12 / 13
第三章・不可解な想いのめぐる先
絡まる重い想い
しおりを挟む
「こ……殺された?」
なんだか物騒な話になってきた天寺の衝撃の発言。
ちょ、待ってくれ。頭が本気で混乱してきた。
マリユスは三十になる前に、死んだ。病気なのか、はたまた何が原因なのか、そういえば聞いてなかったな。
でもそれは今はおいといて。
それよりも前、カインは二十一で殺された。
ん、ん、待て待て。ところで、カインとマリユスは、いくつぐらい離れてたんだ?
それもわからない。
なんかもう、本当にごちゃごちゃしてきたっ!
「そう。……マリユス様と気持ちが通じて……すぐにね」
「えっ!?」
すぐって……。どういうことだ?
その時だった。
「あーーーっ! 天寺先生見つけたー!」
突然、部屋の扉が勢いよく開かれた。そして顔を見せたのは、あまり覚えのない女子生徒たちだった。
どうでもいいが、ノックしやがれ、ノックを! びびるだろうがっ!
「………はあ…」
ん? 今、天寺、小さくため息吐かなかったか?
「先生、放課後ピアノ弾いてくださいって言ってたのにぃ。なんでこんなところにいるんですかぁ?」
どこか語尾が甘ったるい。まぁ、それも仕方ないよな。これだけの男前を前にしたら、うら若き乙女たちは恋しちゃうんだろ。
うへ。恋しちゃうってなんだ、恋しちゃうって。自分で思って気持ち悪かった。
ていうか、『こんなところ』で悪かったな、おい。
「高宮先生に大事な話があったからだよ。まだ話の途中だけれどね」
にっこり微笑みながら、やたら語尾を強調して言ってる天寺の横顔を見る。……あれ? なんか、ものすごく『作った』笑顔だ。
「えーーっ! じゃあ、待ってるね、天寺先生」
「いや、君たちはもう帰りなさい。大事な話だから、時間がかかるんだ」
にっこり。また似非笑顔。
「やだぁ! 先生のピアノ、聴きたいぃ!」
あーー……なんだこの、茶番劇のような、なんつーか、陳腐な感じ。
モテる男は、ようござんすな。
俺はそう思いながら、椅子から立ち上がる。
「ゆ……高宮先生?」
名前を呼ぼうとして、一応苗字に言い換えたようだ。さすがに、生徒の前で名前は拙いと思ったんだな。えらいえらい。もう一生、苗字で呼んでくれ。
「俺はもう帰る。どうぞ、生徒たちの願望をかなえてあげてください」
俺はそう言うと、サイフとスマホ、そしていつものようにキーリングのついた鍵を手にした出口に向かった。
「高宮先生、さようならっ」
「はいはい、さようなら」
一応、俺も先生なわけだから、仕方なく生徒たちが挨拶してくる。そして仕方なく俺も返す。
「高宮先生って、なんか、かわいげないよねぇ」
「ねっ!」
ああ、悪かったな、かわいげなくて。お前らにかわいげあるように思われても仕方ないんだよ、こっちは。
お仕事で先生やってるだけなんだから。
ていうか、悪口は俺が消えてから言え。わざとか。
しかし、そう思いながら階段を降りようとして……俺はぴたりと足を止めた。
ちょっと待て。なんで俺はこんなにイライラしてるんだ?
こんな風に生徒たちからこそこそ言われてるのなんて、慣れているはずだ。
確かに俺は歴史が好きだが、教師という仕事はあまり好きじゃない。
生徒たちとのコミュニケーションだって、本当は避けたい。一人でいられるのなら、それに越したことはない。
だから、あんな風に言われるのだって慣れているのに、このイライラはなんなんだ。
そもそも、これはさっきの女子生徒たちへ向けてのイライラなのか?
わからん!
「こら、君たち。高宮先生のどこが可愛げないんだい?」
げっ、天寺!
