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第四幕 響詩郎と雷奈 新たな道
響詩郎と雷奈(前編・上の巻)
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「悪路王!」
鬼留神社の裏庭に雷奈の活き活きとした声が響き渡る。
時刻は夜10時過ぎ。
参拝時間はとうに過ぎ、そこで働く職員らも仕事を終えてすでに帰宅している。
本来であれば雷奈たち宮司一家以外は誰もいない、そんな時刻に神社の裏庭には十数人の人が集まっていた。
彼らは皆、神社の親戚縁者たちだった。
その中には雷奈の祖母にして最高責任者の雪花や雷奈の両親、そして雷奈と同じく鬼巫女の候補者である姉や従姉の姿があった。
一堂に会した彼らの前で雷奈は悪路王を顕現してみせたのだ。
そう。
言うなればこれは雷奈が鬼巫女として悪路王を操れるようになったことを親戚縁者らの前で証明する承認式のようなものだった。
3メートルほどの身長を誇る漆黒の大鬼は、主たる雷奈の求めに応じて空中高く舞い上がる。
その素早くもダイナミックな動きに、その場に居合わせた親戚縁者らからは感嘆のどよめきが上がった。
以前に悪路王が活動期を迎えたのは100年も前のことなので、最年長の雪花も含めてこの場にいる者たちが実際に悪路王の姿を目にするのは当然初めてのことだった。
「悪路王!」
雷奈が鋭く声高に叫ぶと、それに呼応して悪路王は裏庭の真ん中に着地する。
そこにあらかじめ用意されていた横に寝かされた状態の大木を悪路王は手刀で真っ二つに叩き割った。
人が2人がかりでようやく手を回せるほどの太い幹がいとも簡単にへし折れるのを見た親戚縁者らから再び大きなどよめきが上がった。
雷奈は自分を見下していた者たちが驚きの声を上げるのを、胸のすく思いで聞いていた。
無論、そんなことはおくびにも出さない。
だが、自分以外の候補者である姉や従姉の反応だけは気になってそちらにチラリと視線をやる。
姉は穏やかな微笑みを浮かべて妹である雷奈を見つめていた。
元々、鬼巫女になることへの執着が一番薄かった姉だけに予想できた反応だったが、もう1人の候補者である従姉は悔しさを露わにして雷奈を睨みつけていた。
雷奈はすぐにそちらから視線を外し、悪路王の体に飛び乗った。
悪路王は雷奈をその肩に担ぐと、そのままゆっくりと歩いて親戚縁者らの前でそっと彼女を降ろした。
その様子からも雷奈が鬼巫女としてきっちり悪路王を支配下に置いていることが皆に知れ渡った。
神衣を身に纏い正装した雷奈は堂々と胸を張り、集まった彼らに厳かに頭を下げる。
(2人には悪いけど、鬼巫女になったのは私だ)
雷奈は強い決意を胸に今日のこの場に臨んでいた。
「悪路王。もういいわよ。下がりなさい」
雷奈がそう言うと、悪路王はスッと闇の中へ溶けるように消えていった。
悪路王を顕現していたのはわずか3分にも満たない間だったが、実際のところそのくらいが限界だった。
雷奈の霊力が不足しているからではない。
そもそも彼女の微々たる霊力では悪路王を動かせないのだ。
その代わりに代償として差し出した「ある物」が消費され、悪路王を動かす言わば燃料の役割を果たしている。
その「ある物」がなくなれば悪路王を顕現することが雷奈には出来なくなる。
「これをもって雷奈を正式に第10代・鬼巫女に任命する。異論のある者はこの場にて申し立てよ」
雪花の毅然とした言葉に親戚縁者らは全員が賛同の意を示した。
ただ1人を除いて。
「納得がいきません。雷奈は自分の霊力で悪路王を使役しているわけじゃない。こんなやり方では由緒ある鬼巫女の伝統に汚点を残すことになります」
憤然と手を挙げてそう言い放ったのは雷奈の従姉にして鬼巫女候補者の1人、鬼ヶ崎風香だった。
肩までの短めの黒髪を振り乱してそう言う彼女の顔は怒りで赤く染まっている。
