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第三章 トロピカル・カタストロフィー
第17話 孤独な戦い
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恋華の打ち出したペイント弾を浴びた感染者が、力を失って地下道に倒れ伏す。
三十数人目の感染者を修正した恋華は、ハンドタオルで額の汗を拭った。
「暑い……」
空調がきいていないため、地下道は熱気がこもっており、動き続けている恋華のTシャツにはじんわりと汗が滲んでいた。
アンブレラ・シューターに二度目の補充液を補充し終えると、恋華は一息ついて持っていた水を飲んだ。
倒れた感染者は出来れば安全な場所を確保してそこに避難させたかったが、恋華一人ではそれも叶わないため、仕方なくそのまま置いてくるほかなかった。
しかしながらバッグの中からメモ用紙を取り出し、ここに来るまでの随所に書き置きを残してきた。
ブレイン・クラッキングの呪縛から解き放たれて目を覚ました彼らがせめて避難できるよう、地上出口への道筋を記して。
「アマタローくん。大丈夫かな」
恋華が入った地下道の入口からすでに数百メートルは進んでいる。
地下のためケータイは電波圏外となっていて使えない。
途中で幾度か別の入口や曲がり角などを見つけたが、甘太郎と再会することはなかった。
水の入ったペットボトルをバッグにしまい込むと恋華は再び歩を進める。
数歩進んだその時、ふいに地下道の電灯が次々と灯り、回り出した換気扇の音が聞こえてくる。
恋華は突然のことに驚きながら、見通しのよくなった通路を先まで見渡した。
「どういうことかしら?」
しばらくすると空気の流れを感じられるようになり、暑さもいくらかマシになってきた。
(きっとアマタローくんだわ。絶対に近くにいるはず)
恋華はそう考え、先を急いだ。
そこから先、しばらく感染者の姿は見当たらなかったが、甘太郎と行き会うこともなかった。
恋華は自分も甘太郎も地下へ入った入口の場所はそれほど離れていなかったように思えたが、ここまで会わないとなると不安を感じずにはいられなかった。
「アマタローくん。どこ行っちゃったんだろ……」
恋華がそうポツリとつぶやいた時、いきなり大きな物音がして恋華はビクッと肩を震わせた。
「な、なに?」
それは大きな扉が閉められたような音であり、残響が地下通路の中に響き渡っていた。
その音が消えないうちに、恋華の前方数十メートルのところに十数人の男たちが現れた。
作業員ではなく、どうやら地上から降りてきた男たちらしく、年齢も服装も様々であったが、共通しているのは彼らが皆、手に金属の棒などの凶器を持っていることだった。
さらに前方だけではなく、恋華の後方十数メートルのところにも、同様の男たちが現れた。
(数が多い……)
恋華はカバンから補充液を取り出すと、カバンをその場に放り投げた。
右手にアンブレラ・シューター、左手に補充液を持ち、緊張の面持ちで臨戦態勢をとる。
男らは一気に駆け寄っては来ず、ジリジリと少しずつ距離を詰めてくる。
しかも、ほぼ縦一列に並んでいて、これではペイント弾の連射で一気に複数体を仕留めることも難しい。
戦略的な思考を持つ彼らのその様子に、恋華は彼らが外で暴れている連中とは違うことを瞬時に悟った。
「この人たち。1級感染者だわ。こんなに数が多いなんて」
1級感染者の修正は脳への負担が2級へのそれよりも重く、これだけの数を相手にするのは恋華にとっても未知の領域だった。
そうした負担を抑えるために彼女の師であるイクリシアは第3の霊具【スブシディウマ(援軍)】を送ってくれたはずだったが、それを手渡してくれるはずのマッケイガン神父とは結局会えずじまいだったため、それも叶わない。
「アマタローくんがいてくれれば……」
甘太郎がいればあっと言う間に彼らを一網打尽に出来るのだが、今それを言っても何も始まりはしない。
恋華は思い直して首を横に振った。
(一人でもやるしかない。やらなければ、やられるだけだ)
恋華は歯を食いしばり、腹に力を入れて感染者らを迎え撃った。
三十数人目の感染者を修正した恋華は、ハンドタオルで額の汗を拭った。
「暑い……」
空調がきいていないため、地下道は熱気がこもっており、動き続けている恋華のTシャツにはじんわりと汗が滲んでいた。
アンブレラ・シューターに二度目の補充液を補充し終えると、恋華は一息ついて持っていた水を飲んだ。
倒れた感染者は出来れば安全な場所を確保してそこに避難させたかったが、恋華一人ではそれも叶わないため、仕方なくそのまま置いてくるほかなかった。
しかしながらバッグの中からメモ用紙を取り出し、ここに来るまでの随所に書き置きを残してきた。
ブレイン・クラッキングの呪縛から解き放たれて目を覚ました彼らがせめて避難できるよう、地上出口への道筋を記して。
「アマタローくん。大丈夫かな」
恋華が入った地下道の入口からすでに数百メートルは進んでいる。
地下のためケータイは電波圏外となっていて使えない。
途中で幾度か別の入口や曲がり角などを見つけたが、甘太郎と再会することはなかった。
水の入ったペットボトルをバッグにしまい込むと恋華は再び歩を進める。
数歩進んだその時、ふいに地下道の電灯が次々と灯り、回り出した換気扇の音が聞こえてくる。
恋華は突然のことに驚きながら、見通しのよくなった通路を先まで見渡した。
「どういうことかしら?」
しばらくすると空気の流れを感じられるようになり、暑さもいくらかマシになってきた。
(きっとアマタローくんだわ。絶対に近くにいるはず)
恋華はそう考え、先を急いだ。
そこから先、しばらく感染者の姿は見当たらなかったが、甘太郎と行き会うこともなかった。
恋華は自分も甘太郎も地下へ入った入口の場所はそれほど離れていなかったように思えたが、ここまで会わないとなると不安を感じずにはいられなかった。
「アマタローくん。どこ行っちゃったんだろ……」
恋華がそうポツリとつぶやいた時、いきなり大きな物音がして恋華はビクッと肩を震わせた。
「な、なに?」
それは大きな扉が閉められたような音であり、残響が地下通路の中に響き渡っていた。
その音が消えないうちに、恋華の前方数十メートルのところに十数人の男たちが現れた。
作業員ではなく、どうやら地上から降りてきた男たちらしく、年齢も服装も様々であったが、共通しているのは彼らが皆、手に金属の棒などの凶器を持っていることだった。
さらに前方だけではなく、恋華の後方十数メートルのところにも、同様の男たちが現れた。
(数が多い……)
恋華はカバンから補充液を取り出すと、カバンをその場に放り投げた。
右手にアンブレラ・シューター、左手に補充液を持ち、緊張の面持ちで臨戦態勢をとる。
男らは一気に駆け寄っては来ず、ジリジリと少しずつ距離を詰めてくる。
しかも、ほぼ縦一列に並んでいて、これではペイント弾の連射で一気に複数体を仕留めることも難しい。
戦略的な思考を持つ彼らのその様子に、恋華は彼らが外で暴れている連中とは違うことを瞬時に悟った。
「この人たち。1級感染者だわ。こんなに数が多いなんて」
1級感染者の修正は脳への負担が2級へのそれよりも重く、これだけの数を相手にするのは恋華にとっても未知の領域だった。
そうした負担を抑えるために彼女の師であるイクリシアは第3の霊具【スブシディウマ(援軍)】を送ってくれたはずだったが、それを手渡してくれるはずのマッケイガン神父とは結局会えずじまいだったため、それも叶わない。
「アマタローくんがいてくれれば……」
甘太郎がいればあっと言う間に彼らを一網打尽に出来るのだが、今それを言っても何も始まりはしない。
恋華は思い直して首を横に振った。
(一人でもやるしかない。やらなければ、やられるだけだ)
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