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第ニ章: 生徒会選挙
第23話: 会長立候補取り下げ
しおりを挟む翌日、応援演説の原稿を無理くり徹夜で完成させた俺は死んだ魚ような目のまま洗面台の前にたって顔を洗う。
原稿にはでっち上げた柏崎さんの長所を参考に作り上げたのだった。例えば積極的に人を引っ張っていけるとかインタビューで答えたようなやつだ。『はい、ダウト。』みたいな内容ばかりの綺麗事をまとめた文書が出来上がったのだ。
朝食も正直食べると吐きそうなのでそのまま家を出て学校に向かう。
負け試合の選挙ならこの程度の原稿でも良いかなと思って妥協はしたもののやはり勝たせてあげたいというのは俺の感情だった。ただ彼女の今の意思を考えるとこれでいいのかもしれない。
「柊くーん?起きてる?」
「へ?」
声をかけられて我に帰ると心配そうな表情で紫ノ宮さんがこちらを見ていた。いつのまにか彼女のマンションの前にまで来ていたらしい。いや徹夜明けって怖いわ。無意識だもの。
「悪い。寝てなくて。」
「選挙の原稿だっけ?忙しいのは分かるけどちゃんと寝るんだよ?」
「おう。授業中に寝るぞ。」
「それは起きててよ!あ、昨日話そうか迷ってたんだけど…手紙の差出人について。もしかしたらこの子かもって子は居たんだけどまだ理由まではたどり着けなくて。」
「じゃあ捕まえて吐かせようぜ!」
「柊くん徹夜明けで発言に余裕が無いよ!でもまぁそれが早いか。クラスとか分からないから下駄箱で待ち伏せってことになるけどいいかな?」
「構わん。」
こうして紫ノ宮さんの提案のもと下駄箱での待ち伏せで探すことにする。
急いで校門を抜けて下駄箱の影に隠れてその人物を待ち続ける。
そういやどんな子なんだろうか。柏崎さんと交流がありそうな子だよな。だったら同じクラスのやつかな?
「どんな子なの?」
「えっと…一年の…あっ!あの子。」
紫ノ宮さんの声で振り返るとそこに居たのは昨日柏崎さんに頭を撫でられていた可愛くないやつだった。
こいつが差出人。確かに後輩ってポジションで知り合いっぽかったし、動機としては十分だ。あとはその真意だ。なぜそんなことをしたのか聞けばいい。
そう思ったその時、その少女は急いで校舎の中に逃げ出した。俺と紫ノ宮さんの姿が目に見えた瞬間に逃げ出したのだ。いやもうこれ完全に犯人決まったじゃん。
「紫ノ宮さんは階段を経由して回り込んで。俺はそのまま追うから!」
「分かりました!挟み撃ちですね!」
紫ノ宮さんに指示を飛ばして、俺は逃げた一年を追う。彼女の足はそこまで速いわけではなく、追い付こうと思えば追いつけそうだ。こんなことしたらもっと嫌われるのでは?と頭の中を昨日、彼女が睨みつけて来た光景がよぎる。
「別に最初から好感度マイナスならいっか。」
「なんなんですか…!なんで追いかけて来るんですかー!」
「逆になんで逃げてんだよお前!」
「確かに。そうですね…。」
急に立ち止まった彼女を捕まえようとすると彼女はスッと俺の進行方向に足を出す。コイツまさか!?
腕から思いっきり廊下の床に突っ込み悲鳴を上げる俺を見下しながら走って逃げようとする。
「逃がすか。」
彼女の足首を咄嗟に掴むと彼女はつまづいて体勢を崩して転倒する。その前からは先回りした紫ノ宮さんが駆けつけてくれたため容疑者の確保に成功する。
階段の端に一年の子を連行して連れて行って話を聞くことにする。抵抗こそしないが少し拗ねているのは誰がみても分かるだろう。
「ごめんて…足首掴んじゃったのは謝るって。」
「柊先輩の脚フェチ。」
「ちょっと?誤解招くからそういうのやめて貰えるかなぁ?」
「柊くん…確かに私とプール掃除した時もロングソックス脱いだらすごい照れてた…。」
「紫ノ宮さんは俺の味方じゃないの?違うの?あとお前はその哀れなものを見る目で俺を見るな一年!」
「私は御子柴千夏って名前がある……で?要件は?」
生意気な一年の御子柴さんを問い詰めるべく、紫ノ宮さんは昨日に見つけた俺宛ての手紙を御子柴さんに差し出す。御子柴さんはそれを受け取ると黙ってしまった。
「これ。お前が出したのか?」
「ノーコメントです……。」
「ちょっと遅い反抗期かよ。」
「うるさいです…柊先輩。」
歳下に唐突に脚を踏みつけられるが別にそこまで痛いと感じなかった。理由は明白だろう。だっていつももっと強い性格がゴリラみたいな女に踏まれているからな。こんなこと口に出てたら乃愛に脚の骨砕かれるから絶対言えないけど。
なかなか答えてくれない御子柴さんに今度は紫ノ宮さんが優しく聞いてくれている。
「千夏ちゃん…仮に千夏ちゃんが出したとしてどうして柏崎さんの立候補を止めたいの?千夏ちゃんと柏崎さんってどういう関係?」
「それは脚フェチの先輩がもう知っています…。」
「ほんっとお前可愛くないな!柏崎さんの後輩らしいよソイツ。だったらだけど先輩の立候補って普通に後輩としては応援しないか?」
「確かに。柊くんの言う通りだよね…なんか立候補しちゃダメな理由ってあるの?」
御子柴さんは諦めたようにため息をつくと、ふて腐れたような態度で受け答えに応じる。