そんな風香の言葉に真っ先に反応したのは当の雷奈だった。
「な、何ですって!」
「雷奈! あなた恥ずかしくないの? 鬼巫女を名乗りたいなら自分の力で勝負しなさいよ!」
2人は今にも爆発しそうな剣幕で睨み合う。
雷奈よりも1つ年上の風香は従姉同士ということもあり、幼い頃より何かと比べられる存在だった。
そんな2人に静まるように告げ、雪花は風香に目を向けた。
「風香。おまえの言いたいことは分かる。雷奈は鬼巫女としては確かに異質な存在じゃ。正規の方法で鬼巫女の座を射止めたとは言えぬやもしれぬ」
「だったら……」
「じゃが肝心なことを忘れるでないぞ。雷奈を鬼巫女に選んだのは他ならぬ悪路王であるということを」
「そ、それは……」
雪花の話に風香は口ごもり、それ以上の反論を封じられた。
悔しくて雷奈を睨みつけるのが精一杯の風香は仕方なく引き下がり、その夜の承認式はお開きとなった。
風香は悔しげに雷奈を一瞥すると、もはやこれ以上この場にいるのも不愉快といったように足早に引き上げて行った。
「では。皆の衆。本日はご苦労だった。各々気をつけて帰られよ」
雪花の言葉を受けてその場にいた面々が各自解散していく中、最後まで残った雪花は雷奈にそっと声をかける。
「雷奈。おまえも感じておったじゃろうが、この私も鬼巫女という大役はおまえには荷が重いと思っておる者の一人じゃ。じゃが、そんな私らの勝手な思い込みを弾き返してみせよ」
「おばあちゃん……」
「この愚かな婆様を驚かせてみせるがいい。雷奈。誰がどう文句を言おうと、今日よりおまえが鬼巫女じゃ。精進するんじゃぞ」
そう言うと雪花は雷奈の尻をポンと軽く叩き、その場を後にした。
残された雷奈は祖母に深々と頭を下げるのだった。
その時、神衣の袖の袂に入れたケータイがバイブレーションを繰り返すのを感じて、雷奈はそれを取り出すと画面に目をやる。
【おめでとう。雷奈。恥じることなんてないわ。堂々と鬼巫女の務めを果たしなさい。がんばって】
それは雷奈の姉・雨月からの祝福メールだった。
雨月も候補者の1人であるものの、彼女は鬼巫女となることを自身では望んでいなかった節がある。
だが雨月は非常に優れた霊能力者であり、鬼巫女への就任を周囲から最も強く望まれていた候補者である。
そうした期待を裏切る結果になったわけであるから、本人も思うところが色々あるだろう。
それでもこのメールの内容は姉の本心からの言葉であると雷奈にはよく分かっていたし、そんな姉に感謝の気持ちを抱いた。
承認式の場で雷奈に直接お祝いを言わなかったのは、あの場にいたもう1人の候補者である風香の立場や気持ちを慮ってのことだろう。
猪突猛進型の雷奈と違い、雨月はそうした俯瞰で大局的なものの見方が出来るそんな優れた人物だった。
【お姉ちゃん。ありがとう】
雷奈はそう返信するとそのままケータイを操作して別の画面を映し出した。
それはある銀行口座の内容が記載されたネットバンキングの画面だった。
「はぁ。1万イービルがあっという間に消えた。ちょっと顔見せした程度なのに。これ実際に妖魔との戦いで悪路王を使ったらどれだけ資金が必要になるのか分からないわね。燃費悪すぎ」
そう言うと雷奈はもう一度ため息をついた。
イービル。
それはこの世界とは表裏一体の異世界である魔界に流通する貨幣・妖貨を表す単位である。
そして雷奈が今ケータイで見ているのは、その妖貨を貯蓄しておくための専用口座だった。
そう。
先日の神凪響詩郎との代償契約の儀式において、雷奈が悪路王を使役するために不足している霊力を補う代償として趙香桃が提案したのが、この妖貨だった。
悪路王に妖貨を捧げる代わりに鬼巫女である雷奈の命令に従う。
それが結ばれた契約の内容だった。
「お金で悪路王を時間貸しされてるみたいで気が引けるけど、私にはこの方法しかない」
