甘×恋クレイジーズ

枕崎 純之助

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第二章 クレイジー・パーティー・イン・ホスピタル

第11話 我を見失いし者たち

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 階段を使って2階に上がった恋華れんか甘太郎あまたろうは気を引き締めて足を進めていく。
 すでに夜8時を10分ほど回っているためか2階のフロアは人気ひとけもなく比較的ひかくてき静かだった。
 そんな中を二人が進んでいくと、廊下ろうかの途中で病室から出てきた看護士かんごし鉢合はちあわせとなった。
 若い女性看護士かんごしは二人を見ると少しおどろいた顔をしたが、落ち着いた声で帰宅をうながす。

「もう面会時間は過ぎておりますので、一般の方はお帰り下さい」

 恋華れんか丁寧ていねいに返事を返す。

「すみません。つい話し込んでしまって。すぐに失礼します」
 
 そう言って二人はすぐさまその場を離れた。
 病院の中は人が少なくなっているとはいえ、夜勤の医師や看護士かんごしに見つかれば部外者の二人は追い出されてしまいかねない。
 当然、その際に事情の説明など出来るわけもなく、2人はすみやかに作戦を完遂かんすいする必要があった。

「こりゃ全フロアを回るのはしんどいことになりそうだな」

 甘太郎あまたろうはそう言った途端とたん背筋せすじい登る嫌悪感けんおかんに顔をしかめた。
 恋華れんかもハッとして思わず甘太郎あまたろうと顔を見合わせる。
 彼と同様の嫌悪感けんおかん恋華れんかも感じたようで、彼女は違和感を口にした。

「これって……」

 恋華れんかがそう言いかけたその時だった。
 甘太郎あまたろうはふいに彼女の背後からけ寄ってくる足音に気がつき、反射的に恋華れんかかたを抱き寄せた。

恋華れんかさん!」
「きゃっ!」

 おどろいて声を上げた恋華れんかは、甘太郎あまたろう肩越かたごしに白い人影が突進してきたのを目にした。
 甘太郎あまたろうはとっさに体をよじって恋華れんかを抱えたままゆかに倒れ込み、人影との接触せっしょくけた。

「くっ!」

 二人はゆかに倒れこんだが、甘太郎あまたろう恋華れんかを背後に守るようにしてすぐさま立ち上がった。
 体当たりをかわされたその襲撃者しゅうげきしゃはバランスをくずして転倒していたが、これもすぐに立ち上がると甘太郎あまたろうと数メートルの距離きょりはさんで対峙たいじする。

「……ついに出やがったか」

 そこに立って甘太郎あまたろうにらみつけていたのは、つい今しがた二人に帰宅をうながした看護士かんごしの女性だった。
 だが、甘太郎あまたろうは彼女の表情を見てすぐにその状態をさとった。
 その看護士かんごしの表情は常軌じょうきいっした様相をていしていて、真似まねしろと言われてもとても出来そうにない怒ったような笑ったようなゆがんだんだ表情をしていた。
 そしてその手にはキラリと光る刃物が握られている。

「アマタローくん! うで!」

 甘太郎あまたろうの背後で立ち上がった恋華れんかが悲鳴にた声を上げる。
 甘太郎あまたろうはハッとして自分の左かたに目をやると、着ていた服のそでがザックリと切られて、左の上腕部じょうわんぶはだ露出ろしゅつしていた。

「き、切れてる……」

 幸いにして刃ははだまでは到達していなかったが、甘太郎あまたろうは身にせまる危機をはだで感じて鋭い目つきで看護士かんごしにらみつける。
 看護士かんごしが握っていたのは銀色にかがやく手術用のメスだった。
 それを見た甘太郎あまたろうがゲンナリとした表情でぼやく。

「俺は手術される覚えはないっつうの」
 
 甘太郎あまたろうの後ろで恋華れんかくちびるんだ。

「さっきまでおかしな様子は何もなかったのに……」

 そう言って恋華れんかは飛行機の一件で自分をあざむいた副操縦士そうじゅうしの顔を思い返した。

「やっぱり……数年前よりもブレイン・クラッキングは進化している」

 このままではいずれブレイン・クラッキングの被害者は正常者のフリをするようになり、それこそ街の中でも感染者の見分けがつかない非常に困難こんなんな状況に追い込まれることになる。
 恋華れんかは薄ら寒い思いを振り切るように大きく短く息をいた。

