幸い(さきはひ)

白木 春織

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第十章

第十二話

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「南山教授、桐秋様の桜病は千鶴が幼少期、自身の病を知らずに桐秋様にれてしまったことで感染した病気です。

 北川が作ったものではなく、北川が感染したものと同じ、千鶴の患っていた幼児期の桜病。

 それがなぜ北川のようにすぐに発症せず、大人になって現れたのか、私にはわかりません」

 当時桐秋は子どもだったため、潜伏せんぷくし、大人になって発症したのかもしれない。

「それでも、千鶴の血から作られた抗毒素血清が桐秋様のお体にいているのなら間違いないでしょう」

 西野は先ほど渡した血清についてれる。

「あの日、桐秋様が吐血された日。

 千鶴は自分の血が、桐秋様の桜病に対する抗毒素血清になりえないかと訴えに来ました」

 桐秋の病の原因となった自分なら、一度幼児期の桜病を克服している自分の血なら、桐秋の桜病に対する抗体がないかと。

「私はその可能性を分かっていて、あえて言っていませんでした。

 桜病の真実を知っていたからこそ、これ以上この病に関わることで娘になにかを求めたくなかった。

 彼女のわずかな血でさえもそのために提供させたくなかった。

 あなたの息子さんが死ぬことになろうが、私は娘の方が大事だった。

 私はその時になってやっと、自身の中でくすぶっていた漠然とした不安の正体を自覚しました」

――分かっていたのだ。

「千鶴はきっと己の大切なもののためならば、自身の身など簡単になげうつ。

 それを父として医者として分かっていた。

 だからこそずっと不安を感じていたのです」 

 はからずも、こうなることが分かっていたからこそ、西野は娘が南山家に行くことを反対した。

「そうして、あの子は桐秋様の研究を側で支えるうち、自分の血の価値に気づいてしまった。

 愛する人を助けてほしいと泣きながら懇願こんがんする娘を前に、父として秘密を黙っておくことはできなかった。

 けれども、あの子の血を採ることもできなかった。

 ですから、貴方にすがったのでしょう」
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