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一章 四人の勇者と血の魔王
第53話 七つの龍の玉、あるいは鬼殺の剣、もしくは大秘宝
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ーーーーーーー
赤刃山脈 小屋
ーーーーーーー
「師匠」
「……」
「気は確かですか?何故、何故頑なに助けに行こうとしないのですか」
「私の役割ではない。そもそも助けなど必要無い。ほら、立派な理由があるぞ」
「サヴェル君の近くに。災害がいるんです。……怒りますよ、そろそろ」
頬杖をついたまま、ルタインはようやく映像からテラに視線を移した。
「逆に、だ。今の彼らの興味の対象はサヴェルでは無いと言うのに、私が現れれば彼らの思考にサヴェルの存在をよぎらせる事になる。ここはロクトに任せようではないか」
「あの勇者すら助けないと?随分と気に入っていたように見えましたが」
「私は『災害』については研究し尽くした……彼らは、というかリーダーである『流浪者』はただ単純に楽しみたいがために動いている。ここでロクトを殺すはずがない……まぁ、必要に応じて助言もするつもりだ。ロクトに渡したモノの使い道もまだ伝えていない事だしな……」
「…………そこまで言うのなら、そうなのでしょうね」
大賢者。ただ賢いだけと言うよりかは、あらゆる事を知り尽くしているようなその態度を、テラは幼少期から見てきた。そんなルタインが確信して居座っているのなら彼女は同じように見ている事しか出来ない。
下手に現地に向かおうとすれば彼に止められる可能性すらある。
「さて……人望無し魔王が撒いた種の後始末、岩の勇者と血の魔王が果たせるか─────」
ー ー ー ー ー ー ー
「ア、アルマ──────」
視界が揺らぎそうになる。足がふらつきそうになる。気が動転しそうになる。……全部抑えて、俺は一歩を踏み出す。
「どうして……アルマ……!」
「待て!落ち着け……あの者の様子は異常だ。関係のある人物だとしても近付くのは危険すぎる」
「っ……」
分かっている。
災害の『助っ人』な時点で百点満点のヤバい奴なのはそうだが、俺が知っているアルマのする顔じゃない。
「なんでお前らがアルマを……連れて……何をしたんだよ。何をしたんだッ!!」
「(この子の仲間全員殺して言う事聞けば蘇生させてあげるよって言った)」
「…………は?」
「(だから、この子の仲間全員殺して言う事聞けば蘇生させてあげるよって言ったの。聞こえなかった?)」
あの獣人の姉妹や、エルフや鳥の子を?
「お前、は……ッ、ふざけるなよ……!!」
……ダメだ。身体がボロボロの俺とマジストロイで暴れても死ぬだけって分かってるはずなのに。
善性の塊みたいなアルマをそんな目に合わせた奴らを前に……我慢するのは苦痛でしかない。
「(じゃあマジストロイ君、僕たちは高みの見物したいからもう行くね。あとはこのアルマ君に任せて休んでなよ!バイバイ、またね)」
【あぁ、また会おう】
《……拙は離れた場所で見ている。見ているぞ、ロクト・マイニングよ。いやしかし、他の者からも祈りの気配がして─────》
アルマ一人を残して、次元の裂け目は修復された。
そして─────上空に気配。
「……『傍観者』か」
大量の目が俺達を睨んでいた。遠くだから直視しても安全ではあるが、いつ近づいてくるか不安だ。
……立て続けに災害が来すぎてあんまし驚かなくなってるけど立派な感覚麻痺だ。
「よくぞ我慢してくれた」
「あぁ……そこまで聞き分け悪いのが許される歳じゃねえしな」
「……ロクト。一つこの者について────あ、ロクトって呼んで良かった……?」
「え、良いけど」
「あ、良かっ……うむ。……この者について余から言うべき事があるのだ」
「……おう、言ってくれ」
「気のせいとは言い切れないほどに──────余と同じ魔王の器の気配を感じる」
……過去の記憶から『魔王の器』という言葉の意味をもう一度思い出す。魔王の集合意識から楔の聖剣のところに生まれる、新たな魔王になれる存在……だったよな?
「いや、んなわけないだろ!?だってアルマは人間……」
「あぁ。だから余も困惑している……ロクトよ。この者は─────」
白い額に汗を垂らしながら、マジストロイは言った。
「─────魔王のような能力を有しているか?」
「……」
不遇職と呼ばれるテイマー。俺はアルマというテイマーを通して、その情報が間違いであると気付けた。強さを他人が実感しにくいだけで、引くほど有能な天職だと。
だがそれが─────アルマ固有の能力だとしたら?テイマーは本当に不遇職で、アルマがおかしかっただけ……だとしたら?
あぁ。今思えばその方が『自然』だ。テイマーという天職を持つ者は今までに大勢いたはず。それなのにここまで開拓されなかっただけって方がおかしい。アルマがテイマーの才能があるとかいうレベルじゃない。
それに、魔物を『統率』するという力はあまりにも───────。
「魔物を……使役出来る。テイマーって天職は知ってるだろ?」
「あぁ」
「俺はそれしか知らない。……でも、俺のパーティを離れてから途端に強くなった。非戦闘要員だったのにワイバーン数体を一瞬で葬った。……テイムしたバカデカい鳥の力で」
「……だが、この者自身の魔力量も相当なモノだぞ」
「でもよ、そもそもこいつは人間だぞ?何がどうしたら魔王の器に─────」
「ロクトさん」
────声が聞こえた。
完話の通じない状態になっていたと思い込んでいた俺は完全に不意を突かれた。
「僕、魔族の女の人に会って、その時から変なスキルなんですかね、魔法なんですかね。よく分からない力が発現したんです。テイムした仲間の力を使えたり、その分全体的に強くなったり……」
「なッ……まさか──────」
「そ、そうだったのか!っ、その、アルマ。お前はもう流浪者の言葉を信じちまってるんだろうけど、さ……」
俺はアルマの肩をグッと掴む。
────『仲間を殺して言いなりになれば蘇生してやる』という言葉を聞かされたアルマと、『仲間を殺して言いなりになれば蘇生してやると言った』と聞かされた俺。だから流浪者が大嘘を吐いてアルマを騙していると俺は認識出来る。
「蘇生魔法なんて無いんだよ……ルタインの野郎だって多分出来ない。無理なんだよ……!」
「ロクトさん」
「どうにかして……クソ、もう一度流浪者に会って『あれは嘘だ』って言わせるしかないのか……?」
「ロクトさん……どうして僕を追放したんですか?」
「……え」
虚な瞳が少しだけ、生気を取り戻したような気がした。
「やっぱり僕には、あの時のロクトさんの言葉が嘘だったようにしか思えない」
「……俺、は─────。…………あぁ。あれは嘘だ」
もはやグラマスの言葉なんてどうでも良い。
「グランドギルドマスターの指示で……お前は俺達のパーティで燻ってるような人材じゃないって言われてな。戻ってこないように出来るだけ手酷く追放するようにって」
「……そうだったんですね」
「……でも、今思えば……俺はそれに従ったんだ。拒否する事だって出来たかもしれないのに、従った」
ずっと、あの時の感情が言語化できなかった。
「俺は……アルマ、お前と向き合ってなかった。向き合いたくなかったんだ……勇者に憧れるお前に。……俺、ついこの前まで自分の事を偽の勇者だと思ってたんだ。実際、お前といた頃は聖剣の力なんて全然使いこなせてない……聖剣にも向き合ってなかった臆病な野郎だった」
「……」
「勇者に憧れるアルマに、いつか本当の俺がバレたらって……心の奥底で思ってた。だからお前を追放する命令が出て……従ってしまった」