「とにかくこの人を救ってあげないと。アマタローくん。お願い」

 そう言う恋華れんかの目の前で、看護士かんごしは手にしたメスを振り上げた。

物騒ぶっそうなモン振り回しやがって」
 
 そう言うと甘太郎あまたろうは指でちゅうに印を組む。
 途端とたん看護士かんごしの足元に真っ暗な底の見えないあなが開き、彼女はあなに落下して首まですっぽり飲み込まれて止まった。
 突然に体の自由をうばわれた狂気きょうき看護士かんごしは、ゆかから首だけを出した格好かっこうで口うるさくわめき出す。
 意味の分からないうなり声を発するその看護師かんごしの様子に、恋華れんかは彼女が知能を失った2級感染者かんせんしゃであることをすぐにさとった。
 そんな看護士かんごしの背後に回り込むと恋華れんかは両手で左右から看護士かんごしのこめかみをはさみ込んだ。

「修正してあげる」

 そう言った恋華れんかの両手の指輪がキラリと光った。
 それがシグナルであるかのように、看護士かんごしはガックリとうなだれて失神した。
 それを確認した甘太郎あまたろう闇穴やみあなを解除すると看護士かんごしの体はあなから浮かび上がってゆかの上に横たわった。
 甘太郎あまたろうはその看護士かんごしを抱えて廊下ろうかはしに横たえる。
 気を失った看護師かんごしは普通の表情に戻り、眠っているようにおだやかだった。
 知らずのうちに感染者となってしまった彼女の不運に、思わず甘太郎あまたろう憐憫れんびんの声をらした。

「気の毒だな。目が覚めたら早く逃げてくれよ」

 そう言って立ち上がる甘太郎あまたろうそば恋華れんかけ寄った。

「大丈夫? ケガしてない?」

 看護師かんごしに刃物で切られた甘太郎あまたろうの洋服を見る恋華れんかに、彼はかたをすくめてみせた。

紙一重かみひとえで無事ですよ。けど防弾チョッキでも着たほうがいいかも」
 
 冗談じょうだんじりにそう言う甘太郎あまたろうに、恋華れんかはホッと胸をで下ろした。

「ところでこの人、またクラッキングされる恐れは?」
 
 看護士かんごしを見下ろしてそうたずねる甘太郎あまたろう恋華れんかは親指を立ててみせる。
 甘太郎あまたろうの疑問は恋華れんかにはり込み済みだった。

「一度修正プログラムを注入すれば抗体ができるから大丈夫」

 この日の作戦前に、甘太郎あまたろうの体内にも恋華れんかによってあらかじめ抗体が注入されていた。
 護衛の甘太郎あまたろうがクラッキングされたのでは話にならないからだ。

「アマタローくんと組むとやっぱり仕事がスムーズだわ」

 相手の体の自由さえ封じてしまえば、恋華れんかにとっては非常に自分の仕事がやりやすい。
 だが、甘太郎あまたろう恋華れんか肩越かたごしに廊下ろうかの先を見つめ、ため息じりに言った。

恋華れんかさん。そう簡単にはいかないみたいですよ」
 
 恋華れんかの背後には、数人の看護士かんごしや若手の医師たちが千鳥足ちどりあしで近づいて来ようとしていた。
 ノロノロとしたその足取りとうつろな顔はまるで生けるしかばねのようであるが、恋華れんからの姿を目で捕捉したのか、突然素早すばやい動きで二人に向かって走り出す。
 恋華れんかがバッグからたたかさ型の霊具を取り出すと、甘太郎あまたろうは手でそれを制した。

恋華れんかさん。そのかさから射出するペイント弾は数に限りがある。今は温存したほうがいいです」

 そう言って甘太郎あまたろうはすぐさま恋華れんかの前におどり出ると、指で印を組んで一人一人の動きを止めていく。
 ゆかに現れる黒いあなに足を取られ、医師や看護士かんごしらが次々と捕獲ほかくされていく。
 皆、先ほどの看護士かんごし同様に首まで闇穴やみあなもれて完全に身動きを封じられている。
 彼らに出来ることと言えば口々にうめくことくらいだ。
 甘太郎あまたろうがその身動きを封じた7名の病院スタッフを恋華れんかは次々と浄化じょうかしていく。
 全てが終わった時、甘太郎あまたろうゆかに倒れ込んでいる彼らの前にしゃがみ込んで言った。

「申し訳ないけど、ここで寝といてもらうしかないな」

 そう言う甘太郎あまたろう恋華れんかうなづいた。

「早く親玉を見つけ出さないと。この分だと何人が犠牲ぎせいになっているか見当もつかないわ」
 
 事態の深刻さを目の当たりにした二人は神妙しんみょうな顔で先を急いだ。
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