西園寺家の末娘

明衣令央

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第4章:不協和音

12・大切な事は、何か

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「来たな、小花。遅かったな。何かあったのか?」

 ジャージに着替えて妖滅フロアへと向かうと、大樹さんは先に来ていて、私を待っていてくれた。
 二人にはまだ、私が朝練の後、茉莉花ちゃんと一緒に学校をサボった事は知られていないらしい。
 遅れてきた理由を聞かれるかと思ったけれど、

「遅れちゃって、ごめんなさいっ」

 と謝って頭を下げると、大樹さんと賢さんは、気にするなと言って笑ってくれた。
 理由を聞かれなくて良かったと息をつくと、視線を感じる。
 振り返ると視線の主は真紀ちゃんで、無言で私を見つめていた。
 真紀ちゃんは、私が大樹さんを待たせちゃったから、怒っているのかな……それとも、話をした事自体が気に入らないのだろうか。
 やっぱり私は、大樹さんにコーチしてもらうのを、止めた方がいいのかな……。

「あの、大樹さん……お話があるんですが……」

「なんだ?」

「特別コーチの件なんですけど、私、やっぱり自分で頑張った方がいいのかなって……」

 自分で頑張るって言っても、実はどうすればいいのか、全くわからない。
 だけど、それで真紀ちゃんが機嫌を直してくれるのなら、その方がいいような気がする。

「どうした? 何かあったのか? 小花は、強くなりたいんじゃなかったのか?」

「もちろん、強くなりたい! でも、大樹さんに教えてもらうのは、ズルなのかなって思って!」

 私がそう言うと、大樹さんは首を傾げた。
 意味がわからない、と言われる。
 確かにそうだよね、言った私だって、良く分かっていないのだから。

「やはり、何かあったか……」

 大樹さんはそう呟くと、ちらりと賢さんへと視線を向けた。
 賢さんは頷くと、私と大樹さんを置いて、どこかへ行ってしまう。
 賢さんはどこに行ったのだろう……私が遅れてきた理由を調べに行ったのだろうか。
 正直に言った方が良かったのかな……だけど、なんて説明をしたらいいんだろう?

「小花……」

「え?」

 私はいつの間にか俯いて考え込んでいて、大樹さんに呼ばれて慌てて顔を上げた。
 大樹さんは心配そうな表情で私を見つめると、

「特別コーチを続けるかどうかは別として、今日は止めておいた方が良さそうだ」

 と言う。

「お前に何があったかは、今の俺にはわからない。だけど、今朝と態度が違いすぎる。おそらく、お前に何かがあった事は確かなのだろう。お前が今、何かに悩んでいるのなら、妖滅の訓練はしない方がいい」

「大樹さん……」

 茉莉花ちゃんのお姉さんも、心が弱っている時は妖滅に関わってはいけないと言っていた。
 私のために時間を作ってくれたはずの大樹さんを、私は自分の都合で振り回してしまったというのに、すごく優しくしてくれる。
 申しわけなくて、そして、優しい大樹さんに迷惑をかけた自分が情けなくなくて、涙が零れそうになる。

「大樹さん、ごめんなさい」

「いや、構わない……。何があったのかは知らないが、俺にできる事があるなら、何でも言ってくれ。俺のコーチが迷惑なら、そう言ってくれればいい。俺は、どちらでも構わないから……」

「は、はい……」

 涙を堪えられなくなってきて、私は俯いた。
 泣いてしまっているのは気づかれているかもしれないけれど、泣き顔を見せたくなかった。
 大樹さんは、優しくぽんと私の頭に手を置くと、だけど、と続ける。

「だけど、小花……自分にとって何が大切で、自分がどうしたいのか、どうなりたいのかを、ちゃんと考えて自分で決めろ。俺は、小花が自分で考えて決めたのなら、どちらでも構わないから」

「はい……ありがとうございます」

 自分にとって何が大切なのか――大樹さんの言葉通り、ちゃんと考えなければと思った。
 大樹さんは泣いてしまった私の頭にばさりとタオルをかぶせると、

「小花、こっちだ」

 と優しく手を引いてくれた。
 私は大樹さんに手を引かれるまま、付いて行く。
 真紀ちゃんの事を気にして、大樹さんと距離を置こうとして、私ったら何をしているんだろう。
 これじゃ逆効果だし、多分真紀ちゃんは、こんな私をまた腹立たしく思っているんだろうな。

「小花、まだ帰らないのなら、この中に居ろ。この中は安全だから。ついでに、このフロアの事を教えてもらうといい。貴美さん、小花にいろいろと教えてやってください」

 大樹さんはそう言うと、じゃあな、と言って立ち去った。
 私は大樹さんが貸してくれたタオルで目元を拭うと、深呼吸して、後ろ姿の大樹さんを見つめる。
 大樹さんはどこからか戻って来た賢さんから竹刀を受け取ると、妖滅室へと入って行った。

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