2 / 30
②シルティ10歳 セドリック8歳
しおりを挟む古くから続く名家存続のために子孫繁栄に努めるのがウィルベリー伯爵夫妻の義務だった。2人はまだ若く、長子のシルティは7歳になったばかり。本来ならば男児の出産を急ぐことはない。
しかし、医師の見立てによると、この先自然に妊娠することは非常に難しいとのことで、血筋を重んじる貴族としては大きな痛手だった。
2人はすぐさま、家門の傍系から養子を取るか、娘の婚約者を見つけるかを話し合った。
「……旦那様。家門存続のため、そして後世にウィルベリーの血を繋いでいくためにも、シルティの娘婿を探さなければならないと理解しております。ですが……」
シルティは優秀な娘だ。もし我が国が女性の爵位継承を認めていれば、家門にとっても、領民たちにとっても、良い女伯爵となっただろうことは容易に想像できた。だからこそ、いまのこの状況が残念でならない。
「ああ、きみの言いたいことは良くわかるよ。他の家門と違い、ウィルベリー伯爵家は政略結婚をする必要がない。我が家門は他家とのつながりをもって領地を拡大する必要はなく、我々の背後に王家が座している以上、後ろ盾や持参金を目的とした婚姻も必要がないからね」
「はい。だからこそ、シルには愛する人と一緒になってほしいのです。わたくしと、旦那様のように……」
自分の身体が弱いせいで次子を望むことができない。そのせいで、自らが背負うべき責務を他人に背負わせてしまうことになる。妻はそう、自責の念に苛まれている。
それでも貴族の矜持として、夫の前で泣くまいと耐える妻の姿を見て、なんと愛おしいのだろうと思った。
震える妻の肩を抱き寄せて、セルティも、いつかは心から愛おしく思える相手ができるのだろうかと、男親としては複雑な心境で未来の娘の心配をする。
「はぁ……。娘にとって父親とは、鬱陶しい存在なのだろうなぁ」
アンバー色の頭をなでていた夫が自嘲気味に笑うものだから、慰められていたはずの妻の涙はついにこぼれ落ちることなく、驚きによって引っ込んでしまった。
「突然どうなさったのです? 旦那様」
熱でもあるのかという体で見つめてくる妻の姿に、なぜか笑いがこみ上げてきてしまい、我慢することなく破顔大笑した。
「いや、ね。娘を持つ親は大変だなぁと再認識したのだよ。娘に好いた男ができるのは許しがたいと思うくせに、娘が心から愛する男と出会い幸せになってほしいとも思う」
「まぁ、それは鬱陶しい父親ですわね」
「そうであろう?」
「……ですが、娘を心から愛し、慈しんでくださる旦那様の妻になることができて、わたくしはなんて幸せ者なのだろうとも思いますわ」
そう顔をほころばせる妻に、「私こそ幸せ者だよ」と口づけた。
*****
暖かい日差しのもと、日傘をさして庭園を散歩していると、泉の側に建つ東屋の方角から賑やかな笑い声が聞こえてきた。
「ふふっ、シルとセディね。今日は少し日差しが強いわ。マリアンヌ、熱中症にならないように適度に果実水を飲ませてちょうだいと、乳母に伝えて来てくれる?」
日傘を傾けて伯爵夫人付の専属侍女に目をやると、彼女はうやうやしく頭を下げた。
「かしこまりました。……ノナリア、そのバスケットを持ったままついてきなさい。奥さま、それでは行ってまいります」
「ええ、よろしくお願いね」
*****
「お嬢様、お坊ちゃま! 奥様が果実水を用意して下さいました。こちらへ来て、暫し休憩なさって下さいませ」
湖の畔に咲いた花々で花冠を作っていたシルティとセドリックは、顔を見合わせて「はぁい」と返事をした。
初めて出会った時から、すでに3年の月日が経ち、シルティは10歳、セドリックは8歳になっていた。
完成した花冠をお互いの頭に飾り、仲良く手を握って東屋へと走る。その仲睦まじい姿を見て、乳母と侍女は微笑ましく思いながら笑顔を浮かべた。
「乳母! これを見てちょうだい! この花冠、セディが作ったのよ!」
まろい頬を上気させながら興奮気味に話すシルティに微笑みながら、乳母はハンカチを取り出して額の汗を優しく拭いていく。
「まぁ、とても綺麗な花冠ですね。お坊ちゃまは手先が器用でいらっしゃる」
「そうでしょう!? まだ8歳なのに凄いわ! ほら見て、この彩りの美しさ! とても素晴らしいでしょう? セディは花冠を作る天才だわ!」
「ほ、褒めすぎですよ、シルねぇさま!」
まるで自分の事のように得意げに息巻くシルティの袖を、羞恥で顔を赤くしたセドリックがクイクイと控えめに引く。それにくるりと振り返ったシルティは、先ほど完成したばかりの花の首飾りをセドリックの首にかけた。
「はい、プレゼント!」
「ぼくに下さるのですか?」
首から下げた首飾りをまじまじと見つめる。ラベンダーとヒメジョオンで編まれた首飾りは、お世辞にもきれいとは言えない代物だったが、編み手が心を込めて丁寧に作り上げたことが良くわかる、真心がこもったプレゼントだった。
セドリックは、胸のあたりがムズムズするのを感じた。
シルティと出会ってから、今まで何度も同じ症状が出たことがある。病気かもしれないと心配した伯爵夫人が医師を呼んでくれたが、診察の結果は異常無しだった。
病気じゃないならなんなのだろう。そう疑問に思いつつも、不快な感覚ではなかったので様子を見ることにした。
そして何度も経験するうちに一つだけ分かったことがあった。この症状は、シルティと一緒に居る時にだけ現れるということだ。
この胸の疼きが何を意味するものなのか、まだ幼いセドリックにはわからない。しかし、そう遠くない未来に、この気持ちに名前がつくことは瞭然としていた。
「セディ? 気に入った?」
春の日差しを感じさせる温かな笑顔。セドリックと視線を合わせる為に傾けた首筋から、真っ直ぐと伸びたアンバー色の髪がサラリと垂れる。
「うん、とっても気に入ったよ! ありがとう、シルねぇさま」
理由もなく潤んだ瞳でシルティの榛色の瞳を見つめながら、セドリックは、少女と見紛うほどの愛らしい笑顔ではにかんだのだった。
.
10
あなたにおすすめの小説
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
田舎の幼馴染に囲い込まれた
兎角
恋愛
25.10/21 殴り書きの続き更新
都会に飛び出した田舎娘が渋々帰郷した田舎のムチムチ幼馴染に囲い込まれてズブズブになる予定 ※殴り書きなので改行などない状態です…そのうち直します。
触手エイリアンの交配実験〜研究者、被験体になる〜
桜井ベアトリクス
恋愛
異星で触手エイリアンを研究する科学者アヴァ。 唯一観察できていなかったのは、彼らの交配儀式。
上司の制止を振り切り、禁断の儀式を覗き見たアヴァは―― 交わる触手に、抑えきれない欲望を覚える。
「私も……私も交配したい」
太く長い触手が、体の奥深くまで侵入してくる。 研究者が、快楽の実験体になる夜。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる