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第二章 『盗賊団のアジト』
第2話 引き裂かれた家族
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天使の農村を出た俺とティナとパメラは森の中を進み、ヒルダのアジトを目指していた。
現在、時刻は午後7時。
すっかり日は暮れている。
堕天使どもが農村を襲撃する予定時刻は午後11時。
座標が判明しているヒルダのアジトまでは徒歩なら3時間程度の場所で、飛べばゆっくり行ったとしても1時間はかからない。
だが空には煌々と輝く月が浮かび、明るい森の上空を飛ぶのはいささか目立つ。
ヒルダが農村の襲撃計画をあきらめていなければ、部下の堕天使どもを先行隊として飛ばしてくるかもしれねえ。
森の中を歩くのは面倒だったが、堕天使どもにこっちの接近を察知されて襲撃されたり逃げられたりするのはもっと面倒だ。
だから俺たちは早足で森の中を進み続けた。
悪魔の俺と違ってティナやパメラは夜目が利かないが、月明かりが森の中にところどころ差し込んでいるので、問題なく足を進めていた。
「ぶっ飛ばしたい奴が2人になったぜ」
堕天使ヒルダと下級悪魔ロドリック。
次にこの2人が目の前に現れた時は、必ず俺がこの手で打ち倒す。
「はい。あの2人は必ず捕まえましょう」
ティナは俺とは別の意味で意気込んでいた。
あの2人はどちらも不正プログラムに関与している。
ティナにとっちゃ使命を果たすための重要な標的だ。
そしてパメラはそんな俺たちとはまた別で、天使の農民たちからの依頼を果たそうとしている。
「とりあえず天使の村は大丈夫そうでござるな。少し安心したでござるよ」
あの後、村には外の森に避難していた天使の農民らがゾロゾロと戻ってきた。
連中は天使の警備部隊が大勢残っていることに安堵しているようだった。
「はい。堕天使になってしまった彼のお母様と妹さんは少しかわいそうでしたけど」
一世堕天使の小僧が天使だった頃の家族は母親と妹。
その2人は確かに村にいた。
ティナが堕天使の小僧の話をその家族に告げると、2人は涙を流して悲しんだ。
堕天使になっちまった奴はもう天使の集落では暮らせない。
「ああして引き裂かれた家族はどうなるのでござるか?」
「……その後も共に暮らすことは出来ないケースがほとんどだと聞いています」
その話を聞いたパメラはわずかに沈んだ表情で口を開く。
「家族が離れ離れになるということでござるか」
「ええ……中にはどうしても離れることが出来ず、天使側のご家族が天使としての暮らしを捨てて堕天使になった家族と共にヒッソリと暮らしているという話も聞きますが、そうした方々は人目につかないように山奥などで不便な暮らしを強いられているようです」
「堕天使になってしまうと、元には戻れないのでござるか?」
そう尋ねるパメラの表情に暗い陰が差す。
ティナはそんなパメラの顔を気遣わしげに見ながら答えた。
「堕天使化してすぐでしたら、属性変化の緊急手術を施して救えた例はあります。ごく稀に、数えるほどですが。しかし唐突な堕天使化に際して、そうした施術を受けられる人はほとんどいません。そして先刻の彼のように堕天使化してから時間が経ってしまえば天使の肉体に戻ることは不可能です」
だから天使どもはうるさいぐらいに戒律を守ることを同胞に求め、属性が闇側に傾かないよう常に気を使っているってわけか。
難儀なことだ。
パメラは歩く速度は落とさずに、わずかに頷いた。
「そうでござるか……あの家族は不憫でござるな」
そう言うとパメラは静かにため息をついた。
その様子にティナはわずかに逡巡し、それから意を決したらように尋ねる。
「あの、パメラさん。先ほどライアン様に話しかけている声が聞こえてしまったんですが、パメラさんは人を探しているんですか?」
たった一度会っただけの堕天使の小僧の境遇にそこまで思い入れるパメラの様子は誰が見ても変だ。
ま、俺は興味がなかったから聞かなかったが、ティナの奴はそうはいかねえだろう。
筋金入りのお人好しだからな。
ティナの問いにパメラは足を止めて静かに頷いた。
「……拙者が探しているのは生き別れた姉でござる」
「お姉さん? 先ほど話していたすごいサムライだというお姉さんですか」
パメラは頷くと再び歩き出す。
「実は……姉上はもう数年の間、行方が分からなくなっているのでござるよ。拙者はそんな姉上を探すために、色々なゲームを渡り歩こうと思い立ったのでござる。といっても……どこにいるのか、いや、生きているのか死んでいるのかも分からないのでござるがな」
「えっ? そうなんですか?」
ティナが少しばかり驚いてそう言うと、パメラは寂しげに笑った。
「拙者の現在の所属しているゲーム『ブレード・オブ・ジパング』は拙者にとって転籍先となる第二の故郷なのでござる。元々、生まれ育った最初のゲームは数年前にサービス終了で無くなってしまって」
「そ、そうだったんですか」
サービス終了か。
要するに自分の所属しているゲーム世界が終わっちまうってことだ。
当然、NPCとしての命もそこで終わりを迎えるのが道理なんだが……。
「その時に拙者は運よく今のゲームに拾われたのでござる」
「別のゲームに所属が変わったってことですか。そんなことがあるんですね」
「ふむ。だがそのゲームに姉上の姿はなかったでござる。拙者などより遥かに立派なサムライであったにもかかわらず姉上は選ばれなかった。姉上の消息を掴もうにも拙者にはどうすることも出来なかったでござる。だから腕を磨いて、他のゲームへの出張を申し出たのでござるよ。姉上を見つけるためには外の世界に打って出なければならないという結論に至ったがゆえ」
俺たち一介のNPCに他のゲームの情報なんておいそれと知ることは出来ねえ。
同じゲーム内ならともかく、他のゲームにいるかもしれない人物を見つけるとなると雲を掴むような話だが、それでもパメラはあきらめていない様子だ。
そのことは姉のことを語るその表情にありありと表れていた。
「姉上は立派なサムライでござった。我が父上は大剣豪と呼ばれた剣術の名手でござったが、父上の才能を色濃く受け継いでいたのは間違いなく姉上でござったな。拙者などは体も弱く、よく同輩にからかわれていたものでござる」
懐かしげにパメラは目を細め、口元を綻ばせて言った。
「おまえは本当に剣聖アナリンの妹かと。それも今となっては懐かしい思い出でござるよ」
そう言うパメラの顔は昔を懐かしむのみならず、姉のことを誇らしく思っているような表情に彩られていた。
親兄弟の居ない俺にはよく分からんが、こうして自分以外の人間のことを誇らしげに語る奴を見るのは2人目だ。
ティナの奴も天使長イザベラのことを話す時は同じような表情をしやがる。
「お姉さんはアナリンさんとおっしゃるのですね」
「その名前に聞き覚えはござらんか?」
そう言うパメラにティナは首を横に振る。
「いえ。サムライという職種の方にお会いするのはパメラさんが初めてですし、残念ながらお姉さんのお名前も聞いたことはありませんね。バレットさんは?」
「ねえよ。他人の名前なんざイチイチ覚えてねえしな」
そう言う俺たちにパメラはわずかに肩を落とす。
自分自身が姉貴と離れ離れになったから、パメラはそれを堕天使の小僧に重ね合わせて気にかけていやがったのか。
ティナはパメラを元気づけようと明るい声を出す。
「元気出して下さい。そんなにすごい人だったら、今も絶対にどこかで元気にしていらっしゃいますよ。きっとまだ会えます。そう信じましょう」
そう言うティナにパメラは頷き、顔を上げる。
「お心遣い痛み入るでござる。きっと会えると拙者も信じているでござるよ」
そう言って小娘どもは微笑み合った。
何だこの和やかな雰囲気は。
俺たちはピクニックじゃなくて、今から殴り込みに行くんだぞ。
聞いていると吐き気がしそうなので、俺はこの空気をブチ壊すべく声を上げた。
「おい。小娘ども。気持ち悪いぞ。和むな。笑い合うな。楽しくお喋りするな」
「何てこと言うんですか! バレットさんは!」
「うるせえな。これから敵地に乗り込もうって時に和気あいあいやってんじゃねえ」
言い合う俺たちを見てパメラは白鞘を下げた腰帯びをキュッと掴んで表情を改める。
「バレット殿の言う通りでござるな。失敬。拙者、気を引き締め直すでござるよ」
そう言うとパメラは歩くスピードを上げ、俺とティナもそれを追って森の中を足早に進み続けた。
現在、時刻は午後7時。
すっかり日は暮れている。
堕天使どもが農村を襲撃する予定時刻は午後11時。
座標が判明しているヒルダのアジトまでは徒歩なら3時間程度の場所で、飛べばゆっくり行ったとしても1時間はかからない。
だが空には煌々と輝く月が浮かび、明るい森の上空を飛ぶのはいささか目立つ。
ヒルダが農村の襲撃計画をあきらめていなければ、部下の堕天使どもを先行隊として飛ばしてくるかもしれねえ。
森の中を歩くのは面倒だったが、堕天使どもにこっちの接近を察知されて襲撃されたり逃げられたりするのはもっと面倒だ。
だから俺たちは早足で森の中を進み続けた。
悪魔の俺と違ってティナやパメラは夜目が利かないが、月明かりが森の中にところどころ差し込んでいるので、問題なく足を進めていた。
「ぶっ飛ばしたい奴が2人になったぜ」
堕天使ヒルダと下級悪魔ロドリック。
次にこの2人が目の前に現れた時は、必ず俺がこの手で打ち倒す。
「はい。あの2人は必ず捕まえましょう」
ティナは俺とは別の意味で意気込んでいた。
あの2人はどちらも不正プログラムに関与している。
ティナにとっちゃ使命を果たすための重要な標的だ。
そしてパメラはそんな俺たちとはまた別で、天使の農民たちからの依頼を果たそうとしている。
「とりあえず天使の村は大丈夫そうでござるな。少し安心したでござるよ」
あの後、村には外の森に避難していた天使の農民らがゾロゾロと戻ってきた。
連中は天使の警備部隊が大勢残っていることに安堵しているようだった。
「はい。堕天使になってしまった彼のお母様と妹さんは少しかわいそうでしたけど」
一世堕天使の小僧が天使だった頃の家族は母親と妹。
その2人は確かに村にいた。
ティナが堕天使の小僧の話をその家族に告げると、2人は涙を流して悲しんだ。
堕天使になっちまった奴はもう天使の集落では暮らせない。
「ああして引き裂かれた家族はどうなるのでござるか?」
「……その後も共に暮らすことは出来ないケースがほとんどだと聞いています」
その話を聞いたパメラはわずかに沈んだ表情で口を開く。
「家族が離れ離れになるということでござるか」
「ええ……中にはどうしても離れることが出来ず、天使側のご家族が天使としての暮らしを捨てて堕天使になった家族と共にヒッソリと暮らしているという話も聞きますが、そうした方々は人目につかないように山奥などで不便な暮らしを強いられているようです」
「堕天使になってしまうと、元には戻れないのでござるか?」
そう尋ねるパメラの表情に暗い陰が差す。
ティナはそんなパメラの顔を気遣わしげに見ながら答えた。
「堕天使化してすぐでしたら、属性変化の緊急手術を施して救えた例はあります。ごく稀に、数えるほどですが。しかし唐突な堕天使化に際して、そうした施術を受けられる人はほとんどいません。そして先刻の彼のように堕天使化してから時間が経ってしまえば天使の肉体に戻ることは不可能です」
だから天使どもはうるさいぐらいに戒律を守ることを同胞に求め、属性が闇側に傾かないよう常に気を使っているってわけか。
難儀なことだ。
パメラは歩く速度は落とさずに、わずかに頷いた。
「そうでござるか……あの家族は不憫でござるな」
そう言うとパメラは静かにため息をついた。
その様子にティナはわずかに逡巡し、それから意を決したらように尋ねる。
「あの、パメラさん。先ほどライアン様に話しかけている声が聞こえてしまったんですが、パメラさんは人を探しているんですか?」
たった一度会っただけの堕天使の小僧の境遇にそこまで思い入れるパメラの様子は誰が見ても変だ。
ま、俺は興味がなかったから聞かなかったが、ティナの奴はそうはいかねえだろう。
筋金入りのお人好しだからな。
ティナの問いにパメラは足を止めて静かに頷いた。
「……拙者が探しているのは生き別れた姉でござる」
「お姉さん? 先ほど話していたすごいサムライだというお姉さんですか」
パメラは頷くと再び歩き出す。
「実は……姉上はもう数年の間、行方が分からなくなっているのでござるよ。拙者はそんな姉上を探すために、色々なゲームを渡り歩こうと思い立ったのでござる。といっても……どこにいるのか、いや、生きているのか死んでいるのかも分からないのでござるがな」
「えっ? そうなんですか?」
ティナが少しばかり驚いてそう言うと、パメラは寂しげに笑った。
「拙者の現在の所属しているゲーム『ブレード・オブ・ジパング』は拙者にとって転籍先となる第二の故郷なのでござる。元々、生まれ育った最初のゲームは数年前にサービス終了で無くなってしまって」
「そ、そうだったんですか」
サービス終了か。
要するに自分の所属しているゲーム世界が終わっちまうってことだ。
当然、NPCとしての命もそこで終わりを迎えるのが道理なんだが……。
「その時に拙者は運よく今のゲームに拾われたのでござる」
「別のゲームに所属が変わったってことですか。そんなことがあるんですね」
「ふむ。だがそのゲームに姉上の姿はなかったでござる。拙者などより遥かに立派なサムライであったにもかかわらず姉上は選ばれなかった。姉上の消息を掴もうにも拙者にはどうすることも出来なかったでござる。だから腕を磨いて、他のゲームへの出張を申し出たのでござるよ。姉上を見つけるためには外の世界に打って出なければならないという結論に至ったがゆえ」
俺たち一介のNPCに他のゲームの情報なんておいそれと知ることは出来ねえ。
同じゲーム内ならともかく、他のゲームにいるかもしれない人物を見つけるとなると雲を掴むような話だが、それでもパメラはあきらめていない様子だ。
そのことは姉のことを語るその表情にありありと表れていた。
「姉上は立派なサムライでござった。我が父上は大剣豪と呼ばれた剣術の名手でござったが、父上の才能を色濃く受け継いでいたのは間違いなく姉上でござったな。拙者などは体も弱く、よく同輩にからかわれていたものでござる」
懐かしげにパメラは目を細め、口元を綻ばせて言った。
「おまえは本当に剣聖アナリンの妹かと。それも今となっては懐かしい思い出でござるよ」
そう言うパメラの顔は昔を懐かしむのみならず、姉のことを誇らしく思っているような表情に彩られていた。
親兄弟の居ない俺にはよく分からんが、こうして自分以外の人間のことを誇らしげに語る奴を見るのは2人目だ。
ティナの奴も天使長イザベラのことを話す時は同じような表情をしやがる。
「お姉さんはアナリンさんとおっしゃるのですね」
「その名前に聞き覚えはござらんか?」
そう言うパメラにティナは首を横に振る。
「いえ。サムライという職種の方にお会いするのはパメラさんが初めてですし、残念ながらお姉さんのお名前も聞いたことはありませんね。バレットさんは?」
「ねえよ。他人の名前なんざイチイチ覚えてねえしな」
そう言う俺たちにパメラはわずかに肩を落とす。
自分自身が姉貴と離れ離れになったから、パメラはそれを堕天使の小僧に重ね合わせて気にかけていやがったのか。
ティナはパメラを元気づけようと明るい声を出す。
「元気出して下さい。そんなにすごい人だったら、今も絶対にどこかで元気にしていらっしゃいますよ。きっとまだ会えます。そう信じましょう」
そう言うティナにパメラは頷き、顔を上げる。
「お心遣い痛み入るでござる。きっと会えると拙者も信じているでござるよ」
そう言って小娘どもは微笑み合った。
何だこの和やかな雰囲気は。
俺たちはピクニックじゃなくて、今から殴り込みに行くんだぞ。
聞いていると吐き気がしそうなので、俺はこの空気をブチ壊すべく声を上げた。
「おい。小娘ども。気持ち悪いぞ。和むな。笑い合うな。楽しくお喋りするな」
「何てこと言うんですか! バレットさんは!」
「うるせえな。これから敵地に乗り込もうって時に和気あいあいやってんじゃねえ」
言い合う俺たちを見てパメラは白鞘を下げた腰帯びをキュッと掴んで表情を改める。
「バレット殿の言う通りでござるな。失敬。拙者、気を引き締め直すでござるよ」
そう言うとパメラは歩くスピードを上げ、俺とティナもそれを追って森の中を足早に進み続けた。
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