“孤蝶”雑多ログ

緋影 ナヅキ

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没話集

仮面が壊れたとき

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「は…?ま、真琴…?」

「「マコちゃん…?」」

「…まこ、と…?」

「水無月…?」

 どこか戸惑った様子で、皆が俺の名前を呼ぶ。
 まるで、何かを確かめるかのように。

「ん~?どうしたの~?…あはハハッ、ナンでかいちょーたちそんな顔してるのさァ。…オレに、何かついてるか?」

 ボクが笑いながらそう言うと、みんなはもっとびっくりしたような顔をした。
 何故だろう。本当に今日の会長達はどうしたのだろうか?

 キョトン、とぼくは首を傾げる。それと同時にサラリと、細い銀色が何本か首にかかった。


「…水無月、どうしたのですか?今日はどこかおかしいですよ」

 何かを怖がっているのか、恐る恐る副会長は俺に告げる。
 それを皮切りに、他の生徒会メンバーも口を開いていく。

「そ、そうだよマコちゃん」

「なんか雰囲気とか口調も違うし」

「「そして何より、その格好だよ!!」」

 久しぶりに息の合った双子は、秘密をぶっちゃけるかのように勢いよく言い放つ。

「いつも、は…金髪、で、茶色、目。けど今、は…銀髪に、赤と、碧の…オッドアイ…」

 以前よりも格段に話せるようになった慶は、双子の言葉を引き継いでその続きを言う。

「まさか、お前があの銀蝶だったのか…?」

 あり得ない、という言葉を顔に浮かべながらも、ある種の確信を持って会長が問う。

 皆が色々言う間、オレはずっと顔に何も浮べず、ただ静かにその場に立って聞いていた。


「…なぁ、何故今まで黙っていた?俺達を騙していたn」

「チッ…うるっせぇなァ!」

 会長の言葉を遮り、普段とは異なる、一段と低いでそう言葉が吐き出された。
 苛立ちを発散するかのように、ゴガッ!と近くにあった机が殴り付けられた。ビシビシ…ッ!と、音をたてながら頑丈に出来ているはずの机に長いヒビがはしる。

 一瞬、そこにいる誰もが理解出来なかった。

 何故なら、その様子はあまりにも普段の彼の姿からかけ離れ過ぎていて。あの、どこかおちゃらけた態度の彼とは全く一致しなかった。だから、脳がそれを受け止めるのを一瞬拒否したのだ。


 ピシリ。

 空気が凍り、誰1人として動かない動けない。

 たった1人を除いて。


「んなのどーでもいいダロ?そうじゃないとしても、おれがオマエらに懇切テーネーに教える義理はねぇしなァ」

 ただただ、真琴の声のみが静まり返った生徒会室内に響く。

 光を失った神秘的な赤と碧のオッドアイが、鋭く龍雅達を射貫く。その瞳にあるのは、深淵を覗き込んだら見えるであろう、どこまでも深く澱んだ闇と狂気のみ。

 誰かが、ヒュッと息を呑んだ音がした。

「まぁ、そうだよ?このボクが銀蝶さ!あ、因みにボクの正体を知ってるのは、今のところ君達だけだから。良かったネ、これで【lunaルーナ】より優位にたったよ!」

 今度は何が可笑しいのか、狂ったようにケラケラ笑いながら、銀蝶は歌っているかのように言葉を紡いでいく。

 その間、くるくると一人称や口調、その身に纏う雰囲気は変わり、全く安定しない。
 情緒も、怒ったり、笑ったり、バカにしたり、キレたりと、次から次へと移り変わっていく。