「えー、だって、いつもムスッてしてるしぃ」
悪かったな、ムスッとしてて。
「そうかな? ずいぶんとかわいらしい人だと僕は思っているんだけど」
はああああああ!? ちょ、お前、何言ってっ……っ…!
「やだあ、先生! 趣味悪ーい」
悪かったな!! ほっとけ!
俺はグッと奥歯を噛みしめてから階段を降り去った。
本当、なんなんだこのイライラとモヤモヤは。気分悪い。
眉を寄せたまま駐車場に向かい、自分の車に乗り込んだ。
そして、ようやく深い息を吐きだす。
とにかく、今日は頭がいっぱいだ。いろんなことがわかって、そしていろんな疑問がまたたくさん出てきて。
どうにも落ち着かない。
「さっさと帰ってやる」
ちくしょう、と小さくつぶやいて、俺は家路を急いだ。
――その日の夜、俺はまた、夢を見た。
『……カイン』
『はい。マリユス様』
夢の中で、マリユスとカインは庭園の……東屋? のようなところにいた。
あたりは暗く、夜だということがわかる。
『月がとっても綺麗だね。こんなに夜の空がきれいだなんて、知らなかったよ、僕。なんだか感動しちゃった』
東屋の……これは大理石か? なんかようわからんが石のベンチに2人並んで腰かけて、空を見上げていた。
月明りはあるけれど、夜空には星がたくさん瞬いていて、……ああ、都会の空とは違うな、なんてことを俺は思ったりする。
こんなに星が見える夜空なんて、俺自身見たことがないかもしれない。それぐらい美しかった。
その美しい夜空に感動してたか、マリユスはどこか涙ぐんでいる。
あ、そういえば前に天寺が言ってたな。
『月を見ては綺麗だと泣き』
と。
……今がその瞬間なのか?
『そんなに喜んでもらえたのなら、お誘いして良かったです』
にこりと笑うカインに、マリユスが瞳を潤ませながら、それでいてはしゃぐようにして笑い返す。
『カインのおかげで、僕は今まで知らなかったことを、たくさん知ることができているよ。本当にありがとう、カイン。……僕の、歌うたい』
最後は恥ずかしそうに言葉を紡いだマリユスの顔は、月明りの下でもわかるぐらい赤くなっていた。
俺はまったくマリユスの記憶を持っていないけど、今のマリユスの様子を見ていたらわかる。それぐらいは、いくらにぶい俺ってわかる。
マリユスは間違いなく、カインに恋をしてるんだ!
『……マリユス様……』
カインの瞳が、とても優しく細められた。
まるで愛しくてたまらないというまなざしだ。
……そうなのか。カインもまた、マリユスのことを……とても大切に思ってるんだな。
お互いを見るまなざしを見ていれば、それぐらいわかる。
ふと、カインの指が星空を見上げているマリユスへと伸びた。しかし、途中でぎゅっと拳になり、カインの膝へと落ちた。
ああ、ああ、なんだよもぅ! なんなんだよっ。
どんだけ切ないんだよっ。
これまでの経緯から考えると、マリユスは貴族、カインは平民。身分制度のある国なんかじゃ、当たり前のことだが、平民が貴族に恋をする……のは勝手かもしれんが、結ばれようと願うのは……ご法度だろ。
今の指の動きで、カインの中にあるマリユスへの想いの丈が俺にも伝わったように思う。
どうしてここまで互いを思いあうようになったのかわからない。
だけど、切なく狂おしいほどの想いが、2人の間には確かにあったんだ。
――ふと、パキ、と小さな枝を踏む音が響いた。
『マリユス……?』
『あ……兄様』
静かな夜の闇の中、現れたのはマリユスの兄、アランだった。
『おかえりなさい、兄様』
『マリユス。これはどうしたことだ。まだ寒さが残っている夜なのに、こんなところにいて体が冷えたらどうする』