「……」
「俺、本当の勇者になったよ。割と強くなったし、聖剣と心を通わせられた。だからなんとなく分かったんだ……勇者ってのがなんなのか。初代勇者がどんな人だったのかは分からないけど」
勇者とは何か。勇気ある者と言えば、そうだ。だけど初代勇者から想いを継承した俺達勇者の『勇者』は意味合いが捻じ曲げられている気がする。
「勇者は……パーツだ。舞台装置だ。魔王と同じく……この世界を弄ぶクソ野郎を楽しませるためのピエロだ。人々を救う英雄とか、全ての期待を一身に背負う者だとか、それ以前に……運命の操り人形なんだよ」
今の俺は、これが答えだと思ってしまっている。
「夢の無い答えですね」
「ごめんな。……でも、もしかしたらそのクソ野郎をギャフンと言わせられる可能性を秘めている存在かもしれない。──────今後の俺達の頑張り次第だけどな」
アルマの姿を見て、マジストロイの災害を滅する意思に納得が行った。アレは……ダメだ。本当にダメなやつだ。この世界の病であり、あらゆる争いの理由。
「でもね、ロクトさん」
「……あぁ」
「僕は勇者に憧れたんじゃなくて、貴方に憧れたんですよ」
「─────え」
無の表情が……微笑みに変わる。
「最初こそはそうでした、勇者に憧れていました。でも……いつもおちゃらけているようでしっかり人の事を見ている所とか、物凄い善人とは言えないけどハッキリと自分の価値観と行動基準を持っていて……皆んなを笑顔にしてくれる、そんなロクトさんみたいになりたいって思うようになったんです」
「そんな……でも、俺はお前を追放して……!」
「命令だったんでしょ?」
「……信じるのかよ、嘘かもしれないんだぞ」
「僕は信じたい事を信じますよ。貴方の事も──────」
アルマが肩に置いて俺の手に触れ──────
「流浪者の言葉も」
その瞬間、アルマの魔力が増幅した。
「─────アルマ?」
視界の左端。マジストロイが俺に手を伸ばすのが見える。
アルマの後ろ。次元の亀裂が大量に開き────見覚えのある獣人やエルフが現れる。死んだはずのアルマのパーティメンバー……死んだような目と、無理矢理繋げられたような手足の切れ目がある。
視界の右端。上の方から魔女っ子が高速で接近してくるのが見える。
(─────ロクト殿、下だ!!)
そして念話に従い、俯いた先の下方─────俺達の足場となっていたはずの青い腕が、無理矢理次元の穴を閉じられる事によって帰っていく。
そしてさらに下─────俺のすぐ真下にある、次元の穴。
「ごめんなさい、ロクトさん」
虚な瞳は、確かに涙を流して───────。
闇も光もない世界。
俺は落下する。
「……」
アルマが開いた次元空間は、ルタインの次元空間とは雰囲気が違う。
多分、俺が聖剣の魔力を使って開いた……【コネクション】と同じ次元空間だ。
「……」
救えなかった。加えて、これから救うとしてどう救えば良いのか分からない。
「……」
アルマは俺を許してくれたのだろうか。その上でアルマの仲間……あの死霊のような姿になった彼女達のために俺達を殺すのか。
「……」
いや、もう許してもらわなくていい。だから……あいつに罪人になってほしくない。もし本当にアルマが魔王の器なら、最悪の場合……マジストロイを殺してあいつが魔王に……。
「……」
馬鹿げてる考え。そんな事があるわけないと思いたい、けど─────俺がボロボロにしてしまった、今の消耗したマジストロイなら…………あぁ、クソったれ。
「ふざけやがって」
主に、俺への言葉。
「俺が開いたのは特別な次元空間じゃなかったのかよ」
青い腕のところの穴を無理矢理閉じたのも、おそらくアルマの仕業だろう。……アルマも特別な次元空間に干渉できるって事か。
……なら、魔王の器ってのにも納得出来る。
「……諦めたくなかった」
握った手は離さず、岩の聖剣は俺と共に落下している。
「もう一回穴を開けたとして、俺に何が出来るんだ」
メインウェポンがオリハルコンの腕だから……穴を閉じられちゃあ終わりだ。
「……はぁ」
世界一情けないため息を出す事しかできない。
「……」
目を閉じる。
このまま、いつか床が俺を肉塊にするまで──────────闇に溺れる。
「『風よ。天の恵よ。今、魔の力を以って現界せん────【風召】』……っと!」
──────それは、久しぶりに聞く魔法の詠唱。しかも聖剣の恩恵を手にする前の俺でさえ短縮詠唱できるような初級中の初級風魔法の詠唱だ。
「っ……!」
俺を風が押し上げ、そして……堅くゴツゴツした床に背中から着地。
「やぁ」
俺は、俺を助けたであろう存在を見るために瞼を開ける。
────が、そこにいたのは……この次元空間に来る前に俺の武器となってくれた、剛腕の主だった。
この空間内にいるとは思っていた。でもまた助けてくれるなんて……。
「デッカ……全身オリハルコンじゃねえか……!」
俺の身長の10倍……それ以上あるかもしれない巨人の、六つの内の一つの掌の上に俺は座っている。
「ってかお前喋れたんだな……。さっきも今も、ありがとな、助けてくれて……」
「あー違う違う!今助けたのは私だから!」
「……え」
よく見れば、巨人の肩に座っている…………魔族がいる。マジストロイのそれとは異なる、弱々しい一本の角が後ろ向きに生えている。そして高貴そうな黒い礼服に身を包む、薄緑の三つ編みの────
……こいつ、『どっち』だ?
「こんにちは、未来の友よ。突如現れたのも、助けられたのも君の方だ。つまり君から自己紹介と……うん、今の『あっち側』の状況説明をしていただきたい。私達は『あっち側』にあるモノを殴る事は出来ても、見る事とかは許されないようだからね」
とりあえず、顔は可愛い。美人系というよりは可憐系だ。で、声がこれまたどっちとも言えないライン。そんで胸が無い。でも一人称は私。身長は高め……。
これ男か!?女か!?どっちだ!?
「君が話し終えたら、私と『こいつ』と『この場所』の事を話そう。もし既に知っているのなら……ふふ。未来の友よ、君が多分気になっているであろう私が『どっち』なのか教えてあげる」
「バレてんのかよ」
「そりゃあね。会った人みんな同じ反応するもん。……でも、この空間では初めての『生きている』来客だ。楽しいお喋りにしようじゃないか」
その男……いや女……あー、その人は!長い杖を俺に向けて綺麗な笑顔を見せた。
「君と、今の外の状況を……一言で表してくれ」
「は?一言?」
「うん。面白くない話なら長々と聞くつもりはないからね。一言だけ聞いて興味が無ければ追い返す。本来……ここに生者は居てはいけないんだ」
じゃあ今普通に話してるお前はなんなんだよと言いたいところだが、俺が話し終わってからじゃないとこいつは言わないようだからな。
……一言で。こいつの気を引ける感じで。キャッチーなフレーズも入れちゃって?危機的状況であるはずなのにふざけた感じも出しちゃって?……いや待て、この言葉は通じるか?いや、少なくとも人間界では普通に使われてるし……いけるな。
こういうのは得意だ、ふざける事で個性を出してきた俺だからな─────!
