらしいアルバートは、その後は滞りなく神の教えを述べ始めた。
(流石ですわ、アルお兄様)
青く澄んだステンドグラスの光が、兄の白いカソックを照らしている。色白で涼やかな美貌が際立つが、一方で博愛も感じさせる。例えるのならそう――広く温かで包み込まれるような。
(まさにお父様の理想、聖教の理想を体現しておいでだわ)
誇らしく思う反面、胸の奥が小さく疼いた。
同じ聖職者の道を行く2人の兄――アルバートとセオドアはいずれも群を抜いて優秀で、エレノアは事あるごとに兄達と比べられた。埋められない才能の差に苦しめられたのは、一度や二度のことではない。
(――1人でも多くの患者様をお救いする。そう決意するに至ったきっかけは、間違いなく『逃避』でしょうね)
癒し手として生きる。そう決断することで兄達との差別化をはかっていた。自衛のためとはいえ、何とも浅ましいことだ。
(けれど、患者様が……ユーリが『誠』にしてくれた)
そう。彼らが教えてくれたのだ。こんな自分でも救える命があることを。
ただ――それだけに、つい考えてしまう。
自分にはまだ救うべき命があるのではないかと。
ユーリには、中等症の患者様でさえ完治させることは難しいと伝えてある。だが、あれは生きることを優先し力をセーブしてかかった場合に限ってのこと。
命を賭してのぞめば、難病や重度の負傷にも対応出来る。そんな自負がエレノアの中にはあったのだ。
『職を辞する必要はありません。俺は貴方の生き様も含めて愛する覚悟でいますから。だから……遠慮は要りません』
ユーリがくれた『許しの言葉』が頭を過る。
(……っ、いけない。この期に及んで何を考えているのかしら)
エレノアはきゅっと唇を噛み締めて思考を打ち消していく。
(癒し手としてのわたくしは、もうとうに死んだのよ)
勇者・ユーリの妻の命と引き換えに、一命を取り留めた。
患者は遅かれ早かれその事実を知ることになる。何も感じずにいてくれるのならそれはそれで結構なことだが、現実問題中々そうもいかないだろう。
大なり小なり背負いこませることになる。その可能性がほんの僅かでもある限り、癒し手を続けるわけにはいかないのだ。
(だからこれでいい。これでいいのよ)
最早残滓に等しい残り僅かな命の使い方。この選択に誤りはないのだと、改めて自身に言い聞かせていく。
「それでは、指輪の交換を」
アルバートが促すと、左手前方の扉が開く。その先には覚束ない足取りで立つ男児・ジャンの姿があった。
主祭壇までの距離は目算で100メートル以上。そこに至るまでには、10人掛けのベンチが左右にずらりと並んでいた。参列者の数は2000はくだらないだろう。
(ありがたいことね。でも、やはりどうにも緊張してしまう)
皆笑顔ではあるものの、同時に厳しさのようなものも抱いているような気がした。
まるでそう――試されているかのような。
救国の勇者・ユーリの妻としてふさわしい人間であるか否か、審判を受けているかのようだった。
(ユーリ。貴方は文字通り皆の誇り、皆の心の支えなのね)
これから自分はそんな彼の妻となるのだと、その責の重さを深く深く再認する。
「大丈夫だよ、エラ。胸を張りなさい」
「お父様……」
「行こう。ユーリが待っている」
父に促されるまま正面に目をやると、ユーリがこちらに目を向けているのが分かった。100メートル近く距離が離れているため表情こそ伺えないが、微笑んでくれているのであろうことは容易に想像がついた。
(単純ね。貴方に愛されていると、そう思うだけで力が湧いてくる)
エレノアは微苦笑を浮かべつつ父の方に目を向ける。
「参りましょう」
エレノアは、父・ガブリエルにリードされる形で歩き始めた。一歩一歩ユーリに向かって。
参列者達の背後には淡い光を放つシャンデリアが並び立ち、二階・三階部分に取り付けられた大窓からは、温かな陽光が差し込んできている。
頭上には見上げるほどに高い天井。そこにはレースのような精巧なヴォールトが広がっていた。
(レイは……やはり来ていないのかしら)
大賢者・レイモンドは、エレノアの叔父・エルヴェ唯一の弟子。エレノアからすれば従兄のような存在だ。そのため結婚式にもぜひ来てほしいと願い出たのだが、取りつく島もなく断られてしまった。
多忙を理由にしていたが、実際は自身を卑下してのことなのだろうと思う。
(異国人、スラム出身の元男娼。そんなこと、もう誰も気にしていないでしょうに)
レイは今となっては救国の勇者・ユーリの仲間、魔術の指南役、そして育ての親でもあるのだ。
仮に批判の声が上がったとしても、そんなものは言ってしまえば妬みに端を発したもの。取るに足らないものであるように思われるのだが。
(……無理強いはすべきではないわね)
小さく溜息をつく。一方で期待も抱いていた。
(パレードの時は、参加見送りとしながらも物陰から見守ってくれていた。今回も、もしかしたら……)
エレノアは期待に胸を膨らませつつ、叱られない程度に周囲を見回しながら歩を進めていく。
後方にはユーリの支援者と思われる貴族・平民の人々が。前方にはユーリの故郷・ポップバーグの人々、ビルやミラを始めとしたユーリの仲間達、そしてエレノアの親族、カーライルと馴染み深い貴族が参列していた。
(あれは……エドワード殿下……!)