先ほど従姉の風香から受けた批判のことを思い返し、苦い表情を浮かべる雷奈だったが、それでも彼女の心は決まっていた。
「誰にも文句を言わせないほどの実績を作る。それしかない」
妖貨を代償とする形で鬼巫女としての能力を行使したとしても、それによって結果を残せるのであれば、いずれ周囲の者たちも自ずと雷奈を鬼巫女として認めてくれるようになるだろう。
彼女はそう信じて自分の道を突き進むことに決めたのだ。
なお、妖貨は一般には知られておらず人の世では使い道のない通貨だが、実際には妖魔に関連する取引などで使われている。
そうした経緯から鬼留神社には妖貨の備蓄がある。
人から奉納されたり、妖魔が世話になった礼として置いていったりしたものだった。
今回、悪路王を使役するために使った1万イービルは、そうした備蓄の妖貨を雷奈が神社から借り受けたものだった。
「香桃さんもよくあんなこと思いつくわね」
雷奈は金髪妖狐の切れ長の目を思い返しながら、半ば呆れたようにそう言った。
妖貨を代償にする。
そのアイデアを提示した香桃の頭の中にはすでに、ある青写真が描かれていて、それを聞いた時、初めから香桃がそれを狙って自分と響詩郎を引き合わせたのだと雷奈はすぐに気が付いた。
これから雷奈が歩んでいく道とは切っても切り離せない人物。
それが響詩郎だった。
「神凪響詩郎か。私と同い年って言ってたわね。そのくせ妙に落ち着いてて、口が上手くて……変な奴」
そうは言うものの雷奈は彼の仕事ぶりに少なからず感銘を受けていた。
すでに彼はプロの罪科換金士として2年あまりの業務経験を持っている。
おそらくその経験が彼を実年齢よりも落ち着いた若者に見せているのだろうと雷奈は思った。
香桃の思惑。
響詩郎の能力。
そして自分の歩むべき道。
さまざまな事柄が雷奈の頭の中で入り乱れて共鳴する。
雷奈はしばしその場で思考のさざ波に身を任せていたが、やがてポツリと呟きを漏らした。
「自分の目で確かめないとね。行き先を他人任せにするなんてガラじゃないし」
そう言うと雷奈は決然とした顔で神社の裏庭を後にするのだった。
鬼留神社の裏庭に雷奈の活き活きとした声が響き渡る。
時刻は夜10時過ぎ。
参拝時間はとうに過ぎ、そこで働く職員らも仕事を終えてすでに帰宅している。
本来であれば雷奈たち宮司一家以外は誰もいない、そんな時刻に神社の裏庭には十数人の人が集まっていた。
彼らは皆、神社の親戚縁者たちだった。
その中には雷奈の祖母にして最高責任者の雪花や雷奈の両親、そして雷奈と同じく鬼巫女の候補者である姉や従姉の姿があった。
一堂に会した彼らの前で雷奈は悪路王を顕現してみせたのだ。
そう。
言うなればこれは雷奈が鬼巫女として悪路王を操れるようになったことを親戚縁者らの前で証明する承認式のようなものだった。
3メートルほどの身長を誇る漆黒の大鬼は、主たる雷奈の求めに応じて空中高く舞い上がる。
その素早くもダイナミックな動きに、その場に居合わせた親戚縁者らからは感嘆のどよめきが上がった。
以前に悪路王が活動期を迎えたのは100年も前のことなので、最年長の雪花も含めてこの場にいる者たちが実際に悪路王の姿を目にするのは当然初めてのことだった。
「悪路王!」
雷奈が鋭く声高に叫ぶと、それに呼応して悪路王は裏庭の真ん中に着地する。
そこにあらかじめ用意されていた横に寝かされた状態の大木を悪路王は手刀で真っ二つに叩き割った。
人が2人がかりでようやく手を回せるほどの太い幹がいとも簡単にへし折れるのを見た親戚縁者らから再び大きなどよめきが上がった。
雷奈は自分を見下していた者たちが驚きの声を上げるのを、胸のすく思いで聞いていた。
無論、そんなことはおくびにも出さない。
だが、自分以外の候補者である姉や従姉の反応だけは気になってそちらにチラリと視線をやる。
姉は穏やかな微笑みを浮かべて妹である雷奈を見つめていた。
元々、鬼巫女になることへの執着が一番薄かった姉だけに予想できた反応だったが、もう1人の候補者である従姉は悔しさを露わにして雷奈を睨みつけていた。
雷奈はすぐにそちらから視線を外し、悪路王の体に飛び乗った。
悪路王は雷奈をその肩に担ぐと、そのままゆっくりと歩いて親戚縁者らの前でそっと彼女を降ろした。
その様子からも雷奈が鬼巫女としてきっちり悪路王を支配下に置いていることが皆に知れ渡った。
神衣を身に纏い正装した雷奈は堂々と胸を張り、集まった彼らに厳かに頭を下げる。
(2人には悪いけど、鬼巫女になったのは私だ)
雷奈は強い決意を胸に今日のこの場に臨んでいた。
「悪路王。もういいわよ。下がりなさい」
雷奈がそう言うと、悪路王はスッと闇の中へ溶けるように消えていった。
悪路王を顕現していたのはわずか3分にも満たない間だったが、実際のところそのくらいが限界だった。
雷奈の霊力が不足しているからではない。
そもそも彼女の微々たる霊力では悪路王を動かせないのだ。
その代わりに代償として差し出した「ある物」が消費され、悪路王を動かす言わば燃料の役割を果たしている。
その「ある物」がなくなれば悪路王を顕現することが雷奈には出来なくなる。
「これをもって雷奈を正式に第10代・鬼巫女に任命する。異論のある者はこの場にて申し立てよ」
雪花の毅然とした言葉に親戚縁者らは全員が賛同の意を示した。
ただ1人を除いて。
「納得がいきません。雷奈は自分の霊力で悪路王を使役しているわけじゃない。こんなやり方では由緒ある鬼巫女の伝統に汚点を残すことになります」
憤然と手を挙げてそう言い放ったのは雷奈の従姉にして鬼巫女候補者の1人、鬼ヶ崎風香だった。
肩までの短めの黒髪を振り乱してそう言う彼女の顔は怒りで赤く染まっている。
そんな風香の言葉に真っ先に反応したのは当の雷奈だった。
「な、何ですって!」
「雷奈! あなた恥ずかしくないの? 鬼巫女を名乗りたいなら自分の力で勝負しなさいよ!」
2人は今にも爆発しそうな剣幕で睨み合う。
雷奈よりも1つ年上の風香は従姉同士ということもあり、幼い頃より何かと比べられる存在だった。
そんな2人に静まるように告げ、雪花は風香に目を向けた。
「風香。おまえの言いたいことは分かる。雷奈は鬼巫女としては確かに異質な存在じゃ。正規の方法で鬼巫女の座を射止めたとは言えぬやもしれぬ」
「だったら……」
「じゃが肝心なことを忘れるでないぞ。雷奈を鬼巫女に選んだのは他ならぬ悪路王であるということを」
「そ、それは……」
雪花の話に風香は口ごもり、それ以上の反論を封じられた。
悔しくて雷奈を睨みつけるのが精一杯の風香は仕方なく引き下がり、その夜の承認式はお開きとなった。
風香は悔しげに雷奈を一瞥すると、もはやこれ以上この場にいるのも不愉快といったように足早に引き上げて行った。
「では。皆の衆。本日はご苦労だった。各々気をつけて帰られよ」
雪花の言葉を受けてその場にいた面々が各自解散していく中、最後まで残った雪花は雷奈にそっと声をかける。
「雷奈。おまえも感じておったじゃろうが、この私も鬼巫女という大役はおまえには荷が重いと思っておる者の一人じゃ。じゃが、そんな私らの勝手な思い込みを弾き返してみせよ」
「おばあちゃん……」
「この愚かな婆様を驚かせてみせるがいい。雷奈。誰がどう文句を言おうと、今日よりおまえが鬼巫女じゃ。精進するんじゃぞ」
そう言うと雪花は雷奈の尻をポンと軽く叩き、その場を後にした。
残された雷奈は祖母に深々と頭を下げるのだった。
その時、神衣の袖の袂に入れたケータイがバイブレーションを繰り返すのを感じて、雷奈はそれを取り出すと画面に目をやる。
【おめでとう。雷奈。恥じることなんてないわ。堂々と鬼巫女の務めを果たしなさい。がんばって】
それは雷奈の姉・雨月からの祝福メールだった。
雨月も候補者の1人であるものの、彼女は鬼巫女となることを自身では望んでいなかった節がある。
だが雨月は非常に優れた霊能力者であり、鬼巫女への就任を周囲から最も強く望まれていた候補者である。
そうした期待を裏切る結果になったわけであるから、本人も思うところが色々あるだろう。
それでもこのメールの内容は姉の本心からの言葉であると雷奈にはよく分かっていたし、そんな姉に感謝の気持ちを抱いた。
承認式の場で雷奈に直接お祝いを言わなかったのは、あの場にいたもう1人の候補者である風香の立場や気持ちを慮ってのことだろう。
猪突猛進型の雷奈と違い、雨月はそうした俯瞰で大局的なものの見方が出来るそんな優れた人物だった。
【お姉ちゃん。ありがとう】
雷奈はそう返信するとそのままケータイを操作して別の画面を映し出した。
それはある銀行口座の内容が記載されたネットバンキングの画面だった。
「はぁ。1万イービルがあっという間に消えた。ちょっと顔見せした程度なのに。これ実際に妖魔との戦いで悪路王を使ったらどれだけ資金が必要になるのか分からないわね。燃費悪すぎ」
そう言うと雷奈はもう一度ため息をついた。
イービル。
それはこの世界とは表裏一体の異世界である魔界に流通する貨幣・妖貨を表す単位である。
そして雷奈が今ケータイで見ているのは、その妖貨を貯蓄しておくための専用口座だった。
そう。
先日の神凪響詩郎との代償契約の儀式において、雷奈が悪路王を使役するために不足している霊力を補う代償として趙香桃が提案したのが、この妖貨だった。
悪路王に妖貨を捧げる代わりに鬼巫女である雷奈の命令に従う。
それが結ばれた契約の内容だった。
「お金で悪路王を時間貸しされてるみたいで気が引けるけど、私にはこの方法しかない」
先ほど従姉の風香から受けた批判のことを思い返し、苦い表情を浮かべる雷奈だったが、それでも彼女の心は決まっていた。
「誰にも文句を言わせないほどの実績を作る。それしかない」
妖貨を代償とする形で鬼巫女としての能力を行使したとしても、それによって結果を残せるのであれば、いずれ周囲の者たちも自ずと雷奈を鬼巫女として認めてくれるようになるだろう。
彼女はそう信じて自分の道を突き進むことに決めたのだ。
なお、妖貨は一般には知られておらず人の世では使い道のない通貨だが、実際には妖魔に関連する取引などで使われている。
そうした経緯から鬼留神社には妖貨の備蓄がある。
人から奉納されたり、妖魔が世話になった礼として置いていったりしたものだった。
今回、悪路王を使役するために使った1万イービルは、そうした備蓄の妖貨を雷奈が神社から借り受けたものだった。
「香桃さんもよくあんなこと思いつくわね」
雷奈は金髪妖狐の切れ長の目を思い返しながら、半ば呆れたようにそう言った。
妖貨を代償にする。
そのアイデアを提示した香桃の頭の中にはすでに、ある青写真が描かれていて、それを聞いた時、初めから香桃がそれを狙って自分と響詩郎を引き合わせたのだと雷奈はすぐに気が付いた。
これから雷奈が歩んでいく道とは切っても切り離せない人物。
それが響詩郎だった。
「神凪響詩郎か。私と同い年って言ってたわね。そのくせ妙に落ち着いてて、口が上手くて……変な奴」
そうは言うものの雷奈は彼の仕事ぶりに少なからず感銘を受けていた。
すでに彼はプロの罪科換金士として2年あまりの業務経験を持っている。
おそらくその経験が彼を実年齢よりも落ち着いた若者に見せているのだろうと雷奈は思った。
香桃の思惑。
響詩郎の能力。
そして自分の歩むべき道。
さまざまな事柄が雷奈の頭の中で入り乱れて共鳴する。
雷奈はしばしその場で思考のさざ波に身を任せていたが、やがてポツリと呟きを漏らした。
「自分の目で確かめないとね。行き先を他人任せにするなんてガラじゃないし」
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