だって僕はNPCだから 3rd GAME

枕崎 純之助

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第三章 天地をあざむく者たち

第4話 天空の逃走劇

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 ブレイディの薬の効果が時間切れとなって僕は人間の姿に戻った。
 せ悪魔にはたき落とされた痛みはまだ残っているけど、僕は無我夢中でせ悪魔に体当たりを浴びせる。

「うわああああっ!」

 ドンッと勢いよくせ悪魔を突き飛ばした僕は、勢い余って地面に倒れ込む。
 だけど即座に起き上がるとブレイディを背にしてせ悪魔の前に立ちはだかった。
 こ、困った。
 悪漢から女子を守る格好良いシチュエーションだけど、この先どうすればいいのかノープランだよ。

 突き飛ばされたせ悪魔は大したダメージもなく、すぐに体勢を立て直してナイフを手に僕をにらみ付けている。
 お、怒ってるかな。
 怒ってるよね?
 いきなり現れた僕にせ悪魔は奇怪なものを見るような視線を送ってきたけれど、その顔はすぐに合点がいったというような表情に変わる。

「鳥が……。なるほど。貴様らは鳥に化けて侵入したわけか」

 そう言うとせ悪魔はナイフを逆手に構え直した。
 僕の背後からブレイディの押し殺したような声が聞こえてくる。
 
「ま、間の悪い男だな。君は。ネタバレじゃないか」

 いや、間の悪いのは薬のせいだと思いますけど。
 けど今はそんなことを言っている場合じゃない。
 僕は武器を何も持っていないし、戦う手段がないという点においてはブレイディと何ら変わりない。
 まあ、たとえ武器があっても悪魔を相手に勝てる気はしないけれど。
 だけどそれはここで悪魔に立ち向かわない理由にはならない。

「ブレイディ。たぶん僕はアイツに刺されて死ぬけれど、そのすきに薬で鳥になって逃げて。そのくらいの時間稼ぎなら出来るから」
「ほう。勇ましいじゃないか。ヘタレ男だと聞いていたのに。まるでイケメンのようだ」
「ま、まあヘタレ男でも男だからね。君を盾にしたなんて言ったら、ジェネット達に会わせる顔がないよ」

 小声で言葉を交わす僕らにせ悪魔はジリジリとにじり寄って来る。

「逃げ出す算段か? 無駄だ。絶対に逃がさん」

 そう言うとせ悪魔は低い姿勢で僕らに襲いかかって来る。
 あっという間に間合いを詰められ僕が身構える間もなく息を飲んだその時だった。

「これでも食らえっ!」

 僕の背後から飛び出したブレイディがそう言って咄嗟とっさせ悪魔に向かって何かを投げつけたんだ。
 それは真っ白な液体の入った試験官だった。
 試験管は突進してくるせ悪魔の足元で割れた。
 途端に真っ白な凍気が吹き出して、せ悪魔の足元が一瞬で凍りつく。

「ううっ!」 

 せ悪魔は顔をしかめて足を動かそうとするけれど、その足と地面とは氷でしっかり繋ぎ止められていた。
 さすがにあれではすぐに動けないだろう。

「瞬間凍結薬だよ。さあ逃げよう!」

 そう言うやいなやブレイディは僕の手をガッと取って走り出した。
 そして転げ込むようにして最初の曲がり角を曲がると、間一髪で今まさに僕らが曲がった角をナイフが飛び去る。
 僕らを逃すまいとせ悪魔が投げたナイフだ。

「あ、危なかった……」
「逃げるが勝ちさ。アルフレッド君。そして逃げるときは一緒だ。ワタシだって君を見捨てて自分だけ逃げ帰ったりしたらシスター・ジェネットに大目玉を食らうんだ」
「あ、ありがとう。ブレイディ」
「どういたしまして。とにかくどこか身を隠せるところに隠れないと」

 僕らは立ち上がると再び走り出した。
 だけどこの場所に僕らに危害を加えようとする奴がいることが分かった以上、今のままじゃ危険すぎる。
 もちろん逃げられるなら逃げるのが上策だろう。
 でも必ず逃げ切れる保証なんてない。
 丸腰のままだともし捕まった時に何も出来ないんだ。

 だから……とにかく武器を!
 走りながら僕は必死に念じた。
 Eライフル。
 来いっ!
 僕の手元に帰って来い!
 帰巣機能があるというEライフルを僕は呼び寄せようとした。
 だけどしばらく走り続けていても、Eライフルが戻って来る気配はない。

「あ、あれ?」

 僕は手応えのなさを感じて、走りながら眉根を寄せた。
 事前に天樹の闘技場で射撃訓練を行った時に、Eライフルを少し離れた場所から呼び寄せる練習もしたんだ。
 その時は手の中に即座に戻ってきてくれたんだけど……。

 Eライフルは今、遠く離れた地上の天樹の中にあるはずだ。
 もしかして遠い場所にあると時間がかかるのかな。
 僕はあせってつい声を漏らした。

「くそっ。早く来てくれ。Eライフル」

 それを聞いたブレイディは再び僕を建物の陰に引っ張り込むとしゃがみ込んだ。
 つられて僕もしゃがむ。
 ブレイディは苦しげに息を切らしながら言った。

「はぁ……はぁ。す、少し休憩しよう。文科系のワタシには持久走は向いてないな。と、鳥の時と違って人の姿で走ると疲れるね。日頃の運動不足がたたってるよ。ふひぃ」

 そう言うとブレイディは肩で息をしながら少しずつ呼吸を落ち着ける。

「ところでアルフレッド君。もしかして武器を手元に呼び寄せようとしているのかい? それは無理だよ」
「え? どうして?」

 驚く僕にブレイディは肩をすくめて言う。

「忘れたのかい? ここは隔絶された裏の世界なんだ。あの雲を抜けた時から表の世界とは繋がれない。ワタシも現時点では外部と通信することは出来ないんだ。もちろん君が頭から発した指令は表の世界にある武器には届かないだろう」
「そ、そうか……いや待てよ。表の世界なら武器を呼び寄せることが出来るってことだよね。だったらあの表の世界との境界線に行けば……」

 僕は不意にそのことを思い出した。
 ブレイディもうなづく。

「そうだね。あそこまで行って一瞬でも向こう側に出られれば武器を呼び寄せることが出来るかもしれない」
「というかそこからそのまま逃げて天使たちに助けてもらったほうが……」
「そりゃ空き巣が警備兵に助けを求めるようなもんだ。ワタシらは不法侵入者だということを忘れないでくれよ」

 そ、そうだった。
 悪魔に狙われてピンチになっているせいで、天使に見つかったらヤバいことを忘れてたよ。
 くそぉ。
 善人にも悪人にも狙われる状況か辛すぎる。

「とにかくあの境界線のある区画まで走ろう。あのせ悪魔をいつまでも釘付けに出来るわけじゃ……」

 そう言ったブレイディのメガネに光が反射した。
 咄嗟とっさに僕は彼女の肩を押す。
 何かがすぐ鼻先でひらめいた。

「うわっ!」

 それは頭上から降り注いだナイフだった。
 ナイフは尻餅しりもちをついているブレイディの両足の間に突き立つ。
 ブレイディは青ざめた顔で悲鳴を上げた。

「うひいっ! ビ、ビックリしたぁ!」

 僕は振り返るとブレイディを背にして頭上を見上げた。
 3階建ての建物屋上から僕を見下ろしていたのは、ブレイディの凍結薬によって動きを止められていたはずのせ悪魔だった。

「ミスター・デビルの奴、もう追い付いてきたのか。凍結薬の効果が思ったより短くて残念だよ」

 後ろからブレイディが残念そうにそう言った。
 せ悪魔は次のナイフを手に僕らの一挙一動をじっと見据えている。
 背を向けて逃げ出そうものなら、すぐに後ろからナイフが飛んできてブスリだ。
 僕はせ悪魔から目をそらさずにブレイディにたずねた。

「例の区画まで走れば1分くらいかな」
「まあ2分はかからないだろう。あの悪魔がそのくらいの時間、氷漬けにされてくれれば楽にたどり着けるんだけどね」

 そう都合よくはいかない。
 さっきの凍結薬で相手もブレイディの持つアイテムを警戒しているはずだ。
 そのせいかせ悪魔は距離を詰めてこようとしない。
 不意討ちは二度は通じないだろう。

 僕らはせ悪魔に視線を据えたまま、ジリジリと後ろに下がる。
 せ悪魔も屋上をジリジリとにじり寄ってくる。

「さっきは助かったよ。アルフレッド君のおかげで串刺しを免れた。感謝する」

 そう言ったブレイディが後ろでガソゴソと何かを取り出している。
 僕は後ろを振り返ることはしなかった。
 なぜならせ悪魔が僕のすきを窺っているからだ。
 な、何とかこの場から逃げ出さないと。
 幸いにしてここは多くの建物に囲まれた路地だから、隠れる場所には事欠かない。
 
「ブレイディ。とにかく身を隠しながら少しずつ例の区画に近づこう。一番身近な建物の入口は……ブレイディ?」

 ブレイディからの返事はない。
 代わりに突然、何かヌメッとしたものがほほに触れた。

「ひゃっ!」

 反射的に後ろを振り返ってしまった僕の体に、太くて長い縄状の何かが巻きついてきた。
 僕は即座に理解した。
 ブレイディがまた薬液を飲んで何かに変身したんだと。
 見ると僕の体に絡み付いていたのは大きな……へび
 い、いや……その長い体は背中側が黒っぽくて腹側が銀色だ。

「ウナギだよ」

 得意げにそう言ったのは、僕が両腕を広げても胴をつかみ切れないほど大きなウナギとなったブレイディだった。
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