アランはそう言うと、驚いたようにマリユスに駆け寄った。
それを見て、カインがサッと立ち上がり、東屋の外に出て膝をついた。
この家の仮の主であるアランが戻ってきたのなら、そうやって迎えなければならない。平民であるカインに刷り込まれているものなんだろう。
そんなカインのことなど目に入っていないがごとく、アランはマリユスの隣に腰かけて、マリユスの体を温めるように抱き寄せた。
『大丈夫です、兄様。ここのところ、とても体調がいいんです。咳もそんなに出ないし、胸も苦しくありません』
にこりと笑うマリユスに、アランの眉が寄せらせる。
『それでも、何かあったら大変だ。むやみに外にでるもんじゃない』
よしよしと背中を撫でている大きな手のひらは、もうずっとマリユスを守ってきた手だ。
俺も、なんとなくこの手の感触は覚えている。優しい、大きな手なんだ。
だけど、俺は……いや、マリユスは知らなかった。
マリユスの体を優しく抱きしめながら、冷たい瞳がカインをにらみつけていたのを。
カインは気づいているんだろう。そのきついまなざしを甘んじて受け止めながら、ただ黙っているようだった。
『ありがとう、兄様。でも、僕はここのところ、毎日がとても楽しいんです。これも、兄様がカインを屋敷にとどめてくださったからですよ。本当にありがとう、兄様。僕に……お友達を作ってくれて』
『……いや、それは……』
純粋無垢なマリユスの言葉に、アランの眉尻が困ったように下がった。
おそらく、このアランっていう男は、外では鬼のように厳しい存在なのかもしれない。
これまで、夢の中だけだけど、なんとなくそんなイメージがあるんだ。
で、かなりのブラコン……まあ、俺と同じだな。
だから、マリユスにはこんな顔をしてしまうんだろう。
『と、とにかく。もう部屋に戻りなさい。体をしっかり温めながら眠るように』
『はい、兄様。………カインもありがとう。僕の我儘に付き合ってくれて』
マリユスの言葉に、カインが一度大きく瞬いた。が、すぐに瞳を細めて小さく首を振る。
『いいえ。マリユス様が楽しんでいただけたのなら、この上なき幸せですので』
そしてにっこりと微笑んだ。
『それじゃあ、2人とも、おやすみなさい』
マリユスはそう言うと、東屋から離れたところにいたマリアに付き添われて、屋敷へと戻っていった。
残ったのは、アランとカイン。
……て、ちょっと待て。俺、なんで2人を見てるんだ?
これまでは夢の中で、いつもマリユスの意識と繋がっていたように思う。だけど、今は違った。
そこにマリユスはいないのに、俺の意識だけそこに残っているっていうか……。
『貴様。マリユスの体が弱いことを知っていながら、こんな肌寒い夜に外へと連れ出すなど……罰されても仕方ないと思わんか』
とても低い声だった。決してマリユスの前では発せられることのない、低い低い声。
『申し訳ございません、アラン様。……以後、気をつけます』
深く頭を下げているから、その表情は見えない。しかし、凛とした声だった。
『……もういい。下がれ』
『はっ。失礼たいします』
カインはそう言って立ち上がると、もう一度深く頭を下げてから、暗い庭へと姿を消した。
その背を忌々しそうに見つめるアランの瞳には、憎しみの……色?
え、なんで?
マリユス、カインのおかげで少し元気になってきてる感じなのに、なんでアランがカインを憎むんだ?
……一応、今の俺の状況に置き換えて考えてみる。
もし陽斗が病気になって、誰かと一緒にいることで元気になっているのなら、その誰かに感謝しないか? え、違うのか?
わっかんねぇ!
