婿入り志願の王子さま

真山マロウ

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勝手知ったる

3

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「窮屈だけど我慢してね」
 チームロランがリーダーを先頭に一列、腹ばいになって進みます。
 彼らが身をよじるのは、一階と二階に挟まれた隠し通路。ステラシオン宮殿は柱や外壁などは石づくりですが、それ以外は木材。ところどころさしこむ隙間からの光が頼りです。
「見つけたのは偶然なんだ。いつからあるのか知らないけど、けっこう年期入ってるよね」
 日頃の服のほうが布地も少なくて動きやすかったし、髪型も眼鏡も意味ないくらい即バレするし、と変装したのを後悔しているロラン王子のうしろ、埃を吸いこまないよう口元に手ぬぐいを巻いたチヨが応じます。
「敵襲からの逃げ道にしちゃ妙だね」
「それは別にあって、うちの家族と側近の何人かが知ってるやつ。けど、こっちのは俺しか知らないと思う。おかげでお忍び成功率ぐんとハネあがったよね」
「ってことは、あんたのご先祖さんもお忍び癖があったってことかい」
「たぶんね。それがこうして役立ってるんだから、ご先祖さまさまだよ」
 さらにそのうしろ、三番手のライゴは素顔のまま。前二人が道を綺麗にしてくれるうえ、服装だって慣れっこです。余裕のあるぶん、すき見できる一階の違和感にいち早く気がつきます。
「静かすぎるな」
「そういや使用人の姿が見えないね。でも、心配するこたないさ。宮廷に仕えるのは腕のある連中ばかりだから代えを用意するのも一苦労だ、おいそれと始末しやしない。おおかたとっ捕まって、騒動がおさまるまでどこかに閉じこめられてんだろうよ」
 チヨの気休め。しかしそれは敵が行動をおこしている証拠でもありますから、あまり悠長にしていられません。
 そこに、最後尾のコルトが不安を増幅させるようなことを言います。
「むこうのほうで嫌な気配がします」
「らしいぞ」
「だってさ」
「いや、わかんないよ。あいだに二人も挟んでるんだから。ちゃんと伝言して」
 コルトの懸念が横着者たちを介してロラン王子に届きます。魔力のようなものを感知したが、これまでと毛色が違うようだというのです。
「そっちは玉座の間だ。行ってみよう」
「にしても、まぬけな移動だよ」
「廊下部分はね。部屋のところは広くなってて高さもあるから」
「そんなとこまで通じてんのかい。ひょっとするとご先祖の趣味はお忍びじゃなく、のぞきだったのかもしれないね」
「だとしても俺には遺伝してない要素です」
 チヨの揶揄を牽制、もそりもそりと移動します。
 ロラン王子の言うとおり、部屋ゾーンまでくると中腰になれるほどの高さが生じ、そのぶん下階の天井が低くなるつくりでした。
 はじっこにある足元の一区画はとり外すことができ、ちょうど片目がおさまるくらいの大きさで下の様子をうかがえます。
「これも偶然見つけたってのかい」
「他の部屋でね。こうして印のついてるところの板は横にずらせるんだよ」
「やっぱり先祖もあんたも、のぞき趣味が……」
「主要な箇所にしかなかったから、ご先祖さまじゃなくて隠密な人たち用かもね」
 いいかげんな答えで封じ、ロラン王子が印の板をとります。
 玉座の間は赤と金の配色で、そこかしこが絢爛に細工されていました。
 その中央あたり、立派な身なりの人物たちを兵らしき者らがとり囲んでいるのが見えます。
「父上と母上だ!」
 まわりがとめる暇もなく、ロラン王子がブーツのかかとで穴を蹴破り飛びおります。
 囲まれていたのは王と王妃。囲むがわには兵にまじって見おぼえのある顔が二つ。ロラン王子は彼らの名を知りませんでしたが、会えばいつも嫌なまなざしを投げてくる大臣たちでした。
 そのうちの片方、りんごみたようなお腹をした中年が目を白黒させます。
「うおっ、えええ……? なんか早くないか」
 ロラン王子の帰国が予想より早かったのにとまどっていますが、そこはそれ謀反を企むほどの肝っ玉、すぐに気をとりなおして嫌味っぽく挨拶をします。
「これはこれは、ご機嫌うるわしゅうロラン殿下。外遊とのことであらせられましたが、またいちだんと珍奇なところからお帰りで」
「そんな演技したってムダだよ。きみらの計画はお見とおしなんだから!」
 ロラン王子がつっぱねた途端、りんご腹の男は、豹変っぷりに定評のあるコルトもびっくり、にたにた笑いから鬼の形相に。
「まんまと罠にかかった分際で偉そうな口をたたくな、このバカ王子!」
「かかってないよ。全部承知のうえで帰ってきたんだ。こんなことしたって意味ないからやめな。いずれ兄上は王位につくし、きみらが正しくあれば重用してくれるよ」
 終わりに「たぶん」とつけ足したのは、兄が敵か味方か判然としないため。ですが相手は、幸か不幸か、良くも悪くもある答えをくれました。
「だから困るんですよ。わたくしたちにも、切れない関係や手をひけない案件がありますんで」
 もう片方、鼻の長い髭面がしゃしゃりでます。レオン王太子が仲間でなかったのは喜ばしいことですが、すでに彼らが悪事に手をそめていたのはいただけません。
 ロラン王子は、胸のつかえがとれるやら腹がたつやらでぐちゃぐちゃな気持ちですが、長鼻の男はおかまいなし、もみ手で下卑た顔つきです。
「それで、ものは相談ですがね。もしロラン殿下さえお嫌じゃなければ、わたくしどもと手を組みませんか。ひきかえに、王にしてさしあげますから」
 けれども、その言葉を聞いて激昂したのはロラン王子ではなく、りんご腹のほう。彼は鼻男より年輩で力関係も順当でした。
「なにを言うか! こんなのに誰もついてくるわけないだろ! レオン王太子だからこそ、まわりも納得するんだろうが!」
「でも、こいつのほうがぎょしやすいですよ。平民たちとも、そこそこ仲がいいみたいですし」
「いいや辛抱ならん! 建前とはいえこんなポンコツの下につくくらいなら、全財産を失って裸で路頭に迷うほうがましだ!」
「た、たしかに……! わたくしの考えがまちがっておりました。どうぞお許しください」
 言いたい放題の彼ら。これには王と王妃が黙っていません。
「そんなことはない。ロランにはロランの良さがある」
「そうですよ。大丈夫ですよ。いろいろと」
「そうだな。いろいろと」
「ええ、もちろん。いろいろと」
 命の危機にあっても庇いだてする親心ですが、具体的に褒めていないのは褒めるところがないのと同義。傷口に塩です。
「そういう打ちあわせは俺のいないとこでしといてほしいし、父上と母上はフォローになってないし、つら……」
 ロラン王子の意気消沈を白旗とみなし、りんご男がわずらわしげに指示をだします。
「くだらんことで時間をくった。もういい、こいつも牢に入れておけ。誰一人自害しないよう、しっかり見張りもつけろ」
「えっ、俺たちのこと殺すんじゃないの」
「そのつもりだったが、レオン王太子に逆上されてはかなわん。貴様らは人質だ。あの石頭を裏で操るためのな」
 さっさと捕らえろ、とりんご腹が叫び、追加の兵が入口よりなだれこみます。
 背中に壁。ロラン王子は、あっというまに囲まれてしまいました。
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