「では……あんたのお力添えをいただきたいって事で……」
小さく咳払いをし、俺は言った。
「勇者の俺が追放したテイマーがチート能力を手に入れてハーレム状態なんだがこれってもう遅い?」
ーーーーーーーーーー
『災害』はメンバーが異なっている時期、時代がありますがそれは初代勇者の影響です。基本的に上限は7体で、初代勇者が存命中は3体まで減らす事が出来ていました。流浪者、傍観者、宣告者、反逆者は古くからずっと存在し続けていますが、来訪者、捕食者はそれらに比べて新しめなので、消滅させられる可能性はあるかもしれません。統率者に関しては代々の魔王を打ち倒す事は出来ても、死んでいるはずの初代魔王の意志が働き続けている事から完全な討伐はほぼ不可能と推測されています。
赤刃山脈 小屋
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「師匠」
「……」
「気は確かですか?何故、何故頑なに助けに行こうとしないのですか」
「私の役割ではない。そもそも助けなど必要無い。ほら、立派な理由があるぞ」
「サヴェル君の近くに。災害がいるんです。……怒りますよ、そろそろ」
頬杖をついたまま、ルタインはようやく映像からテラに視線を移した。
「逆に、だ。今の彼らの興味の対象はサヴェルでは無いと言うのに、私が現れれば彼らの思考にサヴェルの存在をよぎらせる事になる。ここはロクトに任せようではないか」
「あの勇者すら助けないと?随分と気に入っていたように見えましたが」
「私は『災害』については研究し尽くした……彼らは、というかリーダーである『流浪者』はただ単純に楽しみたいがために動いている。ここでロクトを殺すはずがない……まぁ、必要に応じて助言もするつもりだ。ロクトに渡したモノの使い道もまだ伝えていない事だしな……」
「…………そこまで言うのなら、そうなのでしょうね」
大賢者。ただ賢いだけと言うよりかは、あらゆる事を知り尽くしているようなその態度を、テラは幼少期から見てきた。そんなルタインが確信して居座っているのなら彼女は同じように見ている事しか出来ない。
下手に現地に向かおうとすれば彼に止められる可能性すらある。
「さて……人望無し魔王が撒いた種の後始末、岩の勇者と血の魔王が果たせるか─────」
ー ー ー ー ー ー ー
「ア、アルマ──────」
視界が揺らぎそうになる。足がふらつきそうになる。気が動転しそうになる。……全部抑えて、俺は一歩を踏み出す。
「どうして……アルマ……!」
「待て!落ち着け……あの者の様子は異常だ。関係のある人物だとしても近付くのは危険すぎる」
「っ……」
分かっている。
災害の『助っ人』な時点で百点満点のヤバい奴なのはそうだが、俺が知っているアルマのする顔じゃない。
「なんでお前らがアルマを……連れて……何をしたんだよ。何をしたんだッ!!」
「(この子の仲間全員殺して言う事聞けば蘇生させてあげるよって言った)」
「…………は?」
「(だから、この子の仲間全員殺して言う事聞けば蘇生させてあげるよって言ったの。聞こえなかった?)」
あの獣人の姉妹や、エルフや鳥の子を?
「お前、は……ッ、ふざけるなよ……!!」
……ダメだ。身体がボロボロの俺とマジストロイで暴れても死ぬだけって分かってるはずなのに。
善性の塊みたいなアルマをそんな目に合わせた奴らを前に……我慢するのは苦痛でしかない。
「(じゃあマジストロイ君、僕たちは高みの見物したいからもう行くね。あとはこのアルマ君に任せて休んでなよ!バイバイ、またね)」
【あぁ、また会おう】
《……拙は離れた場所で見ている。見ているぞ、ロクト・マイニングよ。いやしかし、他の者からも祈りの気配がして─────》
アルマ一人を残して、次元の裂け目は修復された。
そして─────上空に気配。
「……『傍観者』か」
大量の目が俺達を睨んでいた。遠くだから直視しても安全ではあるが、いつ近づいてくるか不安だ。
……立て続けに災害が来すぎてあんまし驚かなくなってるけど立派な感覚麻痺だ。
「よくぞ我慢してくれた」
「あぁ……そこまで聞き分け悪いのが許される歳じゃねえしな」
「……ロクト。一つこの者について────あ、ロクトって呼んで良かった……?」
「え、良いけど」
「あ、良かっ……うむ。……この者について余から言うべき事があるのだ」
「……おう、言ってくれ」
「気のせいとは言い切れないほどに──────余と同じ魔王の器の気配を感じる」
……過去の記憶から『魔王の器』という言葉の意味をもう一度思い出す。魔王の集合意識から楔の聖剣のところに生まれる、新たな魔王になれる存在……だったよな?