「なんなんだよ、いったい!」
最後はとても大きな寝言を口にして、俺は目を覚ました。
窓を見ると、明かりが差し込んでいる。もう朝か。
「………わっかんねえ……」
俺はベッドの上で、もう一度、そうつぶやいた。
つづく
なんだか物騒な話になってきた天寺の衝撃の発言。
ちょ、待ってくれ。頭が本気で混乱してきた。
マリユスは三十になる前に、死んだ。病気なのか、はたまた何が原因なのか、そういえば聞いてなかったな。
でもそれは今はおいといて。
それよりも前、カインは二十一で殺された。
ん、ん、待て待て。ところで、カインとマリユスは、いくつぐらい離れてたんだ?
それもわからない。
なんかもう、本当にごちゃごちゃしてきたっ!
「そう。……マリユス様と気持ちが通じて……すぐにね」
「えっ!?」
すぐって……。どういうことだ?
その時だった。
「あーーーっ! 天寺先生見つけたー!」
突然、部屋の扉が勢いよく開かれた。そして顔を見せたのは、あまり覚えのない女子生徒たちだった。
どうでもいいが、ノックしやがれ、ノックを! びびるだろうがっ!
「………はあ…」
ん? 今、天寺、小さくため息吐かなかったか?
「先生、放課後ピアノ弾いてくださいって言ってたのにぃ。なんでこんなところにいるんですかぁ?」
どこか語尾が甘ったるい。まぁ、それも仕方ないよな。これだけの男前を前にしたら、うら若き乙女たちは恋しちゃうんだろ。
うへ。恋しちゃうってなんだ、恋しちゃうって。自分で思って気持ち悪かった。
ていうか、『こんなところ』で悪かったな、おい。
「高宮先生に大事な話があったからだよ。まだ話の途中だけれどね」
にっこり微笑みながら、やたら語尾を強調して言ってる天寺の横顔を見る。……あれ? なんか、ものすごく『作った』笑顔だ。
「えーーっ! じゃあ、待ってるね、天寺先生」
「いや、君たちはもう帰りなさい。大事な話だから、時間がかかるんだ」
にっこり。また似非笑顔。
「やだぁ! 先生のピアノ、聴きたいぃ!」
あーー……なんだこの、茶番劇のような、なんつーか、陳腐な感じ。
モテる男は、ようござんすな。
俺はそう思いながら、椅子から立ち上がる。
「ゆ……高宮先生?」
名前を呼ぼうとして、一応苗字に言い換えたようだ。さすがに、生徒の前で名前は拙いと思ったんだな。えらいえらい。もう一生、苗字で呼んでくれ。
「俺はもう帰る。どうぞ、生徒たちの願望をかなえてあげてください」
俺はそう言うと、サイフとスマホ、そしていつものようにキーリングのついた鍵を手にした出口に向かった。
「高宮先生、さようならっ」
「はいはい、さようなら」
一応、俺も先生なわけだから、仕方なく生徒たちが挨拶してくる。そして仕方なく俺も返す。
「高宮先生って、なんか、かわいげないよねぇ」
「ねっ!」
ああ、悪かったな、かわいげなくて。お前らにかわいげあるように思われても仕方ないんだよ、こっちは。
お仕事で先生やってるだけなんだから。
ていうか、悪口は俺が消えてから言え。わざとか。
しかし、そう思いながら階段を降りようとして……俺はぴたりと足を止めた。
ちょっと待て。なんで俺はこんなにイライラしてるんだ?
こんな風に生徒たちからこそこそ言われてるのなんて、慣れているはずだ。
確かに俺は歴史が好きだが、教師という仕事はあまり好きじゃない。
生徒たちとのコミュニケーションだって、本当は避けたい。一人でいられるのなら、それに越したことはない。
だから、あんな風に言われるのだって慣れているのに、このイライラはなんなんだ。
そもそも、これはさっきの女子生徒たちへ向けてのイライラなのか?
わからん!
「こら、君たち。高宮先生のどこが可愛げないんだい?」
げっ、天寺!
「えー、だって、いつもムスッてしてるしぃ」
悪かったな、ムスッとしてて。
「そうかな? ずいぶんとかわいらしい人だと僕は思っているんだけど」
はああああああ!? ちょ、お前、何言ってっ……っ…!
