序列学園

あくがりたる

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地獄怪僧の章

第67話 魔の地・青龍山脈

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 目的地は分かった。
 青龍山脈の中にある寺、”慈縛殿じばくてん”だ。
 宝生ほうしょうからの情報によると解寧かいねいという死者は光希みつきの身体を依代よりしろにこの世への復活を目論んでいる可能性があるらしい。死者が蘇るなど、にわかには信じ難い事だが他に有力な情報はないのでカンナ達はそれを頼りに慈縛殿へ向かうしかなかった。
 宝生の話では光希は慈縛殿へ連れて行かれるはずだ。
 今回の任務は青幻せいげんを探すのではなく、光希を取り戻すことだ。
 宝生と久壽居くすいに別れを告げると、その日の午後にはカンナ、つかさ、茉里まつりあかりの4人は青龍山脈へと馬を駆けさせた。
 青龍山脈は大陸側で最も大きな山脈だ。
 その山中は人があまり出入りしない秘境が数多く存在すると聞いたことがある。故に見たこともない生き物が存在していてもおかしくない。愛馬の響華きょうかで駆けながら、宝生が言っていた言葉をカンナは思い出した。

「見たこともない化け物って、何かな」

 カンナは弱々しい声で言った。

「さぁ、そもそも慈縛殿ていうお寺も聞いたことなかったからなぁ。さっき貰った地図だって、こんな所に本当にあるのかって感じの所を示していたし」

 つかさはカンナの隣を駆けながら半信半疑で言った。

「青龍山脈には大きな個体が生息すると聴いたことがありますわ」

 いつの間にか隣を駆けていた茉里がふとカンナとつかさの会話に割り込んだ。

「大きな個体?」

 カンナは茉里に尋ねた。
 茉里はちらっとカンナの顔を見てまた前を向いた。

「青龍山脈の一部地域では人間の手が入らずに大昔から進化を続けた生物が存在するらしいですわ。私達が普段見ている生き物も青龍山脈では進化を遂げ傍から見たら化け物に見えると……以前お父様が仰っていましたわ」

 大きな個体の生き物ならかつてつかさとの熊退治の任務の時に通常の個体の大きさの倍くらいの熊なら見たことがあった。あの熊を倒すのは一苦労だった。まさかそれを凌ぐものがこれから向かう青龍山脈にはいるというのだろうか。

「たかが動物だろ?  そんなもん、ぶった斬って終わりだ!  それよりも、孟秦もうしんとかいう奴と青幻に気を付けなきゃなんだろ?」

 燈は未知の怪物の話を聴いても動じず言い捨てた。
 つかさは溜息をついた。

火箸ひばしさん、あの宝生将軍が忠告してくださるほどの事ですよ?  気をつけた方がいいと思いますよ」

「つかさも案外臆病だよなー」

 燈の嫌味な言い方につかさは言い返すかと思ったが何も言わず前を向いて馬を駆け続けさせた。




 4時間程駆けると大きな街に到着した。
 南鄧徳なんとうとくという大きな街だ。
 ここまで来てようやく島との文化の違いが顕著に現れた。
 お洒落な感じの店がずらりと並び、民家でさえ浪臥村ろうがそんとは比べ物にならないくらいのしっかりとした造りだった。
 車もそこら中行き交っている。
 帝都軍と青幻との戦の痕は何も感じられないほどとても平和に感じた。
 カンナも幼い頃は似たような街で育ったので物珍しさよりも懐かしさが大きかった。
 4人は馬に乗ったままゆっくりと街の中を散策した。
 この街の奥には大きな山々が見える。青龍山脈。街は緩やかな上り坂になっており、街の出口からは青龍山脈への入口へと繋がる一本道だ。この街から青龍山脈まではまだ5、6時間の一本道を駆けなければならない。
 日も傾きかけていたので、4人はとりあえずこの街で一泊することにした。