「いや、んなわけないだろ!?だってアルマは人間……」
「あぁ。だから余も困惑している……ロクトよ。この者は─────」
白い額に汗を垂らしながら、マジストロイは言った。
「─────魔王のような能力を有しているか?」
「……」
不遇職と呼ばれるテイマー。俺はアルマというテイマーを通して、その情報が間違いであると気付けた。強さを他人が実感しにくいだけで、引くほど有能な天職だと。
だがそれが─────アルマ固有の能力だとしたら?テイマーは本当に不遇職で、アルマがおかしかっただけ……だとしたら?
あぁ。今思えばその方が『自然』だ。テイマーという天職を持つ者は今までに大勢いたはず。それなのにここまで開拓されなかっただけって方がおかしい。アルマがテイマーの才能があるとかいうレベルじゃない。
それに、魔物を『統率』するという力はあまりにも───────。
「魔物を……使役出来る。テイマーって天職は知ってるだろ?」
「あぁ」
「俺はそれしか知らない。……でも、俺のパーティを離れてから途端に強くなった。非戦闘要員だったのにワイバーン数体を一瞬で葬った。……テイムしたバカデカい鳥の力で」
「……だが、この者自身の魔力量も相当なモノだぞ」
「でもよ、そもそもこいつは人間だぞ?何がどうしたら魔王の器に─────」
「ロクトさん」
────声が聞こえた。
完話の通じない状態になっていたと思い込んでいた俺は完全に不意を突かれた。
「僕、魔族の女の人に会って、その時から変なスキルなんですかね、魔法なんですかね。よく分からない力が発現したんです。テイムした仲間の力を使えたり、その分全体的に強くなったり……」
「なッ……まさか──────」
「そ、そうだったのか!っ、その、アルマ。お前はもう流浪者の言葉を信じちまってるんだろうけど、さ……」
俺はアルマの肩をグッと掴む。
────『仲間を殺して言いなりになれば蘇生してやる』という言葉を聞かされたアルマと、『仲間を殺して言いなりになれば蘇生してやると言った』と聞かされた俺。だから流浪者が大嘘を吐いてアルマを騙していると俺は認識出来る。
「蘇生魔法なんて無いんだよ……ルタインの野郎だって多分出来ない。無理なんだよ……!」
「ロクトさん」
「どうにかして……クソ、もう一度流浪者に会って『あれは嘘だ』って言わせるしかないのか……?」
「ロクトさん……どうして僕を追放したんですか?」
「……え」
虚な瞳が少しだけ、生気を取り戻したような気がした。
「やっぱり僕には、あの時のロクトさんの言葉が嘘だったようにしか思えない」
「……俺、は─────。…………あぁ。あれは嘘だ」
もはやグラマスの言葉なんてどうでも良い。
「グランドギルドマスターの指示で……お前は俺達のパーティで燻ってるような人材じゃないって言われてな。戻ってこないように出来るだけ手酷く追放するようにって」
「……そうだったんですね」
「……でも、今思えば……俺はそれに従ったんだ。拒否する事だって出来たかもしれないのに、従った」
ずっと、あの時の感情が言語化できなかった。
「俺は……アルマ、お前と向き合ってなかった。向き合いたくなかったんだ……勇者に憧れるお前に。……俺、ついこの前まで自分の事を偽の勇者だと思ってたんだ。実際、お前といた頃は聖剣の力なんて全然使いこなせてない……聖剣にも向き合ってなかった臆病な野郎だった」
「……」
「勇者に憧れるアルマに、いつか本当の俺がバレたらって……心の奥底で思ってた。だからお前を追放する命令が出て……従ってしまった」
「……」
「俺、本当の勇者になったよ。割と強くなったし、聖剣と心を通わせられた。だからなんとなく分かったんだ……勇者ってのがなんなのか。初代勇者がどんな人だったのかは分からないけど」
勇者とは何か。勇気ある者と言えば、そうだ。だけど初代勇者から想いを継承した俺達勇者の『勇者』は意味合いが捻じ曲げられている気がする。
「勇者は……パーツだ。舞台装置だ。魔王と同じく……この世界を弄ぶクソ野郎を楽しませるためのピエロだ。人々を救う英雄とか、全ての期待を一身に背負う者だとか、それ以前に……運命の操り人形なんだよ」
