序列学園

あくがりたる

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偽りの学園の章

第42話 茉里、一筋の涙

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 学園から6騎がこちらに向かって駆けてきたのはカンナ達が青幻せいげんの手の者を倒してから30分程後だった。
 学園から浪臥村ろうがそんまでは馬を飛ばしても片道2時間は掛かる。正直もう少し時間が掛かると思っていたが割りと早く学園からの小隊は到着した。
 カンナは詩歩しほ茉里まつりと3人で遺体を集めているところだった。
 小隊の先頭には柊舞冬ひいらぎまふゆがいた。
 
「カンナちゃーん! 詩歩ちゃーん! 茉里ちゃーん! 大丈夫!!? 遅れてごめんねーー!!」
 
 舞冬はいつも通りの元気な姿で現れた。
 
「いえ、むしろ想定より早いですよ。わざわざありがとうございます」

 カンナは作業を中断し舞冬の前に行った。
 
「カンナ。無事で良かった。まさか黄色い狼煙のろしが上がるとは思わなかったわ」
 
 斉宮いつきつかさも馬から降りてカンナに駆け寄って来た。
 
「つかさ!! 来てくれたんだ!! 会いたかった!!」

 カンナは思わずつかさに抱きついた。この4週間本当に長かった。1番会いたかった友に今再開出来たのだ。嬉しさを押しとどめておなけるはずがない。
 つかさは一瞬驚いた様子だったが、カンナの頭を優しく撫でてくれた。
 
「私も、ずっと心配してたよ。それにしてももう片付いちゃったんだね」

 その2人の様子を茉里は不満げに見ていた。
 
「茉里ちゃーん! どしたのー? まさかつかさちゃんに嫉妬してるのー?」
 
 舞冬はいつも通り空気を読まずにこともあろうか茉里に絡んでいた。
 
「嫉妬……? わたくしが!? ……ふふ、面白い事を言いますのね、柊さん」
 
 茉里はただ笑って舞冬をあしらった。
 
「あら? 茉里ちゃん、ちょっと変わったねー。いいことだー」
 
「なっ! 変わった!? わたくしはわたくしですわ! 何を仰るんですか!?」

 カンナとつかさは茉里と舞冬の様子を見て微笑んだ。
 詩歩も茉里の隣で微笑んでいた。
 
「さ、澄川すみかわ後醍院ごだいいんほうり。笑ってる場合じゃないぞ。報告しろ。柊も大人しくしてろ」
 
 6騎の内の唯一白馬に乗っていた男が馬から降りて言った。
 
「今回は斑鳩いかるがさんが小隊長に任命されたのよ。後は私と蔦浜つたはま君、かかえさんと新居にいさん。それから伝令役の舞冬さんの計6名よ」
 
 学園の小隊は5人1組で編成される。もちろん、序列が高い方が隊長に抜擢される。今回は斑鳩が隊長、そしてつかさが副隊長になる。
 舞冬は伝令役なので必然的に小隊に同行してきたのだ。
 カンナは斑鳩に今回の状況を報告した。
 
酒匂さかわ隊長が戦死……か。現役の自警団も全滅。そして青幻の手の者3人の内2人は死亡。1人は捕らえたと」
 
 斑鳩は腕を組みながらカンナの報告を復唱した。
 
「すみません、斑鳩さん。私、捕縛することすっかり忘れてて……自分が生き残るのに精一杯でした」
 
 詩歩が申し訳なさそうに言った。
 
「いいよ。祝。澄川が1人捕らえてくれたんだし。十分だよ」
 
 斑鳩は詩歩の肩にぽんと手を置いた。
 
「とにかく、こいつらは斥候せっこう部隊だと名乗ったんだな。こいつらが青幻のもとへ戻らなければ何かあったと青幻が気付き、またこの島に新手を送り込んでくるかもしれない。早急に総帥に報告しなければならないな。柊! お前は先に戻って総帥にこの事を報告しろ!」
 
「了解! お任せあれ~」
 
 舞冬は身軽に馬に飛び乗り勢い良く来た道を引き返して行った。
 
「新居、蔦浜! お前達は村当番組と遺体の収容を手伝え! 抱は遺体運搬用の荷車を村から必要台数借りて来い!」
 
「了解」
 
 斑鳩の迷いのない指示に新居千里にいせんり蔦浜祥悟つたはましょうご、抱キナ、は襟を正し返事をした。
 
「斉宮は捕虜を見張れ。俺は村を一回りして異常がないか見てくる」
 
「はい、分かりました!」
 
 斑鳩は白馬にまたがると村の方へ駆けて行った。
 いつの間にか村人達も辺りに集まっていた。切り刻まれた遺体を見て泣きぐずれる村人が何人もいた。
 
「カンナちゃん! 災難だったな。カンナちゃんの村当番の時に青幻の部下が来ちまうなんて」
 
 蔦浜はカンナの隣に来て言った。
 
「元々それは警戒してたみたいだし、もしかしたら来るかもって私も思ってたからさ。でもまさかこんなに犠牲が出ちゃうなんて……」

 カンナは悔しそうな顔をしながら自警団の遺体を村人から貰った麻袋に入れていった。
 蔦浜も隣でそれを手伝ってくれた。
 
「でも、カンナちゃんが無事で良かったよ」
 
「え? あ、ありがとう 」
 
 茉里と詩歩も一緒に戦ったのになあと思ったが口には出さなかった。
 
「ところであの捕虜の男倒したのもしかしてカンナちゃん?」
 
 蔦浜は建物の柱にロープで縛られている蜂須賀はちすかを指差して言った。
 
「そうだよ。別にあのくらいなら蔦浜君でも倒せたと思うよ」
 
「ま、俺ならあんな奴すれ違いざまの一撃で……いてっ!?」
 
 蔦浜が冗談を言いかけた時つかさが棒で頭を叩いた。
 
「こら! 口じゃなくて手を動かせ! 君を連れてくる時約束したよね? カンナにはちょっかい出さないって」

 つかさは蔦浜を睨み付けて言った。
 
「ちょっと待ってくださいよ~つかささん。別にちょっかいなんて出してないですよ~ねぇカンナちゃん?」
 
 蔦浜はカンナに同意を求めた。
 
「うーん、どうかな」

 カンナは無表情で蔦浜の方は一切見ず黙々と遺体を麻袋に入れていた。
 
「うげぇ、カンナちゃんめっちゃクールだなぁ。つかささんは怖いしよ……いてっ!!」
 
 蔦浜の不満にまたつかさの棒が動いた。
 
「聴こえてるよ。さっさと仕事しなさい!」
 
 蔦浜はぶつぶつと文句を言い続けたがカンナの隣でまた作業を再開した。




 茉里と詩歩は一緒に遺体を運んでいた。
 そして一通りの遺体の収容が終わると弓特の新居千里がそばに来た。
 
「茉里さん。お疲れ様です」
 
「あら、新居さん。ありがとうございます。あなたが来てくれるなんて思わなかったわ。あなた村当番嫌いではなかったかしら?」
 
「嫌いです。私は純粋に弓を楽しみたい。それ以外の事はやりたくない。でも、今回ばかりはそうは言ってられない」
 
 千里は真剣な顔付きで言った。
 
「へぇ、どうして?」
 
 茉里が千里を見ずに言った。
 
「どうしてって……」
 
 千里は不満そうに呟いた。
 茉里は千里の不満げな声に微笑みながら千里を見つめ首を傾げた。
 
「友達のピンチに駆け付けるっていうのが理由じゃ駄目?」
 
「友達……って?」
 
 茉里の目の色が変わった。
 
「あなたのことよ。いつもずっと一緒に授業受けてきたじゃないですか。ずっと一緒にピアノの練習もしてきたじゃないですか」
 
 茉里は言葉が出なかった。
 2人の様子を見て詩歩は微笑んだ。
 
「後醍院さん。私も……これからは仲良くしたいです」

 そう言うと詩歩は茉里に手を差し出した。
 
「え……? 祝さん……」
 
「後醍院さんは私のこと助けてくれたし、認めてくれました。私も後醍院さんのこと好きになれました。最初は……その……嫌いだったけど、今は仲良く出来るような気がするんです」
 
 詩歩が顔を真っ赤にして茉里を見つめてきた。
 茉里は身体が心が熱くなるのを感じた。
 頬を一筋の涙が流れた。
 
「友達……? あら? 涙が……ごめんなさい。わたくし、なんだかいっぱいいっぱいみたいですわ。あれ? 涙が止まりませんわ」
 
 茉里は溢れてくる涙を袖で拭ったが抑えきれずぽたぽたと地面にまで零れていた。
 
「2人とも、ありがとうございます」
 
「泣かないでくださいよ! 茉里さん。笑って笑って。ほら、祝さんとも握手して」
 
 千里は茉里の背中をぽんと叩いた。
 茉里は手を差し出したままの詩歩の手をようやく握った。
 
「後醍院さん。これからは私達友達ですよ!」
 
 詩歩が照れくさそうに顔を赤らめたまま言った。千里も微笑んでいた。
 茉里は笑顔で頷いた。
 
「友達の友達は友達」
 
 茉里の背後で声がした。
 振り向くとカンナが微笑みながら立っていた。




 茉里と詩歩が握手していた。
 カンナはそれを見て2人の元へ近づいて行った。
 蔦浜は不思議そうにカンナを見ていた。
 
「どうしたのカンナちゃん?」
 
「ちょっとだけ」

 カンナは蔦浜にそう言うと茉里の後ろに立った。
 
「友達の友達は友達。後醍院さん。祝さんと友達になれたんですね。良かった」
 
 カンナは笑顔で言った。
 
「澄川さん……」
 
 茉里は恥ずかしそうにカンナを見た。
 
「私の友達の祝さんと友達になったのならもう私と後醍院さんも友達ですね! 本当はもっと前から友達だと思ってたんですけど、後醍院さんが祝さんとなかなか打ち解けてくれなかったら……それだけが不安だったんです。でもこれで私達は正真正銘の友達です!」

 その言葉を聞き茉里は満面の笑みを浮かべた。
 
「わたくしも……つまらない意地を張っていないでもっと早く祝さんのことをよく見て仲良くなっていれば良かったですわ。祝さん。わたくしの数々の無礼な発言、態度。どうかお許しください」
 
「もう友達なんだから、そんなこといいよ」

 詩歩はニコリと微笑み茉里を許した。

 ただ、詩歩のカンナを見る目には茉里を見る時のような輝きがなかった。




 つかさは少し離れたところでカンナ達の様子を見ていた。
 蔦浜も作業を終えつかさの隣にいた。
 
「本当にカンナって子は凄いよね。狂気に染まった響音ことねさんとも和解して、学園でも特別扱いされるくらい危険人物の後醍院茉里とも仲良くなっちゃうんだからさ」

 つかさは呟いた。
 
「そうですねー! カンナちゃんには何か凄い魅力を感じますよ。俺も最近カンナちゃんが気になっちゃって」
 
 蔦浜が真顔で言った。
 
「君さぁ、本当にやめてよね? 女の子なら誰でもいいみたいなところあるよ? そんな下心丸出しでカンナに近付いたら君の頭カチ割るよ?」

 つかさは棒を蔦浜の顔の前にかざした。
 
「ひぇーこわいこわい。つかささんはもう少し女の子らしければなぁ」
 
「君、また茉里に殴られて来な」

 つかさは首を振り茉里の方を示した。
 
「いや、そ、それはやめておきます!」
 
 蔦浜が逃げようとすると村の方から荷車が何台も引かれてきた。
 
「おい! 蔦浜!! さっさと手伝えよ! お前が1番下っ端なんだから1番働け!」
 
 荷車を村から引いてきた抱キナが大声で言った。
 
「はぁ、何であいつもいるんですかねー。凶暴で口が悪い女の子は苦手だ」
 
 蔦浜はボソッと不満を漏らすと小走りでキナの方へ駆けて行った。
 つかさはカンナ達に遺体を荷車に乗せるよう指示を出した。
 村人達の啜り泣く声はいつまでも消えなかった。 
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