蛮族女王の娘《プリンセス》 第2部【共和国編】

枕崎 純之助

文字の大きさ
3 / 100

第103話 曲者たち

しおりを挟む
「チッ! 相変わらずけものくせえところだな」

 そう吐き捨てたのは短い赤毛を無雑作に跳ね散らかした若い女だ。
 彼女の名はネル。
 17歳になったばかりの戦士であり、双子の姉妹ナタリーとナタリアが長を務める弓兵隊に所属している。

 ネルは弓を右手に持ち、ふくろを左肩に担いで不機嫌さを隠そうともせずにズカズカと獣舎に足を踏み入れていった。
 岩山の上に建国したダニアの都。
 その南端にけものたちを飼育する施設がある。
 ネルはここのところ毎日のようにここを訪れていた。
 それが今の彼女の主な仕事だからだ。

「ケッ。よくもまあこんなけものくさい場所に住めるもんだぜ。獣使じゅうし隊の奴らの気が知れねえよ」

 銀の女王クローディアの従姉妹いとこであるブライズが創設したこの獣舎には、けものだけではなく彼らを使役する獣使じゅうし隊の面々が宿舎を構えて住んでいる。
 黒熊狼ベアウルフ黒牙猿ファングエイプなどの猛獣を使役して戦うその部隊の長は、獣使じゅうし隊の前身であるとび隊出身のアデラという女だった。
 先の大戦の折にはアデラは鳥を使って大活躍を見せており、英雄の1人として若者たちの尊敬を集めている。

 ネルは今、その獣舎にけものたちのえさを運ぶ仕事にいていた。
 日中は近隣の野山を駆け回り、鹿や野兎のうさぎなどの動物を仕留めて、それをけものたちのえさとする仕事だ。
 それはネル自身が希望した仕事ではない。
 周囲とぶつかり合い、どの作戦行動にいても問題を起こす彼女に、弓隊の長であるナタリーとナタリアの双子姉妹が仕方なくあてがった仕事だ。
 
「チッ。つまんねえ仕事だぜ」

 ネルは苛立いらだちながら抱えた大きなふくろを獣舎の入口に放り出す。

「おい! けものどものえさを持って来たぞ。 さっさと受け取れ!」

 ネルはそう言うと獣舎の奥から人が出てくるのをイライラしながら待った。
 すると獣舎の奥から1人の赤毛の女がノソノソとした足取りで出てくる。
 身長175cmとダニアの女としてはやや小柄なネルに対して、その女は背が高い。
 身長は190cmほどはあるだろうか。
 だが、脂肪が少なく細身であるためにヒョロッとした印象がある。

「遅いんだよ。オリアーナ。今日のブツだ。受け取れ」

 そう言うネルに、オリアーナと呼ばれた若い女は無言でふくろを拾い上げた。
 長い赤毛を後ろでひとつにまとめた女のその顔には一切の笑みはなく、渇いた表情を浮かべたままネルとはチラリとも目を合わせない。
 オリアーナは19歳。
 獣使じゅうし隊に所属して3年半ほどになる。
  
「……」
「おい。何とか言えよ」

 苛立いらだってそう言うネルにオリアーナは一切答えなかったが、獣舎の奥から小気味の良い足音が聞こえて来たかと思うと、黒い毛並みのけものがオリアーナの横に並び立った。
 黒熊狼ベアウルフだ。
 それを見たネルが不快そうに顔をしかめる。

黒熊狼ベアウルフつないでおくのが決まりだろ。自由に歩き回らせてんじゃねえよ」
「……怖いの?」
「……てめえ。喧嘩けんか売ってんのか? そんな犬っころ一瞬で肉のかたまりに出来るんだぞ」

 そう言うネルに初めてオリアーナは視線を向けた。
 敵意のこもった目だ。
 だが彼女のとなりに立つ黒熊狼ベアウルフが振り返り牙をき出しにしてネルを威嚇いかくし始めると、オリアーナはその頭を優しくでてネルから目をらす。
 そして餌袋えさぶくろを肩に担いだ。

「……確かに受け取った」
「チッ。相変わらず陰気くせえケモノ女だぜ」
「……次はおまえがえさになる?」
「やってみろよ」

 再び険悪な雰囲気ふんいきになったその時、そこにもう1人の女が姿を現した。

「フン。頭の悪い会話ですね。これだから教養のない女は」

 居丈高いたけだかにそう言ってネルの背後から歩み寄って来たのは、ダニアの戦士たちが通常身に着ける革鎧かわよろいではなく、高価な絹織物で作られた学徒服を身に着けた女だった。
 彼女は赤毛を丁寧に編み込み、その上から羽根付きの学帽を被っている。
 その姿を見れば、彼女がほまれ高きウィレミナの学舎の学徒であることがこのダニアの誰にも分かるのだ。

 この都市国家ダニアは現在、立憲君主制を選択している。
 以前はブリジットとクローディアという2人の女王が有していた政治的な決定権は、今ではダニア評議会にゆだねられていた。
 その評議会の議長を若干34歳で務めているのがウィレミナだ。
 そのウィレミナが3年前にこのダニアに開いたのが学舎【ユーフェミア】だった。

 学舎に入れるのは厳しい筆記試験と面接をくぐり抜けた者だけであり、その学舎で優秀な成績を修めた者は評議会で評議員の秘書などの仕事を任されるようになる。
 そうしていずれ評議員になるための階段を上がるのだ。
 学舎に名付けられた【ユーフェミア】というのは、かつてこの統一ダニアがブリジットの本家とクローディアの分家に分かれていた頃、本家でブリジットの参謀を務めていた女の名だった。

 在りし日の彼女は武勇に優れているのみならず、知恵に長け、そしてその卓越した政治的な手腕でブリジットを支え、ウィレミナにとっては師であり母のような女だったのだ。
 だが彼女は先の大戦の前に暗殺者の手にかかって命を落とした。
 ウィレミナは統一ダニアの未来には武勇に優れた者ばかりでなく、ユーフェミアのような知恵と実行力のある者が必要だと切実に感じ、ユーフェミアの名をかんした学舎を人材育成のために設立したのだった。
 今、獣舎に現れたのはその学舎に所属している若き学徒であるエステルという女だった。

「ネル。オリアーナ。今すぐ出かける準備をして下さい。共和国領ビバルデにいるブリジットからの緊急招集です」

 18歳のエステルは整然とそう告げるが、あまりに突然のことにオリアーナは閉口し、ネルは顔をしかめる。
 
「……はぁ? ブリジットが呼んでいるだと? アタシら3人をか?」
「そう言いましたよ。一回で理解して下さい。二度も説明するのは労力の無駄むだなので」

 侮蔑ぶべつの色をその目に浮かべて冷たくそう言い放つとエステルはきびすを返し、さっさとその場を離れていく。

「南門に集合です。今から15分で来て下さい」
「てめえ! 偉そうに仕切ってんじゃねえぞ!」
「……」

 怒りに声を荒げるネルと、呆然ぼうぜんと立ち尽くすオリアーナを無視して、エステルは早々に立ち去ったのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

ドマゾネスの掟 ~ドMな褐色少女は僕に責められたがっている~

ファンタジー
探検家の主人公は伝説の部族ドマゾネスを探すために密林の奥へ進むが道に迷ってしまう。 そんな彼をドマゾネスの少女カリナが発見してドマゾネスの村に連れていく。 そして、目覚めた彼はドマゾネスたちから歓迎され、子種を求められるのだった。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

処理中です...