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第四幕 響詩郎と雷奈 新たな道
響詩郎と雷奈(後編・上の巻)
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「まあそう怖がるなよ。知っていることを洗いざらい喋ってくれるだけでいいんだ。簡単なことさ」
そう言うと僧侶は拳をボキボキと鳴らしながらズカズカと大股で妖魔の男に近付いていく。
「ひいっ!」
妖魔の男は怯えきって立ち尽くしていたが、僧侶の前に響詩郎が敢然と立ちはだかった。
響詩郎は大柄な僧侶を睨みつけるとその顔に怒りを滲ませる。
「またあんたか。悪いが彼は俺のクライアントだ。あんたの出る幕はない」
そう言う響詩郎をニヤニヤとした目で見据えながら僧侶は楽しげな口調で言った。
「勘定屋の小僧か。ここのところよく会うな。まあそういきり立つなって。こないだは殴ったりして悪かったな。今日は殴らねえから、その後ろの男をこっちに譲ってくれよ。なっ?」
まったく悪びれる様子もなくそう言いながら僧侶は響詩郎の肩に手を伸ばした。
だが響詩郎はその手をピシャリとはねつける。
「あんたにモラルを求めるだけ無駄だろうが、人の仕事をこんなやり方で横取りしてると、ますます評判落として仕事がやりづらくなるだけだぜ」
毅然とした態度で響詩郎がそう言うと、僧侶は表情を一変させる。
鋭い視線を響詩郎に投げかけながら、低くドスのきいた声で言った。
「おめえ馬鹿だろ。普通の奴は殴られたら学習するもんだぜ。強い奴には逆らうべきじゃないってな。この前の痛みを忘れちまったか? ああっ?」
そう言うと僧侶は筋骨隆々たる腕を振りかざし、握り拳を響詩郎の顔めがけて振り下ろした。
その拳は響詩郎の鼻先で寸止めされたが、彼は避けようともせずに僧侶をじっと見据えて言う。
「強い奴? あんたみたいに腕力に任せて自分より弱い奴を押さえつけるしか能のない奴は強いとは言わねえんだよ」
響詩郎がそう言った途端だった。
彼の目の前で寸止めされていた僧侶の拳がパッと開かれ、響詩郎の胸ぐらを掴んだ。
そして僧侶はもう片方の拳で容赦なく響詩郎の腹を突き上げたのだ。
「かはっ!」
硬い拳がめり込んだ腹部に猛烈な激痛が走り、響詩郎は体をくの字に折ってその場に倒れ込んだ。
僧侶はそんな響詩郎を蔑んだ目で見下ろしながら言う。
「なら教えてくれよ。どんな奴が強いんだ? ああっ?」
怒声を上げて僧侶は響詩郎の脇腹を蹴り上げた。
「ぐっ! うぐっ!」
幾度か蹴りつけて響詩郎が動かなくなるのを見てから、僧侶はつまらなさそうな顔で彼を跨ぎ越えた。
「ケッ。てめえは弱いから自分の客も仕事も守れない。どんなにご大層なゴタク並べようとそれが現実だ」
そう言うと僧侶は妖魔の男に迫っていく。
男は響詩郎が暴行される様子を見て、すっかりすくみ上がってしまい動けなくなっていた。
そんな彼に対して僧侶はその太い二の腕を伸ばす。
「さあ選手交代だ。あんたの面倒は俺が見てやる……」
そう言いかけた僧侶だったが、倒れていた響詩郎が起き上がり素早く彼の前に回り込んだ。
再び眼前に立ちはだかる響詩郎に、僧侶は不機嫌さを露わにして怒りの声を上げる。
「てめえ。本当に半殺しにされなきゃ分からねえようだな」
僧侶は殺気で目をギラつかせてそう凄むが、響詩郎はその顔を苦痛に歪めながらも一歩とて引こうとしない。
腹に強烈なパンチをもらったことで膝はガクガクと震えていたが、それでも響詩郎は気丈に声を絞り出した。
「何度も言わせるな。これは俺の仕事だ。頼ってくれた依頼主を放り出すわけにはいかないんだよ」
そう言い張る響詩郎を奇妙なものでも見るかのような目つきで眇め見ながら僧侶は鼻で笑った。
「フンッ。馬鹿が。そんなクソ犯罪者を庇おうなんざマヌケもいいところだ。どけっ!」
僧侶は再び響詩郎を殴りつけようとするが、彼もそうはさせじと必死に僧侶に組み付いた。
「しつこいんだよ! このガキが!」
僧侶は自分に食らいついてくる響詩郎を力任せに振りほどいて地面に叩きつけた。
「あぐっ!」
アスファルトの上に転がって苦痛の声を上げる響詩郎の背中を上から踏みつけて僧侶は吐き捨てるように言う。
