君と見た空は一つの星しか見えなくて

黒百合

文字の大きさ
1 / 28
プロローグ

第0話: 晴れない気持ち

しおりを挟む
 
 図書委員会は最終下校チャイムの鳴る夕方五時の十分前に終了する。本の整備を終えて、図書館の入り口のパネルを開館から閉館へと貼り替え、館内の明かりを消して施錠を行う。押し付けられた図書委員会での仕事内容もすっかり最近は慣れてしまう。同じ委員会の生徒にお疲れ様と挨拶をして別れ、スクールバックを持ち、下駄箱に向かう途中にあるトイレの鏡で自分の表情を確認する。

「私、上手く笑えてるかな…。」

そっと鏡に映る微笑む自分を見てため息をつく。いつまでこんな生活が続くのだろうか。今日は喫茶店でのバイトがこの後に控えているため、接客業で暗い顔は浮かべられない。
 するとスクールバックに入っているスマホが振動し始めたことに気付き手に取ると一通の電話がかかってきていた。

「溝口さん…。」

溝口さんはクラスのカーストトップの女子。逆らったら何をされるか分からない。
私はそんな人と関わっている。先ほどの図書委員も彼女に代わって出ていただけなのだ。
呼吸を整え電話に出る。少しイライラした様子の彼女は声を荒げて要件を伝えてくる。

「友達と今一緒に居るんだけどさ。カラオケもどこも空いてないんだよね。莉奈って一人暮らしでしょ。家行ってもいい?」
「あの…溝口さん。私今日バイトがあるから…」 
「じゃあいいよ鍵貸して。」
「待ってよ…さすがに私が居ない時は…。」

彼女は電話ごしに舌打ちをすると電話を切った。切られた途端に心は焦りを感じる。私は溝口さんの要求を断ってしまった。でもしょうがないよね…私にも用事があるし。
 ふと顔をあげると鏡に映る自分と目が合う。私……全然笑えてない。
 バイト先への足並みも重い。先ほどのことが気になってしょうがないのだ。溝口さんの要件を断ったことから明日からクラスでハブられたり、いじめられたりするのだろうか。そう思うと恐い。足が動かない。明日が来るのが恐い。
 目から溢れそうな涙を拭ってバイト先の喫茶店まで足を運ぶ。頑張って作り笑いでも浮かべてないと周りに迷惑を掛けてしまう。そっと喫茶店の扉を開けて厨房に入る。笑わなきゃ…笑顔を浮かべてないとやってられないよ…。

「お姉さんこれ注文と違うよ。」

コーヒーをお持ちしたときにお客さんから指摘され我に帰る。

「あ…ごめんなさい。作り直してお持ちしますので…本当にごめんなさい!」
「いいよ。これで大丈夫。ここのお店のコーヒーはどれも美味しいからね。」

お客さんのメニューを間違えることなんて今までなかった。優しいお客さんだったから良かったもののやってはいけないミスだ。
営業時間を終え、洗い物をしている時も皿を数枚破ってしまった。今日は本当についてないな。

「莉奈ちゃん。私、今日は帰った方がいいと思うな。」
「店長…ごめんなさい。私…失敗ばかりで…でも大丈夫ですから…まだ出来ます。」
「ううん。これは店長命令だよ。莉奈ちゃん具合悪そうだもん。人は誰でも不調なことはあるよ?だから今日は帰って休みなさい。」
「ごめんなさい…ありがとうございます。」

 この日の私の作り笑顔はどんなに痛々しく醜いものだったのだろう。考えるのも放棄して家に帰ってからは枕に顔を伏せた。明日なんか来なければいいのに。被害妄想なのは分かっているがそれでも何が起こるかはなんとなく予想できたから。
 でもこんな私にも密かな楽しみは存在していた。それは溝口さんに図書委員を押し付けられなかったら実現しなかった時間。ほんの数分でも私にとっては辛いことも忘れられる幸せな時間。
 それは高校二年のクラス替えで一緒のクラスになった気になっていた男の子との話が出来る時間だった。彼は覚えていないみたいだけど高校の入学式、上京してきた私は高校までの道のりが分からなくて道で困っていたときに高校までの道を教えてくれたのだ。ちょっとたどたどしかったけど一生懸命説明してくれた彼は私の中ではかなり好印象だった。
 いつも遠目に見てたりする彼に話しかける勇気なんて私には無い。だから、この気持ちはそっと胸の中に抑えておこうって思ってた。
 それが昨日の放課後に私のなかで揺れ動いてしまった。話しかけたらちゃんと返してくれて…私にも優しくしてくれた彼に対する気持ちは嬉しくて表情に出ていないか不安で…。今日も話せるなんて思わなかったので正直驚いたのだ。二日も連続で会えるなんて思ってなかったから。いつも彼と一緒にいる女子の神崎さんとはお付き合いしてないって分かったときから私でも期待していいのかなとか思ったり…。
 だから怖い。私がいじめられたら彼は私のことをどう思うだろうか。もう二度と話してくれないんじゃないか。
嫌われたく無い、ちょっと話せる時間が毎日あればいい、それ以上の関係は望まないからあの甘い時間が無くなるのは嫌だ。現状維持が出来ますように…そう祈りながらその日は終わりを告げた。

彼との幸せな時間が訪れることはこの日が最後だったのかもしれない。

 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム

ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。 けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。 学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!? 大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。 真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

Husband's secret (夫の秘密)

設楽理沙
ライト文芸
果たして・・ 秘密などあったのだろうか! むちゃくちゃ、1回投稿文が短いです。(^^ゞ💦アセアセ  10秒~30秒?  何気ない隠し事が、とんでもないことに繋がっていくこともあるんですね。 ❦ イラストはAI生成画像 自作

愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました

由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。 尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。 けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。 そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。 再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。 一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。 “尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。 静かに離婚しただけなのに、 なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。

処理中です...