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ep1
しおりを挟む春の風が肌を撫でる。
奏来は人気のない道を歩いていた。
足元のアスファルトには、薄紅色の花びらが散らばっている。街灯の明かりがぼんやりと滲み、昼間とは違う静けさが街を包んでいた。
ポケットに入れたスマホが震える。
画面を見ると、大学の同級生からのメッセージだった。
『もうすぐ着く?』
指先が迷う。
本当は行きたくなかった。けれど、何度も誘いを断るのも気が引けて、結局「少しだけなら」と返事をしてしまった。
肩をすくめ、小さく息を吐く。
夜の空気が、少しだけ冷たく感じた。
──その違和感に気づいたのは、駅前の居酒屋に着いてからだった。
「奏来くん、もう一軒行こうよ」
酔った先輩が、肩を組んでくる。
「いや、俺は……」
「いいから。せっかくの機会だしさ」
腕を引かれ、断る隙を与えられない。
店を出ると、雑踏の中に紛れ込んだ。
駅とは反対方向に歩いていることに気づく。
「どこ行くの?」
「いいとこ知ってるんだ」
路地を曲がると、そこは人通りの少ない裏通りだった。
煌々と光るネオン。見上げると、場違いなほど派手な建物が目に入る。
──ラブホテル。
足が止まった。
「ちょっと、冗談でしょ」
「いいじゃん、そんな怖い顔すんなって」
肩を抱かれ、強く引かれる。
心臓が嫌な音を立てた。
身体がこわばり、頭の奥がざわつく。
やめろ、触るな──。
強く抵抗しようとしたそのとき、不意に腕を引かれた。
「手を離してください」
落ち着いた声が響く。
気づくと、知らない男が隣に立っていた。
「……誰?」
「迎えに来ました」
涼やかな目が、奏来まっすぐに見つめる。
「一緒に帰りましょう」
その声の優しさに、張り詰めていたものが一気にほどけそうになった。
10
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