24 / 40
惚れた弱み
1
しおりを挟む
それから四日がたちました。
一人になったロラン王子は、掃除だけでなくコルトが担当していた洗濯も受けもち、黙々と仕事をこなす日々です。
アルマンの仕事はモモが担うことになりました。彼女も忙しそうに動きまわるようになり、言葉をかわす機会もへりました。
そんなおり、一息つこうとロラン王子が縁側に行くと、モモが先に休憩をとっていました。
「ロランさんも、おやつどうぞぉ」
モモが用意したのは鳥の形の焼菓子。瞳や翼が、くぼみと線で描かれています。
「ありがと。かわいいね、これ」
「見ためだけじゃなくて、味も抜群なのでオススメですよぉ」
すぐそばに、ロラン王子の大好きなモモの笑顔があります。なのに、心はいっこう晴れません。
アルマンがこの菓子を見たら「凝ってますね」と褒めるわりにはためらいもなく頭からがぶりといくだろうとか、コルトだったらおしりから遠慮がちにお行儀よく食べるんだろうとか、そんな光景ばかりが頭に浮かんでしまうのです。
幻をうち消そうと、瞬きひとつ。ロラン王子が庭の桜を見あげます。
「すっかり葉っぱになっちゃったね」
「そうですねぇ」
「なんか寂しいね」
「葉っぱには葉っぱの良さがありますし、お花は来年も咲きますよぉ」
「どうかな。トウヤのとこみたく、急に咲かなくなるかも」
なにが起こるかわからないんだから、と続けようとしてネガティブになっていたのに気づき、撤回します。
「……だめだよね、そんなこと言っちゃ」
アルマンたちとの決裂によりロラン王子が気落ちしているのは、誰もが知るところでした。なかでもモモは、今回の件で彼らの正体までも知った一人で(ほかに知るのはチトセ女王、ハクレン、ライゴ、チヨです)その悲しみの深さも理解していました。
「そうしたら、トウヤさんのとこみたく新しい芽がでるかもですから、モモは一生懸命お世話しますよぉ」
彼女なりの励ましの言葉。優しい気持ちがじんわり伝わり、ロラン王子の言葉数を増やします。
「ありがと。ごめんね、モモちゃんにも迷惑かけて。俺のせいでアルマンたちが出てったから毎日大変でしょ」
「いえいえ、もとは全部モモのお仕事ですからぁ」
「すごいよね、今まで一人でやってたなんて」
「ふふふ、モモは意外とやれる子なのですよぉ」
「ほんとだよ。これがコルトやアルマンなら……」
と、ばつが悪そうに口をつぐみます。ことあるごとに彼らを思いだしてしまうのを悟られまいとしているのですが、隠しごとの下手なロラン王子の胸中は、とっくに周囲に丸バレ。
気持ちをくんだモモが、あえて話題にします。
「みなさん、昔からご一緒だったんてすかぁ?」
「コルトとは、この旅をはじめるときに知りあったんだ。アルマンは、最初に会ったのは十年くらい前だったかな。腕っぷしが強くて面倒見もいいから、そのうち町の子どもたちのまとめ役みたいになってたよ。ときどき会うだけの俺のことも、なにかと気にかけてくれて」
当時から子どもらしからぬ冷めた顔つきだったアルマンを想起、懐かしさに笑みがこぼれます。が、それと同時、自分よりも大きな体つきや年上などにも臆さず、むしろそういった相手とやりあう際にしていた氷のような彼の目つきもよみがえりました。
鈍感ゆえ気づかなかったけれど、もしやそれは自分にもむけられていたのでは。そう考えると、ロラン王子は寒気だけでなく強い疑念におそわれます。
「念願の騎士団に入れたのに世話係なんかにさせられたから、俺のことずっと恨んでたのかも。だから兄上の味方を……」
「そんなことなくて、きっとなにか理由があるんですよぉ」
「だとしても、俺にはなんでも正直に言ってほしかったよ」
「ロランさんに言えないほどのことですぅ。モモはアルマンさんのことあまりいっぱい知らないですけど、ロランさんがお怪我したときには一番心配してましたよぉ」
「だろうね。立場上しかたないもん」
自嘲にゆがむロラン王子。ですが、時を移さずそれを消しさったのは、袖を掴んできたモモでした。
「本当にそう思ってますか……?」
またたきもせず直視。その真剣さだけでなく近距離に迫られたことで、ロラン王子の心拍数はぐんと跳ねあがります。
動揺で言葉を継げずにいると、モモの表情がせつなく陰りました。嘘をつくのは苦しいことですよ、と独りごちるように呟やかれた言葉は、正直者のロラン王子にとって、これまでのいたわりでもっとも共感できたものでした。
「明日もっかいアルマンたちと話してみる。それで納得できたら、頼んで帰ってきてもらうよ。じゃないと、こんなにたくさんの仕事、俺らだけでこなすの大変なんだもん」
ロラン王子が目を細めます。数日ぶりの本当の笑顔です。
「モモも協力しますから、なんでも言ってくださいねぇ」
