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第三章 絶海の孤島
第10話 別れの日
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「この調査隊を預かるマーカスと申します。悪魔バレット殿。この度は我が同胞ティナをお守り下さり感謝いたします」
マーカスと名乗る天使の男は堅苦しい口調でそう言う間も、油断なく俺の挙動を見据えていた。
水平線から顔を出した朝日に眩しく照らし出されるフーシェ島にやって来たのは、全部で10名の天使だった。
そのうちマーカスという長い黒髪の男だけが、頭の上に光の輪を二重に浮かべる上級天使だった。
マーカスの後ろに一列で控えているその他は全員、下級天使だ。
「別に守ったつもりはねえよ。もう事情は知っているんだろうが、ティナにいなくなられると俺が困るんでな。とにかく堅苦しい挨拶はいらねえ。さっそく本題に入ろうぜ」
そう言う俺にマーカスは頷いた。
俺の隣では見習い天使のティナが上司を前にしてかしこまっている。
「初めてお目にかかります。マーカス隊長。見習いのティナと申します。本日はご足労いただきまして、ありがとうございます」
「うむ。任務の遂行、ご苦労だった。容疑者ディエゴの正常化、誠に大義であった」
どうやらこいつらは初対面らしいな。
その後、ティナは何人かの下級天使と親しげに挨拶を交わしていた。
中でも10人のうち唯一の女天使とは互いに抱き合い、再会を喜んでいた。
あの女天使がティナの言っていたミシェルとかいう先輩だな。
そんな天使どもを尻目にマーカスが俺に整然と用件を告げた。
「バレット殿。ティナよりお聞き及びかと存じますが、確かに首輪解除プログラムを持参いたしました。これを今からティナにインストールいたしますので、その後、彼女の施術を受ければ首輪の解除は完了です。ご面倒おかけいたしました」
「まったくだ。てめえらの事情に巻き込まれて散々だったぜ。けどまあ、あの見習いの小娘は未熟なりによくやっていたんじゃねえか。これからはせめて護衛くらいつけてやることだな」
俺の言葉にマーカスはわずかに眉を動かした。
「意外ですね。悪魔の貴殿からそのような言葉をいただくとは。ティナも徳を積んだということですね」
そう言うとマーカスはティナを呼び寄せる。
「ティナ。ではバレット殿の首輪解除プログラムをインストールしますよ」
「は、はい。よろしくお願いいたします」
ティナは緊張の面持ちでマーカスの前に跪く。
そんなティナの頭上の輪にマーカスは手を触れた。
するとプログラムのインストールが開始される。
その間、マーカスはふと顔を上げて俺を見た。
「バレット殿。ティナより聞きましたが、断絶凶刃とかいう刃の呪いにかかっておられるとか。その呪いにつきましても、こちらで刃を解析し、解呪させていただきます。ただ出来ればあなたには色々と話を聞かせていただきたい。メンテナンスも兼ねてご同行いただきたいというのが我々の本音です。あなたほど不正プログラムの事象に数多く触れた方はいませんので」
マーカスは落ち着いた口調でそう言い、俺はそんな奴をじっと見据えた。
「……首輪解除にはそれが条件とか寒い寝言を言うんじゃあるまいな」
「まさか。それはそれです。首輪解除は今すぐ無条件で行います。同胞の恩人であるあなたを無下にするような非礼はいたしません。ただ、もしご協力いただけるのであれば、もちろんそれに見合う報酬は用意させていただきます」
フンッ。
ま、連中が俺から多くを聞きたいというのは当然だろう。
ここ数日、俺は不正プログラムばかりを目の当たりにしてきたからな。
第三者の目から見た事件の詳細を把握しておきたいんだろ。
俺以上にうってつけの人物はいないはずだ。
だが、俺にその気はなかった。
守銭奴のリジーなら飛び付く話だろうが俺は違う。
「断る。報酬の問題じゃねえ。俺はこれ以上このクソッたれな案件に関わる気はねえ。それが俺の望みだ」
そんな俺を見てマーカスは少し残念そうに眉を下げる。
「そうですか。残念ですが仕方ありません。バレット殿は巻き込まれた被害者ですから、そう思われるのも当然でしょう。余計なことを申しました。忘れて下さい」
存外にあっさり引き下がったな。
ま、物分かりが良くて助かるが。
マーカスはそれ以上気にしたふうもなくティナへのインストール作業を終わらせた。
「さて、インストール完了です。ティナ。立ちなさい」
「はい。ありがとうございました」
そう言うとティナは立ち上がり、俺の前に歩み出て銀環杖を振りかざす。
「大変長らくお待たせいたしました。バレットさん。今から首輪を解除します」
それからティナがブツブツと何事か唱え、銀環杖の先端に付いた虹色の宝玉から緑色の光が溢れて俺に降り注ぐ。
ふぅ。
やれやれ。
ようやく首がスッキリする。
この数日間、マジで鬱陶しかったからなあ。
俺はこの首輪をハメられてからの紆余曲折を思い返していた。
色々あったがこれで……ん?
「ガッ……」
俺は突然、首輪が猛烈な勢いで俺の首に食い込むのを感じ、息を詰まらせた。
な、何だこりゃ……。
首輪は緩むどころか強烈な圧力で締め上げてくる、
ど、どうなっていやがる?
「バ、バレットさん?」
俺の異変に気付いたティナは、両目を見開き愕然とした顔で背後にいるマーカスを振り返る。
「マ、マーカス隊長? これは一体どういうことですか?」
動揺して声を震わせるティナとは対照的にマーカスは冷徹な表情で言った。
「容疑者バレットを拘束する」
よ、容疑者だと?
どういうことだ。
俺は怒りのままに目の前のマーカスをぶっ飛ばそうとしたが、首輪の力が働き、全身の力が抜けていく。
そして体中を激しい痛みに苛まれているというのに、俺は首を締め上げられ声を発することも出来ない。
「容疑者とはどういうことですか!」
ティナがそう言って食ってかかるが、マーカスは涼しい顔で俺を指差した。
ふいに首の後ろがズキンと痛む。
今朝から時折、原因不明の痛みが出ていた箇所だ。
だが、痛みは今朝とは比べ物にならないほど強い。
「見ての通りだ」
マーカスの言葉に俺を見たティナの目が大きく見開かれる。
その目には信じられないものを見たといったような驚愕の色が滲んでいた。
な、何だ?
「そ、そんな。バレットさん……どうして?」
震える声でそう言うティナを前に、俺は視線を下げて自分の体を見た。
なっ……。
俺は思わず息をするのも忘れて自分の体に起きた異変を食い入るように見つめた。
俺の胸が、腹が、腕が、足が、指先までもが……バグで揺らいでいる。
こ、これは……不正プログラムだ。
ここ数日ですっかり見慣れたはずのそのバグが、自分自身の体に起きていることを信じられず俺は呆然と立ち尽くす。
こんな馬鹿なことがあってたまるか。
「悪魔バレットは不正プログラム所持の疑いがある。拘束しろ!」
マーカスの声が冷たく響き渡り、驚いていた天使たちが弾かれたように動き出す。
「ま、待って下さい!」
ティナは金切り声を上げると、俺を拘束するための縄を手に駆け寄ってくる天使たちの前に両手を広げて立ちはだかる。
「これは何かの間違いです! バレットさんが不正プログラムを持つはずがないんです! 私、ずっと一緒にいたから分かってるんです!」
天使たちの後方ではミシェルとかいうティナの先輩の女天使がオロオロしながらマーカスに進言している。
「た、隊長。まずはティナの話を聞いてから……」
「話は後でも聞ける。まずはバレットを拘束してからだ」
そう突っぱねるとマーカスはティナの前に歩み寄る。
そんなマーカスに突っかかるようにティナは言い募った。
「マーカス隊長。先ほどインストールして下さったのは首輪解除のプログラムではないのですか? これは一体どういうことか説明して下さい」
「上級職の私が見習いのそなたに作戦の意図を説明する義務はない。ティナ。口を慎みなさい」
「作戦? は、初めからバレットさんを捕らえるつもりだったのですか? 同胞である私を欺いてまで!」
辛辣なティナの言葉にもマーカスの目はまるで揺るがない。
あくまでも冷然とマーカスは告げた。
「ティナ。今、そなたの目は曇っている。相手が悪魔とはいえ苦楽を共にしてきた者に肩入れする気持ちは理解するが、その男は確実に不正プログラムに侵されているぞ。誰よりも不正プログラムを見てきたそなたに分からぬはずがなかろう?」
「ついさっきまでバレットさんには何の異常もなかったんです。一番近くで見ていた私がそれを見逃すはずは……」
「それは単にバレットの体内の不正プログラムが潜伏期間だったというだけの話だろう」
「で、ですが……」
「黙りなさい。ティナ。天使長さまのお志を受け継ぐのではなかったのか? そなたの使命に対する責任感は、天使長様への忠義はその程度なのか?」
「そ、それは……」
ティナは動揺に肩を震わせている。
クソッ!
