75 / 89
最終章 決戦! 天樹の塔
第9話 死の嵐
しおりを挟む
ミランダは新スキル・小魔女謝肉祭によって天使長のイザベラさんを見事に撃破した。
だけど前もそうだったようにイザベラさんには3つの命があるんだ。
彼女の頭上に輝く3つの輪のうち1つ目の輪から光が消えるとすぐにイザベラさんはまた立ち上がり、そのライフゲージが再び満タンになる。
ああ……また最初からやり直しか。
こ、これは僕だったら心が折れそうな展開だな。
だけどせっかく苦労して0にしたライフがまた元通りになってしまうのを見ても、ミランダは平然としていた。
彼女自身のライフはもう半分ほどにまで減ってしまっているってのに、そのメンタルの強さには舌を巻くばかりだ。
一方、甦ったイザベラさんは穏やかな表情だったけれど、もう先ほどのような笑みは浮かべていなかった。
彼女はミランダを静かに見据え、それからフゥとひとつため息をつく。
「私がミランダより絶対的に劣るもの。それは経験ですね。口惜しいことに私は部下たちとの訓練でしか戦闘を経験できません」
イザベラさんは実戦的な戦闘をほとんど経験したことがないという。
もちろん自分より強い相手と戦う機会もなかったはずだ。
対してミランダは数々の強敵と戦い続けてきた。
ジェネットやアリアナ、ヴィクトリアともしのぎを削る戦いを経験している。
冷静に見てみればミランダとイザベラさんは魔力ならミランダ、身体能力ならイザベラさんが勝っていると思う。
だけど豊富な戦闘経験から培った戦いの勘はミランダの強みだ。
それがないイザベラさんは先ほどのようなミランダの機転に虚を突かれてしまう。
そこにミランダの勝機があるんだ。
とは言っても、現状を見ればミランダのほうが不利なのは明白だった。
イザベラさんは2つ目の命でライフゲージ及び法力は再び満タン。
一方のミランダはライフはほぼ半分近くまで減り、ここまでの戦いや先ほどの黒炎弾の連発、さらには小魔女謝肉祭の使用により魔力も残り半分以下にまで減ってしまっている。
確かミランダは言っていたな。
新魔法は大きく魔力を消費すると。
それでも彼女は強気の姿勢を崩さない。
「フンッ。さっさと第2ラウンドを始めるわよ」
そう言ってミランダは気丈に黒鎖杖を構える。
彼女はまだまだ戦意十分だ。
それに一度現れた小魔女たちは消えずにそのまま2階の回廊に待機していた。
これならまだまだ戦えるぞ。
「いいでしょう。同じ手は二度通用しませんので、ご注意下さいね 」
そう言うとイザベラさんは再度、天使生誕で小天使たちを呼び出した。
途端に2階の回廊から事態を見下ろしていた小魔女たちが攻撃的な顔つきに変わる。
獲物を見つけた肉食獣のような鋭い表情はミランダそっくりだ。
彼女たちは再び黒炎弾で小天使を攻撃しようと狙いを定める。
だけど……。
「二度同じ手は食わないと申したはずです。聖光透析」
イザベラさんがそう唱えると、彼女自身のみならず、小天使らの体も光に包まれる。
も、もしかして……。
そこでいよいよ我慢しきれなくなったのか、小魔女たちは次々と小天使らを狙って黒炎弾を放ち始めた。
どうやら小魔女たちはミランダが直接指令を下さなくても、自らの意思で敵を攻撃するようだ。
そんな彼女らの放った燃え盛る火球が小天使らを襲う。
だけど彼らは両手を前に差し出すと、黒炎弾を受け止めてしまった。
まるでイザベラさんがやるのと同じように、小天使らは次々と火球を受け止め、払いのける。
こ、これはやっぱり……。
「小天使も聖光透析で強化されたのか」
僕は呻くようにそう呟いた。
こうなるとさっきまでのようにミランダのペースでは押し切れないかもしれない。
だけどミランダはそんなこと一向に意に介さず、声を張り上げた。
「ケンカ上等よ! あんたたち、やってしまいなさい!」
ミランダの号令を受けて小魔女たちは次々と欄干から飛び降り、杖を振り上げて小天使らに襲いかかる。
またたく間に広場は小魔女たちと小天使らの入り乱れる乱戦となった。
数で勝る小魔女たちに対し、強化されて個々の力で勝る小天使ら。
その攻防は一進一退だった。
そんな中、ミランダは黒鎖杖を手にイザベラさんと再び対峙した。
イザベラさんは鋭い目つきでミランダをじっと見つめて言う。
「さて、私はまだ命を2つ残しています。このままいけば私が3つ目の命を失う前に、あなたのライフが尽きますよ。どうしますか? ミランダ」
「いつまでもダラダラと戦ってるのは性に合わないのよ。ここからは巻きでいくわよ」
そう言うとミランダはいきなり黒鎖杖で自分の頭をゴツンと殴りつけたんだ。
な、何を……ハッ!