とことん親身になってくれるモモに、ロラン王子は感謝の念。けれども、かねてから引っかかっていたことがあり、それが彼女の言った『嘘をつくのは苦しい』と結びついて、どうしても看過できません。
「ずっと思ってたんだけど、モモちゃん、もっと自然にしてもいいんじゃないかな。わけがあるなら別だけど」
一転、彼女の温顔が凍りつきます。
「……なにがですかぁ」
「なんとなくだけど、そんなふうに喋ったりするのワザとじゃないかって。本当は……」
そこまできて、ロラン王子は二の句を中断しました。モモに泣きそうな顔をされてしまったせいです。
「ってのは俺の勝手な想像! だから今のは忘れてよ」
元気づけてくれた相手に恩を仇でかえすような行為となってしまいましたが、ロラン王子はそんなことがしたかったのではありません。
「俺は、どんなモモちゃんでも嫌ったりしないよ。大丈夫だからね」
一番伝えたかった気持ちを言葉にして、ロラン王子が仕事に戻ります。見送るモモの目からは、こらえていた大粒の雫がポロポロとこぼれ落ちます。
「そんなことじゃあ、この先やってけないよ」
ロラン王子と逆方向、いつからかチヨが柱にもたれかかっていました。寝起きの気だるさが彼女の妖しい魅力を助けています。
「わかっています。それでも……」
押さえど拭えど、涙はとめどありません。
モモのおかっぱ頭では、新しいお気に入り、満開の八重桜が心もとなく震えておりました。
一人になったロラン王子は、掃除だけでなくコルトが担当していた洗濯も受けもち、黙々と仕事をこなす日々です。
アルマンの仕事はモモが担うことになりました。彼女も忙しそうに動きまわるようになり、言葉をかわす機会もへりました。
そんなおり、一息つこうとロラン王子が縁側に行くと、モモが先に休憩をとっていました。
「ロランさんも、おやつどうぞぉ」
モモが用意したのは鳥の形の焼菓子。瞳や翼が、くぼみと線で描かれています。
「ありがと。かわいいね、これ」
「見ためだけじゃなくて、味も抜群なのでオススメですよぉ」
すぐそばに、ロラン王子の大好きなモモの笑顔があります。なのに、心はいっこう晴れません。
アルマンがこの菓子を見たら「凝ってますね」と褒めるわりにはためらいもなく頭からがぶりといくだろうとか、コルトだったらおしりから遠慮がちにお行儀よく食べるんだろうとか、そんな光景ばかりが頭に浮かんでしまうのです。
幻をうち消そうと、瞬きひとつ。ロラン王子が庭の桜を見あげます。
「すっかり葉っぱになっちゃったね」
「そうですねぇ」
「なんか寂しいね」
「葉っぱには葉っぱの良さがありますし、お花は来年も咲きますよぉ」
「どうかな。トウヤのとこみたく、急に咲かなくなるかも」
なにが起こるかわからないんだから、と続けようとしてネガティブになっていたのに気づき、撤回します。
「……だめだよね、そんなこと言っちゃ」
アルマンたちとの決裂によりロラン王子が気落ちしているのは、誰もが知るところでした。なかでもモモは、今回の件で彼らの正体までも知った一人で(ほかに知るのはチトセ女王、ハクレン、ライゴ、チヨです)その悲しみの深さも理解していました。
「そうしたら、トウヤさんのとこみたく新しい芽がでるかもですから、モモは一生懸命お世話しますよぉ」
彼女なりの励ましの言葉。優しい気持ちがじんわり伝わり、ロラン王子の言葉数を増やします。
「ありがと。ごめんね、モモちゃんにも迷惑かけて。俺のせいでアルマンたちが出てったから毎日大変でしょ」
「いえいえ、もとは全部モモのお仕事ですからぁ」
「すごいよね、今まで一人でやってたなんて」
「ふふふ、モモは意外とやれる子なのですよぉ」
「ほんとだよ。これがコルトやアルマンなら……」
と、ばつが悪そうに口をつぐみます。ことあるごとに彼らを思いだしてしまうのを悟られまいとしているのですが、隠しごとの下手なロラン王子の胸中は、とっくに周囲に丸バレ。
気持ちをくんだモモが、あえて話題にします。
「みなさん、昔からご一緒だったんてすかぁ?」
「コルトとは、この旅をはじめるときに知りあったんだ。アルマンは、最初に会ったのは十年くらい前だったかな。腕っぷしが強くて面倒見もいいから、そのうち町の子どもたちのまとめ役みたいになってたよ。ときどき会うだけの俺のことも、なにかと気にかけてくれて」
当時から子どもらしからぬ冷めた顔つきだったアルマンを想起、懐かしさに笑みがこぼれます。が、それと同時、自分よりも大きな体つきや年上などにも臆さず、むしろそういった相手とやりあう際にしていた氷のような彼の目つきもよみがえりました。
鈍感ゆえ気づかなかったけれど、もしやそれは自分にもむけられていたのでは。そう考えると、ロラン王子は寒気だけでなく強い疑念におそわれます。
「念願の騎士団に入れたのに世話係なんかにさせられたから、俺のことずっと恨んでたのかも。だから兄上の味方を……」
