序列学園

あくがりたる

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偽りの学園の章

第41話 詩歩の刀とカンナの体術

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 鉄と鉄のぶつかる音。
 壬生みぶという男の振り下ろした剣は詩歩しほの長刀に止められた。

「なに!? 俺の剣で断ち切れない刀だと!?」
 
 壬生は驚いて剣を引いた。そして詩歩の刀を目を凝らして良く見た。
 
「これは……『長刀ちょうとう紫水しすい』か!? 馬鹿な、そんなはず!!」
 
 壬生が口にした刀の名を詩歩は知らなかった。この刀に名前がある事など義父ちちから聴いたこともなかった。
 
「本物だとしたらそれは確かに俺の『戒紅灼かいこうしゃく』で斬れねぇはずだ。同じ色付きだからな」
 
「色付き?」
 
 聞き慣れない言葉に詩歩は首を傾げた。
 
「知らんのか? ならば貴様には宝の持ち腐れだな。この世界には色の名が付いた刀剣が存在する。それらを『色付き』と言うのだ。俺の持つ『戒紅灼』は紅の名を持つ色付き。この世界で真の名刀は全て色の名が付けられている。見たところ貴様の持つその長刀は紫の名を持つ『長刀・紫水』。貴様どこでそれを手に入れた?」
 
「これは……義父ちちの物……元々家にあったのよ」
 
 詩歩は哀しい目で自分が手に持つ刀を見た。
 
「詳しくは知らんということか。まぁいい。貴様がその刀を持っているのはこの世界の為にならん。色付きは青幻せいげん様に献上する。貴様を殺してから紫水は頂くことにする」
 
 壬生は戒紅灼を構えた。
 詩歩も紫水を構えた。
 対峙。
 詩歩は壬生の出方を伺った。身体中に痛みが走るが今はそんなこと言ってられない。死と隣り合わせの危険な戦場。
 汗が滴り地面にぽたぽたと落ちて点々と模様を作っている。
 壬生が切り込んできた。
 詩歩は刀を横に振った。壬生はその斬撃を戒紅灼で止め、剣を振り回した。
 詩歩は壬生の繰り出す凶暴な剣を上手く捌いていく。
 紫水はリーチが長く壬生はなかなか詩歩の懐に入れない。そのおかけで詩歩へ届く有効打は全くない。
 壬生に苛立ちの色が見える。
 大したことない。詩歩はそう感じた。
 
「くそぉ! 何故だ! 何故この俺が貴様のような小娘ごときに遅れを取る!?」
 
「あなたはその剣に頼り過ぎです。その剣は強すぎるが故にあなた自身の剣術の腕を止めてしまった。あなたはその剣に出会わなければ私を斬れたでしょうね」
 
 詩歩の言葉に壬生の顔は赤黒くなりさらに力任せに切り込んできた。
 
「小娘がこの俺に講釈を垂れるか!? 貴様切り刻んでくれるわ!!」
 
 怒り狂った壬生はもはや人ではないただの獣のように詩歩を殺す為だけに剣を振り回してきた。
 剣術を真剣に学び日夜修行に明け暮れた詩歩にとってこれ程に哀れな敵はいない。
 
酒匂さかわさんと自警団の皆さんの仇、私が取らせてもらいます!」

 詩歩は壬生の薙ぎ払いをしゃがんで躱し、真一文字に紫水を振った。
 壬生の身体は胴体から真っ2つに斬れ上半身は地面に勢い良く落下した。少し遅れて胴体のない下半身も崩れた。
 詩歩は噴水のように吹き出した返り血を全身に浴び真っ赤に染まっていた。
 人が真っ2つになって死んでいく様。
 詩歩はそれを見てももう取り乱さなかった。むしろ全身に浴びた大量の血はここが戦場である事を再認識させてくれた。
 人はこんなにも簡単に死ぬ。自分が刀を振っただけで命は消え去っていく。
 詩歩は足下に落ちていた紅い剣を拾った。この剣は返り血で紅いわけではない。元から刀身が赤みを帯びているようだ。

「戒紅灼……」
 
 武器は青幻等に渡してはならない。ましてや名のある剣なら尚更のこと。
 詩歩は壬生の身体に付いていた鞘を外し戒紅灼を収めた。
 
「お見事ですわね。ほうりさん。わたくし、あなたの事を下位序列のお荷物だと思っていましたわ」
 
 不意に茉里が近付いてきた。
 
「でもそんなことありませんでしたわね。自警団の方々や酒匂隊長でも全く適わなかった相手にたった1人で勝ってしまうなんて」
 
 茉里は腕を組みながら言った。
 
「1人じゃありません」
 
「え?」
 
 詩歩は茉里の言葉に反論した。
 
後醍院ごだいいんさんが力を貸してくれました。あの時、私は死を覚悟していました。でも、私が殺される直前で後醍院さんが矢を放ち壬生の動きを止めてくれたんです。私はその時あなたが助けてくれたことに正直かなり心が揺らぎました……ありがとうございました」
 
 詩歩は真剣な眼差しで茉里を見詰めた。
 
「は? え? だ、だから、別にあなたを助けたわけじゃなくて、ただ、不快だったから、あなたがやられてる姿を見ているのが不快だったから気まぐれで矢を射たのよ。ありがとうだなんて……そんなつもり……」
 
