婿入り志願の王子さま

真山マロウ

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作戦決行

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「嘘でしょ、どういうこと……?」
 ロラン王子を釘づけにしたのは、なかほどにあった記事。見慣れた家族写真(ここでもロラン王子は半分以上も見切れていました。ダブルショックです)とともに『危うい大国! ハイスペック王太子の黒い陰謀!』と見出しがあり、レオン王太子一派がクーデターをもくろんでいるという内容でした。
「父上と母上が危ない。早く帰らなきゃ!」
 わななく手で雑誌を握りしめ立ちあがったロラン王子を、アルマンがひきとめます。
「待ってください。おそらくこれは罠です」
 五人のまなこが彼に集まります。
「なにさ、罠って。もしかして兄上の?」
「いいえ、大臣たちのです」
 話を聞く気になったロラン王子が座りなおします。アルマンは湯のみを両手で囲うようにして、先を続けます。
「俺が王太子殿下に頼まれたのは、ロラン様を一時的に国外へ避難させてほしいというものでした。ご自身をとりまく大臣たちの一部がロラン様を狙っているのをつきとめ、この旅のあいだにどうにか収束させる気でいらしたんです。俺が素性を隠すようロラン様にすすめたのも、移動にコルトの魔術であちこち経由したのも、すべて大臣たちに足どりを掴ませないためです」
 コルトは空間移動が苦手とはいえ、めちゃくちゃ頑張って本気を絞りだせばニリオンへも一気にいける実力を持っており、力不足で途中休息を要するというのも半分は本当でしたが、残りの半分はアルマンの依頼で演技をしていただけでした。
 そのあざむきもロラン王子には驚きですが、よりわからないことがあります。
「なんで俺を狙うのさ。意味ないじゃん。王位につくのは兄上に決まってるんだし」
「ええ、そうなれば王太子殿下は聡明な方ですから、悪しき連中を粛正なさるでしょう。なので彼らは、その前にことを起こそうと考えたんです。人脈や財力、私設部隊なんかの武力など、まだ自分たちにがあるうちに両陛下を亡き者にし、その罪をロラン様にかぶせて処刑。王太子殿下を王すえて、実権は自分たちが握るという筋書きで」
 アルマンの説明に、ひとまずの納得をみせるロラン王子。ですが、なにより腑におちないことがあります。
「でも、これには兄上が首謀者って書いてある」
「だから罠なんですよ。ロラン様がそれを愛読してるのも王太子殿下との関係も、宮仕えの人間なら誰だって知っています。見れば必ず戻ってくると考え、どうにかして記事を書かせたんでしょう。こんなことがなされるくらいですから、王太子殿下も苦境に立たされているはずです」
「ちょっと聞きずてならないよ! ゴシップロイヤルは気骨のあるゴシップ誌、脅しや賄賂でガセネタ書くわけないでしょ!」
「まさか、そこに食いつくとは……。というか理解できてませんよね、ゴシップの意味」
「そういうのはいいの! 俺はゴシップロイヤルと育ってきたの! 心の友なの! 悪く言わないでっ!」
 ずれていく論点を、なにがあっても食事の手を休めないライゴが戻します。
「それで、どうするんだ。放っておくのか」
 掴みかかれど返り討ちにあっていたロラン王子が、体勢そのままアルマンに問います。
「俺が戻らなかったらどうなるんだろう」
「ロラン様を犯人ということにして、国際手配でもするつもりじゃないでしょうか」
「じゃあ、どっちにしろ父上と母上が危険なのにかわりないよね。戻る一択だよ」
 双方、体を離します。アルマンは長息。すべてが木阿弥です。
「そう言うと思ったから隠してたんですよ。自分だけ助かるのはお嫌なんですよね。とめたって無駄でしょうし」
「よくわかってるね。さすがアルマン」
