オニカノZERO！

枕崎　純之助

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第四幕　響詩郎と雷奈　新たな道

響詩郎と雷奈（後編・下の巻）

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「神凪かんなぎ響詩郎きょうしろう。一部始終見させてもらったわ。相変わらず無茶やってるのね。そんなことしてると死ぬわよ？」

　雷奈らいなはそう言うと仏頂面ぶっちょうづらにへの字口の上、腕組みをしてフンッと鼻を鳴らした。

「ど、どうしてここに？」
「あなたに会いに来たのよ。香桃シャンタオさんに聞いたらここだって言うから」

　響詩郎きょうしろうは突然現れた彼女に驚きを禁じ得なかったが、背後で突き飛ばされた僧侶が立ち上がる気配を感じて振り返った。
　僧侶の顔は先ほどまでと同様に憤怒ふんぬの色に染まっていた。

「おい小娘。いきなり坊主を背中から足蹴にしやがって、だいぶお行儀が悪いんじゃないのか」

　だが僧侶の怒りの声もどこ吹く風といったように雷奈らいなは平然と言葉を返す。

「黙りなさい。ナマグサ坊主。あなたの耳障りな説法にはヘドが出るわ」

　これには僧侶も面食らった様子で目を丸くした。

「ほう。こりゃまた豪気なお嬢ちゃんだ。しかし最近の若い奴は口の聞き方を知らんのか？　教育してやらんとな」

　そう言うと僧侶は大股で雷奈らいなに迫る。
　それを見た響詩郎きょうしろうは必死に立ち上がろうとしたが、手酷く殴られたせいで膝ひざに力が入らない。

「あ、あんた。首つっこむなって。これは俺の仕事……」
「黙って見てなさい。それからいい加減、あんたって呼び方やめてよね。私には雷奈らいなって名前があるのよ。響詩郎きょうしろう」

　一切の反論を認めない調子できっぱりとそう言うと、雷奈らいなは自分も僧侶に近付いていく。
　２人は１メートルにも満たない距離を挟んで対峙した。

「俺が女を殴らないと思ってんのか？」

　そう言って雷奈らいなに殺気混じりの視線を向ける僧侶だが、彼女はこれを真っ向から睨にらみ返す。

「笑わせないで。そんなジェントルマンには到底見えないわよ」

　互いにそう言葉の応酬をしたほんの一瞬後だった。
　雷奈らいなの拳が僧侶の頬ほほをえぐり、大柄な僧侶が後方にひっくり返った。

「なっ……」

　驚きの声を上げたのは響詩郎きょうしろうだった。
　あまりにも雷奈らいなの動きが速くてほとんど見えなかったが、その一撃だけで彼女がどれほどの実力者であるのか響詩郎きょうしろうにも分かったのだ。

（あ、あいつ。悪路王あくろおうを使わなくてもあんなに強いのか）

　すぐさま起き上がった僧侶だったが、雷奈らいなの動きの速さに驚愕きょうがくし、そして意外なほど重い拳に唇くちびるを噛む。

「……ケンカ慣れしてるようだな」

　そう言う僧侶を雷奈らいなは冷然と見据えた。

「有段者だから。あなたを一方的に叩きのめすくらいワケないわ。さっきあなたが響詩郎きょうしろうにやったみたいにね」
「ほざきやがって！」

　まだ小娘と侮っていた相手に機先を制された僧侶は、本気で相手を制圧するつもりで雷奈らいなに襲いかかった。
　だが僧侶が繰り出す拳の一撃をギリギリでかいくぐり、雷奈らいなのカウンターパンチが僧侶の喉元のどもとを突いた。

「ぐっ！」

　僧侶は息が詰まり、苦しげな声を上げて尻餅しりもちをついた。
　これには僧侶も目を白黒させる。
　すぐに起き上がろうとするが、体が思った以上のダメージを受けていて足に力が入らない。

「く、くそっ！」

　筋力も腕の長さも相手よりも上であるはずの自分が、なぜこうまで圧倒されるのか。
　僧侶は怒りと焦りのあまり冷静さを失っていた。
　雷奈らいなの打撃は確実に相手の急所を突き、衝撃を余すことなく正確に相手に伝える精度の高い一撃だった。
　力学に適かなった打撃に加え、二撃目はカウンターで相手の力を利用したため、僧侶に大きなダメージを与えていたのだ。

「立ちなさいよ。威勢のいいのは口だけかしら？」

　そう言うと雷奈らいなは僧侶に手招きをする。
　挑発的な行為だったが、その顔には油断も慢心もなかった。

「くそったれがぁ！」

　僧侶は怒声を上げて立ち上がると、雷奈らいなにほとんど掴つかみかからんばかりの勢いで襲いかかった。
　だが雷奈らいなは今度はそれを避けようともしない。

「危ない！」

　響詩郎きょうしろうは思わず声を上げる。
　だが、僧侶が雷奈らいなに掴つかみかかったと思った瞬間、僧侶の大きな体が真っ逆さまに宙を舞っていた。
　響詩郎きょうしろうは我が目を疑った。
　雷奈らいなは背負い投げで、自分よりかなり大柄な僧侶を軽々と投げ飛ばしたのだ。

「おげっ！」

　僧侶は背中を強打してそのまま起き上がれなくなる。
　そんな僧侶を見下ろして雷奈らいなは言い放った。

「さっき負け犬はすっこんでろとか言ってたわよね？　だったらあなたがすっこんでなさい」

　気持ちいいくらいの啖呵たんかを切る雷奈らいなの姿を響詩郎きょうしろうは茫然ぼうぜんと見つめていた。
　そんな彼を見咎みとがめると、雷奈らいなは腕組みをして言った。

「なにボサッとしてんのよ。サッサと自分の仕事を……」

　そう言いかけた雷奈らいなはハッとして背後を振り返った。
　そこには膝ひざをガクガクと震わせて、それでも立ち上がる僧侶の姿があった。

「て、てめえ。絶対に許さねえ。どこの誰だか知らねえが、どこまでも追いかけて必ず後悔させてやる」

　さながら復讐鬼のような形相で執念深い恨み言を口にする僧侶の手には刃渡り１５センチほどのナイフが握られていた。

「やばいぞ。雷奈らいな」

　それを見た響詩郎きょうしろうは危機感を露あらわにしてそう言うが、雷奈らいなは心底呆あきれたような顔を見せるだけだった。

「ダサッ……護身用にそんなの隠し持って歩いてたの？　よほど自分の腕に自信がないのね」

　小馬鹿にしたような雷奈らいなの口調に僧侶は狂ったように声を上げて襲いかかった。

「殺してやる！　後悔しやがれぇぇぇ！」

　僧侶の握り締めた凶刃が雷奈らいなの喉元のどもとに伸びる。
　だが、雷奈らいなは僧侶以上の怒声を張り上げた。

「ナメんなぁ！」

　そして左の拳で僧侶の手首を砕いてナイフを叩き落とすと、右の拳で僧侶の顎あごを突き上げた。

「あぐうっ！」

　手首の骨を砕かれ、さらには鋭い衝撃が顎あごから脳を縦に揺さぶり、僧侶はドサッと地面に崩れ落ちた。
　それで勝負は決した。
　雷奈らいなは胸を張って僧侶を見下ろすと、堂々たる態度で言い放つ。

「ナマグサ坊主。私は鬼ヶ崎雷奈らいなよ」

　それを聞いた僧侶の顔色が変わった。

「お、鬼ヶ崎？　ま、まさか……」

　僧侶は朦朧もうろうとした意識の中でその名を聞いてハッとした。
　神道業界の中でもきっての武闘派集団で、鬼を信奉する神社の一族の名が鬼ヶ崎であることは僧侶も知っていた。

「私は逃げも隠れもしないから、文句があるならいつでも鬼留おにどめ神社に来なさい。何度でもぶっ飛ばしてあげる」

　その言葉を聞き終わらないうちに僧侶は脳震盪のうしんとうで意識を失った。
　それを見届けると雷奈らいなは振り返り、響詩郎きょうしろうの元へ歩み寄った。
　
「響詩郎きょうしろう。今のその仕事が終わったら私と組みなさい。あなたは心に体が追いついていない。そのままだと仕事に支障が出るわよ」

　彼女の言う通りだった。
　響詩郎きょうしろうは敵の実力行使に対して抵抗する手段を持たない。
　雷奈らいなが共にいてくれれば、これほど心強い援軍はなかった。
　
「桃先生の提案を飲んでくれるのか？」

　そう尋ねる響詩郎きょうしろうに雷奈らいなは整然と頷うなづいた。　
　
「ええ。私もあなたの力が必要だから。私たちが組んだら、ちょっと面白いと思わない？」

　微笑を浮かべてそう言うと、雷奈らいなは響詩郎きょうしろうに手を差し伸べた。
　響詩郎きょうしろうはその手を見つめ、胸に熱い意志が宿るのを感じて微笑みを返した。　

「……そうだな。よろしく頼む」

　そう言うと響詩郎きょうしろうは自らの足で立ち上がり、彼女の手をしっかりと握り締めるのだった。
　
　漆黒の鬼を駆使する大鬼巫女みこである鬼ヶ崎雷奈らいな。
　不気味な憑物つきもの・勘定丸かんじょうまるを背負った罪科換金士の神凪かんなぎ響詩郎きょうしろう。
　互いの弱点を補い合う２人の出会いは、化学反応となって眩まばゆい光を放つようになる。
　これはほんの序章に過ぎない。
　２人が大きな事件に巻き込まれていくのは、これよりも少し先のことだった。

【完】

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＊本編はこちら
『オニカノ・スプラッシュアウト！』
https://www.alphapolis.co.jp/novel/540294390/293478328

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