自分を痛めつける奇妙な行為によって彼女のライフが総量の半分を切った。
ってことは……。
「なるほど。死神の接吻ですか」
そう言うとイザベラさんは目を細めてミランダを見据えた。
そうか。
ミランダは一気に勝負をかける気なんだ。
ライフが半分に減ったことで、ミランダの緊急モードが発動し、切り札である特殊スキル、死神の接吻が使用可能になった。
「覚悟しなさい。イザベラ。アンタを死の谷底に突き落としてやるわ」
「それは怖いですね。ですが、ご自慢の死の魔法は運だめし。私を一度で仕留められれば万々歳ですが、もし外れた場合に私があなたの隙を見逃すとは思わないことですね」
イザベラさんの言うように、死神の接吻の成功率は3分の一だ。
そしてイザベラさんはさっき、ミランダが黒炎弾を放った後に見せた一瞬の隙すら見逃してくれなかった。
死神の接吻はミランダの渾身の魔法だから、発動後にはどうしてもわずかな隙が生じてしまう。
そうなればイザベラさんに一気に詰め寄られて攻撃されてしまうだろうし、大ダメージにつながる恐れもある。
でも命をあと2つ持つイザベラさんを相手にこのまま戦い続けても、ミランダの不利は覆せないだろう。
ジリジリとライフが削られるのを待つくらいなら、早めに勝負をかけたほうがいいに決まってる。
それに……。
「この魔法は私の誇り。闇の魔女の矜持を今こそ見せつけてやる」
ミランダの言う通りだ。
あの魔法は彼女の象徴なんだ。
死神の接吻なくして、この熾烈な戦いに決着はない。
「覚悟はいいようですね。では、どちらが運を味方につけるか、命を賭したギャンブルといきましょう」
そう言うとイザベラさんは法力で10センチほど床の上に浮き、ゆらゆらと水の流れのように動き出した。
簡単には的を絞らせない気だ。
周囲では小魔女と小天使の騒然たる争いが続いているけれど、ミランダとイザベラさんの周りだけは空気がピンと張り詰めている。
2人とも最後の一撃のタイミングを計ろうと集中力を研ぎ澄ませているんだ。
だけどその息苦しくなるような緊迫の時間はそう長くは続かなかった。
「悪魔の囁き」
ふいにミランダが先手を打ち、その手から黒い霧を放射する。
イザベラさんの姿が見る見るうちに霧の中に飲み込まれていく。
それは毒や眠り、麻痺などを引き起こす神経阻害系の魔法、悪魔の囁きだった。
だけどこれがイザベラさんには通用しないことはすでに先日の模擬戦で実証済みだ。
「天の恵み」
イザベラさんの神々しい声と共に天井から眩い光が差し、黒い霧を晴らしていく。
これは全ての傷を癒やし、全てのステータス異常を治癒するイザベラさんの超回復治癒魔法だ。
もちろん今はこのゲーム内に起きているシステム障害によってライフの回復効果は見込めないけれど、これは眠りや麻痺などの神経阻害効果を全て浄化してくれる魔法でもあるから、ミランダの悪魔の囁きの効果を完全に打ち消してしまう。
でも……ミランダの狙いはそこにあった。
「死神の接吻」
ここで満を持してミランダは必殺の一撃を放ったんだ。
イザベラさんが天の恵みによって霧を晴らしていたその瞬間だ。
今度はミランダの手から放出された黒い靄のドクロが、空気の揺らぎのように伝わって瞬間的にイザベラさんを飲み込んだ。
悪魔の囁きをフェイントに使ったミランダの好判断だった。
死神の吐いた禍々しい吐息が、イザベラさんの命の灯火を吹き消そうとする。
僕は震える拳を握り締めた。
運命の出目がミランダとイザベラさんのどちらに転ぶのか。
祈る思いで僕が見つめる中、結果は一瞬で判明した。
「ハァッ!」
イザベラさんの鋭い声が響き渡り、靄の中から金環杖が飛び出してきたんだ。
それはミランダに向けて一直線に飛ぶ。
ミランダは咄嗟に黒鎖杖でそれを叩き落としたけれど、続いて靄の中から飛び出してきたイザベラさんには反応できなかった。
イザベラさんは一瞬で間合いを詰めてミランダの懐に飛び込む。
「くっ!」
「遅いっ! フゥゥゥァァァアッ!」
ミランダは必死に防御態勢を取ろうとしたけれど間に合わなかった。
イザベラさんの重い拳の連打がミランダの腹部に次々と突き刺さる。
「うぐっ!」
「これが運命です」
くの字に折れ曲がるミランダの顎に、イザベラさんはトドメとばかりに強烈な膝蹴りを浴びせた。
「くはっ!」
「ミランダ……」
そう言ったきり僕は声を失った。
イザベラさんの容赦のない打撃に見舞われたミランダの体は大きく後方に飛ばされ、地面に転がって動かなくなった。
死神の接吻は……失敗に終わったんだ。
くっ!
「ミ、ミランダ……ミランダァァァァァ!」
僕はたまらずに彼女の名を叫んだけれど、ミランダはピクリとも動かない。
広場の中にいる小魔女たちも小天使らとの乱闘から抜け出せず、主人であるミランダを助けにいくことが出来ない。
も、もうダメなのか……。
「これで終わりです。ミランダ」
イザベラさんはそう言ってミランダの傍に落ちている金環杖を拾い上げた。
だけどその時……倒れたまま動かないミランダの体から黒くて小さな影がいきなり飛び出してきた。
次々と現れたそれは十数人の小魔女たちだったんだ。
「なっ……」
新たに現れた小魔女たちは、驚くイザベラさんに次々と組みついていく。
「くっ! は、離れなさい」
そう言ってイザベラさんは何人もの小魔女たちを引きはがそうとするけれど、小さな彼女たちはイザベラさんの体にしがみついたまま離れない。
さらに残った6人の小魔女たちが、そんなイザベラさんの周囲をグルリと取り囲んだんだ。
彼女たちはイザベラさんに向けて両手を突き出す。
そこで初めてミランダが身を起こした。
ミランダ!
見ると彼女のライフは残り20%ほどまで減ってしまっていたけれど、まだ動けるぞ。
口元に血を滲ませた彼女は、痛む体を手で押さえながらゆっくりと立ち上がると、イザベラさんを見据えて言った。
「言ったでしょ? あんたの小天使どもと違って私のチビたちはね、精度が違うのよ。こいつらは1人1人、私と同じ能力を持っているの」
「も、もしや……」
え?
まさか小魔女たちも使えるのか?