右手の最前列には王、王妃、王太子エドワードといった王族の姿があった。彼らは10人掛けのベンチの中央付近に座り、その周囲を赤い軍服を着た剣士や、青いローブ姿の魔術師によって守られているようだった。
(アデル様はご一緒ではないのね)
舞踏会の日、エドワードはミラの義妹であり、辺境伯令嬢でもあるアデルと共に過ごしていた。あのままアデルが王太子妃になるのでは? と目されていたのだが、舞踏会から一か月近く経っても王太子妃確定の知らせは轟いていない。
(アデル様……)
件の女性・アデルはエドワードとは反対側、左手前方付近にいた。両親と共に参列しているようだ。
笑顔で祝福してくれているが、何処か寂し気でもある。
ミラの話では、彼女にとってエドワードは初恋の人であるらしく、8年間ずっと思い続けているらしい。
(きっとお家柄だけではないはずよ。あの日、エドワード様がアデル様をお選びになったのは)
帰還後初めて国王夫妻に謁見した際に、エドワードの母親である女王はこう語っていた。
『憖、力を見通せるだけに心が見えぬのが不安でならぬのです。それで疑って、試したりしてね。――とにかく不器用なのですよ、あの子は』
彼女の主張は正しいように思う。現に同じく『慧眼』を有していた魔王・アイザックも、側近である老人にしか心を開いていないようだった。
故に、あの日エドワードがアデルを選んだのも、彼女から信じるに足り得る感情を感じ取ったからなのではないかと思えてならないのだ。
(今はまだ遠くともいずれは……)
叶うなら2人の式に参列したい。そんな密かな夢を胸の中で転がす。
「ユーリ、エラを頼んだよ」
「はい。この命に代えても」
父・ガブリエルはエレノアの手を取り、ユーリにそっと握らせた。父の体が離れていくと同時に、ユーリのリードを受けて彼の隣に立つ。
「とても綺麗です」
囁くように褒められる。見ればユーリは頬をほんのりと赤らめて、照れを誤魔化すようにして笑っていた。
(幸せと、顔に書いてあるようね。きっとわたくしも)
胸の奥が擽られるような心地になりながら、エレノアは返す。
「貴方もとっても素敵よ」
ユーリは純白のタキシードに身を包んでいた。着丈の長いフロックコートに白いベスト、そしてエレノアの髪色にも似たミルキーブロンドのネクタイを締めている。
アンナと共に、ユーリがヘロヘロになるまで選びに選び抜いたまさにこだわりの逸品だ。
(黒も捨てがたかったけれど、やはり貴方には白が似合う)
彼の一途で真っ直ぐな精神が、自然と純白を彷彿とさせるのだろう。
(自分のことのように誇らしく思います)
「軍服と大して変わりませんよ」
「ふふっ、照れ隠しと取ることにしましょう」
「本心ですよ。――っ!」
咳払いをされた。正面に立つ神父・アルバートからだ。静粛にということなのだろう。エレノアとユーリは揃ってばつが悪そうに目を伏せる。
2人の反省を認めたらしいアルバートは、その後は滞りなく神の教えを述べ始めた。
(流石ですわ、アルお兄様)
青く澄んだステンドグラスの光が、兄の白いカソックを照らしている。色白で涼やかな美貌が際立つが、一方で博愛も感じさせる。例えるのならそう――広く温かで包み込まれるような。
(まさにお父様の理想、聖教の理想を体現しておいでだわ)
誇らしく思う反面、胸の奥が小さく疼いた。
同じ聖職者の道を行く2人の兄――アルバートとセオドアはいずれも群を抜いて優秀で、エレノアは事あるごとに兄達と比べられた。埋められない才能の差に苦しめられたのは、一度や二度のことではない。
(――1人でも多くの患者様をお救いする。そう決意するに至ったきっかけは、間違いなく『逃避』でしょうね)
癒し手として生きる。そう決断することで兄達との差別化をはかっていた。自衛のためとはいえ、何とも浅ましいことだ。
(けれど、患者様が……ユーリが『誠』にしてくれた)
そう。彼らが教えてくれたのだ。こんな自分でも救える命があることを。
ただ――それだけに、つい考えてしまう。
自分にはまだ救うべき命があるのではないかと。
ユーリには、中等症の患者様でさえ完治させることは難しいと伝えてある。だが、あれは生きることを優先し力をセーブしてかかった場合に限ってのこと。
命を賭してのぞめば、難病や重度の負傷にも対応出来る。そんな自負がエレノアの中にはあったのだ。
『職を辞する必要はありません。俺は貴方の生き様も含めて愛する覚悟でいますから。だから……遠慮は要りません』
ユーリがくれた『許しの言葉』が頭を過る。
(……っ、いけない。この期に及んで何を考えているのかしら)
エレノアはきゅっと唇を噛み締めて思考を打ち消していく。
(癒し手としてのわたくしは、もうとうに死んだのよ)
勇者・ユーリの妻の命と引き換えに、一命を取り留めた。
患者は遅かれ早かれその事実を知ることになる。何も感じずにいてくれるのならそれはそれで結構なことだが、現実問題中々そうもいかないだろう。
大なり小なり背負いこませることになる。その可能性がほんの僅かでもある限り、癒し手を続けるわけにはいかないのだ。
(だからこれでいい。これでいいのよ)
最早残滓に等しい残り僅かな命の使い方。この選択に誤りはないのだと、改めて自身に言い聞かせていく。
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