どうせ俺はNPCだから

枕崎 純之助

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第三章 絶海の孤島

第3話 海上飛行

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 崩れ去ったとりでを後にしてから2時間ほどが経過していた。
 海上を飛び続ける俺とティナは海風にあおられながらも順調に進み続けている。 
 すでに後方には陸地も見えなくなり、周囲を見渡す限り空と雲と海しかない。
 飛び始めた頃は景色を楽しんでいたティナも単調な光景にきてきたのか、しきりに俺に話しかけてくる。

「見て下さい。バレットさん。残り11人です」

 そう言って見せてきたのは、ティナが持つ不正プログラムの保持者リストだ。
 全部で12名がっているそのリストは天使の目にしか映らないセントグリフという秘匿ひとく文字で記されていて、俺にはまったく読むことは出来ない。
 だが12行の名簿めいぼのうち、真ん中辺りの1名分だけ他の白字と異なり、桃色の文字で表示されている。

「その色違いはもしかしてディエゴの分か?」

 俺の問いにティナは誇らしげに微笑んだ。

「はい。正常化済みの人は私の髪の毛の色と同じ桃色の文字で表示される仕様になっています。この桃色を今後も増やしていきますよ」

 そう言うティナは嬉しそうにそのリストを見つめていやがる。
 まったくノンキな小娘だ。
 それにしてもあのディエゴのようなイカれた野郎がまだ11人もいやがるのか。
 俺には関係ねえが、考えただけでウンザリするぜ。

「しかし、たった1人取り締まるのに随分ずいぶん手間暇てまひまかかってんじゃねえか。今後もおまえ1人で気長にやろうってのか? 悠長ゆうちょうな話だ」

 そう皮肉を言う俺だが、ティナは何やらパッと顔を明るくしてこちらを見る。

「え? もしかして今後も手伝ってくれるんですか? バレットさん」
「冗談言うな。アホ」
「アホって言わないで下さいよ。もう!」
「それにしても、効率を考えればおまえと同じ修復術を使える奴を12人用意したほうが早いんじゃねえか? 手分けしてリスト内の不正者を取り締まればすぐに終わるだろう」

 もちろんティナの能力が稀有けうなものであることは分かるが、1人に与えられた能力を2人以上に与えることは出来ないということはないはずだ。
 だが、俺の言葉にティナは首を横に振る。

「万が一、私が不正プログラムの保有者に捕らえられてこの修復術を解析されてしまえば、修復術に対する抗体を持つ不正プログラムが生まれてしまうかもしれません。そういうリスクがある以上、修復術の使用者を安易に増やすのは危険なんです。12名もいたら誰かが敵に捕らえられてしまう恐れが増しますから」

 ウイルスを倒すワクチンの情報を敵に知られれば、敵側もワクチンに対して抵抗力を持つウイルスを新たに生成するかもしれないってことか。
 イタチごっこだな。

「だが、おまえ1人が捕らえられたとしても同じことだろ」
「それはそうなんですけど……いえ、私は平気です。いざとなれば高潔なる魂ノーブル・ソウルを放って……」
「それでこの前のように暴走してりゃ世話ねえな」
「もう。それは言わないで下さい」

 俺の言葉にティナは苦虫をつぶしたような顔になる。
 ふとティナのその顔を見て、俺は何か頭の中に引っかかるものを感じた。
 天国の丘ヘヴンズ・ヒルはティナがとらわれの身になり、正常化ノーマリゼイションのプログラムが流出する危険性を考えなかったんだろうか。
 そんな馬鹿な話はないだろう。
 だが、頭に引っかかっていることの正体が分からず、俺は早々にそれをあきらめた。
 
「ま、俺には関係ねえ話だな」
「私の使命にバレットさんが興味を持ってくれたのかと思ったのに」
「アホ抜かせ。俺が興味あるのは俺が強くなることだけだ」
「どれだけ自分大好きなんですか。まったく……ただ、私の話に興味がないとしても、情報として知っておいたほうがいいことはありますよ。バレットさんも今後、またいつどこでディエゴのような不正プログラムの保有者と遭遇そうぐうするか分かりませんから」

 そう言うとティナは一転して神妙な面持おももちで俺に不正プログラム保有者のリストを見せる。
 俺には読めないセントグリフが並ぶリストをティナは指差した。

「これは12名分の名簿めいぼですが、全員の名前が判明しているわけではないんです」
「どういうことだ? それならここに並ぶ12列のセントグリフは何を表しているんだ?」
「この中のいくつかは名称不明を表しているのです。凍結拘束中の堕天使キャメロンから抜き取ったログ情報によれば、彼がバラまいた不正プログラムは全部で12種類。そしてその受け渡し方法は様々だったようです。キャメロンが選出した候補者に面と向かって手渡した場合もありますし、背中からいきなり不意打ちで感染させたケースもあるようで、中には自分が感染したことに気付いていない人もいるかと思います」

