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最終章 桃炎の誓い
第25話 桃炎の誓い
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灼焔鉄甲。
鍛冶屋の女悪魔リジーが作った俺専用の手甲。
この両腕から隕石のように射出されたそれは、俺の放つ灼熱鴉をはるかに凌ぐ速度で一直線に飛んでグリフィンの体を直撃した。
『ごはあっ!』
反応が遅れたグリフィンは2つの手甲を胸に浴び、口から血を吐き出しながら後方へと吹っ飛ぶ。
ここだ!
ここで決めるんだ!
「うおおおっ!」
俺は全力でグリフィンに向かって突っ込んだ。
もうバーンナップ・ゲージは残り少ない。
時間経過による自然減分やこれから繰り出す技のことを考えれば、このタイミングが本当に最後のチャンスだった。
俺はもう後先を考えずに突っ込んだ。
『ぐっ! ナメるな!』
昏倒したグリフィンはそれでも起き上がりざまに魔塵旋風を放ってくる。
灼熱鴉で迎撃したいところだが、もう技の一発分すら惜しい状況だ。
俺は走る速度を緩めることなく、水流の動きで魔塵旋風の嵐をかわす。
避け切れずに体のあちこちを掠めて俺はダメージを負うが、構うことはねえ。
勝てなきゃどうせ死ぬ。
命を燃やし尽くして渾身の一撃をグリフィンの野郎に叩き込んでやる!
『捨て身の特攻か。愚かな!』
そう叫ぶグリフィンのわずか数メートル手前まで踏み込んだ俺は、一足飛びに奴に殴りかかった。
だが自ら背後に倒れ込むような格好でグリフィンの姿は忽然と消えてしまう。
不正プログラムによる瞬間移動だった。
次の瞬間、グリフィンの気配がすぐ背後に感じられ、奴が槍を拾い上げてそれで俺を背中から貫かんとするのを感じ取った。
くっ……避け切れねえ!
だが、鋭い金属音が響き渡り、グリフィンの槍は何かに阻まれて俺を貫くことは出来なかった。
『なにっ?』
グリフィンの槍から俺を守ったのは、さっき奴に投げつけてブチ当てた俺の手甲・灼焔鉄甲だった。
砂浜の上に転がっていたはずのそれは自ら宙を舞い、俺とグリフィンの間に割って入って槍の一撃を食い止めたんだ。
俺は思い出した。
これがリジーの手によって手甲に変わる前に堕天使の黒槍だった頃、自らの意思で主人である堕天使のことを守ろうとしていたことを。
そして灼焔鉄甲はまるでそこが自分の定位置だと言わんばかりにスポッと俺の両手に収まる。
高い代価を払っただけのことはあって、リジーはこの灼焔鉄甲に持ち主を守ろうとする機能を引き継いで搭載したようだ。
ヘッ……ここまで色々と紆余曲折あったことは無駄じゃなかった。
海棲人の首領との戦いで掴んだ水流の動きと、首領から手渡された炎足環。
魔王ドレイクから学んだ意識の力の使い方。
かつて天使長イザベラが魔王ドレイクに贈った、この右腕にはまる腕章による能力強化。
リジーが作った灼焔鉄甲による攻撃力と防御力の向上。
そしてティナから受け取ったレッグ・カバーは俺の体に不正プログラムをも跳ね返す桃色の炎を授けた。
それら一つ一つが血肉となって俺をここまで引き上げたんだ。
そして俺と同じ桃色の炎をその身にまとったティナは言った。
自分が闇の宝玉を必ず封じ込めるから、グリフィンのことは俺に任せたと。
小娘がデカイこと言いやがって。
桃炎の誓いにかけて……負けてらんねえんだよ!
「オラァッ!」
一瞬の隙を見せたグリフィンの胸に俺は鋭い前蹴りを浴びせる。
威力よりも速さを重視したコンパクトな蹴りだ。
『うぐっ!』
先ほど灼焔鉄甲を受けた胸に俺の蹴りをまともに浴び、グリフィンが尻もちを着いた。
今だ!
俺は大きく息を吸い込み、この一瞬に全てを賭けた。
「炎獄間欠泉!」
俺は思い切り振り上げた右足を、ちぎれんばかりに力強く振り下ろした。
地面から桃色の火柱群が盛大に噴き上がる。
それを浴びてグリフィンの体が大きく跳ね上がった。
『ぐあっ!』
一世一代の連続技を見せてやるっ!
俺は空中のグリフィンに向けて燃え盛る鴉の群れを放った。
「灼熱鴉・乱舞!」
無数の小鴉たちはグリフィンを追尾してその体にブチ当たり、奴を地面に向けて叩き落とす。
『くはあっ!』
俺は落ちてきたグリフィンに狙いを定めて右手に全魔力を集中する。
俺の右手は炎を噴き上げた後に、熱した鋼のように赤々と燃え上がる。
そして俺はその拳でグリフィンの顎を突き上げた。
「噴殺炎獄拳!」
『ごあああっ!』
最高の手ごたえと共に跳ね上がったグリフィンは口や鼻から炎を吹き出し、その体が空中で無防備な姿勢となった。
俺は地面を蹴って左右の羽をすぼめると体を錐揉み状に回転させる。
ドリルのように回転する俺の体中から桃色の炎が噴き上がり、火炎の竜巻と化した。
いつもは空中から撃ち下ろすこの技だが、今日は特別に下から上へと打ち上げ花火だ!
「炎獄螺旋魔刃脚!」
『ぐえあああああっ!』
燃え盛るドリルの切っ先と化した俺の爪先がグリフィンの腹をえぐった。
空中で体勢を立て直した俺は即座に残った魔力を両腕に桃色の炎として宿した。
バーンナップ・ゲージはいよいよ尽きようとしている。
まだだ……最後に、最後に最高の一撃を。
泣いても笑ってもこれで打ち止めだ!
「灼熱鴉・穿破!」
俺の両腕に宿る桃色の炎が青く輝く炎に変わっていく。
そしてグリフィンに向けてそれを放つと、俺の両手に装備された手甲・灼焔鉄甲が自然と射出され、蒼炎の鴉の核となって空気を切り裂く。
それは先ほどの灼焔鉄甲と同様にグリフィンの胸に直撃した。
だが、先ほどとは違って蒼炎の鴉と一体化したそれは、グリフィンの胸を突き抜けて貫いた。
「かはっ……ごふっ!」
グリフィンは口から盛大に血を吐き出し、風穴の空いたその胸からも大量の血が噴き出した。
『馬鹿な……貴様ごときに……貴様ごときにこの私が……』
血走った目を大きく見開いてそう言うと、グリフィンはその場に大の字になってひっくり返った。
か……勝った……のか?
魔力を全開にして連続技を決めた俺は肩で荒い息をつきながら、自分の勝利がにわかには信じられずに、グリフィンの倒れて動かなくなった姿を見た。
バグで文字化けしていたグリフィンのライフゲージが元の表示を取り戻し、ゼロを指し示している。
「ハァ……ハァ……てめえの旅立つ先は未知の異世界じゃねえよ。あの世だ。クソ野郎」
ようやくの勝利を確信した俺はガックリとその場に片膝をついた。
バーンナップ・ゲージが0となって紅蓮燃焼が終了し、全身が重苦しい倦怠感に包まれる。
それから俺は大きく息をつくと背後を振り返った。
「高潔なる魂!」
俺の視線の先ではティナが闇の宝玉に連続して神聖魔法を浴びせ続けている。
もう何連続で高潔なる魂を食らわせたのか分からねえが、闇の宝玉は球体の姿を保っていられず、歪な液状に変化していた。
だがそれでも闇の宝玉は捕食本能のみでティナの奴を飲み込もうと覆いかぶさっていく。
そして惜しげもなく神聖魔法を使い続けたせいで、ティナのハーモニー・ゲージもいよいよ残りわずかとなっていた。
おいおい。
あいつ、やばいことになってるじゃねえか。
俺は疲労困憊の体を奮い立たせて立ち上がると、腹に力を込めて声を張り上げた。
「ティナァァァァァ! 根性見せろぉぉぉぉぉぉ!」
手助けはしてやらねえ。
あいつは言ったんだ。
自分で始末をつけると。
俺があいつを一端の戦士と認めた以上、あいつの戦いに横槍を入れるようなマネはしねえ。
俺の声が聞こえたのか、ティナの奴は歯を食いしばると神聖魔法を放つのをやめた。
途端に闇の宝玉はティナの上に覆いかぶさり、その小柄な体を飲み込もうとする。
それでもティナは仁王立ちで液状の宝玉を睨みつけた。
そこには怯えも戸惑いも感じられない。
何か考えがあるのか?
それを想像する間もなくティナは闇の宝玉に飲み込まれ、液状の宝玉は再び球体の形に戻ろうとしていた。
ティナ。
どうするつもりなんだ。
まさか何も出来ずに終わるんじゃねえよな。
ジリジリとした焦りを噛み殺す様に俺は拳を握り締めて事態を見守る。
その時だった。
「正常化・蓮華」
ティナの声が響き渡り、球状になっていた闇の宝玉に亀裂が入っていく。
そしてすぐにその亀裂から桃色の炎が噴き出し始めた。
その亀裂はどんどん数を増やし、そして桃炎が勢いを増していく。
それはまるで蕾から花が咲き、花弁が開いていく様子を思わせる。
やがて闇の宝玉は内側からの圧力に耐え切れずに……弾け飛んだ。
「お、おお……」
俺は思わず感嘆の声を漏らしていた。
闇の宝玉が弾けて霧散し、その中からティナが姿を現した。
輝く3つの輪を頭上に連ね、燃える両翼をはためかせたその姿から桃色の光が放射状に広がっていく。
その姿は……小娘とは思えないほど神々しかった。
NPC墓場で出会った天使長イザベラの姿も威厳に満ちていたが、今のティナの姿も天使長の名を冠するにふさわしい佇まいだった。
そして、そんなティナの体から発せられる桃色の光は周辺に広がっていき、俺に見えているこの無機質で殺風景な世界は大きく様変わりしていった。
闇の宝玉は跡形もなく消し飛び、もう灰色の大地も黒い空も今はない。
あるのは白い砂浜と紺碧の空。
そして白波の打ち寄せる海辺の風景だった。
どの程度の範囲なのかは分からねえが、この目に見える限り、世界はあるべき元の姿を取り戻したと言えるだろう。
すげえ力だな。
そう思った俺は、ティナが空中で力なく仰向けになり落下していくのを見た。
ハーモニー・ゲージが尽きて天網恢恢が終了したんだろう。
「時間切れか」
俺は羽を広げて海上を飛び、ティナの奴が海面に着水する前に受け止めた。
「よっと。おい。生きてるか?」
「い、生きてますよ。せっかく生き返ったのに、また死にたくないですからね」
ティナは疲れ切った顔で俺を見上げてそう言った。
その顔には色濃い疲労の色が滲んではいたが、それでもどこか晴れやかな表情だった。
天網恢恢が終わったため、その頭上に浮かぶ天使の輪は元に戻っている。
見習い天使の証たる、くすんだ色の輪が一つ。
見慣れたティナのいつもの姿だった。
「そっちのほうが似合ってるぜ。見習いの小娘」
「もう。せっかく頑張ったんですから、こんな時くらい褒めて下さいよ」
そう言ってむくれるティナを無視して俺は砂浜に着地すると、無造作にその頭をクシャクシャッと撫でてやった。
ティナは少しくすぐったそうにしていたが、すぐに神妙な顔で俺を見上げる。
「バレットさん……私、あなたを騙すようなことをしてしまって。謝らなくてはいけないことがたくさんあります」
マーカスの姿をしたグリフィンに槍で突き刺されて、俺は奴の手に落ちた。
ティナの奴はその時のことを気に病んでいるんだろう。
確かにあの時は頭に来たぜ。
俺はティナを見下ろし、不安げに揺らぐその目をじっと見据えた。
そしてその鼻をつまんでやった。
「ふあっ? な、何するんですか」
「ケルをぶっ飛ばし、上級種どもをぶっ飛ばし、そしてグリフィンをぶっ飛ばした。ムカつく奴は全員倒してやったじゃねえか。俺が何かを不満に思っていると思うか? ねえよ。小指の先ほどもな。気分は上々だ」
「バレットさん……イタッ!」
俺が指でティナの鼻をピシッと弾くと、ティナの奴は鼻を押さえて涙目になりながら、恨めしげに俺を見上げる。
「もう。痛いですってば。バレットさんは……意地悪です」
「そりゃ悪魔だからな。んなことより最後の仕事を片付けちまいな。おまえのやるべきことだろ」
そう言うと俺は前方の波打ち際に横たわるグリフィンの亡骸を指差した。
グリフィンの奴は俺の桃炎の攻撃を浴び続けたことで、すでにほとんど正常化されている。
だがティナは口元を引き締めて頷くと、アイテム・ストックから銀環杖を取り出してグリフィンの前に立った。
そして自分の任務を果たすべく、力を振るう。
「正常化」
ティナの持つ銀環杖から青い光が降り注ぎ、グリフィンの体が照らされる。
その額に【戒】の文字が浮かび上がる。
そしてその体はゲームオーバーを迎えて光の粒子と化し、上空へと消えていった。
