どうせ俺はNPCだから 2nd BURNING!

枕崎 純之助

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序幕 入国! 天国の丘

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「おいティナ。国境だ。いよいよ天国の丘ヘヴンズ・ヒルだぞ」

 岩山を頂上まで上り終えた俺がそう言って後ろを振り返ると、見習い天使のティナはそこらに転がる岩石にかじりつくようにして、しゃがみ込んでいた。
 この小娘にとっての生まれ故郷である天国の丘ヘヴンズヒルに帰って来たってのに、その顔は疲れ切って真っ青だ。

 天国の丘ヘヴンズ・ヒル地獄の丘ヘル・バレー
 俺とティナはこの2つの世界で構成されたゲーム『アメイジア』に生きるNPCノン・プレイヤー・キャラクターだ。
 
「バ、バレットさん。ちょ、ちょっと休ませて下さい」
「何だよ情けねえ。たかだか大蛇だいじゃを8匹相手にしたくらいで」
「だ、大蛇だいじゃってレベルじゃないですよアレは。私、5回は飲み込まれそうになったんですからね」

 この岩山は8匹の大蛇だいじゃどもが主として生息していて、今しがたここを上って来る前に全部片付けてやったばかりだ。
 ちなみにティナはへびをおびき出すだけの役割で、奴らを8匹全部片付けたのはこの俺だがな。
 だというのにティナの奴はこのザマさ。
 先が思いやられるぜ。

 ティナの頭の上には見習い天使であることを示す、かがやきのない光の輪が浮かび、その横には生命力を現すライフゲージが表示されている。
 そしてそのライフゲージの横には見慣れない円形のゲージが並んでいた。
 これは直近のアップデートでこのゲームに新設された『疲労度ゲージ』だった。

 俺たちNPCは皆、このゲージを備えつけられている。
 これはそのキャラクターが疲労をため込んでいることを示す新たなパラメータだ。
 岩山を上る前まで緑色だったティナのゲージは、今は真っ赤に染まっている。
 疲労がたまっていることを示しているんだ。
 疲労がたまると緑色のゲージが黄色を経て赤色に徐々に変化していく。

 そして疲労がたまってゲージが赤色に染まると、ステータスが通常時から5%下がり、能力が落ちる。
 疲労度は休憩、食事、睡眠によって回復することが出来る仕様だ。
 疲労度ゲージを真っ赤に染めてへたり込んでいるティナを見下ろし、俺はフンッと鼻を鳴らした。

「そんなんでこの先やっていけんのか? 言っとくが足手まといになったら容赦ようしゃなく捨てていくからな」
「ま、またそんなことを……。私はあなたの相棒パートナーですよ」
「そんな息も絶え絶えのひ弱な相棒パートナーはいらねえよ」

 言うまでもなく天使と悪魔は古来からの敵対関係にある。
 これまで幾度となく大きな戦乱を引き起こしてきた仇敵きゅうてき同士だ。
 だというのに下級悪魔の俺と見習い天使のこいつが同行しているってのは、いかにもヘンテコな組み合わせで、俺たちの姿を見た奴は天使だろうが悪魔だろうが例外なくまゆを潜めるだろうぜ。

 俺がこの妙な見習い天使の小娘と出会ったのは、ほんの半月ほど前のことだ。
 敵の仕掛けた姑息なわなに引っかかっていた俺の目の前に、こいつは唐突に現れやがった。
 それは奇妙な出会いだったが、あの瞬間から俺の運命は大きく変わり始めたんだ。
 
 そこからこのゲームを狂わせる不正プログラムに関する奇妙な事件に巻き込まれ、上級種の悪魔どもや天使グリフィンとの戦いに勝利して今に至る。
 その事件が片付いた後、俺は自分の強さを高めるため、こうして敵国である天国の丘ヘヴンズ・ヒルまで武者修行の旅に出たわけだが、なぜだかこの小娘までついてくることになっちまった。

 まあ、こいつといると不正プログラムに関する奇妙な事件が舞い込んでくるだろうから、自分の腕をみがくにはもってこいなんだがな。
 かつては故郷でひたすら訓練と実戦に明け暮れていた俺だが、それだけでは下級種としての限界を超えられないと知った。
 だから今までにない経験をすることで自分を研鑽けんさんしようと思ったわけだが、どうにもティナの奴といると調子が狂う。

「おいティナ。これから天国の丘ヘヴンズ・ヒルに入るわけだが、言っておくことがある。よく聞いておけ」
「何ですか?」
「この先、天使どもが俺にちょっかいを出してきやがったら、俺はすかさずそいつらをぶっ殺す。おまえは自分の同胞が俺に殺されるのを見てどうする?」