 感染に気付いていない?
 そんなことあるのか?
 俺の表情から言いたいことを読み取ったティナは話を続ける。

「そういう人達は潜伏せんぷく期間が続いているため発症していないのでしょう。だから気付かないのだと思います。そしてそういう人たちはこのリストの中では無記名者として名前が記載されていません」

 なるほどな。
 そういうことか。

「このリスト作成時に発症していない者までは把握はあくできていないってことか。キャメロンのログには残っていなかったのか?」
「ええ。どういうわけか分かりませんが」

 話を聞く限りだとキャメロンとかいう堕天使だてんしは相当に小狡こずるい奴のようだから、自分が捕らえられた後のことも考え、何か小細工こざいくしたのかもしれねえな。

「それにしても潜伏せんぷく期間か。そんな状態にある奴をこの地獄の谷ヘル・バレーの中から見つけ出すのは不可能だろ」

 そんなもん森に落ちた小枝を探すようなもんだ。

「ええ。普通に考えれば。ですが……そうした無記名者の存在を把握はあくしているかもしれない人物が1人だけいるのです。その人物は自分自身も不正プログラムの保有者としてこのリストにっています」
「そいつを捕まえて吐かせりゃいいわけか」
「はい。私は元々その人を探してこの地にやってきました。上級悪魔のディエゴを追うことになったのは偶然バレットさんと出会ったからだったんです」

 まあ、ディエゴは元々この辺境にいたわけじゃねえからな。
 ティナからしてみりゃディエゴの足跡を見つけたのは大きな行き掛けの駄賃だちんだったってわけだ。

「その探している人物ってのはどんな悪魔なんだ? 上級種なんだろ?」

 俺の言葉にティナはふいに苦々しく表情をゆがめる。
 何だ?
 ティナは自らのメイン・システムを操作し、顔の前に浮かぶリスト画像を別の写真に切り替えた。
 そこに写っているのは鋭い目付きの男だった。
 俺はもちろんその男の顔を見るのも初めてだったが、驚きに思わず目を見張った。

「こいつは……」

 その男の頭の上には2つ連なった光の輪が浮かんでいる。
 こいつ、天使じゃねえか。
 ティナは浮かない表情でその画像を見つめて言った。

「ご覧の通り、我らが同胞です。まったくもって残念な限りですが。彼は上級天使グリフィン。私が探している不正プログラム保有者の1人です」

 天使が……あの名簿めいぼにその名を連ねていやがるとは。
 さすがに面食らったぜ。
 俺はてっきり不正プログラムの保有者は全員悪魔だとばかり思い込んでいた。

「こいつはおまえの知り合いか?」
「いいえ。面識はありません。私はまだ生まれて数年のNPCですし、彼は古参で、職務上の理由からほとんど天国の丘ヘヴンズ・ヒルには滞在していませんでしたから」

 そいつの名は上級天使グリフィン。
 ティナの話によればこいつは潜入捜査を主な任務とする工作員で、常にこの地獄の谷ヘル・バレーに潜入し、悪魔たちの動向を探っては天国の丘ヘヴンズ・ヒルに報告を上げていたらしい。
 なるほど。
 天使長の側付きだったティナとは接点がねえだろうな。

「堕天使キャメロンのログにグリフィン氏との接触の形跡が残されていました。そしてグリフィン氏はキャメロンが天樹の塔を攻める少し前から音信不通となり、今も連絡が途絶えたままなのです」
 
 それから天国の丘ヘヴンズ・ヒルは一度、捜索隊を組んでこの地獄の谷ヘル・バレーへと派遣したのだが、捜索隊はグリフィンを発見したとのしらせだけを残し、忽然こつぜんと姿を消してしまったという。

「5名の少数精鋭部隊でしたが、コンティニューにもならず、戻って来ませんでした」
「生死不明で行方不明か」

 どう考えてもそのグリフィンって奴が不正プログラムを用いて捜索隊を排除したとしか思えねえが……。

「グリフィンとやらは、そのリストに名前をせるに足る確たる証拠があったってことか」

 俺の問いにティナはうなづいた。

「潜入捜査官であるグリフィン氏が適正に任務を遂行しているか監視する役割の妖精がいるのですが、その妖精が記録した映像があります。そこには不正プログラムを用いてフィールド上にわなを張るグリフィン氏の姿が克明こくめいに映されていました。おそらくはそのわなに捜索隊をおとしいれたのではないかと。途中で監視妖精が機能しなくなり、その場面までは記録されていませんでしたが」