「やだあ、先生! 趣味悪ーい」
悪かったな!! ほっとけ!
俺はグッと奥歯を噛みしめてから階段を降り去った。
本当、なんなんだこのイライラとモヤモヤは。気分悪い。
眉を寄せたまま駐車場に向かい、自分の車に乗り込んだ。
そして、ようやく深い息を吐きだす。
とにかく、今日は頭がいっぱいだ。いろんなことがわかって、そしていろんな疑問がまたたくさん出てきて。
どうにも落ち着かない。
「さっさと帰ってやる」
ちくしょう、と小さくつぶやいて、俺は家路を急いだ。
――その日の夜、俺はまた、夢を見た。
『……カイン』
『はい。マリユス様』
夢の中で、マリユスとカインは庭園の……東屋? のようなところにいた。
あたりは暗く、夜だということがわかる。
『月がとっても綺麗だね。こんなに夜の空がきれいだなんて、知らなかったよ、僕。なんだか感動しちゃった』
東屋の……これは大理石か? なんかようわからんが石のベンチに2人並んで腰かけて、空を見上げていた。
月明りはあるけれど、夜空には星がたくさん瞬いていて、……ああ、都会の空とは違うな、なんてことを俺は思ったりする。
こんなに星が見える夜空なんて、俺自身見たことがないかもしれない。それぐらい美しかった。
その美しい夜空に感動してたか、マリユスはどこか涙ぐんでいる。
あ、そういえば前に天寺が言ってたな。
『月を見ては綺麗だと泣き』
と。
……今がその瞬間なのか?
『そんなに喜んでもらえたのなら、お誘いして良かったです』
にこりと笑うカインに、マリユスが瞳を潤ませながら、それでいてはしゃぐようにして笑い返す。
『カインのおかげで、僕は今まで知らなかったことを、たくさん知ることができているよ。本当にありがとう、カイン。……僕の、歌うたい』
最後は恥ずかしそうに言葉を紡いだマリユスの顔は、月明りの下でもわかるぐらい赤くなっていた。
俺はまったくマリユスの記憶を持っていないけど、今のマリユスの様子を見ていたらわかる。それぐらいは、いくらにぶい俺ってわかる。
マリユスは間違いなく、カインに恋をしてるんだ!
『……マリユス様……』
カインの瞳が、とても優しく細められた。
まるで愛しくてたまらないというまなざしだ。
……そうなのか。カインもまた、マリユスのことを……とても大切に思ってるんだな。
お互いを見るまなざしを見ていれば、それぐらいわかる。
ふと、カインの指が星空を見上げているマリユスへと伸びた。しかし、途中でぎゅっと拳になり、カインの膝へと落ちた。
ああ、ああ、なんだよもぅ! なんなんだよっ。
どんだけ切ないんだよっ。
これまでの経緯から考えると、マリユスは貴族、カインは平民。身分制度のある国なんかじゃ、当たり前のことだが、平民が貴族に恋をする……のは勝手かもしれんが、結ばれようと願うのは……ご法度だろ。
今の指の動きで、カインの中にあるマリユスへの想いの丈が俺にも伝わったように思う。
どうしてここまで互いを思いあうようになったのかわからない。
だけど、切なく狂おしいほどの想いが、2人の間には確かにあったんだ。
――ふと、パキ、と小さな枝を踏む音が響いた。
『マリユス……?』
『あ……兄様』
静かな夜の闇の中、現れたのはマリユスの兄、アランだった。
『おかえりなさい、兄様』
『マリユス。これはどうしたことだ。まだ寒さが残っている夜なのに、こんなところにいて体が冷えたらどうする』
アランはそう言うと、驚いたようにマリユスに駆け寄った。