こいつらぁ。
俺が動けないのをいいことに好き勝手やりやがって。
一体俺の体はどうなっちまったんだ。
ケルやディエゴとやり合った時に感染しちまったのか?
それとも断絶凶刃に刺された時か?
それはまったく分からなかったが、今朝から体調がイマイチだったのは確かだ。
その時、マーカスがティナに対して何事かを囁いた。
その言葉の意味は分からなかったが、その響きは以前に聞いたことがある。
だいぶ以前に天使どもと争った際、奴らが仲間同士で話していたのを。
あれはおそらく天使の使う秘匿言語である聖グリフの口語版だろう。
そのマーカスの言葉を聞いた途端、ティナの肩がビクンと揺れた。
そしてその動きが止まる。
ティナの様子が明らかに変わった。
ティナはギュッと銀環杖を握ると俺を振り返る。
その顔は悲壮感で青ざめ、縮こまった両肩は小刻みに震えている。
こいつ、マーカスに一体何を吹き込まれやがった?
「バレットさん……私、あなたを正常化しなければなりません」
ティナはか細い声でそう言った。
俺はその言葉には驚かなかった。
俺がもし本当に不正プログラムに体を侵されていたのだとしたら、ティナの行動はごく当たり前のことだからだ。
だが、だからと言ってそれを易々と受け入れられるわけがねえ。
正常化された後、俺はどうなる?
ディエゴやケルのように運営本部の独房にブチ込まれるのか?
そして体中を調べ回され、不具合を修正され、記憶を消された上でリリースされるか。
あるいはもう処置の施しようがないとして処分されるか。
いずれにしても自分の命運を他人に100%委ねる状況に俺は陥ることになる。
まったくもって気に食わねえ。
俺は動けず声も発せない状況下でティナを睨みつけた。
ティナは俺の視線を受けて顔を悲しげに歪めた。
「バレットさん……。これは私の使命なのです。不正は正さなければいけないんです。わ、私を恨んで下さって構いません」
涙目でそう言うとティナは銀環杖を頭上に振り上げた。
いつしか耳に馴染んだティナの詠唱が響き渡り、杖の宝玉から青い光が俺に降り注ぐ。
途端に俺の額がチリチリと痛んだ。
俺は自分の身に何が起きているのか即座に理解した。
おそらくディエゴやケル同様に、額に『戒』の文字が浮かび上がっているんだろう。
そんな俺を見てティナは目に涙を浮かべた。
「バレットさん。すみません。でも……あなたを守りたいんです」
守りたい?
何から守るってんだ。
そこでティナの後方から俺に歩み寄ってきたマーカスの手には、真っ白な塗装が施された長槍が握られていた。
「悪魔バレット。今より貴様を浄化する。不正は正さねばならん」
その言葉を言い終わらないうちにマーカスの持つ槍が、動けない俺の胸を一撃で貫いた。
ガッ……クハッ。
それは正確に俺の心臓を貫く一撃で、耐え難い苦痛が俺の全身を震わせた。
俺のライフゲージから見る見るうちにライフが減っていく。
ほどなくして……俺のライフは尽きた。
本来ならゲームオーバーになるはずの俺の視界が赤く染まる。
【Critical Error:You cannot continue.】
紅に染まった視界にその表示が浮かび上がったところで、俺の意識は急速に遠のいていった。
「バレットさん……ご、ごめ……んなさい」
俺が最後に見たのは、呻くようにそう言ってから何かを堪えるように必死に口元を引き結ぶティナの目から、大粒の涙がこぼれ落ちる様子だった。
マーカスと名乗る天使の男は堅苦しい口調でそう言う間も、油断なく俺の挙動を見据えていた。
水平線から顔を出した朝日に眩しく照らし出されるフーシェ島にやって来たのは、全部で10名の天使だった。
そのうちマーカスという長い黒髪の男だけが、頭の上に光の輪を二重に浮かべる上級天使だった。
マーカスの後ろに一列で控えているその他は全員、下級天使だ。
「別に守ったつもりはねえよ。もう事情は知っているんだろうが、ティナにいなくなられると俺が困るんでな。とにかく堅苦しい挨拶はいらねえ。さっそく本題に入ろうぜ」
そう言う俺にマーカスは頷いた。
俺の隣では見習い天使のティナが上司を前にしてかしこまっている。
「初めてお目にかかります。マーカス隊長。見習いのティナと申します。本日はご足労いただきまして、ありがとうございます」
「うむ。任務の遂行、ご苦労だった。容疑者ディエゴの正常化、誠に大義であった」
どうやらこいつらは初対面らしいな。
その後、ティナは何人かの下級天使と親しげに挨拶を交わしていた。
中でも10人のうち唯一の女天使とは互いに抱き合い、再会を喜んでいた。
あの女天使がティナの言っていたミシェルとかいう先輩だな。
そんな天使どもを尻目にマーカスが俺に整然と用件を告げた。
「バレット殿。ティナよりお聞き及びかと存じますが、確かに首輪解除プログラムを持参いたしました。これを今からティナにインストールいたしますので、その後、彼女の施術を受ければ首輪の解除は完了です。ご面倒おかけいたしました」
「まったくだ。てめえらの事情に巻き込まれて散々だったぜ。けどまあ、あの見習いの小娘は未熟なりによくやっていたんじゃねえか。これからはせめて護衛くらいつけてやることだな」
俺の言葉にマーカスはわずかに眉を動かした。
「意外ですね。悪魔の貴殿からそのような言葉をいただくとは。ティナも徳を積んだということですね」
そう言うとマーカスはティナを呼び寄せる。
「ティナ。ではバレット殿の首輪解除プログラムをインストールしますよ」
「は、はい。よろしくお願いいたします」
ティナは緊張の面持ちでマーカスの前に跪く。
そんなティナの頭上の輪にマーカスは手を触れた。
するとプログラムのインストールが開始される。
その間、マーカスはふと顔を上げて俺を見た。
「バレット殿。ティナより聞きましたが、断絶凶刃とかいう刃の呪いにかかっておられるとか。その呪いにつきましても、こちらで刃を解析し、解呪させていただきます。ただ出来ればあなたには色々と話を聞かせていただきたい。メンテナンスも兼ねてご同行いただきたいというのが我々の本音です。あなたほど不正プログラムの事象に数多く触れた方はいませんので」
マーカスは落ち着いた口調でそう言い、俺はそんな奴をじっと見据えた。
「……首輪解除にはそれが条件とか寒い寝言を言うんじゃあるまいな」
「まさか。それはそれです。首輪解除は今すぐ無条件で行います。同胞の恩人であるあなたを無下にするような非礼はいたしません。ただ、もしご協力いただけるのであれば、もちろんそれに見合う報酬は用意させていただきます」
フンッ。
ま、連中が俺から多くを聞きたいというのは当然だろう。
ここ数日、俺は不正プログラムばかりを目の当たりにしてきたからな。
第三者の目から見た事件の詳細を把握しておきたいんだろ。
俺以上にうってつけの人物はいないはずだ。
だが、俺にその気はなかった。
守銭奴のリジーなら飛び付く話だろうが俺は違う。
「断る。報酬の問題じゃねえ。俺はこれ以上このクソッたれな案件に関わる気はねえ。それが俺の望みだ」
そんな俺を見てマーカスは少し残念そうに眉を下げる。
「そうですか。残念ですが仕方ありません。バレット殿は巻き込まれた被害者ですから、そう思われるのも当然でしょう。余計なことを申しました。忘れて下さい」
存外にあっさり引き下がったな。
ま、物分かりが良くて助かるが。
マーカスはそれ以上気にしたふうもなくティナへのインストール作業を終わらせた。
「さて、インストール完了です。ティナ。立ちなさい」
「はい。ありがとうございました」
そう言うとティナは立ち上がり、俺の前に歩み出て銀環杖を振りかざす。
「大変長らくお待たせいたしました。バレットさん。今から首輪を解除します」
それからティナがブツブツと何事か唱え、銀環杖の先端に付いた虹色の宝玉から緑色の光が溢れて俺に降り注ぐ。
ふぅ。
やれやれ。
ようやく首がスッキリする。
この数日間、マジで鬱陶しかったからなあ。
俺はこの首輪をハメられてからの紆余曲折を思い返していた。
色々あったがこれで……ん?
「ガッ……」
俺は突然、首輪が猛烈な勢いで俺の首に食い込むのを感じ、息を詰まらせた。
な、何だこりゃ……。
首輪は緩むどころか強烈な圧力で締め上げてくる、
ど、どうなっていやがる?
「バ、バレットさん?」
俺の異変に気付いたティナは、両目を見開き愕然とした顔で背後にいるマーカスを振り返る。
「マ、マーカス隊長? これは一体どういうことですか?」
動揺して声を震わせるティナとは対照的にマーカスは冷徹な表情で言った。
「容疑者バレットを拘束する」
よ、容疑者だと?
どういうことだ。
俺は怒りのままに目の前のマーカスをぶっ飛ばそうとしたが、首輪の力が働き、全身の力が抜けていく。
そして体中を激しい痛みに苛まれているというのに、俺は首を締め上げられ声を発することも出来ない。
「容疑者とはどういうことですか!」
ティナがそう言って食ってかかるが、マーカスは涼しい顔で俺を指差した。
ふいに首の後ろがズキンと痛む。
今朝から時折、原因不明の痛みが出ていた箇所だ。
だが、痛みは今朝とは比べ物にならないほど強い。
「見ての通りだ」
マーカスの言葉に俺を見たティナの目が大きく見開かれる。
その目には信じられないものを見たといったような驚愕の色が滲んでいた。
な、何だ?
「そ、そんな。バレットさん……どうして?」
震える声でそう言うティナを前に、俺は視線を下げて自分の体を見た。
なっ……。
俺は思わず息をするのも忘れて自分の体に起きた異変を食い入るように見つめた。
俺の胸が、腹が、腕が、足が、指先までもが……バグで揺らいでいる。
こ、これは……不正プログラムだ。
ここ数日ですっかり見慣れたはずのそのバグが、自分自身の体に起きていることを信じられず俺は呆然と立ち尽くす。
こんな馬鹿なことがあってたまるか。
「悪魔バレットは不正プログラム所持の疑いがある。拘束しろ!」
マーカスの声が冷たく響き渡り、驚いていた天使たちが弾かれたように動き出す。
「ま、待って下さい!」
ティナは金切り声を上げると、俺を拘束するための縄を手に駆け寄ってくる天使たちの前に両手を広げて立ちはだかる。
「これは何かの間違いです! バレットさんが不正プログラムを持つはずがないんです! 私、ずっと一緒にいたから分かってるんです!」
天使たちの後方ではミシェルとかいうティナの先輩の女天使がオロオロしながらマーカスに進言している。
「た、隊長。まずはティナの話を聞いてから……」
「話は後でも聞ける。まずはバレットを拘束してからだ」
そう突っぱねるとマーカスはティナの前に歩み寄る。
そんなマーカスに突っかかるようにティナは言い募った。
「マーカス隊長。先ほどインストールして下さったのは首輪解除のプログラムではないのですか? これは一体どういうことか説明して下さい」
「上級職の私が見習いのそなたに作戦の意図を説明する義務はない。ティナ。口を慎みなさい」
「作戦? は、初めからバレットさんを捕らえるつもりだったのですか? 同胞である私を欺いてまで!」
辛辣なティナの言葉にもマーカスの目はまるで揺るがない。
あくまでも冷然とマーカスは告げた。
「ティナ。今、そなたの目は曇っている。相手が悪魔とはいえ苦楽を共にしてきた者に肩入れする気持ちは理解するが、その男は確実に不正プログラムに侵されているぞ。誰よりも不正プログラムを見てきたそなたに分からぬはずがなかろう?」
「ついさっきまでバレットさんには何の異常もなかったんです。一番近くで見ていた私がそれを見逃すはずは……」
「それは単にバレットの体内の不正プログラムが潜伏期間だったというだけの話だろう」
「で、ですが……」
「黙りなさい。ティナ。天使長さまのお志を受け継ぐのではなかったのか? そなたの使命に対する責任感は、天使長様への忠義はその程度なのか?」
「そ、それは……」
ティナは動揺に肩を震わせている。
クソッ!