「あの野郎。どこかでコンティニューすんのか?」
「いえ。おそらく運営本部が対処するでしょう」
「ま、そりゃそうか。頭のお堅いお偉方があんな反則野郎を放っておくわけねえな」
俺とティナは光の粒子が消えていった空の彼方を見上げた。
上空からはどういうわけだか分からねえが、女悪魔のリジーがミシェルたち天使の集団を引き連れてこちらに降下してくる。
これから俺とティナにどんな結末が待っているのか、何となく想像がつく。
こんな異常な事件に関わったNPCが、その後も普通に暮らしていけるはずはねえ。
何らかの厳しい審判が下されるだろう。
だが、その時はその時だ。
またどうにかこうにか何とかするさ。
こうして俺がこの見習い天使の小娘に出会ってから巻き起こった一連の奇妙な出来事は幕を閉じた。
************************************************************
*ここまでお読みいただきまして、ありがとうございます。
次回、最終回となります。
最後までよろしくお願いいたします。
鍛冶屋の女悪魔リジーが作った俺専用の手甲。
この両腕から隕石のように射出されたそれは、俺の放つ灼熱鴉をはるかに凌ぐ速度で一直線に飛んでグリフィンの体を直撃した。
『ごはあっ!』
反応が遅れたグリフィンは2つの手甲を胸に浴び、口から血を吐き出しながら後方へと吹っ飛ぶ。
ここだ!
ここで決めるんだ!
「うおおおっ!」
俺は全力でグリフィンに向かって突っ込んだ。
もうバーンナップ・ゲージは残り少ない。
時間経過による自然減分やこれから繰り出す技のことを考えれば、このタイミングが本当に最後のチャンスだった。
俺はもう後先を考えずに突っ込んだ。
『ぐっ! ナメるな!』
昏倒したグリフィンはそれでも起き上がりざまに魔塵旋風を放ってくる。
灼熱鴉で迎撃したいところだが、もう技の一発分すら惜しい状況だ。
俺は走る速度を緩めることなく、水流の動きで魔塵旋風の嵐をかわす。
避け切れずに体のあちこちを掠めて俺はダメージを負うが、構うことはねえ。
勝てなきゃどうせ死ぬ。
命を燃やし尽くして渾身の一撃をグリフィンの野郎に叩き込んでやる!
『捨て身の特攻か。愚かな!』
そう叫ぶグリフィンのわずか数メートル手前まで踏み込んだ俺は、一足飛びに奴に殴りかかった。
だが自ら背後に倒れ込むような格好でグリフィンの姿は忽然と消えてしまう。
不正プログラムによる瞬間移動だった。
次の瞬間、グリフィンの気配がすぐ背後に感じられ、奴が槍を拾い上げてそれで俺を背中から貫かんとするのを感じ取った。
くっ……避け切れねえ!
だが、鋭い金属音が響き渡り、グリフィンの槍は何かに阻まれて俺を貫くことは出来なかった。
『なにっ?』
グリフィンの槍から俺を守ったのは、さっき奴に投げつけてブチ当てた俺の手甲・灼焔鉄甲だった。
砂浜の上に転がっていたはずのそれは自ら宙を舞い、俺とグリフィンの間に割って入って槍の一撃を食い止めたんだ。
俺は思い出した。
これがリジーの手によって手甲に変わる前に堕天使の黒槍だった頃、自らの意思で主人である堕天使のことを守ろうとしていたことを。
そして灼焔鉄甲はまるでそこが自分の定位置だと言わんばかりにスポッと俺の両手に収まる。
高い代価を払っただけのことはあって、リジーはこの灼焔鉄甲に持ち主を守ろうとする機能を引き継いで搭載したようだ。
ヘッ……ここまで色々と紆余曲折あったことは無駄じゃなかった。
海棲人の首領との戦いで掴んだ水流の動きと、首領から手渡された炎足環。
魔王ドレイクから学んだ意識の力の使い方。
かつて天使長イザベラが魔王ドレイクに贈った、この右腕にはまる腕章による能力強化。
リジーが作った灼焔鉄甲による攻撃力と防御力の向上。
そしてティナから受け取ったレッグ・カバーは俺の体に不正プログラムをも跳ね返す桃色の炎を授けた。
それら一つ一つが血肉となって俺をここまで引き上げたんだ。
そして俺と同じ桃色の炎をその身にまとったティナは言った。
自分が闇の宝玉を必ず封じ込めるから、グリフィンのことは俺に任せたと。
小娘がデカイこと言いやがって。
桃炎の誓いにかけて……負けてらんねえんだよ!
