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卑怯な理
フィリアの枷
しおりを挟む遡る事、数刻前。
「全治、6ヶ月になります」
事務的な言葉が、病室を回診に来た医師によって告げられた。
「まず、2日後にMRIを撮って脳の検査をしてみましょう」
「MRI·····?」
医療ドラマで聞いた事のある単語に、俺の身体がピクリと反応した。
頭を打ってしまったから脳に異常があるかもしれないという事だろう、そう自分に言い聞かせるも溢れ出す不安はそうそう拭えるものではない。
そもそも前世持ちの脳みそって普通の人間と同じなのか。もしそれがバレないまでも常人とは違う異常が見つかれば何処かに隔離されてしまうのではないか。
言わなければその場は凌げるだろうが、隔離先で自白剤なんか使われてしまえば隠したところで結局は全てバレてしまうだろう。非力な子供なんてモルモットにするには手頃で何よりも安上がりに済む。しかも今の俺は一人では立ち上がる事も困難な、モルモットレベル1の最弱種だ。
「自白剤なんて迷信めいたもの、本当に存在するのか?」
呟きが、弱々しく呻き声へと化けた。
バレたらモルモット、バレたらモルモット。そうだった。ここは俺の知っている世界ではない。忘れようとしていた事だが、僕は受難量産機だった。しっかり俺が舵取りをしなければ。本編を前に前世の記憶を取り戻してまだ数刻、アガペーの受難は既に始まっている。一瞬、一瞬に気を引き締めなければ。
「大丈夫よ」
そんな俺の漠然とした不安を知ってか知らずか、優しい声で医師が声を上げた。
伏し目がちに見上げると、思わず目を逸らしそうになってしまう程の麗人がそこには居た。珍しい女医さんだ。控えめな百合をあしらったネームプレートには三上と書かれていた。白衣を着た女性を保健師以外で初めて見た俺は、数歩後ろに控え、手遊びをしていた文義へと伺いの視線を飛ばす。するとすかさず同意の下手くそなウインクが返ってきた。瞬間、連動したかのように文義の頭上へと鋭い小突きが飛んだ。息の合った家族の連携プレーに三上が心底感心ような唸り声を上げる。取り残された看護婦は、そそくさと俺のカルテを纏めていた。
「改めまして、愛君の担当になりました三上です。よろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします」
凛としていて尚且つ頼もしさ溢れる三上はにっこりと笑い、文義とふさえへも少し畏まった挨拶をしていた。
香水などつけていないのに百合の香りが漂ってきそうな清潔感。様相は俺と揃いのボブヘアーの筈なのに、人が違うだけでこうも上品に見えるのか。ゲーム仕様だからか白衣の先からは高さのあるピンヒールが覗いている。確信的に刺さる人にはブッ刺さる様相だろう。俺にも駄々漏れている上品さを少し分けて欲しいくらいだ。
「大丈夫、心配いらないよ。お父さんとお母さんに体育館で思い切り倒れ込んだって聞いていたから、頭の中が怪我していないか、見せてもらうだけだからね」
惚ける俺に三上は説明を再開する。
「はい···」
「異常が見られなかったら、1週間後に頭を縫い合わせた糸を抜糸します。それは切れてしまっただけなので心配は要らないでしょう」
三上は銀縁の眼鏡をクイッと上げ、カルテを見たまま説明を続けてゆく。時折漏れるふさえの安堵の息に釣られた文義もそっと目尻を下げた。
「良かった、愛」
「本当に、吐いたって聞いた時はどうなる事かと思ったよ。親父にも連絡入れないと。おじいちゃん、愛が倒れたって聞いてギックリ腰になっちゃったんだよ」
「え!?」
「おいっ立てないだろ愛はハムスターなんだからっ」
「忘れてたっ」
慌てて俺を抱え込もうとする文義を前にし、半身を駆ける痛みを誤魔化しながらわざと子供くさい声音を上げる。
文義が放った言葉の意味を数刻考えた三上と看護婦は、早々に思考を放棄し揃って隠し顔をした。
思ってもみなかった言葉に思わず立ち上がりそうになった俺。動かない足が文字通りの足枷となり、不恰好なプッシュアップのようになってしまう。軽々と胴体を持ち上げられてしまった事に驚き戦慄いでいると、鬼の形相のふさえが思い切り俺の鼻を捻り上げた。
源家は全員もれなく実子への可愛がりがブースト発動されている筈なのに、何故祖父母だけが居ないんだろうとは思っていたが、やっと理由がわかった。
俺を食い入るように見つめた文義は、少しくたびれた溜息を一つ漏らすと言い聞かせるように呟いた。
「なんで怪我した後の方が元気なんだ」
何処からかクスクスと聞き覚えのない、くぐもった笑い声が降ってくる。見上げた先、カルテで口元を隠し、肩を震わせる三上と視線が合う。
「流石、バスケジュニアね」
「先生、それ馬鹿にしてるでしょ」
そんな事言われたら恋に落ちるわ、本気のような冗談が俺の頬を染める。
「先生分かってるわよーバスケジュニアっ問題は脚ねっ!」
「そう!起きてたら穴空いてるの!」
バスケジュニアムーブが巻き起こる三上に身を乗り出す勢いで同意した俺を捉え、慌てて文義がつんのめる。
「バスケジュニア。結論から言うと君の足の骨は今、複雑骨折とまでは言わないけど、まあまあ折れてます」
「まあまあ····」
威勢の良い声と共に、三上は窓から差す日にレントゲンを透かす。すると、有り得ない方向に骨がズレ、内側がぽっきりと折れた足首が現れた。
素人目では、まあまあと言うよりま”あ”ま”あ”の方が幾分しっくりくると感じてしまう。
「見てこれバスケジュニアが運び込まれてきた時に撮ったレントゲン。凄いでしょ」
「俺のあし」
何度見てもま”あ”ま”あ”な折れ具合に、振り切った清々しささえ感じた。感心しきった嘆声を上げる俺を眺めていたふさえは、苦悩に引き攣った自身の表情を隠そうと、両手でそっと顔を覆った。
「それでね、バスケジュニア。今君の足をどうしちゃてるかと言うと、足首の穴に通した針金に重りをつけて、骨を元の場所に戻すっていう超絶原始的な今の時代、俄には信じられないような事をしています」
「これ何で空けたの??」
「ドリルよっ」
エンジンをふかすジェスチャーを得意げな表情でする三上。俺の背後からは「ひっ」と途切れるような文義の悲鳴が聞こえた。
「ドリル!?」
「不安だよね、でも大丈夫。後でまたレントゲン撮るけど、今見た感じでも順調よ。3キロの重りが効いてるみたい。この拷問じみたアーチは触らないようにってやつね」
「なんか、聞いたら痛くなってきた」
「ただ、さっきみたいに無闇矢鱈、立とうとしちゃ駄目よ。痛みもきっと今の比じゃないからね」
「これ以上!?」
「ぶっちぎるわよ」
「鬼クラス?」
「いいえ、そんなもんじゃないわ」
「神···?」
「いいえ、魔王よっ」
厨二じみたポーズと共に段々と誇張されてゆく会話は、カーテンの先にいる同室の患者達の笑いを誘った。
「·········まっ魔王」
想像もできない痛みに思わず文義とふさえの顔を見ると、文義が不恰好なウインク乱射する。顔を伏せたままのふさえは、俺と文義が騒ぐ度に増える、用意しなければならない手土産の数を暗算し愕然としていた。
「まったくっ···何でそんなに元気なんだ。大人しく寝ていなさい」
「そうよ、お願いだから大人しく寝ていてちょうだい」
やっとまともに喋るようになって喜んだのも束の間、頭が割れ別人のように奔放になってしまった我が子を見つめ、文義とふさえは頭を抱えた。顔の中心にパーツを寄せ、深い溝をつくる文義とふさえを見据え、看護婦が同情を込めた愛想笑いを零す。
しかし相変わらずな笑い声は未だ室内に響いたまま。ツボに響いてしまったのか、目尻に薄ら涙を浮かべた三上を前に、『これ以上母を刺激しないでくれ』俺は渾身の力を込め、念をおくった。
「ふさえちゃん、愛はハムスターじゃなくてクズリだよ········」
消え入りそうな声で呟く文義に、ふさえは深く同意した。
俺この先生本当大好きだわ、文義とふさえの憂いをおざなりに俺は自分本位の欲をひっそりと吐いた。
「ふふっ···そうですね。愛くん、君は2日間眠っていたんだよ。不安を煽ってしまうようで心苦しいけど、ちゃんと検査をして、どういう状態かちゃんと知って、皆んなで安心しよう?ね?」
「ふつか····俺っそんなに寝てたの?」
2日、そんなに寝ていたのか。せいぜい半日くらいだろうと高を括っていたが。それは親も心配するわけだ。申し訳ない。
大袈裟だと思っていた反応はブーストではなく当然のものだった。僕の記憶を辿ると何度か予兆はあったようだが、この怪我で俺の思考が完全に出てきたのは確実だ。吐いてしまったのも前世の過剰な記憶が無理やり出てきたからだ。要は、身体が俺を拒絶したのだ。この脚もストーリーの強制力に折られたのだろう。言わば俺は被害者だ。
いや、待て。この怪我って。
断片的に嫌な単語が、脳内で綺麗に繋がってしまった。
「皆さんが一番心配していると思う脚の骨折の事ですが、足関節捻挫の中等症も合併しています。床に倒れ込んだ時に、足首を派手にひねってしまったみたいですね。今は骨折に加え足首の靭帯が傷付き、部分断裂が起こってしまっている状態です。まず一週間様子を見ましょう。このまま無事に腫れが引いたら手術、引かなかったら投薬方法を変えて落ち着くまで様子を見ましょう」
「手術!」
「目下の敵は腫れです」
「腫れ!」
「そう。そして一番の敵は元気すぎるバスケジュニアの気持ちね」
王蟲の様に繰り返した言葉遊びも突如終わりを迎える。
「え??俺??」
訝しげき首を捻る俺を置き去りに、二人の呟きが綺麗に交わった。
「「確かに」」
「本当に安静にしてね、今は動いちゃ駄目。愛くん、先生と約束して」
「は、はい」
数刻前までの穏やかな雰囲気が一瞬で凍え上がり、重たい空気が辺りを覆う。
「········」
「·············」
「··············ぐふっ·····」
そうだ。ここで笑ってしまうのが俺だったよ。信じられないと言いたげな視線が方々からから降ってくる。
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