上 下
1 / 14

悪くはない。いや、むしろ良い。

しおりを挟む
先程から俺は、目の前に座っている相手から、目を離せないでいる。目の前にいるのだから、自然とその姿が目に入ってしまうのだが。


俺は今、とある居酒屋で、馴染みの友人と、今日初めて会う女の子達と飲んでいる。俺の友人の1人が、女の子側の1人と最近知り合いになり、仲間内で飲もうとしたことがきっかけで開かれた会だ。

 

遡ること、1時間前。あちら側が予約してくれた居酒屋へ俺達が到着すると、女の子達3人は半個室の壁側にすでに並んで座っており、後から来た俺達3人は、彼女達の前にそれぞれ腰を下ろした。


幹事である2人より、それぞれのメンバーの紹介がされた後、ドリンクの注文、つまみの注文と続き、乾杯が終わった。つまみも少しずつ揃ってきたところで、まずは目の前に座っている相手と話し始める。


特におかしいところはない。俺の目の前に座っている相手が男にしか見えないということ以外は……。


女の子側の幹事であるソウちゃん(俺から見て斜め左奥の子)の紹介では、いつもつるんでいるメンバーのヨリ(俺の斜め左前の子)とヒコちゃん(俺の目の前の子)です。ということだった。


女の子同士の会話でも不自然なところはなかった。ヒコちゃんは他の2人の話に相槌をうっているだけだったが。


直毛の長い黒髪、白いブラウス、紫色のストール。雰囲気は悪くはない。いや、むしろ良い。


クールな目元、シュッと高い鼻、ツヤのある唇。顔の造りは悪くはない。いや、むしろ良い。


…のだが、女の子にしては、がっちりしているというか、柔らかさがないというか、なんというか。俺には男にしか見えない。


友人2人に目をやるが、幹事の谷本タニモトはソウちゃんと、俺の隣の伊坂イサカはヨリちゃんとの話に盛り上がっており、俺の目線に気づきもしない。


あちら2組が盛り上がっているのに、俺とヒコちゃんが絡まないわけにはいかない。目線を目の前に戻してみると、ヒコちゃんのグラスが空になっている。俺のグラスもそろそろ空きそうだ。


「次、何飲む?女の子(には見えないが)は、カクテルとか甘い方が飲みいい?」


ヒコちゃんが髪を揺らしながら、首を左右に振る。


「甘くなくていいのか。俺、あまり酒強くないけど、日本酒ちびちび飲むのが好きでさ。地酒の飲み比べセットだって。3種類ずつ、小さめのグラスに入れて持ってきてくれるメニューがあるんだけど、一緒にどう?」


ヒコちゃんが頷きながら一瞬目を閉じる。睫毛なげぇな。


「俺、まずこの3種類にする。そっちはどれ頼む?」


ヒコちゃんが3種類を指差す。指なげぇな。スラッとした指先に、藍色のベースに星を散らしたネイルが映えている。



しばらくすると、注文したものが運ばれてくる。


「おっ、これ飲みやすい!」と俺が言うと、ヒコちゃんと目が合った。


「これ頼んでなかったよね。俺が口付けたのでよければ、飲んでみる?」


ヒコちゃんは頷くと、俺からグラスを受け取り、ソッと口をつける。その後、左の親指をグッと立てる。どうやらお気に召したようだ。



それからは互いに頼んだ地酒を、交換しながら飲み比べる。俺が口当たりが良いと思うのは、ヒコちゃんもそう感じるようで、なんだか好みが合う。言葉を発しているのは俺だけなのだが、そんなことは気にならず、ほっこりとした時間が流れていく。



「よーし、そろそろいい時間だし、お開きにするか!」と、幹事側から声がかかる。


あっという間だったね、とか、また集まろうよ、とか、それぞれ言い合う。他の2組も楽しい時間を過ごせたようだ。


テーブル会計となっていたので、店員さんを呼び会計を済ませる。


呼び寄せた店員さんをそのままに、女の子達は、来月この店で女子会を開くから、予約をしておきたいということで、俺達はその場で別れることになった。



「3人とも感じのいい子だったな!」

「幹事の俺に感謝しろよ!」

「わかってるって!!ヨリちゃんのクリッとした目元がツボだったわ。ヒコちゃんのクールな目元も捨てがたかったけど。ソウちゃんは、メガネだから、目元がよく見えんかったわ!なぁ、あの店、照明少し暗くなかった?」

「この目元フェチが!!まぁ、確かに他の居酒屋より暗めかもな。ソウちゃんはな、指がこう、なんつーの、少し短いんだけど、手全体がプクプクしてて、かわいいからいいの!ヒコちゃんって、指が長かった子か。夜空のネイルが似合ってたなぁ。それはそうと、ヨリちゃんのパンクな皮手袋どうなん?指先出てるけどさ、手の甲の感じとか見えないじゃん!!」

「やだやだ、これだから手フェチは!!谷本、手しか見てねーじゃん」

「目元しか見てない伊坂に言われたくない」


佐熊サクマ、聞いてる??」

「…………」


隣で、谷本と伊坂がギャーギャー騒いでいるが、俺は店を出ようと席を立った時に、耳元で聞いたヒコちゃんの声が耳から離れず、上の空だった。


「アンタ、いいヤツだな」


低いけど温か味があって、スーッと耳に馴染む声。ヒコちゃんは声も悪くはない。いや、むしろ良い。


≪side 佐熊≫


しおりを挟む

処理中です...