 それは、彼自身がとても不安定なことを示すもので。


 …一体何が、彼をこんな風にしてしまったのだろう。

 もしも、こうなってしまう前に何かしらの異変に気付けていたとしたら。彼に自分がされたみたいに、今度は彼を救う事ができたのだろうか。

 未だ狂ったように笑う真琴を目に映しながら、漠然と5人はそれぞれそんなことを思った。



 ーーー❴次のページ❵


「(…まぁ、だとしても、恐らく無理だったでしょうね)」

 零斗は、同じ事を思っていたであろう、どこか思い詰めるような表情をした龍雅達を一瞥してそう考える。

 ずっと真琴のことを見ていたからこそ分かる。

 一見彼は、自分の思うがままに振る舞い、誰とでも仲良く接せるような、自分に正直で人好きな人間に見える。多分、大半の学園の人間がそう認識しているはずだ。

 しかし、誰とでも仲良く接しているということは、特別親しい人物がいないということの表れにすぎない。実際彼は、この学園の中で誰よりも他人との線引きが明確だった。必要以上線の向こう側であるこちらへは近付かず、かつ、線の内側には決して誰も入れない。

 その線引きは、あまりにも自然にやんわりと行われる為、されてもそうとは気付かない。
 だからこそ、誰も彼の本質を知らないし、彼自身がそれを決して悟らせようとしない。

 それを意識して行っているのか、無意識下で行っているのかまでは流石に分からないが、どちらにせよ、ある意味厄介なことには変わりないだろう。

 何故ならそれは、彼が他人を信用していない、または、誰にも心を開いていないことを明確に示すものだから。

 だから彼はどんなに辛くても、苦しくても、決して他人に助けを求めたりしない。そもそも、彼自身がその己の状態や感情に酷く鈍いので、SOSが外側に表れづらい。そのため、誰も異変に気づけないのだ。
 彼に龍雅達を救えたのは、彼が1番闇に近い場所にいるからだったのだろう。

 零斗以外にそのことに気付いている者がいるかも分からないが、もしいたとしても、零斗と同じくずっと真琴を見ていた者か、しくは、此処華織学園へ来る以前の彼を知っている数少ない者ぐらいではないかと思う。


「(私は、本当の彼の一端を見れたから、それもあるのでしょうけど)」

 というより、それが無かったら、そのことについて気づくことが出来たかどうかすら、定かではないだろう。

 そう思考にふけながら、未だ狂ったようにケラケラ嗤う、本来の姿(銀髪赤碧オッドアイのこと)を彼を紺色の瞳に映す。零斗には、歪に笑う真琴が、泣きたくとも泣けないでいる、幼い子供のように見えた。



「ね、副、会長…」

 ポツリ、と己を呼ぶ弱々しい声が耳に入り、零斗の意識は浮上する。そちらを向くと、迷子の幼子のような目をした慶がすぐ近くにいた。
 無意識なのか、その左手は零斗の制服の袖を掴んでいて、犬耳と尻尾がペタンと下がっている幻覚が視えた。重症だ。

 このような状況下でなかったのなら、恐らく、その癖っ毛な焦げ茶の頭を思うがままに撫で回していたことだろう。誰が、とは言わないが。


「どうしましたか、慶?」

 零斗は意識して優しい笑顔を浮かべ、慶を怖がらせないよう、出来るだけ柔らかな声音で穏やかに続きを促す。

 少しだけウロウロと視線を彷徨わせたのち、何かを決心した目をして、真っ直ぐに零斗を射貫いた。心做しかしゃがみ、形の良い耳元に口を近づける。いつも通りの穏やかな声で、ナイショ話をするかのようにそっと囁く。


「あ、ね…おれ、真琴、違う、知ってた…。副会長も、だよ、ね…?」


 クエスチョンマークはついているが、それはどこか確信を持った響きをはらんでいた。

 ようやく意識を現実に戻せた龍雅と双子は、何を話しているのだろうかと、チラリと2人を見ている。


「…さぁ…どうでしょうかね」

「副会長…ごまかさ、ない、で…!」

 しかしいつもの女神の如く笑みを貼り付け、明確な返答をせずはぐらかした。そんな零斗を、慶は普段ワンコと呼ばれる所以ゆえん#のほわほわとした雰囲気をかなぐり捨て、鋭い目で見下す。その姿は、【soleilソレイユ】で現す狂犬としての様子を彷彿させた。心做しか殺気も飛ばしている。