 そういうことか。
 どちらにせよグリフィンが不正に手を染めたことは間違いない。
 ティナは胸中の忸怩じくじたる思いをその顔ににじませて話を進める。

「実はグリフィン氏が最後に担当していた潜入捜査が、この不正プログラムの感染者を特定する任務だったんです」
「こいつは不正を取り締まる側だったってことか。おまえと同業者じゃねえか」
「はい。このリストで現在名前が判明しているのはグリフィン氏が発見し、特定した不正者たちなんです」
「そのリストはグリフィンが作ったもんだったのか。で、皮肉にもグリフィン自身が自分の名を連ねることになっちまったと」

 ミイラ取りがミイラになったわけか。
 俺の言葉にティナは冴えない顔でうなづいた。

「グリフィン氏は単身での潜入捜査官ですから、もちろん戦闘能力にけています。でも彼の任務に求められるのは戦闘に勝利することではなく、戦闘が起きる前に回避することなんです。そのため隠密おんみつ行動に特化した能力を持っています。だから彼は簡単には見つけられないでしょう。そしてもっとも恐ろしいのは彼の分析能力です」

 そう言うとティナは画像を切り替える。
 写真が別のものに変わり、グリフィンが科学者のような白衣を身にまとった姿が写し出された。

「何だこりゃ?」
天国の丘ヘヴンズ・ヒルにはグリフィン氏のような潜入捜査官が他にもいましたが、今回の不正プログラム問題に彼が任命されたのは、その分析能力の高さが要因です。グリフィン氏は潜入捜査官になる前は天樹の塔でバグの研究解析を行う分析官だったんです」

 天使どもは俺たち悪魔に比べて組織としての在り様が強固かつ細分化されている。
 分析官なんて身分の奴はこの地獄の谷ヘル・バレーには1人もいない。
 悪魔同士が争うこの国は天国の丘ヘヴンズ・ヒルに比べてはるかにまとまりが悪い。
 魔王ドレイクが死んで以来、天使長イザベラのような強烈なカリスマ性を持つまとめ役がいなかったからな。

「グリフィンって奴は適任だったってわけか。で、そいつは修復術については知識があったのか?」
「いえ。グリフィン氏が分析官だった頃はまだ修復術は開発中でしたから、その存在は知っていても修復術の詳細なプログラムまでは知らないはずです」

 もしそんな分析を特技とするグリフィンが修復術についての詳細を把握はあくしたらマズイことになるだろうよ。
 その場合、当然のように修復術への対抗策を用意するだろうからな。

「たとえば今おまえがグリフィンに捕まってその修復術のプログラムを解析されたら、天国の丘ヘヴンズ・ヒルは追い詰められることになるな」

 その話にティナは神妙な顔で同意する。

「ええ。そうなります。ですからいたずらに不正取締の人員を増員するわけにはいかないんです。大勢いれば誰かしらグリフィン氏に捕まってしまい、修復術の解析をされてしまいますから」

 そう言うとティナは神妙な顔で俺を見つめた。
 
「バレットさん。今後もし不正プログラムの保有者に会うことがあれば十分に注意して下さい。特にこのグリフィン氏の顔をお忘れなく」
「ああ。覚えておくぜ……っと。見えてきたぞ」

 四方を見渡しても海ばかりというのは方向感覚がつかみにくくなるもんだが、太陽の位置を頼りに進み続ける俺たちの前方にうっすらと島らしき影が見えてきた。

「あれがフーシェ島ですね」

 あの距離ならあと一時間ってところか。
 ティナは嬉しそうに翼を広げて空中を軽やかに舞っていやがる。

「これでようやく私もバレットさんの首輪を解除して差し上げられます。よかったです」
「おまえ。それ本心で言ってんのか? 疑わしいな」
「本心ですって! 約束をなかなか果たせなくて私だって心苦しかったんですから」

 ハッ。
 どうだかな。
 人の本心なんざ誰にも分かりゃ……ハッ!
 俺はそこでピリッと肌を刺す殺気を感じて声を上げた。

「ティナ!」

 ふいに海面からいくつもの黒い棒状の物体が飛び出してきて俺たちを襲う。
 俺は咄嗟とっさにそれを手や足で払い落としたが、ティナの奴が悲鳴を上げた。

「きゃあっ!」

 見ると、海中から飛び出してきた棒状の物体がティナの片翼に突き刺さっていた。
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