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第一章: 天文部
第10話: さよなら私。
しおりを挟むその翌日、彼に声を掛けようとするも勇気が出ません。頑張って近付こうとしても足が動かない。そんな風にしているうちに放課後になってしまいました。私は俯いたまま再び死にたいと思いました。自分が悪いことをしたのに謝れない。
それでも彼は私のもとに謝るためだけに来てくれました。それが何より私にとっては嬉しかったのです。暴言ではなく、優しい言葉を掛けてくれたことが何より救いでした。しかし幸せはすぐに崩れました。溝口さんが私を迎えに来たのです。初めての事態に私は焦りました。柊くんと話していた私を見ていた溝口さんは私に対して彼が帰った後に言いました。
「莉奈はあーいうのがタイプなわけ?」
「違う…柊くんとはそういう関係じゃ…。」
「お前、アイツに助け求めたんじゃねぇよな。」
「違うよ!柊くんとは何も…。やめてよ…私には何してもいいから柊くんには何もしないで。」
溝口さんは笑いながら私の髪を引っ張って耳元で囁やく。
「必死過ぎなんだよ。好きなのバレバレだよ莉奈。」
「痛い…やめてよ……。」
「何しても良いんでしょ?」
溝口さんが髪を離すと膝から崩れて私は地面に膝をつく。
「莉奈さぁ。自分のこと好きになってくれるやつが居ると本気で思ってる?」
「そんなの…」
分かんないよ…でも。こんな私…でも好きになって貰えるなら…そう望むのはダメだろうか。
「言っとくけどお前が人に好きになってもらう資格無いから。その手首の傷気持ち悪いんだよ。アイツがそれ知ったらきっと気持ち悪いって思うよ?嫌われちゃうね。あははは。」
人に好きになってもらう資格がない…。どんな暴力や暴言よりも傷付く言葉でした。私の気持ちを見据えたように冷たい言葉を放った彼女は笑いながら友達と帰っていきました。悔しいですが何も言えません。確かに気持ちの悪い傷でしょう。嫌われる原因を自分で作ってバカみたい。自業自得だなぁ…。
帰りの道中、自分の手首を見つめます。死に損なって付けたみっともない傷です。ワイシャツの長袖を伸ばして隠します。周りが笑っている気がするのです。気持ちの悪い女が来たと。
それが嫌で…怖くて家まで走って帰ります。もう誰にも会いたくない。誰も私のことなんか助けてくれないんだ。
家に入ると鏡に映る自分の顔を見つめます。もう作り笑いすら出来ないのです。私ってこんなにも醜かったんだ。死ねば解決するのかな、そうは考えましたが一つの感情がそれを拒むのです。彼に振られればこの気持ちに折り合いがつく。明日を私の最後の日にしよう。そう決めたのです。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
そして今日その日を迎えました。
自分から彼に朝から話しかけるのは初めてだ。緊張はするけど今日は私の人生最後の日。神さま…私にちょっとの贅沢を許してください。
彼の制服の袖を軽く引く。初めて触れられた。それだけで満足している自分がいるけど、今日私は嫌われるために彼の前に立っているんだ。いつもより大胆な行動に自分でも頰が火照っているのは分かる。こんなに好きなのに…私の気持ちは胸にしまわなきゃ。
柊くんを先導して、人の通りの無い廊下に出る。ここまで来れば誰も居ないよね。振り返って彼を見つめて言葉をそっと吐き出す。
「昨日…ゆっくり話せなかったから…。ここならゆっくり話せるかな…なんて。」
そっと笑顔を浮かべることが出来た。でも不思議と彼と話していると落ち着くんだ…。本題に切り出そうとしてもなかなか言い出すことが出来ない。すると彼が優しく質問をしてくる。
「昨日言いかけてたこと?」
「あ…うん。私…ちょっと嫌なことがあって…涙もろいんだ…。だから…ホントに……前に泣いてたのは何でもないの…。だから…柊くんも気にしないでほしい…。」
分かってる。自分でも痛々しい理由だ。それでも私は彼に嫌われる選択肢を選び続けないといけないんだ。優しい彼に見捨ててもらえればいい。柊くんに溝口さんが何かしたら私は耐えられない。
「ああ。分かった…。」
「ありがとう。だから…私は大丈夫。」
深く言及しないんだね。良かった…。それでいい。私に関わらなければそれで…。
「その言葉は泣きそうな顔して言わないでよ紫ノ宮さん。」
「え。」
なんで…私…あれ。泣いちゃダメ…前も心配してくれたんだよ…ここで泣いたら…。
「そんな泣きそうな表情で必死に我慢して…見てられないんだよ…痛々しいし。」
「我慢…?私なにも…我慢なんて…」
『我慢』。私は彼に我慢をしていると言うことはあっただろうか。
その瞬間に理解した。ああ。そういうことか。私がいじめられていること…知ってたんだ。
「我慢か…じゃあ知ってるよね。私がいじめられてるのは…。なのに大丈夫?って。……大丈夫なわけ…無いじゃん…。もう…限界だよ!始めは…私が耐えれば他の子がいじめられなくて済むって…そう思ってた…。でも……日に日にエスカレートしていって…。」
もういい。すべて吐こう。私はワイシャツの袖をめくって手首を見せた。リスカの傷跡を見た彼は唖然としている。そうだよね…溝口さんの言う通りだ。気持ち悪いよね…。
「…何回も死のうと思ったんだけど…ダメだった…。怖くなって……死のうと思うと…柊くんのこと思い出すんだ……少しの時間だけど…いつも…話してくれて…優しく接してくれて……。明日も…会えるかな…って。でも私なんて…可愛くないし…良いところなんて無い。私は…人に好きになって…もらう…資格なんて……ないから…。」
止まらない涙を拭いながら言葉を続ける。ここまで言ったら私と二度と関わろうなんて思わないよね。
「柊くんには…知られたくなかったんだ…いじめられてるって…嫌われたくなかった…。…私が初めて好きになった人だから…でも私の恋はもうお終いだね…。もう……放っておいて…優しくしてくれてありがとう。……さようなら。」
でも彼は私のいじめを知っていたから、動揺した私はまた逃げて。自分の胸に秘めた想いとさよならとだけを伝えて。
私は誰からも好きになってもらう資格なんて無いんだ…。そう思うと楽だった。告白しても結果は知れてるから一方的な告白で十分だよね。
行き着いた先は屋上。飛び降り自殺にはちょうどいい高さだ。ふと横を見ると天文部のテントがある。彼はここで活動してるのかな。もう私には関係ないけど…。
屋上の風は風向き的にも私の背中を押している。金網のフェンスを乗り越えたら…死ねるんだ。私の足は自然と軽かった。死ぬのが怖くない。不思議な感覚に身を任せて歩みを進めていく。
ーーーさよなら、私。
曇り空が広がる屋上。冷たい風が背中を押す。短かった私の高校生活が終わりを告げる。何もかも諦めて清々しい気持ちで終わるのだ。でも金網のフェンスに足を掛けようとしたとき…足が止まった。
何も思い残すことはないはずなのに何で…。何で足が動かないのだろう。まだ何か思い残したことがあるというのだろうか。そんなことはないと自分に言い聞かせる。
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