それを見て、カインがサッと立ち上がり、東屋の外に出て膝をついた。
この家の仮の主であるアランが戻ってきたのなら、そうやって迎えなければならない。平民であるカインに刷り込まれているものなんだろう。
そんなカインのことなど目に入っていないがごとく、アランはマリユスの隣に腰かけて、マリユスの体を温めるように抱き寄せた。
『大丈夫です、兄様。ここのところ、とても体調がいいんです。咳もそんなに出ないし、胸も苦しくありません』
にこりと笑うマリユスに、アランの眉が寄せらせる。
『それでも、何かあったら大変だ。むやみに外にでるもんじゃない』
よしよしと背中を撫でている大きな手のひらは、もうずっとマリユスを守ってきた手だ。
俺も、なんとなくこの手の感触は覚えている。優しい、大きな手なんだ。
だけど、俺は……いや、マリユスは知らなかった。
マリユスの体を優しく抱きしめながら、冷たい瞳がカインをにらみつけていたのを。
カインは気づいているんだろう。そのきついまなざしを甘んじて受け止めながら、ただ黙っているようだった。
『ありがとう、兄様。でも、僕はここのところ、毎日がとても楽しいんです。これも、兄様がカインを屋敷にとどめてくださったからですよ。本当にありがとう、兄様。僕に……お友達を作ってくれて』
『……いや、それは……』
純粋無垢なマリユスの言葉に、アランの眉尻が困ったように下がった。
おそらく、このアランっていう男は、外では鬼のように厳しい存在なのかもしれない。
これまで、夢の中だけだけど、なんとなくそんなイメージがあるんだ。
で、かなりのブラコン……まあ、俺と同じだな。
だから、マリユスにはこんな顔をしてしまうんだろう。
『と、とにかく。もう部屋に戻りなさい。体をしっかり温めながら眠るように』
『はい、兄様。………カインもありがとう。僕の我儘に付き合ってくれて』
マリユスの言葉に、カインが一度大きく瞬いた。が、すぐに瞳を細めて小さく首を振る。
『いいえ。マリユス様が楽しんでいただけたのなら、この上なき幸せですので』
そしてにっこりと微笑んだ。
『それじゃあ、2人とも、おやすみなさい』
マリユスはそう言うと、東屋から離れたところにいたマリアに付き添われて、屋敷へと戻っていった。
残ったのは、アランとカイン。
……て、ちょっと待て。俺、なんで2人を見てるんだ?
これまでは夢の中で、いつもマリユスの意識と繋がっていたように思う。だけど、今は違った。
そこにマリユスはいないのに、俺の意識だけそこに残っているっていうか……。
『貴様。マリユスの体が弱いことを知っていながら、こんな肌寒い夜に外へと連れ出すなど……罰されても仕方ないと思わんか』
とても低い声だった。決してマリユスの前では発せられることのない、低い低い声。
『申し訳ございません、アラン様。……以後、気をつけます』
深く頭を下げているから、その表情は見えない。しかし、凛とした声だった。
『……もういい。下がれ』
『はっ。失礼たいします』
カインはそう言って立ち上がると、もう一度深く頭を下げてから、暗い庭へと姿を消した。
その背を忌々しそうに見つめるアランの瞳には、憎しみの……色?
え、なんで?
マリユス、カインのおかげで少し元気になってきてる感じなのに、なんでアランがカインを憎むんだ?
……一応、今の俺の状況に置き換えて考えてみる。
もし陽斗が病気になって、誰かと一緒にいることで元気になっているのなら、その誰かに感謝しないか? え、違うのか?
わっかんねぇ!
