No.2

destiney

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ep2

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「月のそばで眠る」

遠野の腕の中で、は小さく息を吐いた。

涙をこらえたせいか、喉の奥がじんと痛い。

「……もう、大丈夫」

そう言いながら、そっと体を離そうとした。

けれど、遠野はすぐに手を離さなかった。

「無理はしなくていいですよ」

低く穏やかな声が、耳元に落ちる。

「泣きたくなるのは、仕方のないことですから」

奏来はぎゅっと拳を握った。

「……泣きたくなんて、ない」

そう言ったつもりだった。

けれど、震える声が、まるで子どものように弱々しく響く。

遠野は、それ以上何も言わなかった。

ただ、静かに腕を回し、奏来の背中をゆっくりと撫でた。

その優しさに、心が少しずつほどけていく。

「……ありがとう」

やっとの思いで言葉を絞り出すと、遠野は小さく微笑んだ。

「どういたしまして」

そのまましばらく、二人は夜の街の片隅で寄り添っていた。



翌日、大学の講義が終わったあと、奏来は人気のない廊下を歩いていた。

遠野とは、あれからちゃんと話せていない。

顔を合わせるのが、少し気まずかった。

「……」

昨日、あんなに甘えてしまったのに、何事もなかったように接していいのか分からない。

そんなことを考えながら角を曲がると、前から見覚えのある姿が歩いてきた。

遠野だった。

「……」

奏来は思わず足を止めた。

目が合う。

遠野は、一瞬だけ表情を和らげると、そのまま奏来の前で立ち止まった。

「先輩」

優しく名前を呼ばれ、胸の奥がわずかに熱くなる。

「昨日は、ちゃんと眠れましたか?」

問いかけられた瞬間、奏来は無意識に視線を落とした。

──眠れなかった。

昨日のことを思い出すたび、胸が締めつけられて、どうしようもなく心細くなった。

でも、それを正直に言うのは恥ずかしかった。

「……普通に寝た」

そう答えると、遠野は小さく目を細めた。

「そうですか」

それ以上は何も言わず、ただ穏やかに微笑む。

でも、なぜかその表情が「嘘だと分かっている」と言っているような気がして、奏来は小さく息を飲んだ。

「……本当に?」

「……」

問い詰められているわけじゃないのに、逃げ出したくなる。

「……っ」

無意識に拳を握ると、その瞬間、遠野がふっと息をついた。

「よかったら、今日の夜……うちに来ませんか?」

「……え?」

「一人で眠れないなら、一緒に寝ましょう」

の心臓が、大きく跳ねた。
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