「オラッ。そこでウジ虫みたいに這いつくばってろ。てめえは負けたんだ。負け犬はすっこめ」
そう言うと僧侶は今度こそ妖魔の男を捕らえようと歩を進めた。
だが、そこで足首を掴まれて前につんのめりそうになる。
「っく」
僧侶の足首を掴んでいたのは、やはり響詩郎だった。
彼は地面に這いつくばったまま、それでも僧侶の行く手を阻もうと必死に手を伸ばして足首をつかまえたのだ。
だが、これは僧侶の怒りのリミッターを外す行為となってしまった。
「そうか。もう命は惜しくねえってか。すげえなおまえ。根性あるぜ。なら望み通り殺してやる」
そう言った僧侶の口調は奇妙にもやさしげだったが、その目はもはや血走り据わっていた。
そしてうつ伏せの響詩郎の脇腹を蹴って仰向けに転がすと、その腹にドスンと腰を下ろして馬乗りになった。
「うぐっ!」
大柄な僧侶に乗っかられて、強い圧迫感が響詩郎の五臓六腑を痛めつける。
苦しげに声を漏らす響詩郎の頬を僧侶は遠慮なしにバチンと平手打ちした。
分厚い手で張られて響詩郎の頬は赤く染まり、唇が切れて血が滲む。
そんな彼の顔を見下ろしながら僧侶は事も無げに言った。
「幸いあの妖魔野郎はビビって逃げられねえみたいだから、おまえを死体に変えた後、ゆっくり捕まえてやるよ」
僧侶の口調こそ穏やかだが、その目は完全にキレていた。
僧侶は拳を振り上げると容赦なく響詩郎の顔面を左右から連続で殴りつけた。
「オラッ! オラッ! 死ねっ! 死んじまえっ!」
ゴッ、ゴッと鈍い音が頭の中に響き、響詩郎はそのあまりの衝撃に気を失いそうになる。
もはや理性を失った僧侶は本当に自分を殺すまで止まらないだろうと響詩郎は覚悟を決めた。
だが、事態が彼の予想し得ない方向に転がり始めたのはその直後だった。
「うおっ!」
突然、僧侶が声を上げて響詩郎の腹の上から弾き飛ばされて地面に転がったのだ。
腹部を圧迫していた重しが消え、響詩郎は息を吹き返したように起き上がった。
頭がクラクラして視界がぼやけている。
殴られた痛みが全身を苛んでいたが焦点が定まってくると彼は思わず息を飲んだ。
響詩郎の前に1人の人物が仁王立ちしていた。
その人物を見上げて響詩郎は驚きの声を漏らした。
「あ、あんたは……」
彼の前に立っていたのはつい先日、響詩郎が訪れた鬼留神社の孫娘、鬼ヶ崎雷奈だったのだ。
そう言うと僧侶は拳をボキボキと鳴らしながらズカズカと大股で妖魔の男に近付いていく。
「ひいっ!」
妖魔の男は怯えきって立ち尽くしていたが、僧侶の前に響詩郎が敢然と立ちはだかった。
響詩郎は大柄な僧侶を睨みつけるとその顔に怒りを滲ませる。
「またあんたか。悪いが彼は俺のクライアントだ。あんたの出る幕はない」
そう言う響詩郎をニヤニヤとした目で見据えながら僧侶は楽しげな口調で言った。
「勘定屋の小僧か。ここのところよく会うな。まあそういきり立つなって。こないだは殴ったりして悪かったな。今日は殴らねえから、その後ろの男をこっちに譲ってくれよ。なっ?」
まったく悪びれる様子もなくそう言いながら僧侶は響詩郎の肩に手を伸ばした。
だが響詩郎はその手をピシャリとはねつける。
「あんたにモラルを求めるだけ無駄だろうが、人の仕事をこんなやり方で横取りしてると、ますます評判落として仕事がやりづらくなるだけだぜ」
毅然とした態度で響詩郎がそう言うと、僧侶は表情を一変させる。
鋭い視線を響詩郎に投げかけながら、低くドスのきいた声で言った。
「おめえ馬鹿だろ。普通の奴は殴られたら学習するもんだぜ。強い奴には逆らうべきじゃないってな。この前の痛みを忘れちまったか? ああっ?」
そう言うと僧侶は筋骨隆々たる腕を振りかざし、握り拳を響詩郎の顔めがけて振り下ろした。
その拳は響詩郎の鼻先で寸止めされたが、彼は避けようともせずに僧侶をじっと見据えて言う。
「強い奴? あんたみたいに腕力に任せて自分より弱い奴を押さえつけるしか能のない奴は強いとは言わねえんだよ」
響詩郎がそう言った途端だった。
彼の目の前で寸止めされていた僧侶の拳がパッと開かれ、響詩郎の胸ぐらを掴んだ。
そして僧侶はもう片方の拳で容赦なく響詩郎の腹を突き上げたのだ。
「かはっ!」
硬い拳がめり込んだ腹部に猛烈な激痛が走り、響詩郎は体をくの字に折ってその場に倒れ込んだ。
僧侶はそんな響詩郎を蔑んだ目で見下ろしながら言う。
「なら教えてくれよ。どんな奴が強いんだ? ああっ?」
怒声を上げて僧侶は響詩郎の脇腹を蹴り上げた。
「ぐっ! うぐっ!」
幾度か蹴りつけて響詩郎が動かなくなるのを見てから、僧侶はつまらなさそうな顔で彼を跨ぎ越えた。
「ケッ。てめえは弱いから自分の客も仕事も守れない。どんなにご大層なゴタク並べようとそれが現実だ」
そう言うと僧侶は妖魔の男に迫っていく。
男は響詩郎が暴行される様子を見て、すっかりすくみ上がってしまい動けなくなっていた。
そんな彼に対して僧侶はその太い二の腕を伸ばす。
「さあ選手交代だ。あんたの面倒は俺が見てやる……」
そう言いかけた僧侶だったが、倒れていた響詩郎が起き上がり素早く彼の前に回り込んだ。
再び眼前に立ちはだかる響詩郎に、僧侶は不機嫌さを露わにして怒りの声を上げる。
「てめえ。本当に半殺しにされなきゃ分からねえようだな」
僧侶は殺気で目をギラつかせてそう凄むが、響詩郎はその顔を苦痛に歪めながらも一歩とて引こうとしない。
腹に強烈なパンチをもらったことで膝はガクガクと震えていたが、それでも響詩郎は気丈に声を絞り出した。
「何度も言わせるな。これは俺の仕事だ。頼ってくれた依頼主を放り出すわけにはいかないんだよ」
そう言い張る響詩郎を奇妙なものでも見るかのような目つきで眇め見ながら僧侶は鼻で笑った。
「フンッ。馬鹿が。そんなクソ犯罪者を庇おうなんざマヌケもいいところだ。どけっ!」
僧侶は再び響詩郎を殴りつけようとするが、彼もそうはさせじと必死に僧侶に組み付いた。
「しつこいんだよ! このガキが!」
僧侶は自分に食らいついてくる響詩郎を力任せに振りほどいて地面に叩きつけた。
「あぐっ!」
アスファルトの上に転がって苦痛の声を上げる響詩郎の背中を上から踏みつけて僧侶は吐き捨てるように言う。
「オラッ。そこでウジ虫みたいに這いつくばってろ。てめえは負けたんだ。負け犬はすっこめ」
そう言うと僧侶は今度こそ妖魔の男を捕らえようと歩を進めた。
だが、そこで足首を掴まれて前につんのめりそうになる。
「っく」
僧侶の足首を掴んでいたのは、やはり響詩郎だった。
彼は地面に這いつくばったまま、それでも僧侶の行く手を阻もうと必死に手を伸ばして足首をつかまえたのだ。
だが、これは僧侶の怒りのリミッターを外す行為となってしまった。
「そうか。もう命は惜しくねえってか。すげえなおまえ。根性あるぜ。なら望み通り殺してやる」
そう言った僧侶の口調は奇妙にもやさしげだったが、その目はもはや血走り据わっていた。
そしてうつ伏せの響詩郎の脇腹を蹴って仰向けに転がすと、その腹にドスンと腰を下ろして馬乗りになった。
「うぐっ!」
大柄な僧侶に乗っかられて、強い圧迫感が響詩郎の五臓六腑を痛めつける。
苦しげに声を漏らす響詩郎の頬を僧侶は遠慮なしにバチンと平手打ちした。
分厚い手で張られて響詩郎の頬は赤く染まり、唇が切れて血が滲む。
そんな彼の顔を見下ろしながら僧侶は事も無げに言った。
「幸いあの妖魔野郎はビビって逃げられねえみたいだから、おまえを死体に変えた後、ゆっくり捕まえてやるよ」
僧侶の口調こそ穏やかだが、その目は完全にキレていた。
僧侶は拳を振り上げると容赦なく響詩郎の顔面を左右から連続で殴りつけた。
「オラッ! オラッ! 死ねっ! 死んじまえっ!」
ゴッ、ゴッと鈍い音が頭の中に響き、響詩郎はそのあまりの衝撃に気を失いそうになる。
もはや理性を失った僧侶は本当に自分を殺すまで止まらないだろうと響詩郎は覚悟を決めた。
だが、事態が彼の予想し得ない方向に転がり始めたのはその直後だった。
「うおっ!」
突然、僧侶が声を上げて響詩郎の腹の上から弾き飛ばされて地面に転がったのだ。
腹部を圧迫していた重しが消え、響詩郎は息を吹き返したように起き上がった。
頭がクラクラして視界がぼやけている。
殴られた痛みが全身を苛んでいたが焦点が定まってくると彼は思わず息を飲んだ。
響詩郎の前に1人の人物が仁王立ちしていた。
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