「オラァッ!」
一瞬の隙を見せたグリフィンの胸に俺は鋭い前蹴りを浴びせる。
威力よりも速さを重視したコンパクトな蹴りだ。
『うぐっ!』
先ほど灼焔鉄甲を受けた胸に俺の蹴りをまともに浴び、グリフィンが尻もちを着いた。
今だ!
俺は大きく息を吸い込み、この一瞬に全てを賭けた。
「炎獄間欠泉!」
俺は思い切り振り上げた右足を、ちぎれんばかりに力強く振り下ろした。
地面から桃色の火柱群が盛大に噴き上がる。
それを浴びてグリフィンの体が大きく跳ね上がった。
『ぐあっ!』
一世一代の連続技を見せてやるっ!
俺は空中のグリフィンに向けて燃え盛る鴉の群れを放った。
「灼熱鴉・乱舞!」
無数の小鴉たちはグリフィンを追尾してその体にブチ当たり、奴を地面に向けて叩き落とす。
『くはあっ!』
俺は落ちてきたグリフィンに狙いを定めて右手に全魔力を集中する。
俺の右手は炎を噴き上げた後に、熱した鋼のように赤々と燃え上がる。
そして俺はその拳でグリフィンの顎を突き上げた。
「噴殺炎獄拳!」
『ごあああっ!』
最高の手ごたえと共に跳ね上がったグリフィンは口や鼻から炎を吹き出し、その体が空中で無防備な姿勢となった。
俺は地面を蹴って左右の羽をすぼめると体を錐揉み状に回転させる。
ドリルのように回転する俺の体中から桃色の炎が噴き上がり、火炎の竜巻と化した。
いつもは空中から撃ち下ろすこの技だが、今日は特別に下から上へと打ち上げ花火だ!
「炎獄螺旋魔刃脚!」
『ぐえあああああっ!』
燃え盛るドリルの切っ先と化した俺の爪先がグリフィンの腹をえぐった。
空中で体勢を立て直した俺は即座に残った魔力を両腕に桃色の炎として宿した。
バーンナップ・ゲージはいよいよ尽きようとしている。
まだだ……最後に、最後に最高の一撃を。
泣いても笑ってもこれで打ち止めだ!
「灼熱鴉・穿破!」
俺の両腕に宿る桃色の炎が青く輝く炎に変わっていく。
そしてグリフィンに向けてそれを放つと、俺の両手に装備された手甲・灼焔鉄甲が自然と射出され、蒼炎の鴉の核となって空気を切り裂く。
それは先ほどの灼焔鉄甲と同様にグリフィンの胸に直撃した。
だが、先ほどとは違って蒼炎の鴉と一体化したそれは、グリフィンの胸を突き抜けて貫いた。
「かはっ……ごふっ!」
グリフィンは口から盛大に血を吐き出し、風穴の空いたその胸からも大量の血が噴き出した。
『馬鹿な……貴様ごときに……貴様ごときにこの私が……』
血走った目を大きく見開いてそう言うと、グリフィンはその場に大の字になってひっくり返った。
か……勝った……のか?