こいつらぁ。
俺が動けないのをいいことに好き勝手やりやがって。
一体俺の体はどうなっちまったんだ。
ケルやディエゴとやり合った時に感染しちまったのか?
それとも断絶凶刃に刺された時か?
それはまったく分からなかったが、今朝から体調がイマイチだったのは確かだ。
その時、マーカスがティナに対して何事かを囁いた。
その言葉の意味は分からなかったが、その響きは以前に聞いたことがある。
だいぶ以前に天使どもと争った際、奴らが仲間同士で話していたのを。
あれはおそらく天使の使う秘匿言語である聖グリフの口語版だろう。
そのマーカスの言葉を聞いた途端、ティナの肩がビクンと揺れた。
そしてその動きが止まる。
ティナの様子が明らかに変わった。
ティナはギュッと銀環杖を握ると俺を振り返る。
その顔は悲壮感で青ざめ、縮こまった両肩は小刻みに震えている。
こいつ、マーカスに一体何を吹き込まれやがった?
「バレットさん……私、あなたを正常化しなければなりません」
ティナはか細い声でそう言った。
俺はその言葉には驚かなかった。
俺がもし本当に不正プログラムに体を侵されていたのだとしたら、ティナの行動はごく当たり前のことだからだ。
だが、だからと言ってそれを易々と受け入れられるわけがねえ。
正常化された後、俺はどうなる?
ディエゴやケルのように運営本部の独房にブチ込まれるのか?
そして体中を調べ回され、不具合を修正され、記憶を消された上でリリースされるか。
あるいはもう処置の施しようがないとして処分されるか。
いずれにしても自分の命運を他人に100%委ねる状況に俺は陥ることになる。
まったくもって気に食わねえ。
俺は動けず声も発せない状況下でティナを睨みつけた。
ティナは俺の視線を受けて顔を悲しげに歪めた。
「バレットさん……。これは私の使命なのです。不正は正さなければいけないんです。わ、私を恨んで下さって構いません」
涙目でそう言うとティナは銀環杖を頭上に振り上げた。
いつしか耳に馴染んだティナの詠唱が響き渡り、杖の宝玉から青い光が俺に降り注ぐ。
途端に俺の額がチリチリと痛んだ。
俺は自分の身に何が起きているのか即座に理解した。
おそらくディエゴやケル同様に、額に『戒』の文字が浮かび上がっているんだろう。
そんな俺を見てティナは目に涙を浮かべた。
「バレットさん。すみません。でも……あなたを守りたいんです」
守りたい?
何から守るってんだ。
そこでティナの後方から俺に歩み寄ってきたマーカスの手には、真っ白な塗装が施された長槍が握られていた。
「悪魔バレット。今より貴様を浄化する。不正は正さねばならん」
その言葉を言い終わらないうちにマーカスの持つ槍が、動けない俺の胸を一撃で貫いた。
ガッ……クハッ。
それは正確に俺の心臓を貫く一撃で、耐え難い苦痛が俺の全身を震わせた。
俺のライフゲージから見る見るうちにライフが減っていく。
ほどなくして……俺のライフは尽きた。
本来ならゲームオーバーになるはずの俺の視界が赤く染まる。
【Critical Error:You cannot continue.】
紅に染まった視界にその表示が浮かび上がったところで、俺の意識は急速に遠のいていった。
「バレットさん……ご、ごめ……んなさい」
俺が最後に見たのは、呻くようにそう言ってから何かを堪えるように必死に口元を引き結ぶティナの目から、大粒の涙がこぼれ落ちる様子だった。
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しかし彼の力は生まれながらにして最強。
そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。
防御特化の魔術師〜中堅冒険者のひっそり無双〜
代永 並木
ファンタジー
アマギ・リーリック、引き込もり気質の魔術師。
彼は、生活魔術と防御魔術しか使えないと言う致命的な欠点を持つ魔術師だ。
Cランク冒険者でもある彼は、生活費を集めるために、討伐依頼を受けて森へ向かう。
討伐対象を探しさまよっていると、Sランクの魔物と瀕死のSランク冒険者の戦いに遭遇する。
しかし、アマギ本人は遠目であったせいで、Sランクの魔物をBランクの魔物と勘違いしたまま、防御魔法で一撃だけ攻撃を防いでしまう。
その行動が止まっていた歯車を動かし始めた。
勘違いから始まった、防御魔術師の英雄譚
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