「じゃあ、あまりお金もないから安い宿を探そうか」

 街の広場で4人が馬を止めるとカンナが言った。

「お金がない?  大陸側ではカードが使えますわよね?  でしたらわたくしが皆様の分の宿泊代もお支払い致しますわよ?」

 茉里は腰のポーチから高そうな財布を取り出し中から黒いカードを取り出した。
 つかさと燈は絶句し茉里の黒いカードを見ていた。
 カンナは首を傾げながら茉里の黒いカードを隅々まで見たが何が凄いのか分からなかった。

「本当は澄川さんと私の分だけ支払いたいのですけどね」

 茉里のさり気ない言葉につかさと燈の目つきが変わった。
 それを咄嗟に感じ取りカンナは茉里とつかさ、燈の間に入った。

「わざわざ高いところじゃなくてもいいんですよ!  観光じゃないんだから。ね、後醍院ごだいいんさん。1人に負担を掛けるのはチームじゃないですよ。気持ちだけ受け取っておきます。ありがとう」

「そういうものかしら?」

 茉里はつまらなさそうに目を細めた。
 つかさと燈はお互いに顔を見合わせた。

「ほらな」

「何がほらな、ですか。火箸さん」

 燈は意味深につかさに言った。つかさはそれに対して若干イラついた風に返した。
 結局カンナ達は各自が支払えるだけの安い宿に泊まることにした。




 翌早朝、カンナ達は早々と支度を済ませ宿を後にし青龍山脈へ向けて馬を駆けさせた。
 南鄧徳を出てから5、6時間もの道のりがある。
 カンナ達は休憩をはさみながらひたすら駆け続けた。
 緩やかな上り坂が続くため、平坦な道に比べると馬にも負担が大きかった。馬も休ませないといざ敵襲があった時に対応することが難しくなる。

 昼過ぎには青龍山脈の入口に到着した。

「さて、山登りを始めるか」

 燈が言った。まだ余裕があるようだ。

「ここからはより一層の注意をしていこう!」

 カンナが隊長らしい言葉を掛けると、つかさ、茉里、燈の3人は大きな声で応えた。

「あ、皆さん、先に村長から頂いた鳥笛を渡しておきますわ」

 茉里は腰のポーチから銀色の小さな棒状の笛を3人に渡した。紐が付いており首から掛けられるようになっていた。

「これを吹いた人の所へピヨちゃんが飛んで行きますの。もし山の中ではぐれてしまった時は鳥笛を吹いてください」

 茉里は自分の乗っている馬の背に括り付けている鳥籠の中の鷹を見て言った。

「へぇー、こんな笛で滝夜叉丸が呼べるんだな。ってか、後醍院、お前のは?」

「私はこれがありますの」

 燈の問に茉里は腰のポーチから鳥笛と同じ材質の銀色の横笛を取り出して3人に見せた。

「後醍院さんて笛も吹けるんですか?凄い!」

 カンナが笑顔で茉里に言った。すると茉里は頬を赤くし嬉しそうに微笑んだ。

「私の笛はピヨちゃんを呼ぶことはもちろん、特定の場所へ行ってもらうことも出来ますの。特定の場所というのは学園、浪臥村、そして今回は先程の宝生将軍のお宅にも行けるように教えておきましたわ」

「なんだよ!  後醍院!  やっぱりお前、かなり有能だな!!」

 燈は笑顔で茉里に言った。
 茉里は照れくさそうにそっぽを向いた。

「私が有能なのではなく、ピヨちゃんがお利口なのですわ」

「ははは!  お前、可愛いな!」

 燈は茉里を気に入ったようで茉里の前に移動し顔を覗き込んだ。しかし茉里は燈が顔をニヤニヤしながら見てくるのでまたそっぽを向いた。
 2人のやり取りにカンナとつかさは思わず笑ってしまった。

「それじゃあみんな。行こう!」

 カンナの言葉と共につかさ、茉里、燈は青竜山脈の山の中へと馬を進めた。



  ****
 慈縛殿へ篁光希たかむらみつきを閉じ込めたと孟秦からの報告が入った。
 青幻は大陸側の大都市焔安えんあんの宮殿の玉座に座っていた。
 この玉座を奪ったのはまだ1年前のことだ。その時はすでに兵力は1万に達し、現在も各地から武人達が自然に集まって来る。
 延安を根城に隣接する都市をほとんど支配下に置いた。
 国家の建国はもう青幻が皇帝を名乗るだけである。
 篁光希を慈縛殿へ連れて行けというのは死んだ解寧という僧侶の遺言だった。死んだのは青幻が丁度この玉座を奪った頃だった。
 解寧とは昔から取引関係にあり慈縛殿体術の体得者も麾下きかに何人か引き抜かせて貰った。
 その恩を返すことは以前から決めていた事だった。

「青幻様。ご報告がございます」

 声の主に目をやると扉から入って来た男が部屋の中央へと来るとひざまずいた。
 部屋には青幻の他に幹部の者達が13人、用意された椅子に座っていた。

「どうしました?」

 その男は斥候せっこう部隊の男だった。単興ぜんこうという名だ。

「こちら側に学園の生徒が4名上陸し、現在青竜山脈へ向かっているのを確認致しました」

「4人ですか。割天風かつてんぷう総帥は遅かれ早かれ動くとは思っていましたが、少ないですね。序列は分かりますか?」

 青幻は学園の動きをある程度予想していた。
 しかし、生徒がたったの4人で来るとは正直思わなかった。

「序列10位から13位までの各クラスの生徒が1名ずつです」

「確か序列10位と12位は斥候の蜂須賀はちすか蒲生がもうを仕留めた女の子ではなかったですか?」

「左様でございます。序列10位澄川すみかわカンナと序列12位後醍院茉里の2名もいます。それと、もう1人の女は死んだ斥候の壬生みぶが持っていたはずの戒紅灼かいこうしゃくを持っているようです」

 青幻は立ち上がり周りに控えている幹部達を見回した。

牙牛がぎゅう阿顔あがん魏宜ぎぎ公孫莉こうそんり。学園の生徒達を始末しなさい。ただし、澄川カンナと後醍院茉里は殺さずに連れて来てください。それと、戒紅灼は回収してください。良いですね?」

「御意!」

 呼ばれた4人は立ち上がり青幻に頭を下げるとすぐに部屋を出て行った。

「必ず、解寧には復活してもらわないといけません。失敗は許されませんよ。私はその生徒達より先に慈縛殿へ行かねばなりません。単興。あなたはこの書状を持って蔡王さいおう瀋王しんおうの元へ協力を要請しに行ってください」

 青幻はまだ跪いていた単興に懐から書状を取り出し手渡した。

「畏まりました」

 単興は書状を懐にしまうと立ち上がり部屋を出て行った。
 蔡王と瀋王は青龍山脈に独自の軍隊を持つ武術集団の頭領で2人は兄弟だ。その軍隊は青龍山脈に生息する独自の怪物を従えている。
 正式に青幻の配下になったわけではなく、青龍山脈の一部を影で支配しているのだ。
 その軍勢は4千から5千程で青幻は是非とも配下に加えたいと思っていた。
 しかし、蔡王も瀋王も支配されるのを好まず、今は協力関係にある。青幻は我羅道邪がらどうじゃとも今は協力関係であるが、我羅道邪は青幻が蔡王・瀋王兄弟と繋がっていることを知らない。
 青幻はまた幹部達を見回した。一人の男と目が合った。

董韓世とうかんせい。慈縛殿へ向かいます。一緒に来なさい」

「はっ!」

 董韓世は嬉しそうに立ち上がり一礼した。

黄龍心機こうりゅうしんきを」

 青幻は幹部達の他に玉座の横に控えていた部下から仰々しい光を放つ刀を受け取ると幹部達の前を通り部屋の出口へ歩いた。その後を董韓世がついて来た。
 幹部達は皆一斉に立ち上がった。

「留守は頼みました。親愛なる幹部達」

 青幻が言うと幹部達は声をそろえてそれに応えた。
 青幻は頷くと董韓世を連れ部屋を出た。
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