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一章 四人の勇者と血の魔王

第50話 泣かないで

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「ふんっ!」

 火球二つ。炎を纏う魔族……ヴァイロとか呼ばれてたっけ?による投擲。

「【濁水】」

 夢の聖剣に乗って浮遊しながら、的確に水魔法を火球にぶつける。

(……この魔族との戦いが始まってから今までずっと言っているが、出し惜しみをするな。この闘い……的に君が最も勝率が高い)

「……はいはい」

(君が速く勝てばそれだけ他を助けられるという事だ)

「分かってる」

 無駄に大きい帽子を深く被り……接近してくる魔族とわたしの間に障壁を生成する。

「無駄だ……!」

「あら、これくらいなら壊されますか」

 拳で正面突破。分身以外に目立った特技は無さそうだけど……シンプルなパワーも強いのか。

(ママロ、良い加減にしてくれ)

「……今やろうとしてるんです」

 これだけ怒られながらもわたしが『固有魔法』を使いたがらないのは理由があり、まぁ……これ以上脳内にお叱りが響くのは嫌だから使うんだけど。

「ッ!」

 立ち止まるヴァイロ。
 ─────わたしの魔力の集中を感じたのだろう、すぐに足を踏み込んで拳を突き出してくる。

 まぁでも……唱えるのに大した時間はいらない。

 天才ですので、わたし。

「【豊龍魔法】──────」






 ー ー ー ー ー ー ー










天晴ライズストローム】という最上位水魔法がある。超大量、超高圧の水を龍のような形で生成し発射する戦闘魔法。

「これは──────」

 ヴァイロの目の前に展開された魔法は、それを軽く上回る絶望だった。

 稀代の天才魔女ママロ。彼女の固有魔法【豊龍魔法】を発動するための固有媒介の形状は……ホウキでもとんがり帽子でも剣でもない。
『雲』だ。

 浮遊する聖剣の上に立つ彼女の周囲には────漆黒の暗雲が漂っている。

「【流】」

「……それは」

 雲がうごめき、収束し────ヴァイロに向かって一斉に雨粒を放つ。

「相性が悪いにもほどがあるだろう!?」

 初代勇者が残してしまった遺物。その中の一つ、有害指定魔導具No.22に『マシンガン』というモノがある。弾丸を高速で連射する機構を魔導技術を駆使して彼が再現した兵器は『戦火を拡大させてしまう』とルタインが危険視したために封印された。

 だがその威力を知っている者なら……今の光景はそれに匹敵する惨状であると分かるだろう。

「くっ、だから苦手なんだ、水系は……もっと言えば水系の女は!」

 生意気な同僚を思い出しつつ、ヴァイロは駆ける。
 攻撃を喰らったのは一瞬だったが、それでもとんでもない速度でとんでもない量を当てられ、無視出来ないダメージを負ってしまった。

「【継火】!」

「!」

 サヴェルとゴルガスの相手をさせている分身が既に存在するため、3体目となる分身は弱体化する……のだが、ヴァイロの目的は撹乱。

「【継火】ィッ!!」

 大量に生成された分身が一斉に縦横無尽に空間を舞い、爆炎の拳をあらゆる方向からママロへ。

「【陽炎】」

 そしてその全員の姿がぐにゃりと歪む。

「うわきもちわる」

(対精神異常攻撃プログラムは無効。身体を実際に歪曲させていると推測)

「えぇ……」

 だが、ただ曲がるだけではない。その腕は伸び、目の前の敵へと距離を縮める。その拳を確かに届かせるために。

「【渦】」

 ───────その全てを無に帰す渦潮が、とぐろを巻く水龍が……風の壁で囲われた狭い空間で産声を上げた。

「……は?」

「えーと、あとは……【放】」

 分身が解除され、空中に打ち上げられたヴァイロに追い討ちをかける────が、ママロの周囲の暗雲はヴァイロではなく地面に向かって水を放出する。

 ……吐瀉物かのように、延々と黙々と大量に。

「ナイズ、上に」

(あぁ)

「え?あ、ちょっと待っ───────」

 直後、ヴァイロは目線を真下に移動させる。

 風の壁によって生まれたこの閉鎖空間。放出され続ける水は溜まりに溜まって……既に彼の膝の上までに達していた。

「……うそぉん…………」

 惚けた眼差しで空中へ登るママロを眺め─────ヴァイロは完全に割り切り、もうすぐプールぐらいになる水溜りを頑張って温泉にしてやろうと意気込んだ。


(最初からこうしていれば良かっただろう)

「はいはい……見ているだけの人にそう言われてもね」

(戦うなと言ったのは君だ)

「あー言えばこう言う」

(それは君の方────いや、良い。昔の調子が戻ってきたんじゃないか?ママロ)

「別に……」

 雨を降らせる魔法。そんな固有魔法になってしまったのは、改竄させられて思い出せなくなっていた記憶だったとしても─────精神の奥底ではずっと、炎に焼かれるナイズ達を嘆いていたからだ、とママロは考えていた。
 特別水魔法が得意な訳でもないのに、【豊龍魔法】を手に入れた理由が今になって分かってしまい……彼女はそれが少し恥ずかしかった。

 結局は救えなかったのに、こんな魔法を手に入れても仕方ないのに─────と。

(すまないが、君の考えている事は俺にも伝わってくる)

「は!?え、は……ちょ、さ、最悪なんですけど。あーもう…………なんでよ……」

(ありがとう)

「……何が」

(いや、ただ─────)

 上昇していく景色には、7色のアーチがかかっていた。

(─────美しい魔法を見せてくれて、の感謝だ)










 ー ー ー ー ー ー ー











「……」

「ちょっ!?無言で炎投げつけてこないでくださ……ゴルガス!」

「ふんッ!」

 大剣で火球を真正面から叩き、押しつぶす。マスタリー・ウェポンで生成した平凡な剣は溶け、ゴルガスが話すと同時に地面にドロっとへばりつく。

「どうやら分身は喋れないようだな」

「ですね……」

「……」

 一人は無言の魔族。

 一人は魔力が風前の灯のヒョロガリ。

 一人はマシではあるが体力はかなり減った戦士。

「どういう対戦カードなんですかねこれは」

「……!」

「そんでなんで私ばっか狙ってくるんですかねぇ!」

「単純に俺とサヴェル君なら、弱そうな方を狙う……だろうっ!」

 ガントレットを装着し、火球を思いっきり殴打し消滅させる。

「いやあっっっっっっっっづ!!??」

「普通に考えればそうなるって分かりますよ。というか拳で火って消せるんですか……」

「サヴェル君、治療魔法を……」

「はい、なけなしの魔力で唱えた治療魔法です」

 ゴルガスは右手をサヴェルに突き出しつつ────ヴァイロの分身を注視する。

「……アァ……」

「む?喋ったのだ」

「……ここまで私達が立ち止まっているというのに攻撃してきませんし、一体何が……」

「ア、ア……アド────」

 サヴェルとゴルガスは知らなかった。
 この瞬間、ヴァイロが分身を3体以上生成し、分身が弱体化していた事に。そしてそれは……脳にも作用する。

「アドミニーラ……有給取リヤガッテ……!!」

「ここに来て魔王軍のホワイト事情が露見しましたが!?」

 つまりお馬鹿になっていたのだ。

「コンナ大事ナ時ニ……!!」

「いや、逆にブラック……?」

「……ッ!」

「と思ったら急に攻撃か!」

 殴りかかってきたヴァイロに対し、ゴルガスは長槍で突き放し距離を取る。……既に溶解した切先を見て、再びマスタリー・ウェポンで生成。

 ヴァイロの分身が2体以下になった時は普通に攻撃に専念するのだが────それを二人が知るはずもなく。

「どういう情緒をしてるんですかこの魔族は。……すみません、武器に水属性が欲しいと思っているでしょうが……魔法付与系は魔力効率が悪いので出来れば控えたいところです」

「うむ、そうであろうな……ッ!」

 近接戦闘では熱でさらに体力を削られる。ならばとゴルガスは小槌を生成し────方の上で拳を握り、投擲する。

「【破砕・魔王槌デストロイメテオ】!」

 ヴァイロの軌道を予測したハンマーだったが────

「アァ……」

「え、いや今急に止まられると……」

 槌はまたもや直立不動状態になったヴァイロの横を通り抜け、地面に着弾し爆ぜた。

「マリナメレフ……口ノ悪サヲナントカシテクレ……我ノ炎ハ別ニ熱苦シクナイ……!!」

「いや熱苦しい以外に何があるのだ」

「それはあなたが悪いでしょう、足元に溶けた武器転がってますよ」

「ソコサエ直レバ……良イ女ナノニ……」

「……む?」

 その言葉の後、二人は顔を見合わせる。

「サヴェル君、これはもしや……?」

「魔王軍のピンク事情が聞けちゃったり……?」

「……ッ!!」

「ですよね、そう上手くはいきませんよね!」

「全く読めないのだ、この魔族……」

 小槌を両手に生成、そしてすぐに投擲し距離を保つ。

「ア……ア……」

「まーた止まりましたよ。もうやっちゃいましょうよこの隙に」

「いや、無抵抗の相手を一方的にというのは教えに反するのだ」

「ストゥネア……気高ク高潔ナ同僚ガ任務カラ帰ッテキタラ何故カ『女』ノ顔ヲシテイタ……」

「あっ……」

「ソレモ敵デアル東ノ勇者相手ニ……信ジテ送リ出シタノニ……別ニ恋愛対象トシテ見テイタ訳デハナイガ、複雑ナ感情ガ蠢クノダ……」

「めちゃくちゃ感受性豊かじゃないですか、魔物タイプの魔族なのに……あ、これ差別発言ですかね」

「ギリアウトなのだ」

「えーっとすみません、本当に失礼な事を……」

「……ッ!!」

「良かったー攻撃モードだ!」

「良くはないがな!?」

 槍も剣も小槌も必死に投擲し続け、向い来るヴァイロを次の停止まで食い止める。

「アァ……」

「はい休憩です、と」

「とは言ったものだな、大分しんどくなってきたのだ……やはり魔王の攻撃は威力の格が違う」

「我ハ……何故分身ノユニークスキルナノダ」

 ピタッと止まったかのように見えたヴァイロは……うめき声を上げながら徐々に二人へ近寄る。

「あれ、喋ってる間は動かないんじゃ……」

「モウヒトツノスキルハ身体ヲ曲ゲル、アノ魚人曰ク『キモイ』スキルダシ……モット、トテツモナイ炎トカ欲シカッタ……ソウジャナイニシテモマリナメレフノヨウナ強力ナスキルガ欲シカッタ……欲シカッタノダァァァァアアア!!!」

 ────ヴァイロの分身は多くなるほど低脳レベルが増す。が……ヴァイロの近くにいる分身ならばヴァイロの意思を直接送る事が出来るため、思考面でのデメリットは打ち消す事が出来る。

 丁度今、ママロと戦闘中のヴァイロが分身を周囲を埋め尽くすほど大量に生成させた瞬間だった。

 そして分身は本人のコンディションによっても低脳レベルが左右される。この後ママロの固有魔法によって水浸しになるヴァイロの気分は最悪であり、離れた位置の分身もまたスペックがかなり低下すると考えられる。

 つまり──────

「ぬわああああああ!!あつ……あっつ……あづぅい!!」

「ちょっと!あなたが逃げてどうするんですか!本当にあぶな……あぁほらあなたの火が燃え移っちゃったじゃないですか!!こうなったら私の全ての魔力を振り絞って【天晴】を」

「ツバでもかけておくのだ!」

「分身イヤダアアアアアアアア!!」

 叫び暴れ狂乱する炎の魔族と、それに追われる筋肉ダルマと片眼鏡。


「……ナイズ、あれは何?」

(サヴェル殿とゴルガス殿だ、救助に向かうぞ)

「ふーん、わたしには愚者しか見えないや」

 本体のヴァイロを打ちのめした後、悠々と空を飛行してきたママロの雨の弾丸が降るまで……彼らの逃避行は続いた。






ーーーーーーーー


ヴァイロは魔王軍所属の父親を持ち、しかしそれ以外ではこれと言った特徴の無い家庭で大きなトラブルのない人生を送ってきました。努力に努力を重ねた成果が今の四天王という役職であり、身分に関係のない評価をくれたマジストロイに強い忠誠を誓っています。
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