婚約破棄された公爵令嬢は、ただ冤罪を晴らしたいだけなのです

明衣令央

文字の大きさ
8 / 33

第8話:真実の記録



 わたくしは審問室の中央へ進み、胸に抱えていた手帳を両手で差し出した。

「これが……わたくしの記録です。毎日欠かさず書いております。どうか、ご確認くださいませ」

 重臣が侍従に合図し、手帳が丁寧に受け取られる。
 その瞬間、わたくしの頭の中に『何か』が語りかけてきたような気がした。

『大丈夫だ。真実は、必ず証明される』

 と――。
 語りかけてきたのは誰?
 もしかして、今提出した手帳?

 侍従が手帳を開き、重臣の前に置く。
 ページをめくる音が、審問室にやけに大きく響いた。

「……ふむ。四月十二日」

 重臣が読み上げる。

「『午前:図書室にて自習。午後:図書委員の当番』……南棟の階段には、行っていないようだな」

 ミーナの顔が青ざめる。

「と、図書室……? で、でも……リリアナ様が……」

 重臣は淡々と続けた。

「図書室の出入り記録にも、エレノア嬢の名がある。時間も一致している」

 ミーナは口を開いたまま、言葉を失った。
 他のページがめくられる。

「五月三日。『午後:乗馬訓練。訓練場にて』」

 ラドックがびくりと肩を揺らす。

「乗馬訓練……? で、でも……中庭で……」

「訓練場は学園の北側。中庭とは反対方向だ。同じ時間に二つの場所にいることは不可能だろう」

 ラドックは額に汗を浮かべ、視線を泳がせた。
 さらにページがめくられる。

「六月二十日。『王宮図書館にて資料調査。夕刻まで滞在』」

 カミラ嬢の顔色が一気に変わった。

「お、王宮図書館……? そんな……」

 重臣は書記官に目配せし、書記官が手元の書類を確認する。

「王宮図書館の出入り記録にも、エレノア嬢の名がございます。滞在時間も一致しております」

「これは、間違いありません。僕はその日、王宮図書館に入られたエレノア様を見ているんだ。残念ながら、声はかけることができませんでしたが」

「な、なんですって? ウイリアム殿下、それが本当なら、少なくともカミラは、嘘の発言をしたことになります!」

 ウイリアム殿下の発言に、審問室がざわめいた。
 視線が最後の証人として発言した、カミラ嬢へと集まる。
 カミラ嬢は助けを求めるようにリリアナ嬢を見つめるが、リリアナ嬢はそんなカミラ嬢から顔をそむけた。
 その様子を見て、ウイリアム殿下が静かに立ち上がる。

「重臣殿。これら三つの証言は全て『エレノア様がその場にいた』という前提で成り立っています。しかしエレノア様の手帳の記録と、王宮・学園の出入り記録が一致している以上、証言の信憑性は極めて低いと言わざるを得ません」

 ウイリアム殿下の声は落ち着いており、確かな力があった。

「証人たちは、誰一人として『エレノア様が嫌がらせをする瞬間』を見ていない。ただ『リリアナ様が泣いていた』という状況だけを述べているにすぎないのです」

 ミーナ、ラドック、カミラの三人は、完全に言葉を失っていた。
 重臣が厳しい声で告げる。

「……証人たちよ。そなたらの証言は、事実と大きく食い違っている。虚偽の証言をしたと判断せざるを得ぬ」

 三人は膝を震わせ、深く頭を下げた。

「も、申し訳ありません……! わ、わたしたちは……その……」

 言い訳は続かない。
 ダロウ男爵が歯を食いしばり、リリアナ嬢は顔をしかめて三人の証人たちを見つめていた。

「エレノア嬢、大切な手帳をお返ししましょう」

「ありがとうございます……」

 大切な手帳が返された。
 受け取った瞬間、手帳が温かくなっているような気がした。
 そして、

『真実は一つ……そなたはいつも、真実を記し続けたのだ……』

 と、頭の中に『何か』が語りかける。
 もしかして、わたくしに語りかけているのは、本当に手帳なのかもしれないと思った。
 そしてこの手帳が、わたくしの無実を証明してくれたのだ――。


感想 1

あなたにおすすめの小説

「通訳など辞書で足りる」と追放された令嬢——三国会談で、婚約者は一言も話せなくなった

歩人
ファンタジー
宮廷通訳官エレノーラは五つの言語を操り、婚約者クラウスの外交を陰で支えてきた。 だがクラウスは言った。「通訳など辞書で足りる。お前は要らない」 追放されたエレノーラは隣国で新たな道を歩み始める。 一方、クラウスは三国会談の場で辞書片手に立ち往生。 誤訳が外交問題に発展し、窮地に陥ったその場に、隣国の通訳官として現れたのは——。 「その言葉は、もう翻訳できません」

悪役令嬢にされたので婚約破棄を受け入れたら、なぜか全員困っています

かきんとう
恋愛
 王城の大広間は、いつも以上に華やいでいた。  磨き上げられた床は燭台の光を反射し、色とりどりのドレスが揺れるたびに、まるで花畑が動いているかのように見える。貴族たちの笑い声、楽団の優雅な旋律、そして、ひそやかな噂話が、空気を満たしていた。  その中心に、私は立っていた。  ――今日、この瞬間のために。 「エレノア・フォン・リーベルト嬢」  高らかに呼ばれた私の名に、ざわめきがぴたりと止む。

夫に欠陥品と吐き捨てられた妃は、魔法使いの手を取るか?

里見
恋愛
リュシアーナは、公爵家の生まれで、容姿は清楚で美しく、所作も惚れ惚れするほどだと評判の妃だ。ただ、彼女が第一皇子に嫁いでから三年が経とうとしていたが、子どもはまだできなかった。 そんな時、夫は陰でこう言った。 「完璧な妻だと思ったのに、肝心なところが欠陥とは」 立ち聞きしてしまい、失望するリュシアーナ。そんな彼女の前に教え子だった魔法使いが現れた。そして、魔法使いは、手を差し出して、提案する。リュシアーナの願いを叶える手伝いをするとーー。 リュシアーナは、自身を子を産む道具のように扱う夫とその周囲を利用してのしあがることを決意し、その手をとる。様々な思惑が交錯する中、彼女と魔法使いは策謀を巡らして、次々と世論を操っていく。 男尊女卑の帝国の中で、リュシアーナは願いを叶えることができるのか、魔法使いは本当に味方なのか……。成り上がりを目論むリュシアーナの陰謀が幕を開ける。 *************************** 本編完結済み。番外編を不定期更新中。

貧乏人とでも結婚すれば?と言われたので、隣国の英雄と結婚しました

ゆっこ
恋愛
 ――あの日、私は確かに笑われた。 「貧乏人とでも結婚すれば? 君にはそれくらいがお似合いだ」  王太子であるエドワード殿下の冷たい言葉が、まるで氷の刃のように胸に突き刺さった。  その場には取り巻きの貴族令嬢たちがいて、皆そろって私を見下ろし、くすくすと笑っていた。  ――婚約破棄。

婚約破棄された令嬢が呆然としてる間に、周囲の人達が王子を論破してくれました

マーサ
恋愛
国王在位15年を祝うパーティの場で、第1王子であるアルベールから婚約破棄を宣告された侯爵令嬢オルタンス。 真意を問いただそうとした瞬間、隣国の王太子や第2王子、学友たちまでアルベールに反論し始め、オルタンスが一言も話さないまま事態は収束に向かっていく…。

婚約者に「愛することはない」と言われたその日にたまたま出会った隣国の皇帝から溺愛されることになります。~捨てる王あれば拾う王ありですわ。

松ノ木るな
恋愛
 純真無垢な侯爵令嬢レヴィーナは、国の次期王であるフィリベールと固い絆で結ばれる未来を夢みていた。しかし王太子はそのような意思を持つ彼女を生意気だと疎み、気まぐれに婚約破棄を言い渡す。  伴侶と寄り添う幸せな未来を諦めた彼女は悲観し、井戸に身を投げたのだった。  あの世だと思って辿りついた先は、小さな貴族の家の、こじんまりとした食堂。そこには呑めもしないのに酒を舐め、身分社会に恨み節を唱える美しい青年がいた。  どこの家の出の、どの立場とも知らぬふたりが、一目で恋に落ちたなら。  たまたま出会って離れていてもその存在を支えとする、そんなふたりが再会して結ばれる初恋ストーリーです。

婚約破棄された悪役令嬢ですが、面倒なので全部放置します

かきんとう
恋愛
 王都の大広間に、どよめきが広がった。  天井から吊るされた巨大なシャンデリアが、何百もの蝋燭の光を反射し、きらきらと輝いている。その光の中心に立つ私は、妙に他人事のような気分で、その場の空気を眺めていた。 「エレノア・フォン・リーベルト! 私は貴様との婚約をここに破棄する!」  高らかに宣言したのは、第一王子であり私の婚約者でもあったアルベルト殿下だった。  周囲の貴族たちが一斉に息を呑み、次の瞬間には小声のざわめきが連鎖のように広がっていく。  ――ああ、ついに来たのね。

幼馴染が最優先な婚約者など、私の人生には不要です。

たると
恋愛
シュタイン伯爵家の長女エルゼは、公爵子息フィリップに恋をしていた。 彼の婚約者として選ばれた時は涙を流して喜んだが、その喜びもいまは遠い。 『君は一人でも大丈夫だろう。この埋め合わせは必ずする。愛している』 「……『愛している』、ですか」 いつも幼馴染を優先するアルベルトに、恋心はすっかり冷めてしまった。