今の俺は、これが答えだと思ってしまっている。
「夢の無い答えですね」
「ごめんな。……でも、もしかしたらそのクソ野郎をギャフンと言わせられる可能性を秘めている存在かもしれない。──────今後の俺達の頑張り次第だけどな」
アルマの姿を見て、マジストロイの災害を滅する意思に納得が行った。アレは……ダメだ。本当にダメなやつだ。この世界の病であり、あらゆる争いの理由。
「でもね、ロクトさん」
「……あぁ」
「僕は勇者に憧れたんじゃなくて、貴方に憧れたんですよ」
「─────え」
無の表情が……微笑みに変わる。
「最初こそはそうでした、勇者に憧れていました。でも……いつもおちゃらけているようでしっかり人の事を見ている所とか、物凄い善人とは言えないけどハッキリと自分の価値観と行動基準を持っていて……皆んなを笑顔にしてくれる、そんなロクトさんみたいになりたいって思うようになったんです」
「そんな……でも、俺はお前を追放して……!」
「命令だったんでしょ?」
「……信じるのかよ、嘘かもしれないんだぞ」
「僕は信じたい事を信じますよ。貴方の事も──────」
アルマが肩に置いて俺の手に触れ──────
「流浪者の言葉も」
その瞬間、アルマの魔力が増幅した。
「─────アルマ?」
視界の左端。マジストロイが俺に手を伸ばすのが見える。
アルマの後ろ。次元の亀裂が大量に開き────見覚えのある獣人やエルフが現れる。死んだはずのアルマのパーティメンバー……死んだような目と、無理矢理繋げられたような手足の切れ目がある。
視界の右端。上の方から魔女っ子が高速で接近してくるのが見える。
(─────ロクト殿、下だ!!)
そして念話に従い、俯いた先の下方─────俺達の足場となっていたはずの青い腕が、無理矢理次元の穴を閉じられる事によって帰っていく。
そしてさらに下─────俺のすぐ真下にある、次元の穴。
「ごめんなさい、ロクトさん」
虚な瞳は、確かに涙を流して───────。
闇も光もない世界。
俺は落下する。
「……」
アルマが開いた次元空間は、ルタインの次元空間とは雰囲気が違う。
多分、俺が聖剣の魔力を使って開いた……【コネクション】と同じ次元空間だ。
「……」
救えなかった。加えて、これから救うとしてどう救えば良いのか分からない。
「……」
アルマは俺を許してくれたのだろうか。その上でアルマの仲間……あの死霊のような姿になった彼女達のために俺達を殺すのか。
「……」
いや、もう許してもらわなくていい。だから……あいつに罪人になってほしくない。もし本当にアルマが魔王の器なら、最悪の場合……マジストロイを殺してあいつが魔王に……。
「……」
馬鹿げてる考え。そんな事があるわけないと思いたい、けど─────俺がボロボロにしてしまった、今の消耗したマジストロイなら…………あぁ、クソったれ。
「ふざけやがって」
主に、俺への言葉。
「俺が開いたのは特別な次元空間じゃなかったのかよ」
青い腕のところの穴を無理矢理閉じたのも、おそらくアルマの仕業だろう。……アルマも特別な次元空間に干渉できるって事か。
……なら、魔王の器ってのにも納得出来る。
「……諦めたくなかった」
握った手は離さず、岩の聖剣は俺と共に落下している。
「もう一回穴を開けたとして、俺に何が出来るんだ」
メインウェポンがオリハルコンの腕だから……穴を閉じられちゃあ終わりだ。
「……はぁ」
世界一情けないため息を出す事しかできない。
「……」
目を閉じる。
このまま、いつか床が俺を肉塊にするまで──────────闇に溺れる。
「『風よ。天の恵よ。今、魔の力を以って現界せん────【風召】』……っと!」
──────それは、久しぶりに聞く魔法の詠唱。しかも聖剣の恩恵を手にする前の俺でさえ短縮詠唱できるような初級中の初級風魔法の詠唱だ。
「っ……!」
俺を風が押し上げ、そして……堅くゴツゴツした床に背中から着地。
「やぁ」
俺は、俺を助けたであろう存在を見るために瞼を開ける。
────が、そこにいたのは……この次元空間に来る前に俺の武器となってくれた、剛腕の主だった。
この空間内にいるとは思っていた。でもまた助けてくれるなんて……。
「デッカ……全身オリハルコンじゃねえか……!」
俺の身長の10倍……それ以上あるかもしれない巨人の、六つの内の一つの掌の上に俺は座っている。
「ってかお前喋れたんだな……。さっきも今も、ありがとな、助けてくれて……」
「あー違う違う!今助けたのは私だから!」
「……え」
よく見れば、巨人の肩に座っている…………魔族がいる。マジストロイのそれとは異なる、弱々しい一本の角が後ろ向きに生えている。そして高貴そうな黒い礼服に身を包む、薄緑の三つ編みの────
……こいつ、『どっち』だ?
「こんにちは、未来の友よ。突如現れたのも、助けられたのも君の方だ。つまり君から自己紹介と……うん、今の『あっち側』の状況説明をしていただきたい。私達は『あっち側』にあるモノを殴る事は出来ても、見る事とかは許されないようだからね」
とりあえず、顔は可愛い。美人系というよりは可憐系だ。で、声がこれまたどっちとも言えないライン。そんで胸が無い。でも一人称は私。身長は高め……。
これ男か!?女か!?どっちだ!?
「君が話し終えたら、私と『こいつ』と『この場所』の事を話そう。もし既に知っているのなら……ふふ。未来の友よ、君が多分気になっているであろう私が『どっち』なのか教えてあげる」
「バレてんのかよ」
「そりゃあね。会った人みんな同じ反応するもん。……でも、この空間では初めての『生きている』来客だ。楽しいお喋りにしようじゃないか」
その男……いや女……あー、その人は!長い杖を俺に向けて綺麗な笑顔を見せた。
「君と、今の外の状況を……一言で表してくれ」
「は?一言?」
「うん。面白くない話なら長々と聞くつもりはないからね。一言だけ聞いて興味が無ければ追い返す。本来……ここに生者は居てはいけないんだ」
じゃあ今普通に話してるお前はなんなんだよと言いたいところだが、俺が話し終わってからじゃないとこいつは言わないようだからな。
……一言で。こいつの気を引ける感じで。キャッチーなフレーズも入れちゃって?危機的状況であるはずなのにふざけた感じも出しちゃって?……いや待て、この言葉は通じるか?いや、少なくとも人間界では普通に使われてるし……いけるな。
こういうのは得意だ、ふざける事で個性を出してきた俺だからな─────!
「では……あんたのお力添えをいただきたいって事で……」
小さく咳払いをし、俺は言った。
「勇者の俺が追放したテイマーがチート能力を手に入れてハーレム状態なんだがこれってもう遅い?」
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『災害』はメンバーが異なっている時期、時代がありますがそれは初代勇者の影響です。基本的に上限は7体で、初代勇者が存命中は3体まで減らす事が出来ていました。流浪者、傍観者、宣告者、反逆者は古くからずっと存在し続けていますが、来訪者、捕食者はそれらに比べて新しめなので、消滅させられる可能性はあるかもしれません。統率者に関しては代々の魔王を打ち倒す事は出来ても、死んでいるはずの初代魔王の意志が働き続けている事から完全な討伐はほぼ不可能と推測されています。
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※小説家になろうにも掲載しています。
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
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それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
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この作品は小説家になろうに投稿されている作品の重複投稿になります
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