「その手紙を置いたのは私で正解です。学年が違えば見つからないと思っていた私が浅はかでした。でも…真意は言えません。私は柏崎先輩のこと大切な先輩だと思っています。柊先輩だってホントは分かっているでしょ…?とにかく私は言いません。」
「御子柴さん…どうすれば話してくれる?」
御子柴さんは少し考えたあと、細々と条件を口にする。
「じゃあ…柏崎先輩を選挙の立候補から外してください…それで私は十分です…。でも柊先輩には無理でしょう?あんなに必要とされてるんですから…。」
「御子柴さん、彼女が負け試合をしようとしてるなら俺も立候補を外すべきだと思ってる。」
「え、柊先輩…。ちょっと…。」
そのとき、物を落とすような音が背後で聞こえると振り返る。そこに居たのは柏崎さんだった。
慌てて彼女は落としたプリントなどを座ってまとめると立ち上がってうつむく。ここにいる全員が気まずそうに沈黙するなか柏崎さんが口を開く。彼女の目からは静かに涙がこぼれ落ちていくのが分かる。
まずいどこから聞いてた……。
「凛音くんは……私に言ってくれたよね…副会長より意思があるって。あれも全部嘘だったの?」
「嘘じゃない…。」
「じゃあ今のは?」
「っ!!何ならこの際言うけど柏崎さんはどうしたいんだよ。」
「さっき凛音くん負け試合って言ったよね?…やっぱりそう思ってるじゃん。私だって知ってたよ…そんなの……それでも凛音くんが応援演説してくれるって…負け試合だとおもわないって言うから……信じたかったのに。」
そういうと彼女は深呼吸を一つ。そうして無理に浮かべた笑いを俺ら三人に向ける。
「あはは…なんてね。なんで頑張ってるのか分かんなくなっちゃった…凛音くんはそもそも私が巻き込んじゃった訳だし勝手に私があれこれ言うのも検討違いだよね。ごめんなさい。」
深々と頭を下げる彼女に唖然とする。こんな形で柏崎さんの選挙は終わってしまうの。あれだけ友達のためにって言ってた彼女がこんなに簡単に諦めていいのか?
「莉奈っちにもなんかダサいとこ見せちゃったね…忘れて?」
「あ、うん…。」
「千夏もなんて顔してるのー。先輩として幻滅しちゃった?」
「いや…柏崎先輩…私。」
「なんで千夏は私の立候補に反対なの?」
「それは……言えないです…私…。」
「分かった。私、会長立候補辞めるよ。」
さっぱりとした彼女の答えに御子柴さんは目に焦りが浮かぶ。こんな方法でやめて欲しくないというのは勿論だろうけどこのタイミングで切り出されたら自分のせいだと思ってしまうだろう。
「え…なんで……柏崎先輩は……。」
「後輩にこんな表情させて…凛音くんが優しいのをいいことにわがままを通しすぎた。これ以上みんなに迷惑かけてまで会長になれないよ…。」
御子柴さんの涙ぐむ目を見るともともと俺の発言がきっかけでこうなったんだから責任を取らなきゃと思わせられる。俺の気持ちを正直に伝えるべきだろう。そっと唾を飲み、言葉を吐き出そうとしたときだった。
「柏崎さんそれでいいの?」
優しい口調で心配そうに黙っていた紫ノ宮さんが柏崎さんに問いかけをする。柏崎さんは少し驚いた表情で紫ノ宮さんの方を見る。紫ノ宮さんは俺の方を向くと御子柴さんの腕を引いて俺の目の前まで連れてくる。
「柊くんは千夏ちゃんのことお願いしてもいい?私は柏崎さんと少し二人で話したいから。」
「ああ。良いけど大丈夫?」
「励ましたりするのは私なんかより柊くんのほうが得意だよね。私にしてくれたみたいにしてあげて?」
「分かったよ…いや難し…。ちょっと場所移すよ御子柴さん。」
御子柴さんは小さくうなづきながらパーカーの袖で涙を拭って俺の後をついてくる。柏崎さんは紫ノ宮さんに任せるがそれでも大丈夫なのか不安になる。
だが同時に二人を落ち着かせるのは難しそうだったから紫ノ宮さんの配慮はありがたかった。だったらまずはこの生意気な一年がどうしてここまで柏崎さんを生徒会長にしたくないのかを聞き出さなきゃいけない。
校舎内の自販機で温かいコーヒーを一本買ってその近くの椅子に座らせておいた御子柴さんに差し出す。小さな手はそれを受け取って握っている。その横にそっと俺も座って様子を見る。
「先輩…私…取り返しのつかないこと……しちゃったんだよね?」
「さぁな。俺は柏崎さんじゃないから分からないけど柏崎さんを生徒会長にしたくない理由。本人にも言えないのは何か訳があるんだろ?」
「はい…。」
そっとコーヒーの缶を開けると彼女は一口飲んで黙り込む。
「言いたくないなら言わなくていいよ。俺が君を追いかけなければこんなことにはならなかったわけだし。」
「ううん。柊先輩のせいじゃないよ……先輩は柏崎先輩を生徒会長にしたい…?」
「したくないって言ったら嘘だな。ただアイツがやりたくないならしたくない。」
「じゃあ私と同じ…ですね。」
「御子柴さんは反対なんじゃないの?」
「やっぱり柊先輩には話そうと思います…手紙の差出人について。」
「御子柴さんじゃないの?」
彼女はそっと首を横に振ると静かな口調で差出人についての話をし始めるのだった。それは友達を想うが故に生まれてしまったすれ違いの話だった。
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