魔力を全開にして連続技を決めた俺は肩で荒い息をつきながら、自分の勝利がにわかには信じられずに、グリフィンの倒れて動かなくなった姿を見た。
バグで文字化けしていたグリフィンのライフゲージが元の表示を取り戻し、ゼロを指し示している。
「ハァ……ハァ……てめえの旅立つ先は未知の異世界じゃねえよ。あの世だ。クソ野郎」
ようやくの勝利を確信した俺はガックリとその場に片膝をついた。
バーンナップ・ゲージが0となって紅蓮燃焼が終了し、全身が重苦しい倦怠感に包まれる。
それから俺は大きく息をつくと背後を振り返った。
「高潔なる魂!」
俺の視線の先ではティナが闇の宝玉に連続して神聖魔法を浴びせ続けている。
もう何連続で高潔なる魂を食らわせたのか分からねえが、闇の宝玉は球体の姿を保っていられず、歪な液状に変化していた。
だがそれでも闇の宝玉は捕食本能のみでティナの奴を飲み込もうと覆いかぶさっていく。
そして惜しげもなく神聖魔法を使い続けたせいで、ティナのハーモニー・ゲージもいよいよ残りわずかとなっていた。
おいおい。
あいつ、やばいことになってるじゃねえか。
俺は疲労困憊の体を奮い立たせて立ち上がると、腹に力を込めて声を張り上げた。
「ティナァァァァァ! 根性見せろぉぉぉぉぉぉ!」
手助けはしてやらねえ。
あいつは言ったんだ。
自分で始末をつけると。
俺があいつを一端の戦士と認めた以上、あいつの戦いに横槍を入れるようなマネはしねえ。
俺の声が聞こえたのか、ティナの奴は歯を食いしばると神聖魔法を放つのをやめた。
途端に闇の宝玉はティナの上に覆いかぶさり、その小柄な体を飲み込もうとする。
それでもティナは仁王立ちで液状の宝玉を睨みつけた。
そこには怯えも戸惑いも感じられない。
何か考えがあるのか?
それを想像する間もなくティナは闇の宝玉に飲み込まれ、液状の宝玉は再び球体の形に戻ろうとしていた。
ティナ。
どうするつもりなんだ。
まさか何も出来ずに終わるんじゃねえよな。
ジリジリとした焦りを噛み殺す様に俺は拳を握り締めて事態を見守る。
その時だった。
「正常化・蓮華」
ティナの声が響き渡り、球状になっていた闇の宝玉に亀裂が入っていく。
そしてすぐにその亀裂から桃色の炎が噴き出し始めた。
その亀裂はどんどん数を増やし、そして桃炎が勢いを増していく。
それはまるで蕾から花が咲き、花弁が開いていく様子を思わせる。
やがて闇の宝玉は内側からの圧力に耐え切れずに……弾け飛んだ。
「お、おお……」
俺は思わず感嘆の声を漏らしていた。
闇の宝玉が弾けて霧散し、その中からティナが姿を現した。
輝く3つの輪を頭上に連ね、燃える両翼をはためかせたその姿から桃色の光が放射状に広がっていく。
その姿は……小娘とは思えないほど神々しかった。
NPC墓場で出会った天使長イザベラの姿も威厳に満ちていたが、今のティナの姿も天使長の名を冠するにふさわしい佇まいだった。
そして、そんなティナの体から発せられる桃色の光は周辺に広がっていき、俺に見えているこの無機質で殺風景な世界は大きく様変わりしていった。
闇の宝玉は跡形もなく消し飛び、もう灰色の大地も黒い空も今はない。
あるのは白い砂浜と紺碧の空。
そして白波の打ち寄せる海辺の風景だった。
どの程度の範囲なのかは分からねえが、この目に見える限り、世界はあるべき元の姿を取り戻したと言えるだろう。
すげえ力だな。
そう思った俺は、ティナが空中で力なく仰向けになり落下していくのを見た。
ハーモニー・ゲージが尽きて天網恢恢が終了したんだろう。
「時間切れか」
俺は羽を広げて海上を飛び、ティナの奴が海面に着水する前に受け止めた。
「よっと。おい。生きてるか?」
「い、生きてますよ。せっかく生き返ったのに、また死にたくないですからね」
ティナは疲れ切った顔で俺を見上げてそう言った。
その顔には色濃い疲労の色が滲んではいたが、それでもどこか晴れやかな表情だった。
天網恢恢が終わったため、その頭上に浮かぶ天使の輪は元に戻っている。
見習い天使の証たる、くすんだ色の輪が一つ。
見慣れたティナのいつもの姿だった。
「そっちのほうが似合ってるぜ。見習いの小娘」
「もう。せっかく頑張ったんですから、こんな時くらい褒めて下さいよ」
そう言ってむくれるティナを無視して俺は砂浜に着地すると、無造作にその頭をクシャクシャッと撫でてやった。
ティナは少しくすぐったそうにしていたが、すぐに神妙な顔で俺を見上げる。
「バレットさん……私、あなたを騙すようなことをしてしまって。謝らなくてはいけないことがたくさんあります」
マーカスの姿をしたグリフィンに槍で突き刺されて、俺は奴の手に落ちた。
ティナの奴はその時のことを気に病んでいるんだろう。
確かにあの時は頭に来たぜ。
俺はティナを見下ろし、不安げに揺らぐその目をじっと見据えた。
そしてその鼻をつまんでやった。
「ふあっ? な、何するんですか」
「ケルをぶっ飛ばし、上級種どもをぶっ飛ばし、そしてグリフィンをぶっ飛ばした。ムカつく奴は全員倒してやったじゃねえか。俺が何かを不満に思っていると思うか? ねえよ。小指の先ほどもな。気分は上々だ」
「バレットさん……イタッ!」
俺が指でティナの鼻をピシッと弾くと、ティナの奴は鼻を押さえて涙目になりながら、恨めしげに俺を見上げる。
「もう。痛いですってば。バレットさんは……意地悪です」
「そりゃ悪魔だからな。んなことより最後の仕事を片付けちまいな。おまえのやるべきことだろ」
そう言うと俺は前方の波打ち際に横たわるグリフィンの亡骸を指差した。
グリフィンの奴は俺の桃炎の攻撃を浴び続けたことで、すでにほとんど正常化されている。
だがティナは口元を引き締めて頷くと、アイテム・ストックから銀環杖を取り出してグリフィンの前に立った。
そして自分の任務を果たすべく、力を振るう。
「正常化」
ティナの持つ銀環杖から青い光が降り注ぎ、グリフィンの体が照らされる。
その額に【戒】の文字が浮かび上がる。
そしてその体はゲームオーバーを迎えて光の粒子と化し、上空へと消えていった。
「あの野郎。どこかでコンティニューすんのか?」
「いえ。おそらく運営本部が対処するでしょう」
「ま、そりゃそうか。頭のお堅いお偉方があんな反則野郎を放っておくわけねえな」
俺とティナは光の粒子が消えていった空の彼方を見上げた。
上空からはどういうわけだか分からねえが、女悪魔のリジーがミシェルたち天使の集団を引き連れてこちらに降下してくる。
これから俺とティナにどんな結末が待っているのか、何となく想像がつく。
こんな異常な事件に関わったNPCが、その後も普通に暮らしていけるはずはねえ。
何らかの厳しい審判が下されるだろう。
だが、その時はその時だ。
またどうにかこうにか何とかするさ。
こうして俺がこの見習い天使の小娘に出会ってから巻き起こった一連の奇妙な出来事は幕を閉じた。
************************************************************
*ここまでお読みいただきまして、ありがとうございます。
次回、最終回となります。
最後までよろしくお願いいたします。
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貧乏大学生の探索者はダンジョンに潜り、全てを覆す。
~あらすじ~
世界に突如出現した異次元空間「ダンジョン」。
そこから産出される魔石は人類に無限のエネルギーをもたらし、アーティファクトは魔法の力を授けた。
しかし、その恩恵は平等ではなかった。
富と力はダンジョン利権を牛耳る企業と、「属性適性」という特別な才能を持つ「選ばれし者」たちに独占され、世界は新たな格差社会へと変貌していた。
そんな歪んだ現代日本で、及川翔は「無属性」という最底辺の烙印を押された青年だった。
彼には魔法の才能も、富も、未来への希望もない。
あるのは、両親を失った二年前のダンジョン氾濫で、原因不明の昏睡状態に陥った最愛の妹、美咲を救うという、ただ一つの願いだけだった。
妹を治すため、彼は最先端の「魔力生体学」を学ぶが、学費と治療費という冷酷な現実が彼の行く手を阻む。
希望と絶望の狭間で、翔に残された道はただ一つ――危険なダンジョンに潜り、泥臭く魔石を稼ぐこと。
英雄とも呼べるようなSランク探索者が脚光を浴びる華やかな世界とは裏腹に、翔は今日も一人、薄暗いダンジョンの奥へと足を踏み入れる。
これは、神に選ばれなかった「持たざる者」が、絶望的な現実にもがきながら、たった一つの希望を掴むために抗い、やがて世界の真実と向き合う、戦いの物語。
彼の「無属性」の力が、世界を揺るがす光となることを、彼はまだ知らない。
テンプレのダンジョン物を書いてみたくなり、手を出しました。
SF味が増してくるのは結構先の予定です。
スローペースですが、しっかりと世界観を楽しんでもらえる作品になってると思います。
良かったら読んでください!
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