「なんなんだよ、いったい!」
最後はとても大きな寝言を口にして、俺は目を覚ました。
窓を見ると、明かりが差し込んでいる。もう朝か。
「………わっかんねえ……」
俺はベッドの上で、もう一度、そうつぶやいた。
つづく
0
あなたにおすすめの小説
隊長さんとボク
ばたかっぷ
BL
ボクの名前はエナ。
エドリアーリアナ国の守護神獣だけど、斑色の毛並みのボクはいつもひとりぼっち。
そんなボクの前に現れたのは優しい隊長さんだった――。
王候騎士団隊長さんが大好きな小動物が頑張る、なんちゃってファンタジーです。
きゅ~きゅ~鳴くもふもふな小動物とそのもふもふを愛でる隊長さんで構成されています。
えろ皆無らぶ成分も極小ですσ(^◇^;)本格ファンタジーをお求めの方は回れ右でお願いします~m(_ _)m
「大人扱いしていい?」〜純情当主、執務室で策士な従兄の『相性確認』にハメられる〜
中山(ほ)
BL
「ルイン、少し口開けてみて」
仕事終わりの静かな執務室。
差し入れの食事と、ポーションの瓶。
信頼していた従兄のトロンに誘われるまま、
ルインは「大人の相性確認」を始めることになる。
従僕に溺愛されて逃げられない
大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL!
俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。
その傍らには、当然のようにリンがいる。
荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。
高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。
けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。
当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。
居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。
さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。
主従なのか、恋人なのか。
境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。
従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。
虚ろな檻と翡翠の魔石
篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」
不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。
待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。
しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。
「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」
記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。
目が覚めたら叔父さんの妻になっていた!?
白透
BL
交通事故で命を落とした、ごく普通の自称な医学生・早坂悠斗。
次に目が覚めたとき、鏡に映っていたのは自分ではなく、血の繋がらない叔父・鷹宮と「冷え切った政略結婚」をしていたはずの、超絶美形な「男妻」・蓮の姿だった!?
中身はガサツな医学生、見た目は儚げな美人。
「俺はバリバリのノンケだ!」と言い張る悠斗だったが、同居する鷹宮は、隙あらば鋭い眼差しと腹黒い微笑みで、最短最速の距離まで詰め寄ってくる。
女の子と手を繋ぐのにも3ヶ月かかる超・天然純情な悠斗は、叔父さんの無自覚な猛攻にいつまで耐えられるのか?
乙女ゲームのサポートメガネキャラに転生しました
西楓
BL
乙女ゲームのサポートキャラとして転生した俺は、ヒロインと攻略対象を無事くっつけることが出来るだろうか。どうやらヒロインの様子が違うような。距離の近いヒロインに徐々に不信感を抱く攻略対象。何故か攻略対象が接近してきて…
ほのほのです。
※有難いことに別サイトでその後の話をご希望されました(嬉しい😆)ので追加いたしました。
氷の檻に閉じ込められた月~兄上のすべては、私のもの~
春野ふぶき
BL
『兄上は私のものだ。魂も、肉体も。永遠に―—』
アーヴェント侯爵家の長男ライカは、妾腹として正妻に虐げられ続けてきた。
唯一の救いは、次期当主を目される異母弟カイエンの存在。
美しく聡明で、氷の騎士と呼ばれる彼だけは、常にライカの味方だった。
だが、その愛情は兄を守るものではなく、深く歪んだ執着だった。
母を排除し、兄を囲い込み、逃げれば鎖で捕らえる。
そしてついに、ライカの心身は限界に追い詰められていく。
——カイエンが下す「最後の選択」とは。
ふたりが辿る結末は、幸福か、それとも狂気の果てか。
転生したが陰から推し同士の絡みを「バレず」に見たい
むいあ
BL
俺、神崎瑠衣はごく普通の社会人だ。
ただ一つ違うことがあるとすれば、腐男子だということだ。
しかし、周りに腐男子と言うことがバレないように日々隠しながら暮らしている。
今日も一日会社に行こうとした時に横からきたトラックにはねられてしまった!
目が覚めるとそこは俺が好きなゲームの中で!?
俺は推し同士の絡みを眺めていたいのに、なぜか美形に迫られていて!?
「俺は壁になりたいのにーーーー!!!!」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる