婿入り志願の王子さま

真山マロウ

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しかるべき場所に

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 ロラン王子は無意識に、モモを抱きすくめていました。
 そうして、仮にこれで自分の命がつきようとも彼女さえ助かってくれればいい、どうにか無事に逃げのびてほしい、幸せになってくれるのであれば相手がフシェン王子だろうと誰だろうとかまわない、とさえ刹那のうちに思いました。
 が、気づけば自分も同じように守られているではありませんか。
 両側より身をていして覆いかぶさる人物たち。その片方は他ならぬアルマンでした。それからもう片方は、
「兄上……!」
 腹の底からわきおこったのは純然たる喜びだけでなく、これまでの後悔や懺悔を一緒くたにしたものでした。
 自分が兄に劣等感を抱えているように、兄も自分に優越感をいだいているかもしれない、という疑心。それはロラン王子がモモにしたように、レオン王太子が命がけで庇ってくれた事実により、跡形もなく消えさりました。
 自分は、愛されていた。
 そのことをかけ値なしに嬉しく思えるほど、本当は自分も兄を愛していた。
 そう思い至ってよみがえったのは、兄を慕っていた当時の、ぴかぴかの誇らしい気持ち。
 ぽっと心に宿ったともしびが、あたたかな一滴ひとしずくと形を変え、ロラン王子の頬を静やかに伝ってゆきました――。

 閃光がやみ、かたく閉じたまぶたをほどきます。
 すかさず確かめると、抱きしめたモモも、抱きしめてくれているアルマンやレオン王子も無事のようでした。
 自身も、体のどこにも痛みはありません。
 次にロラン王子の目に映ったのは、横たわる敵兵たちでした。
 そのなかにあって屹立する、長い艶髪を高い位置でひとまとめにした者が、りんご大臣の襟首を掴んでいます。
 気を失い手足をぐったりさせた、肥満体を腕一本で支える怪力にも驚かされますが、
「あれって、もしかして……」
 と、その人物ごしに黒い魔術師がよろめくのが見えました。
 みなが目をくらませていたあいだ痛手をこうむったらしく、先の欠けた杖にすがりつき、かろうじて膝を折らずにいます。
 やおら、そこをめがけて大臣が投げとばされました。
 けれども魔術師は、忽然と消失。いき場をなくしたりんご腹が、重力にしたがいドスンと落下します。
 敵は全滅。唯一残ったその人が、装着していた黒塗りのゴーグルをずりあげます。
 凛然とした青灰色のまなざし。
 ロラン王子が「チトセ女王……だよね?」と問うと、彼女はほほえみを答えとして王と王妃のもとへ。
「ニリオン国をおさめるチトセと申します。このような格好でご挨拶する無礼をお許しください」
 チトセ女王の衣服は、ニリオンの隠密が着用する袖や裾が最小限の、動きやすさに特化したものでした。
 あたりが眩しくなったかと思ったら、普通体型のお嬢さんがメタボリックなおっさんをぶん投げて、しかもそれが一国の女王だというのですから両陛下は大混乱、うまく言葉を返せません。なので、レオン王太子がなりかわり、
「助かった。礼を言う」
「おひさしぶりですね、レオンさん。無鉄砲をするところもおかわりなく」
「お互いさまだろう。息災でなによりだ」
 再会を喜ぶ兄たちのそば、ロラン王子が「そうだコルト!」と目をやります。兄弟子ともども石化がとけていた彼は、状況がのみこめず当惑していました。
「私たちは一体……あの魔術師は……?」
「ご心配なく。ハクレンさんが撃退しましたよ」
 チトセ女王が言うには、彼女はハクレンの術でずっとロラン王子たちの様子を見ており、万が一には助太刀できるよう準備をしていたとのことでした。
 ところに、黒い魔術師の登場で、かの集団と因縁のあるハクレンが本気をだして攻撃。いちどき残りの敵を黙らせるべく、チトセ女王を送りこんだのです。
「遠く離れた国からあれだけの威力、さすがハクレン様ですうぅっ!」
 感動にうち震えるコルトですが、ロラン王子は別の意味で震えがきます。
「じゃあ、これ全部ボコボコにしたのチトセ女王ってこと? 強すぎなんだけど……」
「当然だ、チトセ様は俺と同門だからな」
「ライゴ、チトセ女王の兄弟子だったの!」
「いや、弟弟子だ。俺やチヨよりもお強いぞ」
 危うくとんでもない小姑のもとに婿入りするところだった、とゾッとしないではいられないロラン王子の隣では、冷静さをとり戻した王と王妃が、ようやくまともにチトセ女王と言葉をかわします。
「ロランはニリオン国にいたのか」
「レオンのお友達の、あなたを頼ってのことかしら」
「いいえ、どうやら小妹しょうまいをめとるおつもりだったようです」
 ロラン王子に、さらに別の戦慄。
「なんでそれチトセ女王が知ってんの! 誰から聞いたの! アルマン? チヨちゃん? まさかコルト? ていうか、ライゴは知ってたの?」
 矢つぎばやの質問に、誰もがそ知らぬふりをきめこんで無反応。ただ、モモだけが顔色をかえて伏し目になります。
「そんな……ロランさん、そうだったんですか。私なんにも知らなくて……」
「違う違う! いや違わないけど、そうじゃなくて! 最初はそのつもりだったけど今は違う! 全然違う!」
 目をしばたたかせ、まなじりを赤らめていくモモは言葉を失っています。
 見かねたチトセ女王が容喙ようかい
「では、ミヤを妻にするおつもりはないということですか」
「そうだよ! だって俺が好きなのは、モモちゃんだから!」
「だそうですよ。どうしますか、ミヤ」
 意味ありげな笑みをたたえたチトセ女王に、ロラン王子はまたぞろおののきました。勝手に好きになって、勝手に心変わりしたという、失礼かつ不名誉なことをミヤ姫本人に聞かれるのは、想い人であるモモに聞かれるのと同じくらい具合が悪かったのです。
「もしかしてミヤ姫も、これ見てるの?」
「いえ、こちらの様子を知るのはハクレンさんと私だけです。けれどもミヤ本人も現況は把握していますよ」
「え?」
「この子が本当のミヤです」
「は? ……えええッ?」
 半泣きで耳まで赤くしたモモに、チトセ女王が寄りそいます。ロラン王子は腰がぬけそうになるほど愕然。
「だってそれなら、モモちゃんがミヤ姫ってことなら……これまで俺が会ってたミヤ姫って誰なのさ!」
「影武者です。もとはミヤの侍女ですが」
「いやいやいや、でも二人とも顔が。こんなのメイクでも無理だよ!」
「ハクレンさんにかかれば、おしなべて可能です」
 ごもっとも、と釈然としたロラン王子でしたが、そうなるとまた違うもモヤモヤが生じます。
「もしかして、モモちゃんがミヤ姫のお見合いを阻止したがってたのって……」
 彼女がフシェン王子に気がないのは願ってもないことですが、そのために自分は利用されたのではと複雑な心境です。
「それについても詳しくお話ししたいのですが」
 目を向けられたレオン王太子が、チトセ女王の心を読みとり両親に進言します。
「この場で長話というのも。礼もかねて、みなを晩餐に招待してはいかがですか」
「おお、そうだな。ぜひともそうしよう」
「とてもよい考えだわ、レオン」
 こうして非公式ではありますが、急きょ晩餐会が開かれることになりました。
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