ミランダの伝家の宝刀を……。
僕と同様に驚愕の表情を浮かべるイザベラさんに、ミランダは口元の血を拭うとニヤッと笑った。
「もう一度、運だめしの時間よ。イザベラ。死神たちのキスの嵐にあんたの命の灯火が吹き消されないよう、神にでも祈りなさい。死神達の接吻」
ミランダの声に反応した6人の小魔女たちが、一斉にその手から死神の接吻を放った。
初めて見る死神の接吻の多重奏に僕は息を飲む。
死神たちの見えざる手が、死の嵐となってイザベラさんを飲み込んでいった。
だけど前もそうだったようにイザベラさんには3つの命があるんだ。
彼女の頭上に輝く3つの輪のうち1つ目の輪から光が消えるとすぐにイザベラさんはまた立ち上がり、そのライフゲージが再び満タンになる。
ああ……また最初からやり直しか。
こ、これは僕だったら心が折れそうな展開だな。
だけどせっかく苦労して0にしたライフがまた元通りになってしまうのを見ても、ミランダは平然としていた。
彼女自身のライフはもう半分ほどにまで減ってしまっているってのに、そのメンタルの強さには舌を巻くばかりだ。
一方、甦ったイザベラさんは穏やかな表情だったけれど、もう先ほどのような笑みは浮かべていなかった。
彼女はミランダを静かに見据え、それからフゥとひとつため息をつく。
「私がミランダより絶対的に劣るもの。それは経験ですね。口惜しいことに私は部下たちとの訓練でしか戦闘を経験できません」
イザベラさんは実戦的な戦闘をほとんど経験したことがないという。
もちろん自分より強い相手と戦う機会もなかったはずだ。
対してミランダは数々の強敵と戦い続けてきた。
ジェネットやアリアナ、ヴィクトリアともしのぎを削る戦いを経験している。
冷静に見てみればミランダとイザベラさんは魔力ならミランダ、身体能力ならイザベラさんが勝っていると思う。
だけど豊富な戦闘経験から培った戦いの勘はミランダの強みだ。
それがないイザベラさんは先ほどのようなミランダの機転に虚を突かれてしまう。
そこにミランダの勝機があるんだ。
とは言っても、現状を見ればミランダのほうが不利なのは明白だった。
イザベラさんは2つ目の命でライフゲージ及び法力は再び満タン。
一方のミランダはライフはほぼ半分近くまで減り、ここまでの戦いや先ほどの黒炎弾の連発、さらには小魔女謝肉祭の使用により魔力も残り半分以下にまで減ってしまっている。
確かミランダは言っていたな。
新魔法は大きく魔力を消費すると。
それでも彼女は強気の姿勢を崩さない。
「フンッ。さっさと第2ラウンドを始めるわよ」
そう言ってミランダは気丈に黒鎖杖を構える。
彼女はまだまだ戦意十分だ。
それに一度現れた小魔女たちは消えずにそのまま2階の回廊に待機していた。
これならまだまだ戦えるぞ。
「いいでしょう。同じ手は二度通用しませんので、ご注意下さいね 」
そう言うとイザベラさんは再度、天使生誕で小天使たちを呼び出した。
途端に2階の回廊から事態を見下ろしていた小魔女たちが攻撃的な顔つきに変わる。
獲物を見つけた肉食獣のような鋭い表情はミランダそっくりだ。
彼女たちは再び黒炎弾で小天使を攻撃しようと狙いを定める。
だけど……。
「二度同じ手は食わないと申したはずです。聖光透析」
イザベラさんがそう唱えると、彼女自身のみならず、小天使らの体も光に包まれる。
も、もしかして……。
そこでいよいよ我慢しきれなくなったのか、小魔女たちは次々と小天使らを狙って黒炎弾を放ち始めた。
どうやら小魔女たちはミランダが直接指令を下さなくても、自らの意思で敵を攻撃するようだ。
そんな彼女らの放った燃え盛る火球が小天使らを襲う。
だけど彼らは両手を前に差し出すと、黒炎弾を受け止めてしまった。
まるでイザベラさんがやるのと同じように、小天使らは次々と火球を受け止め、払いのける。
こ、これはやっぱり……。
「小天使も聖光透析で強化されたのか」
僕は呻くようにそう呟いた。
こうなるとさっきまでのようにミランダのペースでは押し切れないかもしれない。
だけどミランダはそんなこと一向に意に介さず、声を張り上げた。
「ケンカ上等よ! あんたたち、やってしまいなさい!」
ミランダの号令を受けて小魔女たちは次々と欄干から飛び降り、杖を振り上げて小天使らに襲いかかる。
またたく間に広場は小魔女たちと小天使らの入り乱れる乱戦となった。
数で勝る小魔女たちに対し、強化されて個々の力で勝る小天使ら。
その攻防は一進一退だった。
そんな中、ミランダは黒鎖杖を手にイザベラさんと再び対峙した。
イザベラさんは鋭い目つきでミランダをじっと見つめて言う。
「さて、私はまだ命を2つ残しています。このままいけば私が3つ目の命を失う前に、あなたのライフが尽きますよ。どうしますか? ミランダ」
「いつまでもダラダラと戦ってるのは性に合わないのよ。ここからは巻きでいくわよ」
そう言うとミランダはいきなり黒鎖杖で自分の頭をゴツンと殴りつけたんだ。
な、何を……ハッ!