 仲間の殺伐とした空気に圧倒され、その様子を見ていた非戦闘モードの龍雅達は思わず息を呑んだ。

 それでも零斗は全く狼狽えず、飛んでくる殺気に気圧されることもなく、変わらぬ笑みを貼り付け続けている。

「ふふふっ」

「…!な、にが、おかしい…っ!」

「いえいえ、ただ貴方の様子が威嚇する犬のようで微笑ましいな、と思いまして」

「おれを、ばか、に、してる、のか…!」

「まさか、そんなはずがあるわけないじゃないですか。…まぁ、もしも貴方の言う通りだったとしても、その問いに私が答えなくてはならない言われはないでしょう?」

「でもっ…!」

 更に慶が零斗の返答に噛みつこうと、何かを言いかけた時だった。

「…ねぇ、ボクをバブいて何俺のこと話してんの?」

 いつもより低い中性的な声が、明確な意思を持ってそれを遮った。

「ま、こと…」

「キミ馬鹿なの?ボクがマコトっていう人なわけないじゃん」

 真琴の皮を被った誰かは、形の良い顔を歪めて愚か者を嘲笑せせらわらう。

「つかさ、マコトってダレ?」

 そうして、キョトンと首を僅かに傾げながら、特大サイズの爆弾を落とした。



 ーーー❴次のページ❵



「「「は……?」」」 「「…え?」」

 突然投下されたその爆弾に、皆一様に動揺を隠せない。

「ねぇねぇ、マコトってダレなの?あれ?そもそもボクはボクだったっけ?」

 ん~…まぁいっか、と何でもないことのように誰ともなく呟く。

「……テメェは誰だ?ボクってことは銀蝶か」

 間をおいてから、皆を代表して龍雅はソイツに問う。
 先程の事で、龍雅は真琴が多重人格だったのではないかと思い至っていた。

「ボクを銀蝶以外の誰だと思ってんの?キミも馬鹿なの??で、マコトってダレ?…ボクに何度も言わせんなよ」

 呆れた目で見てから、銀蝶は三度目となる質問をした。繰り返し同じことを聞く羽目になったためか、そう言ってから小刻みに足を床に打ち付け苛立っている。

 元来がんらい、銀蝶という人格は決して温厚とは言えない。それもそうだ。何故なら主人格である彼がこれ以上ストレスを体内に溜め込まない為に、彼の中にあった暴力性や嗜虐性で作ったのが始まりなのだから。早く答えないと、室内は阿鼻叫喚地獄と化するだろう。

 龍雅達はそれぞれNo.1の族である【soleilソレイユ】の総長や幹部なので、力や喧嘩はかなり強い部類に入るだろう。しかし銀蝶相手だと、手練が何人でかかったとしても、大人が赤子の手をひねるようなものなのだから。

 こういう場合、質問に答えるのは大抵零斗の役目だ。自然と龍雅達の視線は零斗へと向く。それにつられたのか、銀蝶も零斗の方へと目を向けた。

「そうですね…簡単に言うと、真琴は貴方の主人格名です」

 楓と奏が2人で押して持って来た、真新しいホワイトボードに名前を書いて示す。

「ふぅん……真琴、ねぇ…」

 それをまじまじと見ながら、いぶかしむような声を上げる。

「…あぁ、アイツか」

 少ししてから、思い出したように小さく呟いた。

 それがギリギリ聞こえた龍雅は、自らの格上たる存在に希った。焦ったように、うように。

「僅かな間だけでいい。真琴と代わってくれないか?…話をしたいんだ」

「私からもお願いします。…もう、知らないふりはしないから」

「「僕達も、お願いします」」

「お、願い…します」

 龍雅達はそう言って頭を下げたため、銀蝶がどこか悲しげな表情で彼らを見ていた事に気付かなかった。

「んー、それはムリな願いだなぁ。だってアイツはさ、……もう、居ないんだから」







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