どうせ俺はNPCだから 2nd BURNING!

枕崎 純之助

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第四章 『魔神領域』

第3話 再び地下世界へ

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「ふぅぅぅぅ。緊張したぁ」

 フクロウと化した俺を肩に乗せてミシェルは天樹の塔の内部へ足を踏み入れた途端、下級天使のミシェルは震えるように息を吐いた。
 先ほどまで平静をよそおって、天樹の低層に作られた職員用の出入口をすまし顔で通っていたが、内心はヒヤヒヤしていたんだろう。
 ひとつ間違えりゃ天使としての背任行為だから無理もねえ。
 天使としての危ない橋を渡ってるんだからな。

 それでもミシェルは勝手知ったる天樹の中をよどみのない足取りで地下へと向かっていく。
 途中、何人もの天使とすれ違いながらミシェルはにこやかに挨拶あいさつを交わし、いくつかのゲートを潜り抜けてついに地下の最下層にある根っこのゲートへと到着した。
 ミシェルの言っていた通り、エンダルシュアとの人の往来があるためか、このゲートは出入口のゲート並みに大きく、設備も整っていた。

 そして屈強くっきょうな衛兵が10名体勢で任務に当たり、そのうちの隊長と思しき人物は上級天使だった。
 さすがに天使どもの総本山だけあって、要所要所に上級天使が配属されていやがる。
 ここを悪魔の勢力が攻めようと思ったら、上級悪魔ばかりで構成された精鋭部隊が必要になるだろう。
 かつて俺が所属していたゾーラン隊でも上級種は全体の2割に過ぎなかった。
 地獄の谷ヘル・バレーの最大軍閥ぐんばつと言われたゾーラン隊を持ってしても、ここを攻め落とすことはほぼ不可能だろう。

「ミシェル殿か。しばらくぶりだな。このような場所に何用か?」

 上級天使の隊長がミシェルを見てそう声をかけてきた。
 ミシェルは下級天使の割には顔が広い。
 ティナの話だとかつての天使長イザベラの侍女だったということなので、多くの天使に顔を知られているのだろう。

「エンダルシュアに買い出し業務です」
「ほう。だが、わざわざ買い出しに出向かずとも、地底の民たちはここまで物資を運んでくれるが?」
「いえ、たまには地底を歩いてみたくて。見識も広めたいですし」

 そう言うミシェルの言葉に上級天使の男はしばし考え込む。
 そしてそいつはふと俺を見た。
 こっちを見るんじゃねえよ。
 反射的にムカついた俺だが、感情を表に出さずだまって男を見つめ返す。

「そう言えばモンスイユの街に悪魔が侵入したとか。ミシェル殿のご自宅はご無事であったか?」
「ええ。ビックリしましたが、私は特に被害はありませんでした」

 平静を装うミシェルの奴が内心でヒヤヒヤしているのが伝わってくる。
 さっさと会話を終わらせろ。
 おしゃべりな上級天使め。

「そうであったか。承知した。では通過の手続きを」

 そう言うと上級天使は部下たちに指示を出し、ミシェルの通過手続きを進めていく。
 その間も上級天使は俺をじっと見つめ続けていた。
 気持ち悪い野郎だな。
 その視線にきもを冷やしていただろうミシェルがたまらずに声をかける。

「あの……この子が何か?」
「これは失敬。しかし黒いフクロウとはめずらしい。どちらでご購入されたのかな?」

 この男……俺に悪魔の気配か何かを感じているのか?
 妙に食いついてきやがるな。
 内心あせりまくっているであろうミシェルは、必死に笑顔を保ちながらこれに答える。

「この子は購入したのではなく、地方の山村に住む親戚しんせきが山で見つけた子なんです。めずらしいし、慣れればなつくのでと私が譲り受けました」
「ほう。それはそれは。確かに眼光が鋭く賢そうなフクロウだ」

 そう言うと上級天使は俺の頭に手を伸ばす。
 俺は咄嗟とっさに羽を広げて一声鳴いた。

「クワッ!」
「おっと!」

 俺の威嚇いかくに上級天使はすぐに手を引っ込める。
 この野郎。
 まさか本当に俺が悪魔だと気付いているんじゃあるまいな。
 ミシェルはあわてて笑顔を取りつくろう。

「す、すみません。この子……今日は少し気が立っているみたいで」

 チッ。
 面倒くせえな。
 さっさとこの場を切り抜けるべく、俺はミシェルの言葉に合わせて上級天使に威嚇いかくを続ける。

「クワッ!」

 だが上級天使の男はそんな俺の姿を見て初めてほほゆるめて柔和にゅうわな表情を浮かべた。
  
「これは良いフクロウだ。警戒心の強いフクロウは主人を守る。小さな騎士殿。ご主人さまをしっかりお守りせよ」

 そう言うと上級天使は実は自分はフクロウ好きで、自宅に5匹のフクロウを飼っていることなどを熱心に話して聞かせた。
 チッ。
 どうでもいいんだよ。
 ムダ話してんじゃねえよクソが。

 ほどなくして手続きが終わり、天使の衛兵どもに見送られてゲートを通過した俺たちは、ゆるい下り坂となっているエンダルシュアへの連絡通路を下っていく。
 ここまで来ると天使どもの姿は無く、しばし無人の状態が続いたところでようやくミシェルが声をらした。
 
「ふぅぅぅ。ヒヤヒヤしましたよ。単なるフクロウ好きの方でしたね」
「ケッ。何がご主人様だ。ふざけやがって」
「ハハハ……でもここまで入れたからにはもう安心です。この連絡通路までは我が同胞たちもめったに入って来ませんし、この時間帯はあきないに訪れる地底の民も多くないので……あれ?」

 そう言うミシェルがふと足を止めてメイン・システムを操作し始める。

「どうした?」
「ライアン様からの連絡です! バレット様。朗報……と言うべきではないのかもしれませんが、エンダルシュアの一部に不正プログラムによる黒いあなが見つかったそうです。これはまだ極秘事項なのでライアン様とごく一部の側近しか知りませんが」
「そこからネフレシアに行ける可能性があるってことか」

 俺は言葉にミシェルはうなづいた。
 よし。
 可能性が出てきたぞ。

「それともう一つ。こっちは文句なしの朗報です。ライアン様が運営本部にかけあって下さって、バレット様の紅蓮燃焼スカーレット・モードシステムの条件付き解禁が決まりました。そのためのプログラムを私に送って下さいましたので、これをバレット様に返還します」

 その言葉に俺は思わず目を見開いた。
 紅蓮燃焼スカーレット・モードが使えるなら、俺はもっと臨機応変に戦える。
 プラスになることは間違いない。
 だが諸手もろてを挙げて喜ぶのはまだ早い。

「条件ってのは何だ?」
「天魔融合プログラムの際と同じ儀式をすることです」
「ああ?」

 唐突な話にまゆを潜める俺に、ミシェルはわずかにほほを赤く染めて言う。

「あの……ティナとひたい同士をくっつけ合わせる……例の儀式をすることが必要になります。ですから、必然的にティナを見つけ出して救出しなければなりません」

 チッ。
 そういうことかよ。
 ライアンの直属の部下にしてティナの先輩でもあるミシェルも儀式のことは知っているんだな。

天魔融合てんまゆうごうプログラムの件といい、いちいち面倒なことさせるんじゃねえよ」
「すみません。でも、その儀式を通じてバレット様からティナに修復術の回復プログラムを渡してほしいんです。それが彼女の手に渡れば、彼女はまた戦えますから」

 要するに儀式をすることでティナは修復術を、俺は紅蓮燃焼スカーレット・モードを使えるようになるってことか。

「フンッ。儀式は気に入らねえが、いいだろう。やってやろうじゃねえか」
「では、バレット様の体にティナの修復術回復プログラムと紅蓮燃焼スカーレット・モードのプログラムを移譲します。実際に使用できるのはティナと儀式を終えた後です」

 そう言うとミシェルはフクロウ姿の俺のくちばしに指で触れた。
 途端とたんに俺のメイン・システムが起動し、コマンド・ウインドウが展開された。

紅蓮燃焼スカレット・モードシステム受領。使用にはプロダクト・キーが必要です】

「プロダクト・キーはティナとの儀式を行うと受領できます。ですから……必ずやティナを見つけ出して下さい」

 ミシェルは切実な表情でそう言った。
 ロドリックの奴は間違いなくティナを追っている。
 ティナのいるところに必ず奴は現れるはずだ。
 なら向かうべき場所はひとつ。

「フンッ。さっさとあのチビを見つけ出して回収してやるぜ」

 そう言って顔を上げた俺の前方に、連絡通路の終わりが見えてきた。
 いよいよエンダルシュアか。
 そこには先ほどのようなゲートはなく、広くなった空間にいくつかの建物が並んでいる。
 集落と呼ぶには小さいが、人の出入りがあるようで、地底の民と呼ばれる褐色かっしょくの肌の人間たちが数人ほど建物から建物へと行き来していた。

「ここは地底の民たちの休憩所兼、倉庫のような場所です」

 ミシェルの話によれば天樹へ運び込む物資を一度ここに留め置き、検品などをするための最終施設だという。
 エンダルシュアの入口であるこの場所の先は広大な地底世界が広がっているとのことだ。
 
「不正プログラムのあなの場所はつかんでいるのか? そうでないなら探し出すのは不可能だろ」

 俺の問いにミシェルはメイン・システムを操作する。
 そこにはこのエンダルシュアの全体図が示されていた。

「おおよその場所は判明しています。そこまで私がご案内します。一緒にネフレシアに入ることは出来ないのですが」
「構わん。というかそこまで行けりゃ、おまえはもう用済みだ」
「用済みって。もう少し言い方が……」
 
 その時だった。
 頭上から何かが落下してくる気配を感じて俺は上を振り仰ぐ。

「ひぐっ……」

 そこでミシェルの口から苦痛の声がれる。
 その胸の辺りが血に染まっていた。
 見るとミシェルの心臓辺りに黒くて長い針が突き刺さっている。
 それはミシェルの首の後ろから斜め下に刺さり、胸まで貫いていたんだ。

 ミシェルのライフが一気に尽きていく。
 致命傷クリティカル・ヒットだった。

「くっ!」

 俺が頭上に視線を送ると、この地底世界の天井である岩盤に一匹の魔物が張り付いていた。
 それは人型の魔物だが、背丈は子供くらいしかない。
 一見するとゴブリンに見間違えるが、その顔は人間っぽいものの、肌は石灰せっかいを塗ったかのように白い。

 俺が今まで見たことのない魔物だった。
 真っ白い肌をしたそいつは右手で岩盤の突起をつかんで身軽にぶら下がり、左手に変わった形の石弓を携えている。
 あそこから黒い針を射出しやがったのか。
 武器を使いこなす頭脳と器用さがあるタイプだ。

「ミシェル!」

 俺の叫び声にもミシェルは力なく口をパクパクさせてかすれた声を出すのがやっとだった。

「ま、またですか……。バレット様。ティナを……」

 それ以上は言葉が続かず、ミシェルはその場にドサッとくずれ落ちた。
 そこでミシェルは息絶えてその目から光が失われていく。
 前も行動を共にした際、その途上でこいつはゲームオーバーを迎えたんだ。

「またかよ! おいミシェル! 元に戻る薬はどうすんだ! 黒いあなの場所は! サッサと死んでんじゃねえ!」

 いくらわめこうがさわごうがミシェルはすでに物言わぬ亡骸なきがらとなり、その体は光の粒子に包まれて消えていく。
 どこかでコンティニューするんだろう。
 案内役の予期せぬ早期退場に思わず俺は自分がフクロウであることも忘れて声を上げていた。

 そしてフクロウ姿の俺が言葉をしゃべっていることに気付かれないほど周囲はさわがしくなっていた。
 天井にくっついているのと同じ白肌の魔物どもが続々と現れて、地底の民どもを襲い始めやがったからだ。
 阿鼻叫喚あびきょうかんが響き渡る中、俺はとにかくこの場から離れるべく飛び立った。
 
 元の姿に戻れる薬が失われた以上、3時間の時間切れを待つしかない。
 おそらくあと15分程度だ。
 その前にこのフクロウの姿のまま殺されたりしたら、ここまでのバカバカしい行程がまったくムダになる。
 そんなことになってたまるかよ!
 とにかく俺はエンダルシュアの奥に向かって全速力で飛び続けた。
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