自分を痛めつける奇妙な行為によって彼女のライフが総量の半分を切った。
ってことは……。
「なるほど。死神の接吻ですか」
そう言うとイザベラさんは目を細めてミランダを見据えた。
そうか。
ミランダは一気に勝負をかける気なんだ。
ライフが半分に減ったことで、ミランダの緊急モードが発動し、切り札である特殊スキル、死神の接吻が使用可能になった。
「覚悟しなさい。イザベラ。アンタを死の谷底に突き落としてやるわ」
「それは怖いですね。ですが、ご自慢の死の魔法は運だめし。私を一度で仕留められれば万々歳ですが、もし外れた場合に私があなたの隙を見逃すとは思わないことですね」
イザベラさんの言うように、死神の接吻の成功率は3分の一だ。
そしてイザベラさんはさっき、ミランダが黒炎弾を放った後に見せた一瞬の隙すら見逃してくれなかった。
死神の接吻はミランダの渾身の魔法だから、発動後にはどうしてもわずかな隙が生じてしまう。
そうなればイザベラさんに一気に詰め寄られて攻撃されてしまうだろうし、大ダメージにつながる恐れもある。
でも命をあと2つ持つイザベラさんを相手にこのまま戦い続けても、ミランダの不利は覆せないだろう。
ジリジリとライフが削られるのを待つくらいなら、早めに勝負をかけたほうがいいに決まってる。
それに……。
「この魔法は私の誇り。闇の魔女の矜持を今こそ見せつけてやる」
ミランダの言う通りだ。
あの魔法は彼女の象徴なんだ。
死神の接吻なくして、この熾烈な戦いに決着はない。
「覚悟はいいようですね。では、どちらが運を味方につけるか、命を賭したギャンブルといきましょう」
そう言うとイザベラさんは法力で10センチほど床の上に浮き、ゆらゆらと水の流れのように動き出した。
簡単には的を絞らせない気だ。
周囲では小魔女と小天使の騒然たる争いが続いているけれど、ミランダとイザベラさんの周りだけは空気がピンと張り詰めている。
2人とも最後の一撃のタイミングを計ろうと集中力を研ぎ澄ませているんだ。
だけどその息苦しくなるような緊迫の時間はそう長くは続かなかった。
「悪魔の囁き」
ふいにミランダが先手を打ち、その手から黒い霧を放射する。
イザベラさんの姿が見る見るうちに霧の中に飲み込まれていく。
それは毒や眠り、麻痺などを引き起こす神経阻害系の魔法、悪魔の囁きだった。
だけどこれがイザベラさんには通用しないことはすでに先日の模擬戦で実証済みだ。
「天の恵み」
イザベラさんの神々しい声と共に天井から眩い光が差し、黒い霧を晴らしていく。
これは全ての傷を癒やし、全てのステータス異常を治癒するイザベラさんの超回復治癒魔法だ。
もちろん今はこのゲーム内に起きているシステム障害によってライフの回復効果は見込めないけれど、これは眠りや麻痺などの神経阻害効果を全て浄化してくれる魔法でもあるから、ミランダの悪魔の囁きの効果を完全に打ち消してしまう。
でも……ミランダの狙いはそこにあった。
「死神の接吻」
ここで満を持してミランダは必殺の一撃を放ったんだ。
イザベラさんが天の恵みによって霧を晴らしていたその瞬間だ。
今度はミランダの手から放出された黒い靄のドクロが、空気の揺らぎのように伝わって瞬間的にイザベラさんを飲み込んだ。
悪魔の囁きをフェイントに使ったミランダの好判断だった。
死神の吐いた禍々しい吐息が、イザベラさんの命の灯火を吹き消そうとする。
僕は震える拳を握り締めた。
運命の出目がミランダとイザベラさんのどちらに転ぶのか。
祈る思いで僕が見つめる中、結果は一瞬で判明した。
「ハァッ!」
イザベラさんの鋭い声が響き渡り、靄の中から金環杖が飛び出してきたんだ。
それはミランダに向けて一直線に飛ぶ。
ミランダは咄嗟に黒鎖杖でそれを叩き落としたけれど、続いて靄の中から飛び出してきたイザベラさんには反応できなかった。
イザベラさんは一瞬で間合いを詰めてミランダの懐に飛び込む。
「くっ!」
「遅いっ! フゥゥゥァァァアッ!」
ミランダは必死に防御態勢を取ろうとしたけれど間に合わなかった。
イザベラさんの重い拳の連打がミランダの腹部に次々と突き刺さる。
「うぐっ!」
「これが運命です」
くの字に折れ曲がるミランダの顎に、イザベラさんはトドメとばかりに強烈な膝蹴りを浴びせた。
「くはっ!」
「ミランダ……」
そう言ったきり僕は声を失った。
イザベラさんの容赦のない打撃に見舞われたミランダの体は大きく後方に飛ばされ、地面に転がって動かなくなった。
死神の接吻は……失敗に終わったんだ。
くっ!
「ミ、ミランダ……ミランダァァァァァ!」
僕はたまらずに彼女の名を叫んだけれど、ミランダはピクリとも動かない。
広場の中にいる小魔女たちも小天使らとの乱闘から抜け出せず、主人であるミランダを助けにいくことが出来ない。
も、もうダメなのか……。
「これで終わりです。ミランダ」
イザベラさんはそう言ってミランダの傍に落ちている金環杖を拾い上げた。
だけどその時……倒れたまま動かないミランダの体から黒くて小さな影がいきなり飛び出してきた。
次々と現れたそれは十数人の小魔女たちだったんだ。
「なっ……」
新たに現れた小魔女たちは、驚くイザベラさんに次々と組みついていく。
「くっ! は、離れなさい」
そう言ってイザベラさんは何人もの小魔女たちを引きはがそうとするけれど、小さな彼女たちはイザベラさんの体にしがみついたまま離れない。
さらに残った6人の小魔女たちが、そんなイザベラさんの周囲をグルリと取り囲んだんだ。
彼女たちはイザベラさんに向けて両手を突き出す。
そこで初めてミランダが身を起こした。
ミランダ!
見ると彼女のライフは残り20%ほどまで減ってしまっていたけれど、まだ動けるぞ。
口元に血を滲ませた彼女は、痛む体を手で押さえながらゆっくりと立ち上がると、イザベラさんを見据えて言った。
「言ったでしょ? あんたの小天使どもと違って私のチビたちはね、精度が違うのよ。こいつらは1人1人、私と同じ能力を持っているの」
「も、もしや……」
え?
まさか小魔女たちも使えるのか?
ミランダの伝家の宝刀を……。
僕と同様に驚愕の表情を浮かべるイザベラさんに、ミランダは口元の血を拭うとニヤッと笑った。
「もう一度、運だめしの時間よ。イザベラ。死神たちのキスの嵐にあんたの命の灯火が吹き消されないよう、神にでも祈りなさい。死神達の接吻」
ミランダの声に反応した6人の小魔女たちが、一斉にその手から死神の接吻を放った。
初めて見る死神の接吻の多重奏に僕は息を飲む。
死神たちの見えざる手が、死の嵐となってイザベラさんを飲み込んでいった。
0
あなたにおすすめの小説
老聖女の政略結婚
那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。
六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。
しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。
相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。
子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。
穏やかな余生か、嵐の老後か――
四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
巻添え召喚されたので、引きこもりスローライフを希望します!
あきづきみなと
ファンタジー
階段から女の子が降ってきた!?
資料を抱えて歩いていた紗江は、階段から飛び下りてきた転校生に巻き込まれて転倒する。気がついたらその彼女と二人、全く知らない場所にいた。
そしてその場にいた人達は、聖女を召喚したのだという。
どちらが『聖女』なのか、と問われる前に転校生の少女が声をあげる。
「私、ガンバる!」
だったら私は帰してもらえない?ダメ?
聖女の扱いを他所に、巻き込まれた紗江が『食』を元に自分の居場所を見つける話。
スローライフまでは到達しなかったよ……。
緩いざまああり。
注意
いわゆる『キラキラネーム』への苦言というか、マイナス感情の描写があります。気にされる方には申し訳ありませんが、作中人物の説明には必要と考えました。
痩せる為に不人気のゴブリン狩りを始めたら人生が変わりすぎた件~痩せたらお金もハーレムも色々手に入りました~
ぐうのすけ
ファンタジー
主人公(太田太志)は高校デビューと同時に体重130キロに到達した。
食事制限とハザマ(ダンジョン)ダイエットを勧めれるが、太志は食事制限を後回しにし、ハザマダイエットを開始する。
最初は甘えていた大志だったが、人とのかかわりによって徐々に考えや行動を変えていく。
それによりスキルや人間関係が変化していき、ヒロインとの関係も変わっていくのだった。
※最初は成長メインで描かれますが、徐々にヒロインの展開が多めになっていく……予定です。
カクヨムで先行投稿中!
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
ハズレスキル『自動販売機』を授かって婚約破棄されましたが、 実は回復薬も魔力食も出せる最強スキルでした
暖夢 由
ファンタジー
十八歳の成人儀式で授かったのは、誰も聞いたことのない《自動販売機スキル》。
役立たずと嘲られ、婚約者レオンには即座に婚約を破棄され、人生が崩れ落ちたように思えた。
だがそのスキルには、食べ物を作り、摂取すれば魔力を増やし、さらに“治癒効果”を付与できるという隠された力があった。
倒れた母を救い、王都の名門・ヴァルセイン伯爵夫人を救ったことで、カミーラは“呪詛”という闇の存在を知る。伯爵邸で出会った炎の力を持つ公爵家次男レグナスとの出会いが、彼女の運命を大きく変えていく。
やがて王都全体に“謎の病”が蔓延。カミーラは治癒スープの炊き出しを行い、人々を次々と回復へ導く。
一方、病の裏で糸を引いていたのは………。
“無価値”と嘲られたスキルが、いま世界を癒し、未来を照らす光となる――。
欠席魔の公爵令嬢、冤罪断罪も欠席す 〜メイリーン戦記〜
水戸直樹
ファンタジー
王太子との婚約――それは、彼に恋したからでも、権力のためでもなかった。
魔王乱立の時代。
王も公爵も外征に出ている王都で、公爵令嬢メイリーンは“地味な婚約者”として王城に現れる。
だが、王太子は初顔合わせに現れなかった。
にもかかわらず、記録に残ったのは「公爵令嬢の欠席」。
抗議はしない。
訂正もしない。
ただ一つ、欠席という事実だけを積み上げていく。
――それが、誰にとっての不合格なのか。
まだ、誰も気づいていない。
欠席から始まる、静かなるファンタジー戦記。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる