婚約破棄された公爵令嬢は、ただ冤罪を晴らしたいだけなのです

明衣令央

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第27話:幸福の光が揺らぐとき



「エレノア様、お迎えに上がりました!」

 ウイリアム殿下は、約束どおり朝早くにわたくしを迎えに来てくださった。
 わたくしたちは互いに目立たない服装に着替え、街へと向かう。
 殿下の護衛の方々は、いつものように人混みに紛れてついてきていた。
 姿は見えないけれど、殿下の安全を守るために必ず近くにいるのだろう。

 王都の街並みは活気にあふれていた。
 殿下が行きたいと言っていた店を巡り、甘いお菓子を食べ、笑い合う。
 こんな楽しいデート、初めてだった。
 正確には、デート自体が初めてではあったけれど、楽しいと感じるのは、ウイリアム殿下と一緒だからだろうと思う。
 昨日感じた不安は、ウイリアム殿下の笑顔に溶けていくようだった。

「エレノア様、次はあちらへ行きましょう」

「はい、殿下」

「エレノア様、駄目ですよ、今の僕は、ウィル、です」

「ふふ、そうでしたね。ウィル様。ですが、わたくしのことも、エルと呼んでいただかないといけませんわ」

「あ、そうでした! 今日のあなたは、エル、でしたね!」

 今日のわたくしたちは、ウイリアム殿下はウィル、わたくしはエル、という名で呼び合っていた。
 身分がばれないようにと決めた呼び名なのだけれど、なかなか馴染めない。
 うまく行かないものですね、と笑うと、同じようにウイリアム殿下も笑う。
 とても幸せで、充実した時間だと思う。

「殿下……ここは……?」

 人込みに流され、わたくしとウイリアム殿下は、人気のない路地に居た。
 いつの間にか、周囲の人影が少なくなっていて、まるでこの場所に誘導されてしまったかのようだった。

「……おかしい。護衛の姿が見えません」

 殿下が眉をひそめた瞬間、路地の奥、そしてわたくしたちの背後から、黒い布で顔を隠した者たちが近寄ってきた。
 彼らの手に長短それぞれの剣が握られているのを見たわたくしは、

「あなたがたは何者ですか!」

 と声を荒げた。
 護衛の方々は、見失ったウイリアム殿下を探しているはず。
 どうかこの声が届きますようにと、祈る。

「ウイリアム殿下、エレノア様! 伏せてください!」

 護衛の方の声が聞こえた。
 わたくしの声が届いたのだとほっとする半面、黒い布で顔を隠した者――刺客たちが、わたくしたちへと襲い掛かってきた。

「エレノア様、こっちへ!」

「はい!」

 ウイリアム殿下に手を引かれ、護衛の脇をすり抜け、わたくしはさらに細い路地へと駆け込む。
 護衛が刺客を食い止めているうちに、できるだけ遠くに避難しなければならない。
 だけど、入り込んだ細い路地の先には、二つの影が立っていた。
 フードを深く被った男女――その手には、短剣が握られていた。

「やだ、あいつら、何しているのよ! こっちに来ちゃったじゃない」

 女の声には聞き覚えがあった――彼女は、リリアナ嬢だった。

「リリアナ嬢……」

 名前を呟くと、リリアナ嬢はフードをめくった。
 リリアナ嬢に続き、男の方もフードをめくり、顔があらわになる。

「兄上? あなた、何をしているのですか!」

 男の方は、アレクシス殿下だった。
 驚くわたくしたちの前で、アレクシス殿下は短剣を振り上げた。

「ウイリアム……お前さえ……お前さえいなければ……! お前がいなくなればっ……!」

 アレクシス殿下の瞳は濁り、声は震えていた。

「アレクシス殿下、今よ! エレノアなんて……ううん、二人とも消してしまえばいいのよ!」

「うわあぁぁっ!」

 アレクシス殿下が短剣を構え、ウイリアム殿下へと突進する。
 アレクシス殿下の後ろで、リリアナ嬢は狂気の笑みを浮かべていた。
 今のこの方たちに、どんな言葉を投げかけても、届かないだろう。
 それなら今、わたくしにできることは――。

「ウイリアム殿下、お逃げくださいっ!」

 わたくしはウイリアム殿下を突き飛ばし――アレクシス殿下の短剣を、脇腹に受けた。

「エレノア様ぁぁぁぁぁっ!」

 ウイリアム殿下の絶叫が響く。
 刺された脇腹が熱い。
 呼吸が上手くできず、視界が揺れる。
 そんな中、わたくしは必死にウイリアム殿下の無事を確かめ、ほっと息をつく。

「エレノア……? なんで……なんでお前が……!」

 わたくしを刺したアレクシス殿下の声は震え、短剣を落として膝から崩れ落ちた。
 ただリリアナ嬢だけが、狂ったように笑い続ける。

「ふふっ……あははははっ! やった、やったわ! エレノアなんか死んじゃえばいいのよ!」

 わたくしたちを追ってきた護衛が、短剣を拾い再びウイリアム殿下を狙おうとしたアレクシス殿下と、笑い続けるリリアナ嬢を取り押さえる。

「エレノア様! しっかりしてください!」

 わたくしを抱え、ウイリアム殿下が叫ぶ。

「エレノア様……お願いだ、目を開けて……! お願いだからっ!」

 殿下の声も、身体も、震えていた。
 わたくしは大丈夫だと微笑もうとしたけれど、力なく目を細めるしかできなかった。
 けれどそれも、目を細めたまま、もうまぶたを持ち上げることができなかった。

「エレノア様……嫌だ……嫌……。そうだ……クロノス様……クロノス様!」

 ウイリアム殿下はクロノス様の名を叫ぶ。

「クロノス様! どうか、時を巻き戻してエレノア様を助けてください! 兄上の刃は、僕が受けますから! どうか、エレノア様を助けてください!」

 その声を聞き、わたくしは重いまぶたを必死に持ち上げた。
 そして、大粒の涙を流しているウイリアム殿下を見つめ、言う。

「そんなこと……言わないで……くださ、い……。未来あるあなたを……守ったわたしを……ほめて……ください……」

 そう、この方は――ウイリアム殿下は、未来ある大切な方。
 この方は、この国のために必要な方。

 ウイリアム殿下を、守ることができて良かった。
 わたくしの愛する方を、守ることができて良かった。
 
 心からそう思いながら、わたくしは再びまぶたを落とし、静かに意識を手放した――。


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