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第一章: 天文部
第8話: 想いの決壊
しおりを挟む流星群まで残り二日となった。あくびをしながら下駄箱で上履きを取り出し地面に向けて落下させる。今日もまためんどくさい一日が始まるのだ。昨日はよく寝れたはずだ。なのになぜ眠い。
もう一度あくびをして軽く伸びをすると後ろからワイシャツを軽くつつかれる。どうせ恭介だろと思いながら振り返るとそれは意外な人物だった。
「おはよう…柊くん…。」
その人物は恭介ではなく紫ノ宮さんだったのだ。なにさっきのしぐさ。めっちゃ可愛いかったんだけどもう一回やって。恭介にやられたら殴ってたけども。
「ご…ごめん迷惑だった?」
「とんでもない。朝から大変嬉しい出来事に動揺しています。」
「ふふ…何それ。柊くん…ちょっと時間ある?」
「え…。おう。大丈夫よ。」
紫ノ宮さんは静かに上履きを履くと先導して俺の先を歩く。朝から唐突なボディタッチでまだ冷静になれてない自分がいる。落ち着け。落ち着くのだ。高々ボディタッチ…チョロくない?俺チョロくない?チョロくない。でも好きな女子からのボディタッチってそんなものなのだろうか。
邪念を持ちながら紫ノ宮さんに連れられ、人の通りの無い廊下に出る。紫ノ宮さんはくるりと振り返ると俯きながらに細々と声を発した。
「昨日…ゆっくり話せなかったから…。ここならゆっくり話せるかな…なんて。」
少しはにかみながらも笑顔を浮かべる彼女だがやはり表情に影がある。というのもなかなか本題に入りたいけど入れないという状態の表れなのだろう。助けると決めた以上俺が話を進めてあげないとな。
「昨日言いかけてたこと?」
「あ…うん。私…ちょっと嫌なことがあって…涙もろいんだ…。だから…ホントに……前に泣いてたのは何でもないの…。だから…柊くんも気にしないでほしい…。」
彼女の言いたい意図は分かる。いじめについてを必死に隠そうとしてるのだ。どんなに鈍い俺でも分かる。
「ああ。分かった…。」
「ありがとう。だから…私は大丈夫。」
大丈夫な人はそんな今にも泣きそうな表情で大丈夫って言わない。自分の腕を押さえながら必死に涙をこらえてる彼女の姿に限界が感じられてしまった。大丈夫って…
「その言葉は泣きそうな顔して言わないでよ紫ノ宮さん。」
「え。」
彼女は、はっとした表情で不安そうにこちらを見つめる。悪いけどもう見てられない。放って置いたらもう彼女は限界だ。なんで助けを求めないんだよ…。
「そんな泣きそうな表情で必死に我慢して…見てられないんだよ…痛々しいし。」
「我慢…?私なにも…我慢なんて…」
彼女の顔に不安がよぎっているのが分かる。そして彼女の目から一粒の滴が落ちたとき彼女の想いが決壊したのもはっきりと分かった。しまったと思ったときには遅かった。
『我慢』。それは彼女がいじめを必死に耐えていること以外を指す言葉ではないからだ。
諦めたような表情で彼女はか細い声で言葉を発する。
「我慢か…じゃあ知ってるよね。私がいじめられてるのは…。なのに大丈夫?って。……大丈夫なわけ…無いじゃん…。もう…限界だよ!始めは…私が耐えれば他の子がいじめられなくて済むって…そう思ってた…。でも……日に日にエスカレートしていって…。」
その次の瞬間、彼女はワイシャツの袖をめくって手首を見せた。その手首には…少しではあるが刃物で傷を付けたような傷があった。こうなるまて気付かなかった周りも周りだが何より…その傷があることがショックでならなかった。当てる言葉が浮かんでこない。
「…何回も死のうと思ったんだけど…ダメだった…。怖くなって……死のうと思うと…柊くんのこと思い出すんだ……少しの時間だけど…いつも…話してくれて…優しく接してくれて……。明日も…会えるかな…って。でも私なんて…可愛くないし…良いところなんて無い。私は…人に好きになって…もらう…資格なんて……ないから…。」
人に好きになってもらう資格なんて無い…。私なんて…可愛くないし…良いところなんて無い。彼女の繋ぎ繋ぎに発される言葉の一つ一つが自分の中に刺さっていく。多くの時間で蓄積されたいじめの数々が彼女を苦しめているのは分かった。でも…それを一瞬で潰してやれるような言葉が浮かんでこない。
これはどんな科目の問題よりも難しい。俺は彼女にどんな言葉をかけてあげれば正解なのだろう。
「柊くんには…知られたくなかったんだ…いじめられてるって…嫌われたくなかった…。…私が初めて好きになった人だから…でも私の恋はもうお終いだね…。もう……放っておいて…優しくしてくれてありがとう。……さようなら。」
紫ノ宮さんは足早に走ってその場を去ってしまう。彼女のスクールバッグは廊下に置いたままだ。
彼女はさよならと言っていた。何回も死のうとしたと言っていた。つまり彼女に死に対する迷いはもう無いのだろう。俺がもう少し慎重に距離を縮めていれば…でもそれだったらもう手遅れだったかもしれない。正解が分からない…。俺はどうすれば…。
「追いかけないの?」
ちょうど柱の影に隠れていた数少ない親友はこちらに詰め寄る。
「盗み聞きかよ…。」
「ごめん…たまたま見かけちゃって…。それはそうとアンタはまだしてないことがあるでしょ。」
「してないこと?」
「好きっていってくれた女の子に返事もしてあげないわけ?それはそれで紫ノ宮さん可哀想じゃない?」
両想いだったとして喜べる状況じゃない。なのにコイツは何を言って…。
「そういう問題じゃないだろ…。」
「唖然として聞いてただけかよ。紫ノ宮さんは死のうとしたけどお前のこと思い出して留まったって言ってたんだよ?単純で分かりやすい構図が出来てるじゃん。お前の返事一つで助けてあげることだって出来るんだよ。」
「俺よりしっかり聞いてる…。」
「関心はそこか。女心分かってあげてよね…。」
軽く肘打ちをわき腹に受ける。でも乃愛の言う通りならバッドエンドを変えることはまだ出来る。
「はぁ。まさか乃愛に女心で叱られる日が来るとは…。」
「それどういう意味?」
足をおもいっきり踏みつけられて攻撃される。マジで容赦ないなこの人。
「ごめんなさい!痛い!痛いです!足踏まないでください!」
乃愛は踏みつけている足をそっとどけると優しく微笑んで背中を軽く叩かれる。
「答えを聞かずに逃げちゃったお前のお姫様を連れて帰って来なさい。」
「…ありがとう乃愛。」
背中を押してくれた親友に手短に感謝をし、走って彼女を追う。彼女が行きそうな場所…。
彼女の足取りを掴むべく通りすがりの生徒に紫ノ宮さんが来なかったか聞いて回る。コミュ障には最悪の罰もいいところだが、同級生に死なれたほうがもっと胸くそ悪い思いをすることになるから。
紫ノ宮さんを追いかけて走っていく親友を見送りそっとスクールバッグを拾い上げる。親友が無事に紫ノ宮さんを救えるかどうかはあたしには分からない。でも紫ノ宮さんに対して同情はしてしまう。他の子にいじめが及ばないように自分が我慢すればいい。そんな風にあたしは考えられない。でも柊が紫ノ宮さんを救えたらその時は彼女と友達になりたい。
盗み聞きはしたくはなかったが、紫ノ宮さんの声が珍しく聞こえたので向かってみれば親友が向かい合って話してる状況に立ち会えば自然と聞く流れになってしまった。
「あれ乃愛。なんでバッグ二つ持ってんの?」
後から来た恭介は不思議そうに乃愛の手元を覗き込む。
「紫ノ宮さんのやつだけど?良いからあたしたちは教室行くよ。」
「待って。話の流れが分かんないんだけど?」
「うるさい。来い。」
あたしは恭ちゃんの腕を強引に引っ張り教室まで連行した。今は柊が全力で紫ノ宮さんに向き合える舞台を作りたい。直接のサポートは出来ないけれど間接的なサポートは手伝ってあげられるから。だから…。
「絶対連れて帰って来てね。柊。」
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