 茉里は明らかに動揺していた。目が泳ぎ髪の毛を弄り始めていた。
 
「私はあなたがピンチでも絶対に助けないって思ってたんです。なのに、私なんかよりあなたの方が……」
 
 詩歩は目から溢れてくる涙を堪えきれず両手で顔を覆った。
 茉里はそれを見て困惑し頭を掻いたり落ち着きがなくなっていた。
 
「だ、だから、何が言いたいんですの?わたくしはあなたを助けたわけじゃないと……」
 
 茉里が言いかけた時、茉里の背後で何かが倒れる音がした。
 詩歩と茉里は同時にその音の主を見た。



《数分前》

 カンナは詩歩の絶叫を聴いた。詩歩の方へ目をやると酒匂が胴体を両断され崩れ落ちる光景が目に入った。
 カンナは詩歩の方へ向おうとしたが行く手を男が素早い動きで塞いだ。
 蜂須賀はちすかという男だ。
 
「あなたは先程私の行く手を阻みましたよね? だったら私もあなたの行く手を阻んでも文句は言わないですよね? 澄川すみかわさん」
 
「そうですね。私も急ぎますのですぐに終わりにしますよ」

 カンナは蜂須賀を睨み付けながら言った。
 
「私の体術は殺人術。人を殺す為の体術です。だからあなたが負けた時、それは死を意味します。まだお若いのに哀れです」

 カンナは地面を蹴った。
 蜂須賀の懐に飛び込み正拳を打ち込む。蜂須賀は右手でカンナの拳を受け左腕でカンナの首を締めようと回転。カンナは左肘を蜂須賀の左肋に入れ、下段回し蹴りを放つ。蜂須賀が膝を付く。カンナは掌打を顔面に放つ。が、また腕を捕まれ止められたので手刀で蜂須賀の腕を打った。
 そして膝を蜂須賀の顎に入れた。
 蜂須賀は避け切れず吹き飛んだ。
 それでも受け身を取りすぐに立ち上がった。

「なるほど、かなりの腕前ですね。私を2度も吹き飛ばすとは。あなた、青幻様のもとに来る気はありませんか?」

 突然の勧誘にカンナは耳を疑った。
 
「行きます……なんて言うと思ったんですか? この学園の生徒は誰1人として青幻の下へなど行きませんよ」

 カンナは毅然と言い放った。
 
「そう……ですか。ならば、生かしておいて我々の邪魔にならないよう、ここでしっかりと息の根を止めておかねばなりませんね」

 そう言うと蜂須賀は突然今までの動きとは別物の速さの突進を繰り出してきた。
 カンナは予想外の速さに対応出来ず右脚を取られた。
 蜂須賀は左腕でカンナのすねを締め、右腕で太ももをしっかりと締め、全体重をカンナに乗せて押し倒してきた。

 倒れされる────

 そう思った瞬間、蜂須賀は太ももから右腕を離し、そのまま肘をカンナの鳩尾みぞおちに狙いを定め打ち込もうとしてきた。
 カンナは左脚で蜂須賀の顔面に蹴りを放ちほんの僅かの隙を作った。
 カンナの脛を締め付けていた蜂須賀の右腕が緩んだので脚を抜き、そのまま蜂須賀のこめかみにかかとを入れた。
 蜂須賀は低い呻き声を上げ転がっていった。
 なるほど、確かに今ので肘を食らっていたら死んでいた。
 カンナは目を閉じ、一度深呼吸した。
 そして構えた。
 蜂須賀は頭を抑えながら立ち上がった。
 
「実に惜しい人材だ」
 
 蜂須賀はまた構えた。
 カンナは目を開き蜂須賀の方へ走った。
 蜂須賀もカンナの方へ走り出す。
 そしてお互いが交差した。その瞬間、カンナは蜂須賀の身体に5発の正拳と肘を入れていた。
 
「ぐぅっ……」
 
 蜂須賀が崩れた。
 カンナは地に伏せる蜂須賀を見た。
 
「あなたには氣を使うまでもありませんでした」

 蜂須賀は今にも意識を失いそうになりながらカンナを睨み付けていた。
 
「私は体術では絶対に負けません」

 カンナが凛として言い放った。
 その言葉に蜂須賀は最後の力を振り絞り立ち上がりカンナに襲い掛かってきた。
 もはや獣の突進である。
 カンナは突っ込んでくる蜂須賀の頭部に蹴りを放った。
 蜂須賀の横っ面にカンナの靴がめり込み、自身のスピードと相まって回転して宙に放り出されそして地面に叩き付けられた。




 茉里の後方に男が倒れていた。
 その先にはカンナが立っていた。
 
「澄川さん! あなたも勝ちましたのね?」
 
「はい。青幻の手下と聞いていましたが思ったほどではありませんでした。後醍院さんも祝さんも終わったんですか? 怪我は?」
 
「わたくしは顔のかすり傷程度ですわ。それよりも、祝さんが酷いですわね」
 
 茉里が詩歩の方を見て言った。
 カンナは身体中傷だらけで血塗れの詩歩を見て驚いて駆け寄った。
 
「大丈夫よ。これは私の血じゃないの」

 そうは言っても全身に痣や擦り傷などがあり見ているこっちが痛々しい程に思えてしまう。
 
「酒匂さんと自警団の皆さんを守れなかった……」

 カンナが俯いて言った。
 その様子を見て茉里が口を開いた。
 
「酒匂隊長や自警団の皆さんは残念でしたけど、村への青幻の部下の侵入は防げましたわ。それに酒匂隊長も自警団の皆さんも自分の村のために命を掛けて戦っていました。彼らはまさに英雄ですわ」

 カンナも詩歩も静かに頷いた。
 詩歩は茉里の事を見ていた。
 何か言いたそうな様子に見えたが詩歩はずっともじもじしていてただただ時だけが流れた。
 その様子を見て茉里が詩歩に近づいた。そして詩歩の頭を見てポーチから櫛を取り出した。

「髪が乱れていますよ。祝さん」

 茉里は優しく詩歩の髪を梳かした。
 詩歩はまた涙を流した。
 カンナはその様子を腕を組みながら優しい眼差しで見つめていた。 
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