 今は俺とこうしてつるんでいるが、しょせんは悪魔と天使。
 長年の仇敵きゅうてき同士だ。
 俺はティナの見ている前でも天使どもに一切の手加減をしてやるつもりはねえ。
 こいつだって俺に同胞がやられればだまっちゃいねえだろう。
 そうなればこのヘンテコな道連れは即時解散だ。
 ま、俺はそれでも一向に構わねえがな。

「何言ってるんですかバレットさん。バレットさんの入国申請はすでに私が済ませてあります。バレットさんが悪行を働かない限り、我が同胞の軍勢があなたを攻撃することはありません」

 天使の国であるこの天国の丘ヘヴンズ・ヒルに俺たち悪魔が侵入すれば、当然のように天使の正規兵どもから追われることになる。
 俺はそれを望んでいたんだが、ティナの奴が小賢こざかしくも先回りをして俺が天使どもにねらわれないように取り計らいやがった。
 余計なことをしやがって。

「なら悪行を働けば天使どもは俺をねらうんだな。よし。ティナ。こっちに来い」
「こ、拳をボキボキ鳴らしながら怖い顔で女の子を呼び寄せないで下さい。完全に犯罪者ですよ。そ、それに間違ってもそんな事態が起きないように私が一緒にいるんじゃないですか」
「あ? どういう意味だ?」
「もし我が同胞とバレットさんがトラブルになりそうになったら無用な衝突を避けるため、私が間に立って我が同胞とバレットさんの仲を取り持ちますから。大丈夫。バレットさんはゾーラン隊長の弟子だと言えば、我が同胞たちも敵視はしてこないでしょう。あのゾーラン隊長はこの天国の丘ヘヴンズ・ヒルでも一目置かれる存在……」
「馬鹿野郎!」
「ひえっ!」

 こいつは心底アホでおめでたい奴だな。
 俺が雷を落とすとティナはビビッて頭を抱えた。
 頭を抱えたいのはこっちのほうだぜ。

「それじゃ意味ねえだろ。俺は戦って強くなりたいのに、平和的に仲を取り持ってどうすんだよ。おまえはアホか。いや、おまえはアホだ」
「アホアホ言わないで下さいよ! それにバレットさんも分かってるでしょ。ただ闇雲やみくもに戦うだけじゃ強くなれないって。意味のある戦いをしてこそ強くなれるんです。ということで今回も不正プログラムの摘発任務にいそしみましょう。そうすればバレットさんはまた一段と強くなれます。私はこれでも天使の中で一番バレットさんのことを理解しているという自負があります。その私が言うんですから間違いありません」

 相変わらず口の減らねえガキだ。
 何が理解しているだ。
 気持ち悪いんだよクソガキめ。
 そんなことを思っていた俺の耳に何やら騒がしい物音が聞こえてきた。
 俺は即座にティナの頭を上から押さえ付けてその場にかがみ込む。

「アイタッ! な、何するんですかバレットさん」
「静かにしろ。何だか騒いでいる奴らが近付いてくる」

 そう言うと俺は姿勢を低くしたまま岩山の上から天国の丘ヘヴンズ・ヒル側に見える森の中に目をらした。
 ティナの奴も物音を聞き取ったのか、神妙なつらで息を潜めている。
 やがて眼下に広がる木々のまばらな森の中に、大勢の人影が見え隠れし始めた。
 木々の間から見える奴らの背には白い翼と……その対になる黒い翼が見える。
 白と黒の翼を持つ奴らは……。

「だ、堕天使だてんし……」

 その特徴的な姿にティナも気が付いたようで、声を殺してそう言う。
 堕天使だてんし
 堕落だらくしてやみ属性にちた天使の成れの果てだ。

 天国の丘ヘヴンズ・ヒル地獄の谷ヘル・バレーのどちらに属することも出来ず、定住せずにさ迷う放浪者たち。
 その多くが野盗の集団を形成し、旅人などを襲って金品を奪い取る。
 その野盗の集団に取り囲まれている哀れな旅人は、1人の若い女だった。
 見慣れぬ異国の衣に身を包んだその女は、黒髪を振り乱して一本の剣を振り回し、一心不乱に堕天使だてんしどもと戦っている。

 その手に握っているのは、わずかにゆるく弧を描いた剣だ。
 このゲームじゃあまり見かけないその剣に俺は見覚えがあった。
 俺がゾーラン隊にいた頃、当時の同僚があれと良く似た剣を使っていたことがある。
 切れ味が鋭く、外見も特徴的な剣だったので俺もよく覚えているが、そいつが自慢げに言っていた。 
 これはサムライとかいう種族の人間が使う、カタナという名前の剣だと。

 刀を振るうその女との遭遇そうぐうが、俺とティナを奇妙な運命のうずに巻き込むことになる事の発端だった。
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