曰く、様子のおかしい攻略対象は学園乙女ゲームを抜本的に掻き回す

しもたんでんがな

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卑怯な理

その百合は誠か

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「完治するまでには3~4週間程かかります。それに、脚の骨がある程度固まるのが大きく見積もって6週間ほど。完全に癒合するには早くても2~3ヶ月以降です。その後に、本格的なリハビリを開始しましょう。」

「そんなにかかるんだ···」

「ええ。自覚が無いかもしれないけど、愛くんは結構、重症なのよ?入院は、半月で様子を見ましょうね?」

「はっはん、そんなにっ?」

「そうよ。絶対安静だからね。まぁ自分では動けないと思うけどね、ふふっ」

三上の微笑みに見惚れながらも、半月もできてしまう空白を白い無機質な天井へと巡らせた。俺には前世の記憶があるから大した問題は無いが、普通の子供がそんなに学校を休んでしまったら授業についていけなくなる。ましてや4年生のクラス替えをして間もない時期だ。シャッフルされたクラスでは今頃、新しいグループが出来始めているだろう。乗り遅れたら友人関係で悩んでしまいそうだ。

「·····俺の事じゃん」

架空の子供への同情が、まま威力の増したブーメランとなって返ってきた。

「面会時間は19時まで、お友達を呼ぶ時は気をつけてね?」

「············」

「お風呂はしばらく入れません。ドライシャンプーとか洗顔シートで我慢です」

「············」

「ご飯は一日に3回。まずは身体がびっくりしないように、おかゆから始めて段々と固形の食べ物を食べられるようにしようね」

「············」

「トイレは暫く差し込み便器、早い話オマルね」

「············」

「オムツっていう手もあるわ」

「············」

「何かあったら、そこのナースコールでいつでも呼んでね。消灯は21時だよっこれは絶対」

「はっはい」

凄い。脳内に浮ついていた疑問が、的確な返答となってポンポンと返ってくる。まさにスーパードクターだ。内容はどれも文明人には中々にハードだが、耐える以外の道はないだろう。

「·····おまる」

「ちょっと前に戻ると思えば大丈夫よっ」

「た、たしかに」

言われてみればそうだ。ゲームで幼少の描写はあまり描かれていなかったが当然、僕もおまるを使っていたはずだ。

「お家にあるわね、あのうさちゃん」

「父さんなんて待ち受けにしてるぞっ」

「ちょっやめてよ!!!!」

見せびらかすように携帯の画面を掲げる文義に対し、俺の静止を振り切った三上が身を乗り出す。

液晶には、ピンクのうさぎに跨る僕もとい俺。たちまち体温が上げり、おまるのピンクよりも遥かに顔が赤らんだ。

「どうしても捨てられないのよね~」

頬に手を当て、小さく溜息をつくふさえ。俺は段々と数を増してゆくその吐息に小さく肩を跳ねさせた。

「うわぁ本当に女の子みたいですねー」

まるで実験対象を見るような湿気た目で画面に食いつく三上を横目に、俺の眉間には深い溝が刻まれる。ハムスターやクズリ、女の子などどれも全く喜べる要素がない。

「············」

多方から生暖かい視線を感じる。俺は赤みが引かない顔を小さな両の手で静かに覆った。

「もうどうにでもなれ」

ずっと一緒にいる家族もそうだが、今日がはじめましての三上にまで俺の思考が分かってしまうという事は、僕は案外、顔に出やすいタイプなのだろうか。

俺はポックリ逝ったのもあって、源愛ルートのどのエンディングも迎えられぬままギブアップしていた。俺がプレイした時にはさっぱり表情を読み取れなかった源愛。途端に俺は僕が分からなくなった。今更だが、俺はお世辞にも察するのが得意ではない。身も蓋もないが生身の人間でも困難なそれを、液晶越しの絵でしかなかったキャラクターでしろと言われている現状は俺にとって実にハードルが高い事案だ。しかし僕への理解を深めない限り、俺の未来はないのだ。

によによと微笑み続ける大人達を前に、俺は体内に残る僕の残滓を探した。

俺は意図せず微笑んでしまっていたのだろうか。自身の口角を触ると、やはり少し上がっている。途端、俺に僕の癖が交わっている事実に打ちひしがれた。早速、醜態を見せてしまった。笑ってはいけない場所で笑ってしまう人間だと思われただろうか。まぁ事実そうなのだが。

