コールド伯爵令息の身勝手な愛は、一国を滅ぼす

明衣令央

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第二章:ベル・ガンドール

33・失くした記憶

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「おい、あんた、もしかして、自分の事がわかんねぇのか?」

「は、はい……」

 フェンリル・エンベリーと名乗った男性は、私が何もわからないと言うと、とても驚いたようだった。
 だけど、本当に何もわからないのだ。どうしようもなかった。

「あの……私の事で、あなたが知っている事を、教えてくれませんか? 私、本当に何も、わからないんです……」

「教えるって言ってもなぁ……」

 はぁ、と深い息をついて、フェンリルさんはガリガリと頭を掻いた。
 それからしばらく黙り込んだ後、口を開く。

「まず、俺たちの事を話そう。俺たちは傭兵として、このオウンドーラ王国に雇われている。オウンドーラ王国には、王都オフレンドへと続く街道を挟んで、東と西に森があるんだが、その森に魔物が湧いて出るんだ。それで、俺たちはオウンドーラ王国に雇われて、西の森の第一砦を守りながら、この森に湧いて出てくる魔物を狩り続けているんだ」

 オウンドーラ王国、東と西にある魔物が沸いて出る森、森の中にある砦、そしてそこを守る傭兵……。
 聞いた事があるような気がして必死に考えていると、ズキン、と頭が痛んだ。
 フェンリルさんは私の様子に気づき、大丈夫か、と声をかけてくれる。

「目が覚めたばかりなんだ……まだ体が辛いだろう。眠った方がいい」

「でもっ……」

「でも、じゃねぇ。あんたは森の中で魔物に襲われて、重傷を負っていたんだ。それで……半年意識を取り戻さなかった……。無理する事はねぇよ」

「重傷? 半年?」

 どうして私は危険な魔の森の中に居て、魔物に襲われていたのだろう。
 半年も意識を取り戻せないほどの重傷って、全く動かない私の体は、今、どんなふうになっているのだろう。

 怖くて仕方がなくて、私はボロボロと涙を零していた。
 だけど、動かない私の体は、流れる涙を自分で拭う事すらできなかった。

「大丈夫だ、落ち着け、大丈夫だ……」

 そう言って私の涙を拭ってくれたのは、フェンリルさんだった。
 フェンリルさんは大きな手をそっと私へと伸ばし、優しく……本当に優しく指先で涙を拭ってくれた後、横を向いたままの私の体を、仰向けに直してくれる。

「大丈夫だ、あんたは生きている。ゆっくり体を治して、ゆっくり思い出していけばいい……。あんたの事は、ここで俺たちが守るから。さぁ、目が覚めたばかりで、まだ起きているのは辛いだろう。もう少し眠れ。今度目が覚めた時、何か食えそうなら食おうな……」

「あの……」

「大丈夫だ、眠れ……」

「あ……」

 大きな手が近づいてきて、頭を撫でてくれた。
 この手ではないけれど、私はこの手によく似た手を知っているような気がした。
 武器を握る、大きくてゴツゴツした手――一見、恐ろしく思えるその手はとても優しくて、私は目を閉じると同時に意識を手放した。


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