曰く、様子のおかしい攻略対象は学園乙女ゲームを抜本的に掻き回す

しもたんでんがな

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卑怯な理

偽らざる虚勢

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俺はすぐさま文義の話に飛び付いた。そして数日後には会場で絶望していた。

皆デカい、そして上手い。丼ものの紹介みたいになってしまったが、同い年くらいにも関わらず、普通のシュートは当然として、時間内に試験官のボールを奪い、大人でも難しいダンクシュートをもポンポンと決めてゆく。その姿は身体が小さいだけでプロのそれとなんら変わりが無かった。

受験番号を呼ばれると、握り締めていた受験票は嫌な冷や汗で少し湿っていた。入場早々に会場の熱気にあてられたうえに、平均よりも身長が小さい俺にはダンクシュートなんて小洒落た技など出来るわけもなく、コートにボールを投げ込む事で精一杯だった。どこからともなく飛んでくる鋭い視線が、俺の手を震えさせる。

我に返った時には、盛大に転けていた。

すると、何処からか吹き出したような笑い声が聞こえ、封をきるように次々と冷笑や嘲笑が巻き起こる。羞恥が俺の心拍を上げ、体内の幼弱が沸々と量を増してゆく。いつまでもコートの中心でつんのめる俺に哀れみを孕んだ視線が降り注いだ。

無性に楽しくバスケを出来ない自分自身が可哀想に思えた。俺は自分自身に同情をしてしまったのだ。何処からともなく犬の鳴き声が聞こえる。

悔しかった。

悔しくて堪らなかった。

瞬間、不思議と会場の情景がスローモーションに見えた。コートに転がったボールを気だるげに拾い上げた試験官がゆっくりと着実に俺へと近づく。それは、パラパラ漫画のように細かいぶつ切りの描写を刻んだ。

「まだやりたいですっ!!」

気づけば、ボールを奪い去り決死のスリーポイントを決めていた。

まるで自分が自分ではない感覚。

瞬きにも満たない刹那のような時間。体内の細胞を思うがままに操った俺は、いい仰せのない衝動に支配されていた。

高鳴り続ける心拍。治らない興奮。大腕を振り喜ぶ試験官。大きく震える手。乱れる呼吸。

掲げられた大きな手に、俺は飛びつかんとばかりの荒々しいハイタッチをした。


―――バチンッ


熱気で湿った手が合わさった瞬間、飛沫を飛ばす。

俺が大好きなバスケの片鱗がそこにはあった。

しかし、それが俺の決められた唯一の得点だった。

場の空気に飲み込まれそうになり、堪らず縋るように観覧席を見渡すと、心配そうな文義とふさえの姿が歪んで見えた。互いの手を握り締め、固唾を飲んで見守られていたのがガラス越しでもヒシヒシと伝わった。その姿はいつ思い出しても、俺の胸を握り潰したような気分にする。

家族の期待を裏切ってしまった。あんなにいつも応援してくれていたのに。見学者や控えの受験者達の冷めた視線が突き刺さった。耐えられない。一刻も早く退散しよう。俺は逃げるように観覧席へと向かった。

「父さん、僕バスケとっても下手くそだ」

目を大きく見開いた文義とふさえが、久方声を上げた俺を静かに見つめる。

「もっともっと上手くなるよっ」

しゃくり上がった叫びは、大の大人の涙腺を緩ませた。

完全に完敗。俺のメンタルは徹底的に打ち負かされた。反省。本当に大反省だ。

試験終わり、文義とふさえの元へ向かうと二人は何も言わずに微笑んでくれた。突如、何かが込み上げそうになってしまった。悲しさ、羞恥、不甲斐なさ、申し訳なさ、あったかさ、安心感。ぐるぐると廻る仄暗い感情が、結晶のようにポタリと頬を伝った。我ながら忙しい奴だと思った。

その後の記憶は、回想の別視点でも見ているからか、鮮明に思い出せる。

―――ギュッ

二人の服の裾を握り締めながら、オレンジが眩しい緑道を三人で並んで帰った。楽しいことや好きなことをした日は不思議と帰りの方が早く感じるものだが、この日に限っては例外だった。

上手くなるとは言ったものの、俺はもしかしたらバスケが好きなのではないのかもしれない、自信の喪失からくる楽な選択が何度も何度も甘く囁き、その度俺は頭を振った。

歩いても歩いても永遠と並木道が続く『お前、バスケ、超下手』ザワザワと風に揺れる木々が、まるで俺を嘲笑っているように四方八方から囁いた。とても悲しかった。しかしここで立ち止まらない人間だけが、もっと楽しいバスケをできるのだと、実際に同年代のプレイヤーを見て、俺は学んだ。俺はあの試験会場で底辺だった。上手くなる可能性しかないのだ。来年はもっと楽しいバスケができる。ポケットに入れたままにしていた去り際、試験官から貰った名刺を握りしめた。

声をかけられた時は一瞬スカウトかと心臓が跳ねたが、ただ「また楽しいバスケをしようっ」とにこやかに言われた時は、我ながら自他ともにバスケに楽しさを求めすぎてるなと苦笑いをした。改めて俺の根源は楽しいバスケなんだと思った。

初心忘るべからずだ。ちょっと使い方は違うけれど。

帰ったら、また猛特訓をしなければ。ランニングも増やそうか。公園まで走って行ければもっと体力がつくぞ。そんな事をぼんやり考えていると、掴んでいた文義とふさえの大きな影が止まった。

「おいっお前っ」

大きな野良声が、緑道いっぱいに響く。しかし沈みきった俺の耳には自分のため息しかまるで届かなかった。

「おいっチビっ」

突然、肩を思い切り掴まれ振り向かされる。見たことがない少年だ。俺が握り締めていたせいで皺だらけになってしまったふさえのチュニックが少年に捕まれた衝撃でひらりと宙を舞った。呆気に取られ思考が麻痺する中、痛覚だけは正常に反応していた。無遠慮に掴まれた肩から、避けようのない鋭い痛みが走った。

「無視すんじゃねえ、チビっ」

振り返った先、夕日の逆光の中に眩む視線が絡み合う。不機嫌そうな声に、不機嫌そうな表情。吊り目の三白眼がギロりとこちらを見下している。夕日の中でも分かる黒髪。青が混ざった黒は、俺の影よりも遥かに濃い黒を放った。頭半個分高い、目の前の少年は尚もぶすっとした表情を変えず執拗に俺を見下し続ける。

お前下っ手くそだなっ、放たれる言葉のタイミングが悪すぎた。

罵られすぎて感情を手放してゆく俺に対し、少年は段々と饒舌になっていった。何がそんなに不満なのか、少年は止まらずアニメでしか聞かないような故意に他人を傷付ける言葉を俺目掛け降らせ続け、次々と直角に放たれる言葉はブスブスと俺の脳天めがけ深く深くへ突き刺さった。

一体何だ。そもそも誰。ド直球すぎるオブラートをかなぐり捨てたような言葉に「俺もさっきそれを知ったところです」馬鹿正直に答えそうになってしまった。

「······」

温室育ち、つい今し方まで小さな池の主だった俺には聞いた事のない言葉の嵐が吹き荒れる。

「············」

突然起こった天災に、俺はどこか他人事のような虚無感さえ感じてしまった。しかし我に返るとそれらは確実に全て俺にのみ向けられ、微かに残っていたHPを着実に削っていった。

「··················」

帰りたい、俺の思考を同調したかのように無意識下、足が一歩二歩と後退りしてゆく。身長差でそれに気が付かない少年は、言葉攻撃を受けても微動だにしいない俺が気に食わないのか、あろう事か俺の着ていたトレーナーを揺さぶり始めた。

オレンジが揺れ沈み始めた夕日の中、漸くはじめましてにしては近すぎる少年との距離感にも目が慣れた頃、段々とその姿を捉える。何処かのチームのジャージに、肩でボールとバッシュケースを担いだ少年。俺と同じ受験生だろうか。という事は先刻の醜態を見ていたのだろう。

何でお前みたいなのがここに居るんだ、その言葉を聞いた時漸く俺は理解した。

少年が着ているジャージはU15の研修生に与えられるものだ。俺は全てが腑に落ちた。少年はわざわざ律儀にも俺に物申しにに来てくれたのだ。

「··················」

伸びきったトレーナーの襟元からホッカイロが見え隠れして居た堪れなかった。皺だらけになった身頃の熊が、悲しげに俺へと視線を飛ばす。熊を見習って、そろそろ助けて欲しいと文義へ視線を飛ばすも、返ってきたのは何故かふさえと共に感極まっている姿だった。

「愛に友達がっ」

「テスト受けて良かったねぇ」

「····································」

「おいチビっ聞いてんのかっっ」

もう少年の中で俺の名前は『チビ』らしい。しかし事実なので何も言い返せない。取り敢えず、身頃の熊と同じ表情をしてみるも、火に油を注いだだけだった。案の定、少年の顔は見る見るうちに茹で蛸のように赤く染まり、その表情は怒りで酷く歪んでいた。呼吸を荒げ興奮を抑えられなくなっている様は、ままティッシュ箱をひっくり返す花丸だった。背後に背負った夕日といい勝負のその赤らみは、少し心配になるほどのものだ。その内、同化してしまうんじゃないだろうか。

「何がおかしいんだよっ下手くそチビっ」

何度飛んだか分からない意識が三度着地する。

そうだ、この少年は俺が下手すぎて不快だったんだ。

俺だってそれで落ち込んでるんですけど、真っ当な思考を巡らせつつ辛気臭く微笑むとまるで傷口にわさびを塗り込まれた気分に襲われた。

帰りたい。早く帰ってアイス食べたい。しかも少年がなりふり構わず叫ぶ場所は試験会場の目と鼻の先だ。おまけに受験終わりの親子がちらほら見える緑道のど真ん中ときた。数刻前から道の端ではクスクスッと笑い声が聞こえてくるくらいだ。自然、声の方へ目線が釣られる。

お前ら顔覚えたからな、無言の圧を飛ばすも全く届かなかった。

このままでは恥をかかせてしまう。俺は頭上で啜り泣く文義とふさえの表情を探った。しかしどの角度から見ても、喜んでいるようにしか見えず、退散を促そうと慌てて両端を引っ張るも肩を震わせ、必死に何かを堪えるように両者は頑なに動こうとはしなかった。

俺は再び察した。どうやらその日の厄日は俺だけのようだ。











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