序列学園

あくがりたる

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響月の章

第13話 響音と月希5

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 朝日が眩しかった。
 剣術特待クラスの寮の側に備え付けられている厩舎きゅうしゃ響音ことね響華きょうかの鼻面を撫でていた。
 響華は月希るいの愛馬だった。今は月希の唯一の形見となった。何の特徴もない、至って平凡な栗毛の馬だ。
 まりかが響音に序列仕合じょれつじあいを申し込んでから5日が経っていた。仕合は今日の正午行われる。
 右腕の痛みは殆どなくなっていた。
 剣を振ってみたが、利き腕であった右腕に比べるとやはり扱いづらかった。
 響音はもともとあらゆる武器を得意としていた。槍を持てば下位の槍術特待クラスの生徒よりも上手かったし、体術も弓術も苦もなくそれなりにこなせた。
 武器も両手で操ることもあったので左腕のみでも闘えると思っていた。しかし、実際右腕の無い状態で左手で剣を振ると、やはり勝手が違ったのだ。
 響華きょうかは静かに響音ことねを見つめていた。

「お前のご主人様は死んだんだよ。分かってるの?」

 響音ことね響華きょうかに話し掛けた。
 この学園では自分の馬に話し掛けるということを日常的にする。そうすることによって馬と人間の心が通じ合い、いざという時に馬が信じられない力を発揮するのだ。
 実際に響音も自分の愛馬『月華げっか』に何度も助けられたことがあった。
 しかし、その月華も青幻せいげんに奪われてここにはいない。

「響音さん、あなたついに1人になったのね」

 背後から声がした。

伽灼かや、笑いに来たの?」

 外園伽灼ほかぞのかや。学園序列6位、剣術特待クラスの女だ。銀髪の長い髪を後頭部で結いていて瞳があかいのが特徴だった。

 「1人はいいわよ。友情や愛情なんかに惑わされずに己の強さのみを追及出来る、故に序列上位の連中は孤独な奴ばかりでしょ?」

 「何が言いたいの? あたしが1人になったから今までより強くなれるって? あたしより下のクセに余計なお世話よ」

 響音は伽灼が嫌いだった。おそらく学園の生徒全員が同じ気持ちなのではないかとさえ思わせるほど、伽灼の評判は最悪だった。

 「いいえ、あなたは1人になるのが遅過ぎた。私は今回の仕合であなたがまりかに負けると思っているのよ。もしあなたが負ければ私はあなたより序列が上になるから、下の序列の立場から最後の挨拶をと思って」

 「お前も喧嘩売りに来たのかよ!!! 殺すぞ!!!」

 冷酷な挑発に響音は簡単に引っ掛かった。以前ならこんな挑発軽く受け流していた。

 「やはりね、あなたは負けるわ。私の挑発如きに乗るなんてね。今のあなたじゃ、私にも勝てないわね」

 伽灼はそれだけ言うと去っていった。
 響音は伽灼の後ろ姿を睨みつけ、また気付かぬうちに綺麗だった爪を噛みちぎっていた。

 
 日が高くなっていた。
 晴天である。
 序列仕合は『仕合場しあいじょう』と呼ばれる小さなグラウンドで行われる。その周りは金網で仕切られていて、対戦者以外は中に入る事が出来ない仕組みになっていた。
 仕合はどちらかが負けを認めるか、戦闘不能又は死亡するまで続けられる。武器に制限はなく、飛び道具でも爆弾でも何でも良いとされている。
 仕合場の周りには学園の生徒の殆どが集まっていた。この序列仕合は異例で、本来は隣合う序列の者同士が仕合をするものである。だが、今回は序列8位が序列5位に挑むという前代未聞の仕合であった。そもそも、序列5位以上の生徒に仕合を挑むという行為自体、身の程をわきまえない滑稽な行為であるため、生徒達の関心も高いのだ。
 響音はトレードマークの和服をいつも通り身に付けて仕合場の中でまりかを待っていた。
 片手では帯を巻くことも、髪を結わえることも出来ない。その時だけ寮の同室の生徒に手伝ってもらった。
 風が響音の右腕の袖を大きく揺らしていた。
 金網の外を見回すと、剣術特待クラスのトップ学園序列4位、影清かげきよの姿もあった。普段滅多に姿を見せない男がいるということはそれ程関心の高い仕合なのだろう。響音自身も影清を見るのはかなり久しぶりのことだった。

「総帥、剣特けんとくの影清さんがいます。それに、あそこには美濃口みのぐちさんも。今回の仕合、相当生徒達からの関心が高いようですね」

 学園総帥の割天風かつてんぷうとその側近のあかねリリアも観戦しに来たようだ。
 
「序列8位が序列5位に挑むということは何を意味するのか、全生徒達が良く心得ているということじゃのぉ。リリア」
 
久壽居くすいさんはともかく、神髪かみがみさんは流石に来ないのですね」
 
瞬花しゅんかは自分以外の戦闘には興味を持たぬ。相手が強ければ別じゃが。久壽居は今学園におらぬからのぉ」
 
 割天風は顎に蓄えた髭を触りながら響音を見つめていた。
 
「おはようございます! 総帥!! わざわざ見に来て頂きありがとうございます! 今日は私、畦地あぜちまりかの晴れ舞台です! 是非私が序列5位を打ち負かす姿をご堪能くださいませ!」
 
 まりかは颯爽と現れ、割天風に挨拶を交わし、金網の中に入って行った。
 両方の腰に1本ずつ刀をいている。
 リリアはいつも通りのまりかの明るい様子に恐怖さえ覚えた。
 
「やぁ! 響音さん! 今日はわざわざありがとうございます! お互いいい闘いをしましょう!」

「は?」

 まりかは気味が悪いほど笑顔だった。5日前に響音に仕合を申し込んだ時の殺気はこれっぽっちも感じない。
 
「あんた。何で笑顔なわけ?」

「礼節は武術の基本! 笑顔は挨拶の基本! 何が可笑しいんですか? 響音さん?」

 観客である生徒達からはまりかに歓声が挙がった。この女は月希るいと同様周りからの人気が高い。事実響音もまりかと仲良くしていた。しかしそれは、月希がいたからだった様にも思えてきた。響音はまりかの事を本当はよく知らないのだ。

「あたしを馬鹿にしてるの? あんたはあたしを見限ったからこの仕合を申し込んだんでしょ!? だったらそんな笑顔はやめなさいよ!! 挨拶なんていらないわ!!」

「あらやだ、怖い。いきなりそんな事言われても私困っちゃうわ?」

 惚けたような物言いに怒りが込み上げて来た。どうにか押さえ込むために響音はまた爪を噛む。
 すると、どこからともなく笑い声が聴こえてきた。
  響音が笑い声の主を睨みつけると銀髪赤眼の女が金網に手を掛け、必死に笑いを堪えようとしていた。
 
「ごめんなさい、響音さん。あなた達2人って仲良くなかったでしたっけ? 何で響音さんキレてるんですか? その程度の挑発でむきになって。まりかもまりかで酷いわよね。響音さんが右腕を失くした時を見計らったかのように仕合を挑むなんて」

 明らかに空気を読まずに大笑いする伽灼かや
 近くにいたリリアが言った。
 
「笑うのをやめて下さい! 伽灼さん、2人に失礼です!」

 伽灼は突然笑うのをやめてリリアに鋭く睨んだ。

「うるせぇよ、ザコが」
 
 そう言うと伽灼はその場から少し離れた木陰に座った。
 
「まりかさんも響音さんを煽るのはやめて下さい」

 リリアは今度はまりかに注意した。
 
「怒られちゃった! それじゃあ、さっさと始めましょうか! 響音さん!」

 響音は左手で腰の柳葉刀りゅうようとうつかを握った。
 金網の外に仕合を取り仕切る師範がやって来て開始の合図をした。
 まりかは武器を構えず顎に人差し指を当てて何かを測っているようだ。
 響音はその姿にどうしても隙を見い出せず、踏み込めないでいた。
 響音は刀の柄を握ったまま動けない。
 汗が滲んできた。
 汗は額から頬を伝い、ぽたぽたと地面に滴っていた。
 ふと、まりかが何か思い出したような表情をした。
 
「ん? 響音さん、来ないの? なら私から行きますよ?」
 
 言うと同時にまりかは2本の刀を抜き放ち一気に響音の懐に入ってきた。
 右下からの切り上げは刀で防いだ。続けざまにもう一方の刀が横から薙ぐように襲い掛かる。響音はそれを上手く後ろに交わして一旦距離を取った。

「やっぱり利き腕ないときついですか? でも、手加減とかしませんよ!」

 まりかは横に回り込み刀を振る。2本同時の斬撃を捌く事が困難だった。
 右腕があれば……
  響音は無いものを言い訳にしようとした自分が一瞬恥ずかしくなった。
 まりかの猛攻は止まらない。
 避けても捌いても止まらない。この女は疲れないのか? 響音は未だにまりかの隙を見い出せず防戦一方だった。

「あー、たまにはこういう闘いもいいですね! 響音さん! 血が滾ります!」

 観戦者達からはまりかの2本の刀の流れるような美しい剣舞に歓声が上がっていた。
 金網の所まで追い詰められた響音はどうにかまりかの猛攻を避けまりかの背後に逃れた。

「逃げてばかりじゃつまらないですよ。ねぇ?  響音さん。どう見ても、私の方が強くないですか? 降参しますか?」

 相変わらず、まりかは笑顔だった。
 
「お前なんかに序列5位は渡さないわ」

 響音はまりかの左側と背後に金網があるのを確認した。
 響音はまりかの左側の金網に跳んだ。
 観戦者達がざわめいた。それもそのはずだ。今までの速さと比べ物にならない速度で跳んだのだ。それこそ周りからは響音が消えたように見えただろう。
 まりかさえ目で追えていない。
 ガシャッガシャッと2度金網を蹴る音がした。
 
神歩しんぽ二連魁にれんかい

 勢い良くまりかの背後の金網が凹み、響音が柳葉刀を振り翳す。届く。そう思った。
 しかし振り下ろした柳葉刀は背後さえ見ていないまりかに1本の刀のみで防がれており、もう1本の刀を探した時、響音の左肩は貫かれていた。
 まりかが、すぐに刀を引き抜き響音を蹴飛ばし金網に叩きつけた。

「響音さん、あなたが神歩を使ってくることなんて分かってましたよ。その技を受け切った時が最大のチャンスだということも分かっていました。もう無理でしょ? 降参したら? 私に謝罪して序列譲りなさいよ? まりか様には敵いませんでした。ごめんなさいって」
 
「もういい、殺してくれ、まりか」

 まりかは響音の左肩の傷口を足で踏み付けた。
 
「うあっ!」

「私はあなたを殺さないわよ? 響音さん。あなたの命なんていらないの。ねぇ? 月希ちゃんの仇を取る気はないの?」

 まりかは足でぐりぐりと響音の肩の傷口をいたぶる。ただ、その表情から笑顔は消えていた。仕合を申し込んだ時のあの冷酷な表情だった。
 響音の目からは涙が溢れていた。痛みからでも恐怖からでも羞恥からでもない。

「あたしは、月希のいない世界で生きていけないのよ!!!」

 場が整然とした。その様子を見ていたリリアも息を飲んでいた。
 まりかの双眸は冷たく響音を見下していた。
 
「あたしは、月希とずっと一緒にいたかったの。ただそれだけなの! そりゃあ月希の仇だって取りたいし、黄龍心機こうりゅうしんき月華げっかも取り戻したい!! でも、青幻に、あの男に‥‥あたしは、勝てないのよ」

「ここで私に殺されるくらいなら、青幻と刺し違えて死んできなさいよ!!」

 まりかは響音の傷口から足を離した。
 響音は嗚咽を漏らしながら膝を抱えてうずくまってしまった。
 リリアは声も出せず、ただ、その2人を見守ることしか出来なかった。

「師範! もうこの人戦闘不能ですね! 私の勝ちで終わりにしたいです!」
 
 まりかが笑顔で仕合を取り仕切る師範に言った。
 師範が響音に仕合継続の意思を問う。しかし、響音は泣きじゃくるだけで何も答えない。

「それでは、多綺響音たきことね、戦闘不能により、此度の序列仕合の勝者は畦地あぜちまりかとする! この時より、畦地まりかは学園序列5位に昇格。多綺響音は学園序列8位に降格とする」
 
 観戦者達からは歓声が上がっていた。殆どの生徒達が3つ上の序列を奪い取ったまりかに祝福の言葉を掛けていた。
 まりかはその生徒達にお礼を言いながら割天風の元へ行った。

「総帥。畦地まりかは本日より学園序列5位となり、『特権』を使えるようになりますよね? 今後ともよろしくお願い致します。では、失礼します」
 
 それだけ言うと、まりかは寮の方へ帰っていった。
 割天風は仕合場で座り込んだまま泣きじゃくる響音の方を見た。リリアが駆け寄って肩を貸していた。すぐに学園専属の医者がやってきて肩の傷を看ていた。

 学園では力こそが全て。序列こそが全て。
 割天風は踵を返し、響音に言葉も掛けずに自分の部屋へ戻っていった。
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