婿入り志願の王子さま

真山マロウ

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勝手知ったる

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 翌朝。ロラン王子たちが食事をとりに座敷へいくと、ライゴとチヨが待ちかまえていました。
「俺も連れていけ。損はさせん」
 どっかり座りこむ腕組みのライゴに、ロラン王子がまごつきます。
「味方は多いにこしたことないけど、俺たちの国のいざこざに巻きこむのは……」
「気にするな。これはチトセ様のめいでもある」
 事態を重くみたライゴは昨晩のうちにチトセ女王に報告しており、ぜひとも力になれとのお達しでした。じかに会ったのは数回ほどですが、同類のせいか彼女とレオン王太子は妙に馬があい、よき友人関係だったのです。
「チトセ女王は兄上のこと信じてるんだね」
「ああ。立派な方だとおっしゃっていた。必ず謀反を未然に防げともな」
 いつもは昼頃まで布団からでてこないチヨが、今朝は寝覚めもよさげにライゴを加勢します。
「エトワルンにいた時分、あんたの親にゃ世話になったからね。うちも黙って見てるわけにいかないさ」
「だったら、なおさらだな。身内のうけた恩に報いないとあっては道義にもとる」
 ライゴは、ニリオンの近衛兵ということを隠していくつもりでした。仮に失敗したうえ露見でもしようものなら、遠く離れた国同士とはいえ国際問題となってしまいます。当然、その前に自決する覚悟はありましたが。
 兵として生きる者とその家族、そして送りだすがわのありさまを自国で目にすることのあったロラン王子は、彼らの気概を知っていましたし、それをふいにするほど野暮やぼでもありませんでした。
「助かるよ。二人とも本当にありがとう」
 深々と頭をさげ、自身も腹をきめます。と、なりゆきを見ていたアルマンが、
「でしたら、俺とロラン様は顔が知られてますから、まぎれさせてもらいましょう」
 ステルス的な魔術がないか前もってコルトにたずねていたのですが、自分だけなら可能だが複数名を同時にというのは習得していないと返されていました。なので、どうしたって人目をひくチヨが一緒ならば、彼女とともに旅芸人にばけてしまったほうが早いと考えたのです。
 食事をすませ、めいめいニリオン風の格好に着がえます。
 アルマンは、特徴のあるくせ毛と目つきを帽子で隠します。腰には先日も借りたチヨの太刀たち。あえてさらしたほうが素人目には本物っぽくないだろうと堂々佩刀はいとうです。
 ロラン王子は、ふわふわの髪を横にぴっちりなでつけ丸眼鏡を。アルマンのような着流しではなく、ライゴやチヨのようにはかまとよばれる布を腰から脚にまといます。靴は編みあげブーツのまま。足の指で挟むこの国のきものは、どうにも痛くてかないません。
 そしてコルトだけは、城下で便利屋まがいの仕事をしていたとはいえ短期間であまり知られていませんでしたし、「魔術師たるものローブを脱ぐわけにはいきません」の一点張りで譲らないので、いざとなればフードをかぶってやりすごすことにして、変装せずじまい。
「これはこれで目立つんじゃないの」
「平気ですよ。似たような格好でチヨさんのそばにいれば、俺たちは確実にかすみます」
「でも、さすがにコルトはダメでしょ」
「そうでもないですよ、ほら」
 アルマンの目先、コルトの隣のチヨは動きやすさ重視の地味な色あいでこざっぱりしているのに、ぱっと光があたったように浮きでて見えます。日頃の努力もありますが、彼女の華の大半は天性でした。
「……俺、来世はチヨちゃんに生まれよう」
「時間軸やら法則やら超えてご苦労さまです」
 移動はもちろんコルトの魔術。ただし今度は寄り道せずに。
「じゃあ、いってくるね」
 愁眉しゅうびで見送るモモを励ますよう、溌剌はつらつと笑んでみせたロラン王子。その横ではコルトが集中力を高めて杖をふります。
 と、その瞬間に彼女が猛然とダッシュ。ロラン王子にしがみつきました。
「うわっ、ちょっと待ったコルト、中止!」
 言ってみたものの、時すでに遅し。モモもろとも、ロラン王子は尻餅でエトワルンに帰国です。
「自分がなにをしたかわかっているのか」
 両の目いっぱいに涙をためる彼女を、ライゴが厳しく見おろします。
「……すみません」
「そう言いなよ、すんじまったことはしかたないさ。コルト、悪いがうちのに連絡つけとくれ」
 不測時に備え、チヨは連絡用の水晶玉のひとつをみくも屋においてきていました。
 魔力の消費いちじるしいヘロヘロのコルトが杖の頭を球体にかざすと、あちらから眠気さめやらぬ古株が応じます。
 そのあいだにもライゴはモモを立ちあがらせ、注意をうながしました。
「どんな危険があるとも知れない。俺から離れるな」
 ライゴにしてみれば責任感からきた発言なのでしょうが、見かねたロラン王子は割りこみます。
「モモちゃんは俺が守るんで、大丈夫なんですけども」
「は? なんの冗談だ。ふざけるな」
「冗談じゃないですけども。めちゃくちゃ本気ですけども」
「俺の腕がお前より劣るっていうのか」
「俺が無理ならアルマンが守りますけども」
「ああ、それならかまわん」
 彼らのやりとりを目にしたアルマンが、脱力でペシャンコになったコルトに肩を貸しつつ小声でチヨに恨みごと。
「完全に気持ち移ってるじゃないですか。どう責任とってくれるんですか」
「まぁ待ちな。色恋なんざ、最後までどう転ぶかわからないもんだよ」
「わかりますよ。絶対モモさんエンドでしょう。『ミヤ姫にお婿にもらってもらう予定だったけど、俺やっぱりモモちゃんと結婚します。だって、好きになったら身分とか関係ないもんね!』って」
「ははっ、似てるじゃないか! こりゃ驚いた、あんた存外器用だね。うちがまた旅にでることがあったら、本当に芸人として同行しなよ。顔も二枚目ときてるから、すぐ看板だ」
 歯牙にもかけない言い草に、アルマンが渋面を色濃くします。
「人で遊んでばかりいると、いつか痛い目みますよ」
「おお、怖い。脅かしっこなしだよ」
「またそうやってふざける。俺は心配してるんですよ、チヨさんとチヨさんのまわりの方々を」
「せいぜい肝に銘じておくさ。で、これからどうするんだい。こんな場所を選んだんだ、なにか考えがあるんだろう」
 到着地点は、いきなり本拠地ではなく、城下町をかこむ丘の上でした。
 アルマンが、そばの木の根にもたれ座る年若を横目で見ます。
「情報収集をしてからにしましょう。コルトの回復もかねて」
「いいけど、アテはあるのかい」
「なにを今さら。ここは俺の庭みたいなものですよ」
 眼下に広がる雑多の町。生まれ育った土地からの空気を胸一杯に吸いこみ、アルマンはほくそ笑みました。
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