「でしたら、きちんと準備をしてからにしましょう。慌てて丸腰で出向くなんて、それこそ思う壺です。幸運なことに、こちらが発売前に記事を見たのを敵は知りません。時間はまだあります」
「けど、それでも手遅れになったら……」
「ロラン」
 呼ばれたがわの目が、大きく見開きます。
 アルマンが敬称をとっぱらうのは、彼らが身分の垣根にとらわれていなかったころ以来。そしてそれは一臣下としてだけでなく、真にロラン王子を思っているからこそでた殊勝な無礼でした。
「明日、必ず。俺を信じてください」
 アルマンの瞳は熱に支配されることがありません。騎士団員となってからは努めてそうしてきたのもありますが、つまるところは気質だからです。
 けれどもロラン王子には、彼の心がひしひしと伝わりました。
「……わかった」
 たくさんの言いたいことを喉の奥に押しこめ、この夜は解散。明朝用意できしだい出立ということで話はまとまりました。
 が、自分の部屋にさがってもロラン王子は寝床に転がっただけ。とても眠れそうにありません。
 アルマンの言い分は信じるにたるもの。なのに心からそう思えないのは、ひとえに兄を知らなすぎるからでした。腹をわって話したこともありませんから、真意がどうだか掴めないのです。
 もし兄も敵だったら……。ひっきりなし嫌な考えばかりが、暗く沈んだ天井に大写しになります。
 と、ふいに扉がノックされました。
「あたたかいミルクお持ちしました。よろしければ」
 たちのぼる湯気ごしの笑顔に、ロラン王子の肩から力がぬけます。
「ありがと。モモちゃんは気がきくね」
「このくらいしか私にはできませんから」
「そんなことないよ。すっごい感謝してる」
 それきり会話がとだえるも、どちらも未練らしく離れようとしません。
 気恥ずかしげに、ロラン王子から沈黙を破ります。
「明日のために早く寝たいんだけどダメそうでさ。よければモモちゃん、少し話相手になってくれる?」
「もちろん、喜んで」
 使用人部屋は最低限のものしかないため、隣あわせでベッドに腰かけます。ほんわり甘いミルクの香りが二人を優しく包みこみます。
「兄上は俺と正反対、まじめでめちゃめちゃ有能なんだ。でも正直なに考えてるかわからないんだよね、ずっとけてきたから。変にひがまず兄上と向きあってれば、なにを信じればいいか迷うことなかったのに」
 ゆきばのない不安を吐露、枕元の雑誌にチラリと目をやります。身内と同等にゴシップ誌を重んじるなぞ滑稽な話かもしれませんが、モモは馬鹿になんかしません。
「ロランさん、その雑誌が大好きなんですね」
「しかたないことだけど、ほかの王族たちも俺より兄上と仲良くなりたがるんだ。だから、みんなを知る方法ってコレしかないんだよね。たとえゴシップでも」
 そういって雑誌を手にとるロラン王子。モモは同情をよせながらも、落ちつきなくモジモジしはじめます。
「どうかしたの?」
「あの……さしでがましいようですが、さっきの記事、もしかすると逆に嘘をついてないかもしれません」
 そういって示したのは本文の誤字脱字。順にひろうと、エトワルンの言葉で『嘘』を意味する綴りになります。
「すごいやモモちゃん、名探偵みたい! たしかに、こんな初歩的なミス、あのゴシップロイヤルがするわけないもんね」
「いえ、そんな、ただの推測なので……。なにが真実なのかは、ご自分の目で見極めてくださいね」
「あ、そうだよね。俺がしっかりしないと」
「大丈夫ですよ、ロランさんなら。だから」
 無事に帰ってきてください、と言いたい気持ちを封じ「どうかご無事で」だけにとどめます。ロラン王子の帰るべき本当の場所は、これから向かうエトワルンであると理解しているからです。
 部屋の外、扉の脇には月に照らされる人影ふたつ。アルマンとチヨが肩をならべます。
 人の情をかきたてる、花街のさざめき。
 心配性な保護者たちのもと、若い男女の夜は比較的健全にふけてゆくのでした。
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