「そんなことなくて、きっとなにか理由があるんですよぉ」
「だとしても、俺にはなんでも正直に言ってほしかったよ」
「ロランさんに言えないほどのことですぅ。モモはアルマンさんのことあまりいっぱい知らないですけど、ロランさんがお怪我したときには一番心配してましたよぉ」
「だろうね。立場上しかたないもん」
自嘲にゆがむロラン王子。ですが、時を移さずそれを消しさったのは、袖を掴んできたモモでした。
「本当にそう思ってますか……?」
またたきもせず直視。その真剣さだけでなく近距離に迫られたことで、ロラン王子の心拍数はぐんと跳ねあがります。
動揺で言葉を継げずにいると、モモの表情がせつなく陰りました。嘘をつくのは苦しいことですよ、と独りごちるように呟やかれた言葉は、正直者のロラン王子にとって、これまでのいたわりでもっとも共感できたものでした。
「明日もっかいアルマンたちと話してみる。それで納得できたら、頼んで帰ってきてもらうよ。じゃないと、こんなにたくさんの仕事、俺らだけでこなすの大変なんだもん」
ロラン王子が目を細めます。数日ぶりの本当の笑顔です。
「モモも協力しますから、なんでも言ってくださいねぇ」
とことん親身になってくれるモモに、ロラン王子は感謝の念。けれども、かねてから引っかかっていたことがあり、それが彼女の言った『嘘をつくのは苦しい』と結びついて、どうしても看過できません。
「ずっと思ってたんだけど、モモちゃん、もっと自然にしてもいいんじゃないかな。わけがあるなら別だけど」
一転、彼女の温顔が凍りつきます。
「……なにがですかぁ」
「なんとなくだけど、そんなふうに喋ったりするのワザとじゃないかって。本当は……」
そこまできて、ロラン王子は二の句を中断しました。モモに泣きそうな顔をされてしまったせいです。
「ってのは俺の勝手な想像! だから今のは忘れてよ」
元気づけてくれた相手に恩を仇でかえすような行為となってしまいましたが、ロラン王子はそんなことがしたかったのではありません。
「俺は、どんなモモちゃんでも嫌ったりしないよ。大丈夫だからね」
一番伝えたかった気持ちを言葉にして、ロラン王子が仕事に戻ります。見送るモモの目からは、こらえていた大粒の雫がポロポロとこぼれ落ちます。
「そんなことじゃあ、この先やってけないよ」
ロラン王子と逆方向、いつからかチヨが柱にもたれかかっていました。寝起きの気だるさが彼女の妖しい魅力を助けています。
「わかっています。それでも……」
押さえど拭えど、涙はとめどありません。
モモのおかっぱ頭では、新しいお気に入り、満開の八重桜が心もとなく震えておりました。
0
あなたにおすすめの小説
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
はじめまして、私の知らない婚約者様
有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。
見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。
けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。
ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。
けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。
この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。
悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに?
※他サイトにも掲載しています。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。
だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。
しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。
王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。
そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。
地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。
⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる