序列学園

あくがりたる

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学園戦争の章《承》

第105話~まりかの涙~

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 血の匂いがした。
 伽灼かやは目の前に積まれた数人の黒い布を顔に巻いた男達の遺体を腕を組みながら眺めていた。
 もう日も沈みかけている。
 伽灼は右手を遺体の山に翳した。すると掌に小さな火がともった。その火はやがて人の頭程の大きさになりメラメラと燃え盛った。伽灼はその火を遺体の山に向けると火は意思を持っているかのように自ら動き遺体の山を一瞬にして燃え上がらせた。
 伽灼はその様子を静かに見ていた。
 やがて火が小さくなっていくと遺体の山は骨すら残らず跡形も無く消え失せた。小さくなった火は何も無い地面をまだ焼き続けていた。

「人の焼ける匂いはいつも不快だな」

 ポツリと呟くと、突然背後に気配を感じ振り向いた。
 いつの間にか黒いローブを纏った者が馬に乗って佇んでいた。

「誰だ?  お前」

 伽灼がローブの者に問い掛けた。しかし、反応がない。黒いローブは炎に照らされて時折フードを被った顔の鼻筋が見えた。
 伽灼は右手を地面をまだ焼き続ける火に翳し消した。
 少し間を置いてローブの者は口を開いた。

「貴様、何をやっている」

 伽灼は首を傾げた。

「見れば分かるだろ?  死体を焼いていたのよ」

何故なにゆえ?」

何故なぜって、人は死んだら葬られるもの。このまま野晒しにしておくものではない。死者にも敬意を払うものなのよ」

何故なにゆえ?」

 会話にならないと思い伽灼はイラつき始めた。

「死者とは敗者。敗者に敬意を払うなど論外だ。敗者は肉塊となり朽ちれば良い。ところで貴様、神技しんぎを使うようだな」

「だから、お前は誰なのよ?」

 言いながら伽灼は名前を名乗らないその者の出で立ちを今一度観察した。先程から異様な雰囲気を放ち、1本の槍を持っている。女の声。伽灼は鳥肌が立つのを感じた。

神髪かみがみ……瞬花しゅんかか?」

「私を知っているのか?」

 馬上の瞬花はフードを被ったまま首を傾げる仕草をした。

「槍使いの女が1人でこんな所にいたら、だいたいそう思うわ。お前こそ何してる?」

「私の質問に答えろ。神技を使うという事は、序列5位以上の生徒か?」

 瞬花は持っていた槍を伽灼に向けた。
 その瞬間、答えなければ死ぬと思った。それ程の殺気が一気に周囲に立ち込めた。

「神技は使えるけど、私は序列6位。外園伽灼ほかぞのかや

 冷や汗が止まらなかった。いつ殺されてもおかしくない状況。ところが、瞬花は伽灼の序列を聞いた途端、突然槍を下ろした。殺気もすっと消え失せた。そして、何も言わずに馬を歩かせ伽灼の隣りを通り過ぎた。

「ちょっ、待てよ!  お前!  私の質問には答えないのかよ!?」

 伽灼が瞬花を呼び止めた。何故呼び止めたのか。放っておけば助かったかもしれない。しかし、行かせるわけには行かないと思った。
 瞬花はピタリと馬を止めた。

「序列6位のような下位序列に効く口はないのだが……神技を宿した奇跡に免じて教えてやろう」

 伽灼は額から大粒の汗が流れるのを感じた。

「私は総帥の命により反逆者を探している。だがその前に、久しく見ていなかった学園の内部を見て回ろうと思いこうして物見遊山ものみゆさんしているのだ」

「私は反逆者として名が挙がっていないのか?」

「勿論、貴様も反逆者だ。だが、私が手を下す程の事ではない。貴様など、影清かげきよ位が適任だ」

 それだけ言うと瞬花はまた馬を進めた。

「お前は学園の操り人形か?  神髪瞬花。まったく、自分の意思の無いものに真の強さは手に入らないっていうのに」

 伽灼の言葉に瞬花はまた馬を止めた。

「序列6位の貴様如きが、序列1位のこの神髪瞬花に”真の強さ”などと抜かすか。面白い」

 瞬花は馬首を返し伽灼に向き直ると槍を構えた。
 ここでこの女を始末出来れば、いや、傷の一つでも負わせられれば、学園崩壊も近い。伽灼はそれだけ考え刀を抜いた。

「貴様の神技は、炎を操るのか?」

 伽灼は答えなかった。神技の秘密は無駄に教えるべきではない。
 何も答えない伽灼を見て、瞬花は槍を伽灼に向けたまま静止した。

「来い」

 瞬花が言ったが、隙が見付からない。どこから斬り込めばいいのかまるで分からない。



 どれくらい動けなかっただろう。伽灼が動けず刀を構えたまま対峙している間、瞬花も一切仕掛けて来なかった。

 そして────声無き嘲笑。

 瞬花は槍を下ろし、また馬首を返すと悠然と歩き去っていった。
 伽灼はその瞬間全身から力が抜け膝から崩れ落ち地面に刀を突き立て荒い呼吸を繰り返した。汗は止めどなく全身から零れ落ち、地面にぽたぽたと染みを作っていた。
 瞬花はすっかり沈んでしまった陽が作り出した闇に消え去っていた。

「あ、あの女……わらいやがった。私が動けないのを見て嗤いやがった!!  許さない……!!  絶対私の手で吠え面かかせてやる!!」

 伽灼の顔は憎悪に歪んでいた。
 地面には今も汗の雫が滴り続けていた。



 
 斑鳩いかるがからチームの発表があった。
 大体はクラス事に分けられた。
 槍特師範・東鬼しのぎ、体特師範・重黒木の2名の足止めは弓特が。馬術師範・南雲なぐも大甕おおみか2名の足止めは槍特が。まだこちら側に加わっていない体特生の説得又は足止めを、かかえキナと蔦浜祥悟つたはましょうごが。剣特の四百苅奈南しおかりななみの説得及び敵残存戦力の位置捕捉を畦地あぜちまりかが。栄枝さかえだ以下医療班の説得をあかねリリアと御影みかげが、それぞれ行う事になった。
 そして、割天風かつてんぷうの討伐を美濃口鏡子と斑鳩爽自身がやる事になっている。
 影清の討伐に関しては、外園伽灼を充てられないかという話になった。恐らく、伽灼とこちら側の目的が同じならば協力してくれる可能性は極めて高い。まずは伽灼の捜索を優先する事になり、その捜索には澄川カンナと篁光希たかむらみつきが充てられた。
 決行は明日。
 斑鳩の指示が一通り終わると、各々生徒達は鏡子の部屋を出て、弓特生以外の生徒達は下の階の弓特寮の空き部屋や1回のロビーで適当に休む事になった。
 カンナは茉里まつりに誘われ、少し広めの茉里の部屋へ行く事になった。
 カンナは光希も連れて行っていいかと尋ねた。茉里はあまりいい顔をしなかったが渋々それを了承した。
 つかさは綾星あやせ達槍特生達と共にロビーで休むと言って1階に降りていった。
 茉里の部屋には、見るからに重症のあかり詩歩しほがベッドで寝ており、その横には看病していた小牧こまきと意識を取り戻したリリアが椅子に腰掛けていた。
 多少広いとはいえ、7人も入ると寝る場所もなかった。

後醍院ごだいいんさん、燈と詩歩にベッドを貸しておいてくれないかしら?」

 リリアが申し訳なさそうに言った。

「構いませんよ。それにしても、まるで病室のようですわね。今夜は同室の涼泉すずみさんが見張りに行ってくださっているのでベッドは空いています。ご自由にお使いください。私達はソファーで寝ますわ」

 リリアは茉里の言葉に頭を下げた。
 以前の茉里なら、他人をベッドで寝かせてあげるという心遣いもなかっただろう。本当に変わった。カンナは茉里を見てしみじみそう思った。

「あ、あら、澄川さん?   何ですの?   わ、わたくしの顔に何か付いていますか?」

 カンナの視線を感じたのか、茉里は顔を赤くしてたじろいだ。
 ふと、リリアが立ち上がった。一同がリリアに注目した。

「それじゃあ、私はこれで。燈と詩歩の事、お願いね」

「え?   行っちゃうんですか?   リリアさん」

 カンナが寂しそうに言った。

「うん。この部屋も私がいたら狭くなっちゃうし、それに、まりかさんの所へ行こうと思うの。あの人も怪我してるから」

「リリアさん、本当に優しいんですね」

 カンナが言うとリリアは微笑み茉里の部屋を出て行った。

「じゃあ俺も。女の子しかいない部屋に野郎が1人いるのは不味いからね。代わりに御影先生連れて来るよ」

 小牧もリリアの後に続いて部屋を出て行った。

「私も……ちょっと用事があるから……すぐ戻るよ」

 カンナは申し訳なさそうに茉里と光希に手を合わせた。

「え!?   澄川さん!?   わたくしをこの子と2人きりにさせるつもりですか!?」

 茉里はとても驚いた様子で光希を指差して言った。
 光希もとても嫌そうな顔をしている。

「うん……後醍院さん。光希は私の妹みたいな人だから、仲良くしてあげてね」

「妹……わ、分かりましたわ。善処致します」

 茉里も光希も渋い顔をしてお互いに目を合わせなかったが、カンナは茉里の部屋を出た。
 蔦浜に伝えなくてはならない事があるのだ。




 弓特寮の屋上に出ると夜空には沢山の星が煌めいていた。
 夜風が心地よい。

「あら、リリア。何か用?」

 手すりにもたれ掛かり、遠くを眺めているまりかはこちらを見ずに言った。

「怪我の具合は、どうですか?」

 リリアはまりかの隣りに来て同じく手すりにもたれ掛かった。

「最悪よ。思うように手足が動かせないんですもん。響音ことねさんの苦しみが、今になって分かるわよ、ほんと」

 まりかはいつものふざけた様子ではなく、真面目に話した。これが本来のまりかなのだ。昔からの付き合いだったリリアには懐かしささえ感じた。

「心配して来てくれたの?  まったく、あなたは本当にお人好しよね?」

 まりかの皮肉にリリアは苦笑した。

「あなたにも、ちゃんと謝らないといけない事があるわね。ごめんなさい」

「私の事はもういいの。済んだ事ですから。それよりも、ほら、星。綺麗ですよ」

 リリアが夜空を指差すとまりかも空を見上げた。

「本当ね……」

 ほんの僅かな時間、2人は夜空を見上げたままその美しさに言葉を忘れていた。
 そしてまりかが先に口を開いた。

「私ね、神眼しんがんとかいう大層なものがあるのに、こんなに綺麗なものを見てなかった。こんなに近くに、いつも綺麗だったのに、どうして見る事をしなかったのかしらね」

 リリアはまりかの言葉を黙って聴いていた。

「私は力に溺れ、汚いものだけが良く見えていたみたいね。詩歩ちゃんをあなたから引き離したり、あなたから総帥側近の任務を奪ったり。私は汚いものの為にこの神眼の力と剣術を使っていたのね。こんなにも、こんなにもあなたの心は綺麗だったのに……」

 まりかはリリアの方を見た。その目からはポロポロと涙が溢れていた。

「まりかさん、戻って来てくれて、ありがとうございます。月希 るいちゃんもきっと喜んでいますよ」

 まりかは声を出して泣いた。
 リリアはその肩をそっと抱き締めた。
 
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