どうせ俺はNPCだから 2nd BURNING!

枕崎 純之助

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第三章 『地底世界エンダルシュア』

第13話 三つ巴

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 俺は我が目を疑った。
 製鉄所の天井をぶち破って落下してきたのがヒルダとロドリックだったからだ。
 共に俺が追う人物だ。
 だが、これはどういうわけだ?

「契約を反古ほごにするか。堕天使だてんしヒルダ。その見習い天使の身柄みがらをこちらに渡せ」
「やなこった。こいつを渡したらあたしは用済みってことでしょ。生憎あいにくだけどあたしはそんなマヌケじゃないんだよ」

 そう言うとヒルダは不正プログラムによるバグを抱えた羽虫どもをロドリックにけしかける。
 ロドリックはそれを避けて製鉄所内を駆け回った。
 こいつら……味方同士じゃなかったのか?
 仲間割れを始めてやがる。

 そしてヒルダはその手にくさりを握り、そのくさりの先には縛られたまま気を失っているティナの姿があった。
 そのティナを引き回し、ロドリックに奪われまいとヒルダは飛び回る。
 俺はそんな様子にれて声を張り上げた。

「おい! てめえら! その見習い天使はこっちの人員だ。返してもらおうか」

 俺がそう言うと2人は動きを止め、装置類の上に陣取って互いににらみ合うとこちらを一瞥いちべつした。
 
「バレット。あんたまで来たの。悪魔の男って奴はどいつこいつもしつこいわね」

 そう吐き捨てるとヒルダはティナをつないだくさり手繰たぐり寄せる。
 
「こいつはあたしの戦利品よ。誰にも渡すもんですか」

 追い詰められた野良犬のように敵意をむき出しにするヒルダに、ロドリックは相変わらず陰鬱いんうつな声で言った。

「こちらを信用していないのは分かるが、その娘の身柄みがらをこちらに引き渡す以外、貴様には選択肢はないはずだ。ヒルダ」

 ロドリックの奴、さっきは契約だ何だと言っていたな。
 あいつがティナの身柄みがらをヒルダから受け取る予定だったということか。
 それをヒルダの奴が反故ほごにしたっていう状況のようだな。

「あたしをナメんじゃないわよ。この見習い天使がいなけりゃ困るのはあんたのほうでしょ。ロドリック。あたしがヤケになってこいつを運営本部に引き渡したら、あんたは大事な大事な任務が果たせなくなる。それでもいいっての?」

 任務……。
 ロドリックの奴に命令しているのは誰なんだ?
 ただ一つ言えるのは、あいつはゾーラン隊時代と同じように任務の遂行すいこう執念しゅうねんを燃やしていやがる。
 だからこんな場所までノコノコと出向いて来やがったんだろう。

「おい。内輪モメはそのぐらいにしろ。まとめてブッつぶしてやるから来い」

 そう言うと俺はあらためて戦闘態勢を取る。
 正直、長槍男ランスマンに刺された左手はまだ動かせない。
 痛みも先ほどよりは幾分マシになってはいるものの、それでもズキズキと忌々いまいましく痛みやがる。
 万全とはとても言えないが、常に万全の時に敵が来てくれるほど、この世は甘くない。
 今こうして標的が2人雁首がんくびをそろえていやがるんだから、ここで叩く以外の選択肢はねえよ。

 俺はアイテム・ストックから拳サポーターを取り出して傷ついた左手にハメた。
 そして俺とヒルダとロドリックはトライアングルの位置関係でそれぞれにらみ合う。
 誰が先に動くか。
 先に動いた方が不利だ。
 
 だが、にらめっこを続けるつもりはねえ。
 俺は先手を打った。
 奴らを動かしてやる。
 左手側にロドリックがいて、右手側にヒルダがいるのは幸運だった。
 俺はすばやく得意の飛び道具を右手で右側のヒルダに放つ。

灼熱鴉バーン・クロウ!」

 俺が動いたことでロドリックもほぼ同時に動いた。

氷風隼フロスト・ファルコン!」

 初手で奴がねらうのは俺だ。
 左手は傷ついて攻撃には適さないが、灼焔鉄甲カグツチを使った防御くらいなら出来る。
 俺は飛んできた氷風隼フロスト・ファルコンを左手で叩き落とした。
 そしてヒルダは不正プログラムを用いて俺の灼熱鴉バーン・クロウを消し去る。
 だがその瞬間にはすでにロドリックがヒルダに襲いかかっていた。

 だろうな。
 ロドリックが最優先するのはティナの確保だ。
 そのために邪魔なヒルダを排除しようってことさ。

 頭に来るが俺のことは二の次だ。
 上等じゃねえか。
 こっちを向かせてやるよ。
 俺はヒルダに襲いかかるロドリックに襲いかかった。

噴熱間欠泉ヒート・ガイザー!」

 ロドリックの足元から炎が噴き上がり、奴はそれを飛び上がってかわす。
 俺はそこに間髪入れずに灼熱鴉バーン・クロウを撃ち込んだ。

「チッ!」

 ロドリックは空中で羽を広げて方向転換し、それを回避する。
 その間にヒルダは不正プログラムを使って地面の中に潜っていく。
 だがロドリックは急降下するとその地面に向けて拳を振り下ろした。
 途端とたんに地面が大きく振動し、土煙が上がる。

「きゃあっ!」

 地面に潜っていったはずのヒルダが掘り返されて吹っ飛び、転がった。
 ロドリックのあの力は何だ?
 ヒルダの不正プログラムを打ち破れるのか?
 ティナの修復術とは異なるのが、地面にはまだバグが残っているってことだ。

 ロドリックはすばやくヒルダを取り押さえにかかるが、ヒルダはすぐさま起き上がると再び不正プログラムを使って自分の前方の空間に揺らぎを作る。
 だが、ロドリックはその揺らぎを拳でなぐりつけた。
 途端とたんにその空間の揺らぎが波紋はもんとなって広がり、ロドリックはその間をすり抜けてヒルダに迫る。
 ロドリックの奴はティナの修復術とは異なる方法で、ヒルダの不正プログラムに対抗する手段を持っていやがるんだ。

 あれは不正プログラムによるバグに何らかの変化を加えているんだろうか。
 そんなことを考えながら俺は反射的に飛び出していた。
 ヒルダをつけねらうロドリックの背中にすきが見えたからだ。
 俺はその背中に向かって飛び蹴りを放つ。
 ロドリックはサッとこれに反応して振り返り、両腕を交差させて防御を試みた。
 だが俺はそこでフェイントをかけて飛び蹴りを止め、着地と同時にロドリックの足を下段蹴りで払った。

「くっ!」

 さすがにこれは避け切れずにロドリックは足を取られてすっ転ぶ。
 俺はそこから一連の動作で右足を振り上げてロドリックの画面を踏みつけようとした。
 ロドリックは咄嗟とっさに身をよじって地面を転がってこれを避ける。
 だが、それじゃ避けたことにならねえんだよロドリック。
 俺はそのまま構わずに地面を踏みつけた。

噴熱間欠泉ヒート・ガイザー!」
「ぐおっ!」

 地面を転がって俺の足に踏みつけられるのを回避したロドリックだが、転がった先の地面から噴き上がった炎に巻かれて奴は空中に跳ね上げられた。
 俺は即座に飛び上がり、空中のロドリックをヒルダに向けて蹴り落とす。
 ヒルダはすぐさま揺らぐ羽虫どもを自分の周囲に展開して姿を隠そうとするが、俺に叩き落とされたロドリックはこちらには反撃をせず、そのままヒルダの眼前の揺らぐ羽虫のカーテンをなぐりつけた。
 バグで揺らぐ空間がさらに激しく揺さぶられ、ロドリックはそこを突き破ってヒルダの元へ到達する。

「きゃあっ!」

 ヒルダはそのままロドリックの体当たりを浴びて転倒し悲鳴を上げた。
 チャンスだ!
 俺は空中から右手で灼熱鴉バーン・クロウを撃ち下ろした。
 
「2人まとめて燃え尽きろ!」

 だがロドリックの体から例の氷の霧が噴き出した。
 魔氷霧デビル・アイス・フォッグだ。
 それによって減衰げんすいした灼熱鴉バーン・クロウはロドリックの背中に当たって弾け飛ぶ。
 それでもダメージを負ったはずのロドリックだが、構わずにヒルダの喉元のどもとつかんでいた。

「ひぐっ……うぅぅ」

 首を締め上げられるヒルダは苦悶くもんの表情を浮かべてロドリックをにらみ付ける。
 その顔の周囲に羽虫どもがバグを作り出そうとするが、バグはすぐに消えちまう。
 間違いない。
 ロドリックの奴が何かをすることでヒルダの不正プログラムの使用に干渉かんしょうしているんだ。
 そのせいでヒルダは思うように不正プログラムを操れていない。

 見るとロドリックの拳をおおうナックル・ガードがバグで揺らいでいる。
 それを見た俺はパメラから聞いた話を思い出した。
 武術大会の初戦でロドリックと対戦したパメラは奴の拳を刀で受け止め、そこから刀がバグッちまったって話だった。
 俺が前回、ロドリックと対戦して敗れた時、あいつはあのナックル・ガードをハメていなかったし、奴の拳でなぐられた俺は不正プログラムには感染しなかった。

 そこから導き出される答えはひとつだ。
 ロドリック自身に不正プログラムに干渉かんしょうする力があるんじゃない。
 あのナックル・ガードにその力があるんだ。
 推測に過ぎねえが、あれでなぐられたら俺もバグッちまうってことか。
 厄介やっかいだぜ。

「契約通りに働けば貴様は望み通り他ゲームへの脱出が叶ったというのに。他者を信用しないその警戒心は結構だが、今回ばかりはそれがあだとなったな。貴様はここで始末する」

 そう言うとロドリックは右手でヒルダの首を握りつぶさんばかりに力を込める。
 そしてヒルダのすぐ近くに横たわっているティナを縛るくさりに左手を伸ばした。
 だがその時、気を失っているはずのティナがムクリと身を起こし、伸びてきたロドリックの手にいきなりガブリとみつきやがった。

「くっ!」

 ロドリックは手を振るって強引にティナを振りほどく。
 ティナは力任せに振りほどかれて地面に転がった。
 だが、そこでティナの姿が見る見るうちに変わっていく。
 それはまったくの別人……いや、そもそも人ですらない魔物の姿だった。

都市土竜シティー・モウル……」

 それはついさっき地下道で俺たちを邪魔しやがった忌々いまいましい魔物だ。
 やはりティナは偽物フェイクだったか。
 桃色妖精がこの場にいなかったことから俺はその可能性には気付いていたが、ロドリックはそうもいかなかったようだな。
 そして……。

「おのれ……」

 ロドリックはみつかれた手を見て怒りの形相ぎょうそうを浮かべている。
 なぜなら都市土竜シティー・モウルの歯がむらさき色の光を帯びていたからだ。
 いや、違う。
 あれは歯じゃない。

「あれは……断絶凶刃コンティニュー・キャンセラー

 歯の代わりにむらさき色の刃がめ込まれていた。
 のろいの刃・断絶凶刃コンティニュー・キャンセラーだ。
 ヒルダの奴が都市土竜シティー・モウル細工さいくして、あの忌々いまいましい刃をめ込みやがったのか。
 これでロドリックはコンティニュー不可ののろいをその身に背負うことになった。
 それを見たヒルダは苦悶くもんの表情の中で、口のはしり上げて笑う。

「く、くふふふ……ざまあ見ろ」
「こざかしい真似まねを!」

 そう言うとロドリックは都市土竜シティー・モウルを蹴り飛ばした。
 だが俺はその瞬間をねらう。
 急降下して背後からロドリックの首の裏にひざ蹴りを食らわせてやった。

「ガッ!」

 延髄えんずいに不意の一撃を受けてさすがのロドリックも少なくないダメージを負った。
 そのせいで一瞬動きが止まるロドリックの頭を俺は思い切り蹴り飛ばした。

「オラァッ!」
「ぐっ!」

 ロドリックは吹っ飛んで近くに積まれている鋼材の山へ突っ込んだ。
 音を立てて鋼材がくずれ、ロドリックを飲み込む。
 そんな俺の眼前では、苦しげにのどを押さえてき込むヒルダの姿があった。
 俺はヒルダを見下ろして鼻を鳴らす。

「フンッ。ざまあねえな。そんなにまでして不正プログラムを手に入れたかったのかよ。どれだけ甘い汁を吸ってきたのか知らねえが、今のてめえはどこからどう見てもみじめな逃亡者だぜ」
「うるさい……うるさいんだよっ! こんなクソみたいなゲームの中に収まって安穏あんのんとしているアンタらには一生分からないわ。あたしは自由になる。どんな手を使ってもね」

 目を血走らせてヒルダがそう言い放ったその時、製鉄所の奥にある一番大きなが大きな音を立てて稼働かどうし始めた。
 そして天井に備えつけられたクレーンの滑車かっしゃが回り、工場のはしからキュルキュルとびついた音を立ててホイスト式のクレーンがの方へ向かってきた。
 俺はそれを目の当たりにして双眸そうぼうを見開く。

「あいつ……」

 そのクレーンの先端部を桃色妖精がクルクルとまとわりつくように飛んでいる。
 そこにはくさりで縛り上げられたティナがり下げられていた。
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