夢中で口角をぐにぐにと揉んでいると俺の思考を代弁するように、タイミングを見計らった文義がカルテを睨む三上へと話しかけた。

「愛は、またバスケが出来ますか····」

はい、その声音は力強かった。

「歩くリハビリから少しずつ始めれば、またバスケを含めた激しいスポーツも出来るようになります。でも焦って運動を始めてしまったり、逆にサボったりしてしまうと、どんどん時間が掛かってしまうからね」

三上は、文義とふさえ、そして俺へとはっきりと伝えた。

「はぁー良かったー」

「········文義さん····愛········」

心の底から安堵したかのような文義の声が漏れた。ふさえは文義に寄り添い、三上の言葉を聞きた俺に対し心配そうな表情で顔色を覗き込んでくる。

頭を切ったり骨を折ったり吐いたりと、この数日で忙しなく周囲の情緒を右往左往させてしまった俺。今の俺に文義とふさえを安心させる程の信用も度量はない。どんなに大丈夫と言葉を掛けても、二人の不安を拭うことは叶わないのだ。ましてや『親に目なし』前世のことわざが文義とふさえには5億倍の威力でブーストされている。

せめて医師である三上に一言はっきり言ってもらえれば、俺の言葉より何倍も安定剤としては効くだろう。その点で三上は隠さずになんでも遠慮無く言ってくれる気がした。だからか、はじめましての筈なのに確信的に好感を抱けるのだ。

「最初は重心が変わってしまったり、慣れていたフォームを見直さなきゃいけないから違和感を感じてしまう事があるかもしれないけれど、ここでちゃんとリハビリをやらないと愛くんが大人になった時に、脚の伸びる長さが左右で違ってしまったり、運動した時に怪我しやすくなってしまうからね」

「元通りになる?」

「元通りとはいかないかな。運動するとクセみたいに怪我しやすくなってしまったし、ポッキリ折れてるから、骨がくっ付く時に、もしかしたら歪んでしまうかもしれない。怪我した場所が何事も無かったみたいに治るなんてあり得ないからね。頭の傷も残ると思うよ?でも、生きるってそういう事だからね。それに、いくら若くて回復が早いと言っても、成長には多少の影響があると思う。リハビリだって本当に大変だし、めげそうになる事もあると思う。」

「············」

「でも、その為に先生もナースのみんなも、愛くんのご両親だっているからね」

「············」

「先生は、いつかこれも愛くんの思い出話に出来たら良いなって思っているよ」

「······思い出話···」

「うん。今回、愛くんが怪我をしてしまった足首だけじゃなくて、股関節や膝関節、体幹の筋力トレーニングもしっかりして、下肢を曲げた低重心で安定した姿勢をつくれるようになれば、今後バスケで怪我をするリスクも減らせるし、捻挫を再発しないようにリハビリを続けていけば、また試合にも出られるようになるよ」

「本当に?」

「うん、そうだよ。時間は掛かってしまうけど、焦らず一緒に治して行こうね」

「はい」

やはり遠慮が無い。俺この先生大好きだ。

若干青ざめている文義とふさえを横目に、俺の瞳は過分に輝いていた。

きっと喫煙所で出会っていたら惚れた、俺の惚けた呟きに文義が三度頷く。

「俺、笑い話に出来るように頑張るよっ」

「ははっそっかー。良いねっ笑い話っ先生も頑張るねっ」

晴々しい笑い声と共に、拳が向けられる。使い込まれた綺麗な手だ。ちゃんと利き手を向けてくれている。滅茶苦茶、格好良い。何だこの先生は。

思わず鼻の奥がじんと熟れた。ぐずる鼻腔を抑え、俺はこの出会いに感謝した。

想いに報いたい、あわよくば先生とは大人になってから出会いたかった、俺は何処かに存在するかもしれない未来を馳せながら、いつか見た洋画の描写を真似、思いっきり意中の相手へと拳を合わせた。

ゴチンッと骨がぶつかる鈍い音と共に、軽快な笑い声が消灯間近の病室に響く。

痛いね、同意を求める声が俺の笑いを誘った。ぢんぢんと骨同士がぶつかった痛みが走る。そう、痛い。生きているからこその痛み。俺はこの世界で生きている。

「父さんまた一緒にバスケしてね。治ったらみんなで公園に行こう」

自分の想いを伝えて、想いをちゃんと受け取れる人間になろう。もう誰も傷付けない為に、もう誰にも心配をかけない為に。

「そうね、お弁当も張り切らないとっ」

「そうだな、まぁまた父さんが勝つけどなっ」

「えー、先生も混ぜてよー」

「何言ってんのっ当たり前じゃん、ちゃんとスニーカーで来てよ?」





俺は、約一年半バスケが出来なくなる。






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